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清澄さんコミュの清澄さん8

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 今日はあたしにとって記念すべき日になるであろう。
 そう、遂に自分の売り場が完成したのだ。
 商品の積み方に気を使ったり、中段の高さを調整したり、普段は何も感じずにやっていた事でさえ今は楽しくて仕方がない。手作りのポップに至っては自己最多の12色。めっちゃカラフルに仕上がっている。手伝ってくれた仲間の皆様にはひたすら感謝の辞を送るばかりである。
 時刻はもうすぐ夜十時。本格的なお披露目は明日、つまり来週になるだろう。
 心地良い疲労感に包まれながら、あたしは完成したばかりの棚の前で首肯を繰り返していた。
「お疲れちゃんだね、菜月」
 後ろから声を掛けられる。振り向かずとも、声の主は言わずもがなだ。
「清澄さんのお陰ですよ」
 そう言って、あたしはもう一度首を縦に引く。
「確かにこのアイデアは、面白いかもしれませんね」
 改めて眺めると、成程確かに目を惹くものがある。
「雑貨ってのは、実用性よりも意匠性よりも一瞬の感性だからね」
「確かに実用性は皆無ですもんね」
「でも、手に取ってみたくなるでしょ? 集めるんじゃなくて、作れるんだもん」
「はい」
 照れ隠しにあたしは笑って、棚に並べたばかりの商品を一つ、手に取った。
 ままごとばかりをしていた小学生の頃をついつい思い出してしまう。
 清澄さんがあたしの為に考えてくれた謎のアイデア『粘土』は、所謂『食玩』を指していたのだった。まぁ、一言で『食玩』と言っても多様なデザインが溢れるこの時代では範囲があまりにも広すぎるし目新しくもなんともない。
 だが、それが清澄さんがくれたヒントだったのである。
 集めるのではなく、自分の手で作る。
 選んだ商品は、平たく言ってしまえばつまり自分で食玩を作るキットなのだ。
 何でも、粉粘土のようなものを水で練り固めるだけで、簡単に様々なデザインを作れてしまうらしい。今回取り揃えたのは、洋食セットとかハンバーガーセットとか主に食品サンプル系がメインなのだが、パッケージ写真を見る限りは中々クオリティも高い。
 パッケージ化された商品なのでそれほど値が張るものでもないし、種類も豊富なので棚に陳列すると見栄えも良い。店長が即発注してくれただけの事はある。
「それにしても、よくこんな商品があるって知ってましたね」
 まじまじと外装を眺めながら、あたしは感嘆符を浮かべる。ちらり目を向ければ、清澄さんはやっぱり鼻を鳴らしてたりする。
「至る所にアンテナを張っているからね、あたしは。常に感性を磨いていたいのさ。ほら、言うじゃない? 三つ子の魂魄百までって」
「多分それ、意味違います。魂魄って」
「じゃあ、あれだ。雀死んでも踊りを忘れずって――」
「地縛霊みたいな雀ですね」
「雀、海に入って屍となる?」
「まんまじゃないですか。しかも関係ないし。蛤となる、です」
「……雀の千声鶴の一声?」
「それはもっと関係ないです」
「まぁ、つまりあたしは菜月にとっての鶴だった、って事だね」
 そう言って、隣で胸を逸らす清澄さん。わざとらしい言い回しをしていたのは偏にその一言が言いたかっただけなのだろう。故にあたしもツッコミを入れない。
 嘆息しつつも、今はそれも楽しいのだ。これが達成感の仕業ってモノだろう。
 しかし。
 食玩を粘土って呼ぶのだろうか。
 ていうかこれ、清澄さんが欲しかっただけじゃないのだろうか。
 助力して貰っておいてそれは失礼な考えかも知れないが、
「これでまた一つ、この町が便利になったね……」
 腕組みしながらしみじみと呟かれると、満更邪推でもなさそうだから困ります。
 
 
 
 
 
 
 
 今日の清澄さんは妙にハイテンションだ。
「やぁやぁ皆の衆。今日は汚れちまった市井の中、汗だくんなって労働に身を粉にしてる皆の為に労いのクリスピークリームを買って来てあげたよっ」
 店に入って来るなり馬鹿でかい声でぶんぶんと片手を振る。どう考えても喧嘩を売ってるようにしか思えない発言だったが、あたし達の関心は別の所へ向いていた。
 そう、いつもの二宮金次郎スタイルではないのだ。仕草も表情も服装の色も殊更に明るい。珍しくグロスを塗っているのか、唇までキラキラしてる。
 しかも、明るいだけではない。勤務態度もいつになく真面目なのだ。品出しはおろか、店内清掃まで懇切丁寧にやっている。少なくともあたしは今まで羽箒を持った清澄さんを見た記憶がない。
「いらっしゃいませっ!」
 挨拶の声も甲高いし、そこはかとなく可憐だ。ちゃんと働けばこんなにも客の目を惹く事が出来るそのポテンシャルに改めて驚いてしまう。
「清澄さん、今日はすごい機嫌良いですね。何か嬉しい事でもあったんですか?」
 客足が途絶えた隙を縫って、あたしは声を掛ける。
 きっと清澄さんはその質問を待っていたのだろう。只でさえ緩みまくりの頬を更にとろ〜っと弛ませて、
「やっぱ分かっちゃう? 実はね、宝くじ。当たったっ!」
 嬉々として弾ませると、まるで幼稚園児のようにぴょんぴょん飛び跳ねる。
 この喜びっぷりは、まさか。
「もしかして、結構な額だったんですかっ!?」
「十万っ! 十万っ! 十人十色の諭吉が十人もっ!」
 すごい。
 意味不明な言葉にツッコミを入れるのも忘れて、あたしは素直にそう思っていた。
 振って沸いたような小遣いにしては結構な大金である。ここまで浮かれるのも無理はないような気がする。
「凄いじゃないですかっ! おめでとうございます」
 そう言って、あたしは微笑んだ。ガッツポーズの清澄さんは、「ありがとっ」とウインクをしてから、得意気な顔で店の外へと目を向ける。
「いやぁ、やっぱり毎晩東の夜空に願掛けしてたのが効いたんだろうね」
 そんな事してたのかアンタ。
 思わず声が零れそうになるが、水を掛けるのも良くないとあたしは慌てて口を噤む。
 宝くじを買った事がないのだけれど、きっと物凄く嬉しい事なのだろう。
 清澄さんの視線を追って、あたしは精一杯の当たり障りのない感想を述べた。
「何か年末にそんな幸運があると、気持ち良く新年を迎えられそうになりますね」
「いや、今年中に使い切っちゃうよ?」
 清澄さんは途端に表情を変え、さもあたしの言葉が信じられないと言った顔をする。
「この程度の僥倖、いつまでも噛み締めてたら人間ちっちゃくなっちゃうもの。ここは思い切り良く散財しないと」
 驚くあたしを尻目に、達観し過ぎて寧ろぶっ飛んでる意見をのたまう清澄さん。凛然としたその横顔はまるで、ついさっきまでの高揚っぷりが嘘のようである。
 絶対本気で喜んでたと思うんだけど。
「あの、それは勿体ないんじゃないかと思うのですが……散財って自分で言うのもどうかと……」
「大丈夫。例えお金は消えても、この感動と興奮は……思い出としてちゃんと刻まれるから」 
 その理論は大丈夫じゃないと思います、多分。
「そう、まずはベッドを買い換えて、それからパントンの椅子を買うんだ。アレッシちゃんの壁掛け時計に小物入れ、それとキッチン周りを全部柳にっ! シュシュも欲しいし、新しいサテンワンピースも欲しいなぁ……後はブーツとマフラーと……」
 再び頬をとろ〜っと弛ませて、指折り笑う清澄さん。
「あっ、あの……清澄さん? そのラインナップ、十万円越えてません?」
「お金じゃ買えない価値を得たんだもんっ!」
 恐る恐る指摘するあたしに、清澄さんはギラギラ眼光を走らせて吠える。
 ダメですね、この人。
 
 
 
 
 
 
 
 冬の訪れを前にして、街路樹達は既に葉を捨て去っていた。
 剥き出しの樹皮は罅割れの闇を孕んだ茶渇色。歪に捻じ曲がった枝は細く鋭く、凍える季節に厳しさを添えている。
 地下鉄の改札を抜け地上に上がり、緩やかな坂道を登る事約七分。藍色の看板に光を灯して、その雑貨店は根を下ろしている。商店街の中でも異彩を放つその店舗は通称『夢売屋』と呼ばれ、十数年も前から地元の人々に親しまれて来た。十坪にも満たない売り場面積にも関わらず店内には所狭しと棚が並べられ、小さな迷路を形成している。
 棚を埋め尽くす多種多様な雑貨達、それは云わば肥大化した挙句に爆発し、無理矢理ベクトルを枝分かれさせた人間達の欲望の象徴とも言い換えられるだろう。
 時刻は夜八時半。通りをすり抜ける風は強く、時折口笛のような嬌声を上げている。気温計の中で蹲る純水銀は更に高度を下げ、その影響なのか、今日は店に訪れる客も少ない。
 レジカウンターの上に頬杖を突いた王本菜月は欠伸を噛み殺すふりを装って、小さな溜め息を零した。
 まだ幼さの残るその表情には、まるで羽化を拒んだ蛹のような儚さが滲んでいる。
「あと一週間……か…………多分、あっという間……なんだろうな……」
 呟く声音もまた脆弱だ。かろうじて言語としての響きを保っている程度だった。よく見ると、華奢なその背中は小刻みに震えている。王本菜月は今、怯えていた。
 本来の自分は此処に居れる状態ではない。彼女はその絶対零度の現実を知っている。
 だが、王崎菜月はこの場所を訪れる事を選んだ。目を背けたのではなく、自らの意思で変わらない日常を選択したのだ。
 覚悟を決めていたからこそ、きっと怯えていたのだろう。恐怖の源泉は生への渇望なのだ。 失ってしまったものはあまりにも大きく、尊い。
 店内の隅で煌きを放つガラス細工をじっと見つめながら、菜月は深呼吸を繰り返した。
「怖くない、怖くなんか……ないのに」
 言い聞かすかのように呟いて、菜月は手の平に目を向けた。凡そ三十分前、トイレに駆け込んだ時に見たものは、その手にべっとりと染み付いた赤い血液。それは、他ならぬ菜月が吐いたものだった。
 少しでも気を抜けば、すぐにでもこの意識は途切れてしまう。いや、今はまだましな方かも知れない。出勤前に服用した薬がそろそろ効果を失う頃なのだ。麻酔から目を覚ませば、泣き喚きたくなるような痛覚が頭を、心臓を襲う事を知っている。張り詰めた糸が限界の悲鳴を上げている事も知っている。
 しかし、それでも、
「あたしは……最期まで、笑っていたい……もん」
 祈るように胸に手を添え、菜月は瞳を閉じた。そして、最後の言葉を呑み込むと同時に顔を上げる。従業員用の扉が開いた事に気づいたのだ。菜月が纏っているものと同じ、深緑のエプロンに身を包んだ女性がゆっくりと近づいて来る。
 彼女の顔を見ていると、自然に菜月も笑みを浮かべてしまう。
「お疲れちゃん、菜月。休憩入っちゃいなよ?」
 そう言って、清澄白河は菜月の肩を優しく叩いた。その感触に、菜月はほんの一瞬だけ泣き出しそうになってしまう。が、刹那に陽気な表情を取り繕った。
「そうですね。じゃあ売り場、お願いしますね」
「うん。今日は客も少ないし、ゆっくりすれば良いよ」
 白河の言葉に深い一礼を残して、菜月は休憩室へと向かう。
 踵を返した途端、激痛が襲った。弾けるような衝撃に顔が歪む。足元の感覚が一瞬で消失する。
「……まだっ!」
 まだ崩れる訳にはいかない。
 菜月は小声で呟き、指先に力を篭めた。爪を立てて胸を押さえつける。
「菜月? どうしたの?」
 背中越しに掛けられた白河の声で、菜月は目を覚ました。
「いえ、何でもないですよ。温かいから眠くなっちゃって」
 振り返り、菜月は微笑む。吊り上げた頬が、口元が痛い。
 だが、決してそれを悟られてはいけないのだ。
 少なくとも、世界で只一人。
 清澄白河だけには。
「そっか、じゃあ一時間ぐらい仮眠してて良いよ? マネージャーにはあたしが伝えておくから」
「ありがとう……ございます」
 渾身の笑顔で菜月は返した。白河の気遣いよりも、彼女に隠し果せた事を何よりも喜んでいた。安堵の息は今、濁った咳へと変わる、
「うんうん。体調悪そうだし、ゆっくり休むが良いよ」
 白河はそう言って、片手を上げる。それは、いつもと変わらない何気無い所作。
 そう、菜月の足を止めるには充分過ぎる程に。
「……あのっ!」
 気づけば、菜月は声を上げていた。自分でも掌握出来ない波が心を打ち震わしていた。
 今しか伝えられない言葉がある。
 例えるならば、一瞬で媒介を奪う程の熱量と、爆ぜる炎。
「んん?」
 菜月の呼び掛けに、白河は手を止めて顔を向けた。目が合う。呼吸が止まる。
 指先の震えも、また。
「……やっぱり、休憩時間はいつも通りで良いです。ありがとうございます」
 はにかむように、菜月は小走りで売り場を後にした。
 
 無人の休憩室に駆け込むなり、菜月はその場に崩れ落ちた。薬は疾うに切れていたのだ。細切れの呼吸を刻み続けて、涙と声にならない嗚咽を洩らし続けた。
 それでも菜月は口元に笑みを浮かべていた。
「大丈夫……まだ、頑張れる……一時間も、寝てられない……」
 残された時間は、ひと握り。
 だからこそ、清澄白河と笑っていたい。
 願わくば最期の一瞬まで。
 その想いだけが、菜月の鼓動に光を留めさせていた。
 
 
 
「…………何ですか、コレ?」
 これが、ようやく口に出せた言葉である。ノートを読み終えてから既に一分以上経っていたような気もする。
 つまり、それだけ長い間あたしは言葉を失っていたのだろう。
「だから言ったじゃん、夢日記って」
「いやそういう事じゃなくて」
 今回ばかりはあたしの口も鋭い。
 ちなみにその間、更に言えばあたしがノートを読んでいる時からずっと、清澄さんは腕を組んでにんまりとふんぞり返っている。
 清澄さんは、最近夢日記を書くのに嵌っているらしい。
 そんな前振りで押し付けられたのが、この夢日記ノートである。特に昨晩見た夢はドラマチックだったから、と半強制的にこの話を読まされた訳なのだが、
「……何から言えば良いのかも最早分からないんですけど、まずコレ、日記じゃないですよね? そんで、『夢売屋』って何ですか? あたし全く以って初耳ですよ? 歴史も面積も適当そうだし、人間の欲望云々も意味不明だし――」
「まぁまぁ、そこは小さな事だよ。肝心なのは――」
「何であたし死にそうになってるんですかっ!? 何か不治の病っぽい描写だしっ!? 何が『あと一週間』ですかっ!? そんな状態でバイト行く訳あるかっ!」
 積もり積もったもんを爆発させても尚、清澄さんは笑みを浮かべてやがる。
 おかしいってその反応。
「ドラマチックでしょ? あたし起きた時ちょっと泣きそうになったもん」
「何がドラマチックですかっ!? ていうかあたしと清澄さんの関係おかしいでしょっ!? 普通にドン引きするわっ!!」
 これだけでもはらわたが煮えくり返ってるのに。一番許せないのは、
「そもそも、あたしの苗字っ! 王本じゃないっ! 玉本っ! バカじゃないですかっ!?」
「えっ?」
 そうなのである。清澄さんはあたしの苗字さえ間違えているのだ。日記に記すならそれ位はちゃんと把握しておいて欲しいものである。
「……まっ、まぁそれは……ほらっ!? フィクションって事で仮名で……」
 痛い所を突かれたのか、清澄さんは目を泳がせて苦笑する。随分と苦し過ぎる言い訳である。
「それにさ菜月。何かさ、仮名にしとかないと予知夢っぽくて怖いじゃん?」
「笑えねえってっ!!!」
 やっぱダメでした、この人。
 
 
 
 
 
 
 

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