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牧野富太郎コミュの自己紹介など 

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こんばんわ、このコミュニティをクローズするようなお話があったもので、受けてたつことになりました。正直な所ここに登録されていらっしゃっている皆様のことも良くわかりませんので、改めて自己紹介トピを立てさせていただきます。
管理人を請け負ったのは、west-highlandでございます。私は燃料系の会社に勤める一般人であり、牧野富太郎とは縁もゆかりも・・・ある人です。地味なコミュニティですが、メンバーさん同士の交流を期待しております。では改めてよろしくお願いいたします。なお、仕事上ではMIXIが見れないのでコメントなどは異常に遅い可能性があります。

コメント(59)

すぎさん> 私も始めてこんな話を聞きました、そうですか。私の祖母も知っていたのかどうか?もしかしたら家族に内緒で外で桜草を食べていたのかもしれませんね。いままで読んだどの本にも出ていないですから貴重なお話でしょう。黒表紙の2巻セットですか。うちの実家にあったかも知れませんが、今は全部植物園にいってしまったので探す余地もありません。植物園の史書の方に聞けば出版者など手がかりが見つかると思いますよ。

カエルさん、ともっちさん、tomozoさん>コミュニティにいらっしゃいませ。じみーな感じで進めていますが、時間を見つけてはいろいろ情報交換をさせていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

私も仕事で高知に行ったのですが、時間が取れなくて植物園にいけませんでした。
west hightland 1966 様

コメントありがとうございます。

肝腎の桜草には手をつけられなかったのでは…

〉植物園の史書の方に聞けば出版者など手がかりが見つかると思いますよ。
そうですね。植物園にも何時か行ってみなければなりませんね。
小豆島までは行ったことがあるのですが、四国は未踏の地です。
 
Ulvaと申します。
大学の植生を調べるのに牧野図鑑にはすごくお世話になりました。
このコミュニティで牧野博士について勉強させていただいています。
>west highland 1966さん
こちらこそ、よろしくお願い致します。

この間、牧野富太郎植物園に新しくになってから初めて行ったんですけど、牧野先生の人形のリアルなこと!
あと、でっかい牧野先生の顔のモニュメントが最高で
写真をいっぱい撮りました。
植物学が好きじゃなくても、楽しめる場所です、あそこは。
 はじめまして。

 仙台の男性です。学生時代は、薬用植物が好きで、
「牧野植物図鑑」には いろいろ お世話になりました。

 現在は、水質検査員をしており、植物プランクトン等を
みています。(^_^)

 よろしくお願い申し上げます。
小学生の時、図書室に「二宮尊徳」「エジソン」
(この2人のは読みませんでした)とかに混じって
「牧野富太郎」があって、特に植物に興味があった
訳でもなかったのに借りて読みました。でも、内容
は覚えていません。その後、何度か植物図鑑も借りて
眺めました。

そして、大人になって、なぜかオランダへ来て、
なぜか植物園のガイドブックの日本語訳や、
シーボルトハウス(シーボルトが持ち帰ったものなど
を展示している旧シーボルト邸です)のコレクション
の翻訳の仕事をしたりする機会があり、色々調べていると、
再会するんですよね、牧野富太郎と。マキノの文字
を何度目にしたことか。

また、これも大人になってからどこかで(それも偶然)
読んだ、牧野富太郎の色々なエピソードから、本当は
「偉い人」というよりも、かなりぶっとんだ人だった
のだとだんだんわかってきました。

今ではとても植物に興味を持つようになりました。
よろしくお願いします。
はじめまして。
大学(学部)の研究室の先生が、高知県立牧野植物園の園長だったこともあり、
ゼミ旅行は毎年牧野植物園という研究室の出身です。
しかし残念ながら、都合がつかず僕自身は牧野植物園に行ったことは無いです。
近いうちに、是非行きたいと思っています。
牧野先生の植物のネーミングセンスには疑問を感じることもあり、
牧野先生は気になる存在。
もちろん植物も好きです。
どうぞよろしくお願いします。
 はじめまして。昭和52年に大学に入学して、教育学部ですが一応3年と4年は植物分類学(ただし微細な藻類である珪藻)の研究室に所属していた落ちこぼれです。今は無職です。
 牧野新日本植物図鑑(おおまきの)と学生版牧野植物図鑑(こまきの)を持っています。小牧野のほうはタイトルは正確ではありません。こんどはうちにいるので、学生版は実家のほうに置いているので。
 牧野博士のエピソードで、学校の先生から聞いたと記憶していますが、だれかが植物の皮をむいた芯を渡してなんの茎だと聞いたところ、博士はちょいとかじってすぐに正確に答えられたという話を聞いたことがあります。よってむしゃむしゃ食べていたというのは納得できる話です。
 よろしくお願いします。
はじめまして。
小さい頃、植物図鑑が大好きで
大学時代に学生版牧野植物図鑑とめぐり合い再燃。
結婚・子育てでばたばたしているうちはあまり考えなかったのですが、
子供の受験勉強の理科に付き合っているうちにまたまた再燃。
原色が欲しい今日この頃。

いつかボタニカルアートを習得して
植物画をかけるようになりたいな、と思っています。
牧野植物園も絶対訪れたい場所のひとつです。
どうぞよろしくお願いいたします。
はじめまして。
父の持っていた図鑑を子供の頃から眺めており、結婚して家を出る際にこの本だけ黙って頂いて来てしまいました。
広辞苑より引いた回数は多い筈なのに、博士の偉業については何一つ.......

宜しくお願い致します。
はじめまして。

小学生の頃、植物図鑑が好きで 牧野富太郎を知り、
文集に牧野博士のようになりたい、と書いてしまった程。
今は全く違ったことをしていますが、、
高知の植物園にいつかいきたいと願っています。
曾祖父さんが熊楠との仲介というのもまた凄いですね。
お二人の交流はとても興味いです。

宜しくお願いします。
はじめまして
庭の草がきっかけで、野草に興味を持つようになり、牧野さんのことを知りました。
見逃すまいと観察する姿勢が画から感じられて、牧野さんの植物画、大好きです。

どうぞよろしくお願いします。
はじめまして。
牧野富太郎先生のコミュが有るとは・・・スゴイ。
牧野植物園が大好きで、牧野ファンになりました。
はじめまして。
『牧野富太郎植物記』。。子供の頃によく読んでて大好きでしたv
植物園にもいつか行ってみたいです。

よろしくお願いします。
 はじめましてこんにちは。
 僕が幼い頃、子どもの日に背比べをして柱にしるしをつけいたのですが、頭を押さえるのにつかっていた道具それが牧野富太郎植物図鑑でした。そのおかげで家族の間でその背比べのことを「とみたろう」と呼び合い、何も知らない僕は一般的にそうなのだとずっとおもっていました。そのまま月日が流れ、大学に入りとあるきっかけでその事実について知ることになりました。どっかーん。その日以来、こんどは牧野富太郎さんについての興味が深まり、書物を探したりしながら生活しています。世間にはいろんな人がいて、ここに書かれている方々ひとりひとり違った分野から来てここに集まるということ、当たり前のことなのですが機械音痴な僕にはとても新鮮に映ります。是非、今後とも一つよろしくどうぞー。
>anmoさま
「とみたろう」すごい出会いですね(笑)
ほのぼの楽しいエピソードで心があたたかくなりました。
練馬区大泉の牧野植物園は幼いときからの散歩のコースでした。
博士のすばらしい観察画に驚き、そのころ少々荒れ果てていたので幼心にカナシイ思いがありました。

今は大変キレイに整備されています。古い木造の家はそっくり建物の中におさまっています。入り口で名前と住所を書くだけ、無料です。

高知の植物園を知らずにいました。なんと大きく立派なところでしょう。いつの日にか訪れてみたいです。

管理人さんは曾孫ですって!?驚きました。
はじめまして!

チュミさま>
先日私は『牧野記念庭園』に初めて行って来ました。
あそこがお散歩コースだったなんて羨ましいです!
自然の状態を生かしつつもほど良く管理がいきわたっていて、
心地よい場所でした。以前は荒れていたんですね。
ますます富太郎に魅了されました。
また行きたいなぁと思っています。
高知の植物園にもいつかきっと・・・。
はじめまして
植物と生態系そして地球環境保護に関心を持っています
最近兄からに牧野日本植物圖鑑(北隆館)をもらいました
よろしくお願いします
高知の牧野植物園のすぐ近くに、3歳〜12歳の間住んでいました。学校の遠足や、父との散歩で出かけた植物園は私にとってとても身近な存在でした。富太郎先生の銅像の下でお弁当を広げたことを思い出します。 去年の夏、10年ぶりに植物園を訪れましたが、施設も綺麗になり、さらに素敵になっていました。温室が昔のままだったのも嬉しかったです。(写真)
これからも、富太郎先生と植物園をずっと好きでいようと思います。
友人の持っていた学生版原色牧野日本植物図鑑に惚れたのがはじまりです

高知の牧野植物園へ行ったときは感動しましたが
家の近所の首都大学に標本館があると知ったときは驚きました
でも入るのは研究者に限られていました
たまには閲覧会でもあるといいのにな〜 と指をくわえています

宜しくお願いします
>首都大学に標本館
見せていただいた事があります。ここはすごいです。シーボルト標本もたくさんありました。
一部の標本はホームページで見ることが可能です。
http://wwwmakino.shizen.metro-u.ac.jp/herbarium/herbarium_frame.html
かなりの量で力の入ったSITEです。
 あかね書房「牧野富太郎植物記」全8巻、小学生の頃の宝物でした。もちろん今も。
 牧野図鑑は今でもたまに開きます。
 
 いいコミュですね。無くすなんてとんでもない。
僕は中学生の時、牧野富太郎と言う人物の存在を知りました。
同じ佐川町で、結構自然が好きだったので、植物を調べてましたね。「サカワサイシン」と「バイカオーレン」この二つを追って野山を先生と駆け回っていました。
確か、中学生の研究発表などにも出ました。いい思い出です。

今でも、黒岩は自然がいっぱいだから植物ものびのび暮らしているんでしょう。
本当にいつまでもよく続くコーナーですね
牧野先生の主流を外れた正統な研究姿勢に引き寄せられるのでしょうか
初めまして!
牧野先生の偉人伝を子供のころに読み、その姿勢に魅せられたものです。自然の植物の観察が大好きです。
よろしくお願いします。
私の友人→あおぞらさんから紹介されて書き込みをしました。
 私の父【竹田功】は牧野先生の『東京植物同好会』の会員で、生き残っている最後の高知出身の会員です。
(生き残っている最後の会員ではないかと思います)
 牧野先生が世界的に有名になった、【ムジナモ】を牧野植物園が新しく開館した時に寄付をしたのも私の父です。
(植物園にもなく、学芸員も含め誰もムジナモの花を見たことがなかった)
 父の牧野会館の講演のとき、全国からみえられた牧野ファンが「ムジナモ」の小さい白い花が咲くのをずっと待っていました。(ムジナモは十年に一度くらいしか花が咲かない)
 牧野先生が、私の父に→【これを(ムジナモ)学会に発表したために、学会からいじめられ、ずいぶん妻に苦労をかけた】と柳の枝でさしながら私の父に話したそうです。
 高知県出身だから、私的な話やずいぶんかわいがっていただいたようです。(故郷を追い出されるようにして東京に出てきた牧野先生は、父が牧野先生の故郷と近かったせいで、ずいぶんいろいろ故郷話をしたようです)
 学徒出陣のとき、牧野先生の石神井のお宅に伺いご馳走になり【こんな戦争で死ぬな】といわれ父は生き抜いたとも話していました。

「竹田功会館記念講演より抜粋」

「牧野博士との出会い」
東京農業教育専門学校(=現筑波大)に入学し、牧野博士指導の『東京植物同好会』に入会しました。何回か採集会に参加しているとき博士と話をするチャンスを得、博士も同じ土佐出身者の私に会えて嬉しかったのでしょう。このとき以降、多忙な植物採集の際でもお声をかけていただけるようになりました。
〜牧野富太郎記念館 会館記念講演〜
『牧野博士の思い出を語る 平成12年2月4日』より


【高知新聞記事より、平成12年7月】
ムジナモはモウセンゴケ科の浮遊性の食虫植物で、牧野博士が日本で初めて発見した。現在は竹田 功氏の庭にプラスチック容器の中と牧野植物園にのみ保存されているだけである。当時、ムジナモは花を咲かせないとされていたが、博士はその花を世界で初めて確認し、その植物画は植物分類学の権威であるエングラー著の教科書に引用され、世界に博士の名声が知れ渡るきっかけとなった。博士はこれを発表したため東大や学会から追い出されることになる。竹田氏によれば、博士は竹田氏に『これは沼にいる植物で世界でも大変珍しい。これを学会に発表したために学会からいじめられてね。妻に苦労をかけたんだ・・・・。』と話す。
県立牧野植物園にて直径4ミリほどの白い花を咲かせた。世界でも絶滅状態になっている珍しい植物で、花が咲くのは10年に一度。開花時間もわずか1時間ほどという幻の花。同園の職員も『博士の植物画でしか見たことがない。』と始めて見る花に目を丸くしていた。
(高知新聞より、写真は平成12年7月)

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