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清澄さんコミュの清澄さん9

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「まずは、最初に深呼吸を。
続けて、ヘッドフォンをそっと耳に当てるの。
乱暴な感触に耳朶を変形させないよう、臆病なまでに優しくね……そう、そんな感じ。
紛れ込んでくる雑音を遮断したら、次いで視覚を……
眠りに就く速度で瞼を閉じ、遠近感が全くない闇を感じて。
静かに、張り詰める程の静謐と共にね。
ほら、ほら、ほらっ!
ね? 何か見えてくるでしょ? 
そう、濃淡が描く精緻な模様を心象情景として描いたら、蠢くような淀みが消えてなくなるまで呼吸を止める。
ほら、早くっ!
いち、にぃ、さん、よん……
そうそう、それで良いんだ。
息苦しくなる一歩手前で、待ちに待った酸素を目一杯取り込むの。
……今のタイミングっ! よっしゃ、これで準備は整ったね。
そしたらもう菜月の感覚は既に溶解し始めているよ。
例えるならば、秋の風。弛む香りはそうね、遅咲きの菫かな。
大丈夫。真新しい大気が今、菜月の心肺を遊泳しているから。
言い換えるなら、そう、菜月自身が『空』になっているんだよ。
すごくない? 『空』だよ、『空』。クリア・スカイなの。
そう、そしたらゆっくりと再生ボタンを……」
「目を閉じているので押せません。あと、まるで雑音が遮断出来てないんですけど」
「雑音?」
「だから今、会話出来てるんですよ?」
 あたしは低い声で呟いた。
 同時に、清澄さんの言葉が止まる。多分、動きも止まっただろう、そんな気配。
「これが、全身で音楽を楽しむとっておきの方法ですか?」
 瞑目したまま、憮然とあたしは続ける。
 妙に長い、長すぎる間を置いてから清澄さんは一言。
「……やっぱ思いつきの方法じゃダメだね」
 ですよね。
 
 
 
 
 
 
 店の外で清澄さんが煙草を吸っている。
 休憩室が遂に禁煙になったようだ。
 その影響か、バイトの仲間達の『喫煙休憩』が最近非常に増えた。比例して、店長のお叱りも当然増えた。理由は単純。
 サボタージュ時間が増えたと同義だからだ。
 最たる例が、清澄さんである。一旦、店の外に出ると中々戻って来ない。
 だが、恐ろしい事に清澄さんだけはあまり叱られる姿を見た事がない。
 何故なら、あの人が店の外に居ると……やたら客の入りが良くなるのだ。
 外で何をしているのかは分からないが、たまにお客の人と話し込んでる姿を見掛ける。老若男女、問わずにである。
 何と言うか、サザエさんのような人である。
 店としては決して悪い事ばかりではないのだろう。今の所、仲間内からの非難も殆どない。
 しかし、あたしは不安だ。
 多分あの人、もしもそれを自覚してしまったら戻って来ないと思う。
 それと、もう一つ。
「今日の風は強いですよね、大気中に混然と拡散してるモスグリーンの粒子が成層圏の憂鬱を伴って、如何にもほろ苦い指先を悴ませるようにねっとりもっそり絡み付いてる感じですね」
 初見のお客さんにはその変てこな詩情を語らないで欲しいです。
 店の中にまで聞こえてますから。
 
 
 
 
 
 
「没個性没個性と謳われるこの時代だからこそ、あたしはこの話を誰かに聞かせてあげたいのさっ! きっと人生観が変わるよコレっ!!」
 そう言って、清澄さんは力強く拳を掲げた。あたしの横顔に視線を送る事も忘れていない。
 あぁ、早くお客さん来ないかな。
「ちょっと菜月。もうちょっとあたしの話に興味を持って欲しいんだけど」
 あたしが無反応でいるからなのだろう。途端に清澄さんは頬を膨らませて、袖をぐいぐい引っ張って来る。年上らしからぬ仕草である。
「聞いてますよ。何もかもがのっぺらぼうな、顔も自我すらも散見出来ない没個性共が跳梁跋扈する時代だからこそ語勢も激しく声高に叫びたい、そんな煮え滾るマグマの如き熱い思いが清澄さんの実は何気にしょっぱい胸を一所懸命膨らませてくれているんですよね」
 溜め息交じりにあたしは言葉を返す。毎度毎度のパターンにちょっと疲れて来ています。
「何よそれ? すんごく興味なさそうじゃん、もっと食い付いてよぅ。ってかしょっぱい胸ってテメェ固羅」
 ムッと眉根を寄せて清澄さん。いや、食い付いても言われても。
「どうせまた、ツンデレだったからっ! とか、これが人間観察の賜物なのよっ! とか、実は今さっき思いついたっ! とか言うんじゃないんですか? オチも中身もない意味不明な話にはもう、ほとほと草臥れましたよ」
 物真似の皮肉を込めつつ、あたしは清澄さんを見やる。
 機嫌を悪くしたのだろうか、何故か清澄さんは神妙な顔で口元に手を添えていた。
 言い過ぎたかも、と罪悪感を抱いたのも束の間。
「……似てる」
「はい?」
 清澄さんはぼんやりと呟くと、
「今の物真似、似てたね。ううん、物真似ってレベルじゃなかったね最早」
 まるで褒め称えてくれるかのような笑顔を輝かせる。ってか間違いなく絶賛の笑み。
「ようやく花開いたって言うのかな……驚いたね」
 続けて、パチンと拍手を一つ。
 唐突なベクトル変換に驚いてるのはあたしの方である。何故そこで喜ぶのですか。
 しかし、清澄さんの愉悦は止まらない。
「良いねぇ、良いよ。うん。あたしはきっとこの時を待っていたんだよ」
「いやっ、あのっ、その――」
 あたしの動揺を他所に。
 清澄さんは何度も首を縦に振り、ドカンと破顔一笑で、
「菜月、だんだんあたしに似てきたっ! 嬉しいねぇ」
 ああああ確かにそうかも。
 
 でも、すんごい複雑。
 
 
 
 
 

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