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清澄さんコミュのwhateverより (習作)

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ttp://www.youtube.com/watch?v=6tuPBrSl9Nw






「今度はこの曲でいこうっ」
 振り向きざま、猫屋はそんな台詞を吐いた。
 放り投げたCDケースと共に。
 勿論、あまりに突然だったので顔面に直撃しました。
 
「とりあえずだ、猫屋くん。フェイクの練習なんかよりもまず、君は常識ってやつを勉強し直した方が良いよ。乙女の顔に物ぶつけるたぁ、異端信仰があろうがなかろうが火焙りにされても文句は言えないね」
「いやほんと、どうもすんませんでした」
 足元のタイルカーペットに額を擦りつけながら、猫屋は低い声で言う。未だ腹が据え兼ねるこちらとしては、あと十分位はこのまま土下座をさせなければヘッドホンを手に取る気にさえならない。ようやく涙は治まったが、未だに鼻先がじんじん痛むのだ。
「こっちもね、折角のバイト休みを費やしてまで君に付き合ってやってるんだからさ。そもそも何で音楽室じゃなくて視聴覚室なんだい?」
「あの、ちゃんと詳らかな説明を致しますので。どうかこの足を退けて下さいませんか?」
 次第にくぐもっていく猫屋の言葉。ぷるぷると身悶えているのが爪先からもよく伝わって来る。仕方なしに右足を上げて――ごりっ、と。もう一度だけ踵落しをお見舞いしてやった。
 刺々しく固まった短髪の感触が靴下の繊維を縫って肌を刺す。痛い。
 むかついたので二度三度。猫屋の呻きが途切れた所で、ひょい、とあたしは半歩下がる。
「……満足しましたか柚里さん?」
 地べたにべったり頬を寄せたまま、猫屋は恨みがましく片手を上げる。
「さっさと曲、聞かせなさいよ。その為にコンピュータのある場所選んだんでしょ?」
「……お察しが早いようで」
 多分彼は起き上がっている最中だろう。そして不満気に目を眇めているのだろう。既にあたしは踵を返し、手短な椅子に腰掛けていた。一瞥をくれるのも、腹立たしい。
 のそりと近づく気配を感じながら、パソコンの電源を起ち上げる。
「で、今年もコピーで文化祭参加するつもりなの?」
「カバーって言おうぜ。オリジナル曲なんて書けねぇもんな、俺」
 嘆息混じりの呟きを、猫屋は自信たっぷりに受け止めた。台詞の内容はあまりにも情けないのに、何故にこうも強気な首肯を添えられるのか。
「でも、今年は只のコピーじゃあ、ないんだ」
 そう続けて、猫屋は机の上に置かれたCDケースを手に取る。無色透明なプラスチックケースに包まるは、ラベルも何もない真っ白なCD。自宅で作って来た物なのだろう。しきりに此方へ目を向けつつ、彼は電源ボタンの脇にあるボタンを押し、にゅっ、と舌を出すように飛び出したトレイへ、まるで餌付けの如き手付きでCDを乗せた。
 呑み込めば、パソコンはかりかり咀嚼を始める。画面に出現するウィンドウを見やりつつ、
「コピーじゃないコピーって何よ? 替え歌?」
 呆れ声であたしは頬杖をついたりする。遠回しな言い回しをしたのは、つまり猫屋の答えにあまり期待を抱いていないから。寧ろ落胆するのを期待しているのだ。空っぽの左手は平手打ちの練習で早くも忙しい。
「近いけどちょっと違うな。まぁまぁ、まずは聴いてみてくれよ」
 勿体ぶるように、猫屋は掴んだヘッドホンを眼前へ差し出した。訝しむように首を傾けながら、あたしはヘッドホンを受け取り、両耳に当てる。
 ちらり前歯を覗かせて、猫屋はマウスを動かした。
 瞬間。
 穏やかなストロークが流れ出す。
 Gコードだ、と気付く。
 すぐさま弦楽器が跳ね始め、波打ち、予想通りのリズムでスネアも踊り出した。
「へぇ」
 無意識の感嘆は、期せずして巻き舌のような歌声と重なっていた。
 聞き覚えのある筈だ。
 時にはテレビ画面から、時にはラジオの電波に乗って、そして時には商店街のスピーカーから、あたし達の日常を飾っていた異国の曲である。紛れもなく、名曲だった。
「……猫屋にしては良い選曲だね」
 決して返事を求めない賛辞に、しかし猫屋はにんまりと笑う。すぐさま忙しなく口元を動かすが、残念ながら聞こえやない。敢えて付言するなら聞きたくもない。たっぷりと音色を鼓膜に浸したいのだ。そんな訳で、あたしは瞼を閉じた。
 瞑目の先に、慣れないステップを刻む獣達が描かれる。森のような町のような、曖昧な風景。円環状に集ったパステルカラーの衣装の人々。その中心で、彼等は楽団だった。
 悪戯っぽいエレキのメロディーは三弦だろうか。だけども、その歌声は飄々としたまま。楽しむようにも聞こえれば、反抗するようにも聞こえる声音。
 きっと、一音とて零したくなかったのだろう。気付けばあたしは唇まで閉ざしていた。
 名曲の定義付けに、商業的な結果などは不要だと改めて思う。
 端的に比喩するならば、顔しか知らない親戚のようなものだ。
 例え知悉が足りなくとも、しかし出会えば懐かしさを感じる存在。通り過ぎた過程を思い出せなくとも、しかし再会に頬が弛んでしまう存在。少なくともあたしはそう結論付けている。
 正に、この曲。
「絶対にウケるぜ、これなら」
 割り込むような大声で、猫屋は聴きとして言った。勝手に音量を下げられて思わずじろりと目を開けてしまうが、不思議と気分は悪くなかった。
 怒ってばかりじゃ、そう、楽しくないのだから。
「うん、採用します」
 弦楽器と手拍子の隙間を伺いつつ、あたしも相槌を返した。
 
「日本語訳で、どうにかアレンジ出来ないかな」
 すっかり得意気になりつつも、まるで内緒話のように猫屋は呟く。元よりこの教室には他に誰も居ないので、声を潜める必要もないのだが、
「難しいと思うね」
 釣られてあたしも小声になってしまっていた。言った後で、ほんのりとした恥ずかしさが喉に熱を宿す。慌ててブリックパックを引っ掴み、ストローで口に栓をする。
 何でこいつの調子に合わせているんだ、あたしは。
「……もう和訳はしたの? 多分、語呂が合わないでしょ?」
 さりげなくストローを噛みながら、あたしは猫屋に目を戻す。数瞬の反省をどう勘違いしたのか、猫屋の視線はタイルカーペットの方へと沈んでいた。
「やっぱり分かるか? 自信はあるんだけどな、上手くメロディーに合わないんだ」
 への字に曲がった唇から洩れたのは、やはり表情通りの、唸るような声だった。勢いだけの発想かと思ってのだが、どうやら結構本気だったらしい。
 ならば、こちらも本気で応えよう。ストローを収納し、ブリックパックを机の上に置くと、
「へぇ。和訳は試してみたんだ?」
 そう言って、あたしは膝の上に乗せたままのヘッドホンも元の位置に戻す。手遊びに指でくるくるに巻いてしまったコードもちゃんと引き伸ばして、だ。
 顔を上げれば、既に猫屋の目は細くなっていた。
「見てみるか?」
 今度はひの字に口の端を吊り上げて、猫屋はあたしの返事も待たずにもぞもぞ懐に手を忍ばせる。本当は、と言うより最初から見せたくてしょうがなかったのだろう、しかしあたしは無言を維持する事にした。こういう時は察してあげるのが人情なのだと思う。
「ほら」
 嬌声と共に、四角に折り曲げられたノートの切れ端が目の前へ差し出される。受け取ろうと手を伸ばして――不意に切れ端が引っ込められた。思わず身を乗り出すが、すぐさま猫屋は逃げるように腕を頭上へ掲げる。何だこいつ。
「なるほど、猫屋くんはまた蹴られたいんだね?」
 侮蔑をたっぷり込めた眼差しに、慌てて猫屋は首を振ると、
「違う違う。音読した方が雰囲気あるだろ?」
 そう言って、笑顔のまま傍らの椅子を持ち出した。無用に近い距離で腰を降ろすと、あたしへの瞥見をしきりに繰り返しながら、猫屋はゆっくりと切れ端を広げる。まるでラブレターでも取り扱ってるかのようなたどたどしさが、実に腹立たしい。
「……恥ずかしいんなら、見せなくて良いんだよ?」
「違うんだって。自信はあるんだ」
 とは言うものの、その残響が消えた後も、猫屋の口から二の句は聞こえて来ない。神妙な表情で黒目をきょろきょろ動かすだけだ。あたしの姿さえ、もう映っていないようにも見える。
「まさか、緊張してるの?」
 からかうように、あたしは最後に喉を鳴らした。眉根を寄せるかと思いきや、しかし猫屋は従順過ぎる位の首肯を示した。はにかむような照れ笑いを浮かべつつ、
「何せ、初めてのオリジナルだからなっ」
 いやいや、オリジナルじゃないぞ猫屋くん。
「やっぱ弾きながらの方が良いかな」
 矢継ぎ早にそう続けて、猫屋はいきなり立ち上がると、こちらの呆れ顔などお構いなしで、そのまま教室の入り口へと小走りする。しゃがみ込んだその足元には、一段下がった床面と、そこに放置したままのギターケースがある。弾きながら、とはつまり、そういう意味だったらしい。音叉の単音が答えになって、すぐさま弦の爪弾きをも連れて来た。
「……チューニングからですか」
 本気で応えようとした自分にまたも反省して、あたしはくにゃりと頬杖をついた。空いた左手は、キーボードを叩くので忙しい。
 柄にもなく悶える猫屋を尻目に、頭脳明晰なパソコンは既に目的の和訳をディスプレイへと
引っ張り出していた。改めて目を通せば、やはり日本語訳で歌うのは難しそうな曲だった。
 こりゃ期待しない方が良さそうだ。
 アコースティックギターを抱えて戻って来た猫屋を見つめて、あたしは妙に優しい気持ちを抱いた。
「おし、準備が出来たぞ。まだ歌にはなってないから、語るだけな」
 そう言って、猫屋はにんまりと腰を降ろした。内容を暗記していたのだろうか、その両手にもうノートの切れ端はなく、胸ポケットから僅かな先端を覗かせるのみだ。今となっては用意した必要性さえ見当たらないから、面白い。
 頬杖をついたまま、あたしは手の平を天井へと翻し、
「お好きにどうぞ」
 その呟きに応えるように、猫屋は徐に瞼を閉じて、指先をするりと泳がせる。弾いた音色達は小さな波紋となって、瞬く間にアルペジオへと昇華した。すっかり耳に馴染んでしまった、微熱みたいな猫屋のアルペジオだ。
 本来の前奏はストロークである筈なのだが、成る程、悪くはないアレンジである。こういう感性には相変わらず目を瞠る。感情豊かな音の連鎖に彩られれば、リズムを刻む爪先まで心地良く聞こえてしまうのだ。本当、ギターを奏でる姿だけは絵になる奴だと思う。
 猫屋はそっと口を開けると、
「俺は何でも自由に選べるんだ。青い色彩達だって――」
「待て」
 無意識に近い声だった。気付けばあたしは手の平さえ突き出していた。ぴたりと動きを止めた猫屋に反して、六弦の余韻が教室内にそっと溶ける。あたしは軽く頭を振って、
「青い? 猫屋、何を訳したの?」
「へっ? だからこの曲を」
「青い色彩なんて言葉何処にあった?」
「何処にって、だってBluesだろ?」
 首を斜にしながらも、しかし猫屋は真顔で言った。真顔だったような気がした。頭痛を我慢するのに夢中で、あたしは彼をよく見ていなかったのだ。
「Bluesね。ブルー、スね……」
 反芻する言葉を、果たして猫屋はどう捉えているのだろう。少なくともあたしにとっては、殊更に虚しく響いた。冗談で言ってくれたのならば、まだ良かった。センスの悪さは否めないが、まだあたしとて笑顔で拳骨の一つや二つを繰り出せただろう。
 しかし、無邪気な眼差しで首を傾げられると、反応にも窮してしまう。
「何か俺、間違ってたか?」
「うん」
 即答して、翻したままの手の平をぐいっと突き出す。「さっきの、見せてみ?」と強い口調で、有無も言わさず猫屋の胸ポケットから切れ端を奪い取る。
「あっ!? ちょっと待て柚里――」
「静かに」
 狼狽する猫屋を片手で制し、問題の切れ端を広げてみる。文字の汚さは二の次で、あたしは角ばったその文章にすぐさま目を通した。同時に、喉元を引き絞る。
「……俺は何でも自由に選べるんだ。青い色彩達だって歌ってくれるんだ。俺は何でも自由に好きになれるんだ。光も駄目も大丈夫なんだ……」
 音読が、そこで途切れる。あたしはこめかみを指で撫で擦りつつ、ちらりとディスプレイを見やり、問題の英文を凝視した後、項垂れるように頷いた。
 どうやら猫屋は『right』を『light』と取り違えていたらしい。混沌とした和訳になる筈である。お陰で、深呼吸にすら虚脱感が伴う。
 あたしはぐいっ、と背筋を伸ばすと、不思議そうに両目を瞬かせる猫屋に作り笑顔を向けて、
「よし、常識と一緒に英語も勉強し直そう。こりゃ重傷だ」
「へっ? 何で――」
「もう一度原文をよく読め。馬鹿たれ」
 言葉を言葉で遮ると、あたしはその頭をディスプレイへと押し付けた。
 猫屋の鼻先は、あっという間に紅潮した。
 
 さらり、とカーテンを捲ってみれば、窓の外は冬の宵闇に包まれていた。人影どころか、グラウンドの境界線さえ曖昧に暈されている。しかし目を凝らしたとしても、恐らく生徒は見つけられないだろう、運動部達とて帰路に着く時間帯なのだから。
 直角に折れ曲がりつつある時計の針達を一瞥して、あたしは猫屋の方へと振り返った。虚ろな目で机に突っ伏したその様は、あたしが席を立った時から全く変化が見られない。
「猫屋、そろそろ帰ろっか」
 おどけた素振りで声を掛けてみると、猫屋の瞳が僅かに動く。まるで蛇のような動きで、机の上に広げられた教科書へ指を這わし、
「俺は……二時間前から帰りたいと思ってたよ」
 恨みがましい口調で首を擡げた。怒りを込めているのか、掴んだページはくしゃくしゃに音を立てている。しかしそっちは猫屋の教科書なので、あたしは然して気にもならない。
「猫屋が英語の勉強したいって言ったんでしょ? 感謝しなさいよ」
「何で一年の授業から始めるんだよっ!?」
 声を荒げる猫屋に対し、あたしはにんまりと首を振る。
「分かってないね。英語も音楽も礎こそが大事なんだよ。Fコードを極めずして、どうやってBコードが弾けると言うんだい? 基礎を積み重ねた後に届く頂こそを、あたし達は知識や技術と呼ぶんじゃないかな?」
 そう言って、自信満々に猫屋の眼差しを受け止める。敗北を認めたのか、先に目を逸らしたのは猫屋だった。唇を捻じ曲げつつも、重い動きで顔を上げ、
「……よく分かんねぇ」
 憮然とした様子で教科書をバッグに放り込み始める。あたしは盛大に喉を鳴らして、窓の施錠を確認していく。全ての窓を見回る頃には、机の上も綺麗に片付けられていた。
 二人分のバッグを肩に掛け、猫屋はギターケースの元でしゃがみ込む。
「やっぱ、和訳は無理なのかな」
 表情は見えないが、落ち込んでいるようには聞き取れた。あたしはし忍び足で背後へと近づくと、剣山みたいな頭頂部を眺めつつ、そっとタイルカーペットの上に体育座りする。物理的には有得ないのだが、よくよく眺めるとつんつんの毛先まで萎びたように見えてしまうのだから不思議だ。
 故にあたしは、敢えて声を弾ませる。
「そう? 良いアイデアなのに」
「さっき難しいって言ったじゃねぇか」
「難しいとは言ったけど、無理だとは言ってないよ」
 そう言って、大柄の肩をとん、と叩く。振り返った猫屋の頬に、伸ばした指先が突き刺さる。しかし彼が文句を言うよりも、こちらの言葉の方が早かった。
「猫屋には似合ってると思うな、この曲」
 心からの感想に継句を失ってしまったのか、猫屋は口を半開きにしている。
 これで調子を取り戻してくれるなら、あたしは何度だって繰り返せるだろう。
「それって、どういう意味だ?」
 呆気に取られた表情のまま、猫屋は言う。
 さっきまで和訳を読んでいた筈なのだから、答えも当然決まっている。
「そういう意味に決まっているじゃん」
 あたしは短く言い放って、すぐさま立ち上がった。「ほら、早く」と軽く背中を蹴飛ばすのも忘れない。思い出したように猫屋はギターをケースに預けると、まるで寝起きのような間抜け面で腰を上げた。手渡されたバッグを受け取りつつ、
「明日、皆にも相談してみよう? 三人寄れば文殊の知恵かも、だよ」
「いや俺達のバンドは今年も五人だろ?」
 間抜け面でも、素早く猫屋は語尾を跳ね上げる。いや、間抜け面だからこその名言と取るべきなのだろう。解説するのも面倒なので、あたしは別の言葉を選ぶ事にした。
「ところで猫屋、パソコンの電源はちゃんと消したの?」
 沈黙は、ほんの一瞬だった。予想通りに猫屋は机の方へと駆け出して、その隙にあたしは引き戸に手を掛け、廊下へと出る。並んだ腰窓の奥に、三日月が見えた。
 今夜は、思う存分名曲に聞き惚れるとしよう。
 特に、最後のメロディーはしっかりと記憶と鼓膜に焼け付けておこう。
 喚く猫屋の声を壁越しに、あたしはそっと瞼を閉じたのだった。
 
 君が何をしたって。
 君が何を言ったって。
 そう、あたしは全然大丈夫なのだ。
 ――但し。
 その理由は、まだ教えてやらないけど。





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