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【詩】を書く人。コミュの詩考

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初めまして、詩や言葉に重きを置いているであろう皆さんに質問したくてトピ立てしました。

詩を書き始めます。何回も何回も。
すると段々自分自分が書いてる詩が変化し
それで或いは良いものがかけるようになったな、とか
そう思える時があるかと思います。
そんな時、
「自分は何のために詩を書くのか」
「どんな物を自分は書きたいのか」
上の様な事を思った事のある方、いらっしゃいませんか?
興味本位と言えばそうですが詩を書く方々の意見を聞いてみたいです。

ちなみに俺は思ってる事や心に浮かぶ風景、簡単だけど見逃してまた見つけたもの、自分の中で弾けそうな感情
そういうものを純粋で、しかし蜂の針のように一度受けたら抜けない自分の言葉と表現を使って吐き出すことだと思います。
多分それが気持ち良いんだと思います。

皆さんも良ければこんな風にご自身の考え方を書いて見て下さい。
詩人の内面を聞く、というのも中々面白く、跳躍に繋がると思います。

コメント(359)

文学にしろ 絵画彫刻にしろ 音楽にしろ 写真や映画、演劇にしろ
それらのすぐれた作はみんな 人間の心の深層を投影している
それらをないがしろにするのは ひとの精神をないがしろにするのと同じことだ。
懐(ふところ)を述べる


詩は小動物にも
妖精にも
怪物にもなる
ただの生きものでいいよ
魔にはしたくない
この子の生みの親としては。


指田悠志
ひとつ
積み上げて
ふたつ
崩れ落ちて

ひとつ
磨き上げて
ふたつ
痩せ細って

簡単に流れ去る
波打ち際の砂の塔
それでも
それでも

ひとつ
積み上げて
ふたつ
みっつ
よっつ
喪っても

未だ、
ありふれた
百万の陳腐の上に
ひとつ星は輝く

ありふれた
幾億の陳腐を交わして
人は人を識る

ありふれた言葉の
その先にだけ
咲く花

ありふれた
無数の陳腐に立つ
ありふれた
私たち、
時には
詩を投げ棄てよう

それしか無いと
盲執に狭まった視界を
叩き割ろう

魂は
もっと自由な筈だ、
不自由な詩人が嫌いだ

読者でも道徳でもプロパガンダでも同じ
己の魂の外側に理由を置く詩人が嫌いだ

この御時世に戦争を賛美して
殴り倒される位の大馬鹿が好きだ

大馬鹿だけが
詩人を名乗れば良い、
詩人は
狂って在るほど
強い

道徳を投げ捨て
論理を蹂躙し
エロもグロも喰らい
生命の尊厳さえ鼻で嘲笑う
どうしようも無いキチガイが
一番強い

そんなものに憧れる
どうしようも無い
私の凡庸、
未消化で
筋張った主題と
噛み砕けず
持て余した単語に
尖り過ぎて
あちこちに刺さる表現を
ひとつ鍋に纏めて
ひと晩ほど
自身の感情から突き放し

ほとぼりが冷め
客観視が出来る様になったら
もう一度火を入れて
味を調和させ

はい
出来上がり、
なんだよ
詩人に読ませる詩が書きたいのかい?

私は嫌だね
そんな閉じた輪の中で笑うなんて。

放っておいてくれよ
独りで歩くから、
伝えたい言葉なんて無いよ、

余計な思惑なんてみんな雑音だ、
そんなもの全てを削ぎ落とした先に
屹立する言葉が欲しいだけ。
ぴえん

この国で
詩は
死に瀕して居る
ぴえん

先月まで
ぴえんの意味も
知らなかった様な
旧世代の私が
理解可能な美意識と
理解可能なロジックの詩に
未来は無いよ
ぴえん

明日の詩は
明日の詩人が書くものだ
私達では無く

ぴえん、
時折
自分の作品を
著名な詩人達の間に
挟んでみる

いやもう
身悶えする位に
見劣りがして
情けなくて
恥ずかしいね

時折
自分の魂に
マゾヒスティックな
鞭を入れる

遠いね
高いね
あの場所まで

行きたいね、
自分の為に書かれた詩と
詩人の為に書かれた詩と
神様の為に書かれた詩は
退屈だ

極論なんて
馬鹿の結論だ
読み手と書き手の間で
詩とポエムの間で
素朴な初心者と
老獪な熟練者の間で

迷いながら
決める大道芸こそが

きっと
詩だ、
一篇でも多く
詩を読みたい

どうしようも無く
凡人な私が
前に進むには

誰かが通り過ぎた
誰かが到達した
あらゆる地を踏んで

その向こうを
探すしか無いから

小石を積んで
天を目指すような
徒労だとしても

それでも、
決して他者へ向ける物ではなく
全て自分へ向けた毒薬
自己満足ナルシストの自慰
人を鼓舞するメッセージ性など皆無
俺だけが理解出来ればいい
詩だ

どれも詩だ

馬鹿みたいに広い間口の儘
何でもかんでも呑み込むのが
詩だ

どっちが上か
どっちが高いか
それさえも
各々で勝手に決めて
各々で勝手に積み上げる
それが詩だ

競いたい奴は競え
掘り下げたい奴は掘れ
みんな詩だ

狭い砂場に
線引きは要らないよ、
咀嚼する

固い言葉を砕き
やわらかな舌触りに
硬い概念を砕き
なめらかな口溶けに

咀嚼する

離乳食では
きっと柔らか過ぎる
ごろごろ野菜では
きっと歯応えが過ぎる

誰も
では無く
誰か
では無く
届けたい相手の
貌を見定めて
ぴったりの言葉を
ぴったりの喉越しで

さぁ
召し上がれ、
採点するならば
私の書く詩は60点だ

感性やセンスを諦めた末
必死に欠点を潰して辿り着いた
伸び代の無い
60点

100点分の短所を
150点分の才能で飛び越えた
50点の詩を書きたかったなぁ、
詩考

バラッドは英語なの、フランス語はバラード

詩ですか、ポエムですか?

活字が好きなのは間違いないですが!
mixiが文字の文化で良かったです!
ぼくの詩には
意味がない。 

でも
意味がない
という
意味がある。
言いたい事を言う
現実では全部出せない事も
だから
バーカバーカザーコ
とかも言う
言いたいから
テーマそのものを、秘めている事として、伝えたい言葉を遠回りに
でもそれとなくそのテーマを感じられるように
時に言葉で遊びながら、字面で遊びながら作る時もあれば

文字数の少ないテーマなら、その1文字ずつを細かく切り刻んでその文字の持つ意味合いとか重みとか、雰囲気とかを詩にする事が多いです
空っぽな日には
空っぽを書く

なんて
スローガンだけは
立派なんだけど

空っぽだから
空っぽなのに
何かを汲み出そうなんて
無茶だよなぁ

空っぽを
掘り進めた先に
紅い血でも滲めば
良いのになぁ、
秘すれば花
秘さずれば
花なるべからず

摺り足で
揺らぐ花を描き
その向こう
映らぬ風の姿を
暗喩に

すい、と伸ばし
ゆるり、と散らし
こころは語らず

秘すれば花
輪郭の外側にだけ
聴こえる唄を、
『何処までが詩なのか』と云う問いに
ひとつの現代詩を引用してみようと思います。
少なくとも、此処までは詩だと。

⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯

【脳膜メンマ】ねじめ正一

夕暮れ 三つ目のドアーに消えた お嬢さんをたしかにたしかめるや頑張ってねぇーと
妻と子に見送られながらズボン脱ぎ 魔羅両手でかかえ アパートの階段駆け上り
ドアー蹴破り 手前どもの登場であります ギャーつくお出迎えご苦労様ですと
やや玉置宏風は口先柔らめながら冷蔵庫から玉子をとり出そうとしているお嬢さんの顔面殴りつけ
お嬢さんしとど尻餅つくやにわにピカピカ冷蔵庫に頭打ち
そば寄る手立は濃いーめ濃いーめと嫌がり首振る色白青タンお嬢さんのちょぼふりピンクの御口
魔羅でその身そのままこじあけ お嬢さんの皺ばるえぐい顔つき尻目に
さらに魔羅突っ込み うぇうぇと咽喉の薀蓄押しつぶし お嬢さんの顎骨ぐきっつとはずれるや
もはや永六輔風浅口顎では役立たず 魔羅やにわに引き抜き
立ち上りざま水道の蛇口を引きちぎり 太魔羅トットに埋め込み
それでは拳骨コッキンコッキンと魔羅叩いて腰を振り
お嬢さんににっこり微笑む小川宏風は寸気取り寸からかい際で
お嬢さんのばたつく太モモ 鼠蹊無視して ひっぱり拡げ
さあいくぜと宮尾すすむ風は三白眼口調と盛んに連帯しながら
性毛湧き立つお嬢さんのトンガリ館に魔羅突っ込み
ぎゅんぎゅーんと呼気よろしく嵌め込みラッパ吹かして休むことなく魔羅突き回すのですが
お嬢さん いま気絶されては困りますからしゃんとして下さいよと
魔羅引っこ抜き お嬢さんの顔をまたいでそのまましゃがみ込み
ひとくさり満々と大便耕すやぶわぁーと息吹き返すお嬢さんをたしかにたしかめるや
魔羅の遠雷のがすまいと二、三度頭を振りながら大脳皮質の去来蓋開けて
脳膜メンマにびゅうびゅう充電するや 髪の毛逆立ち黒光り頭顔ボッキにドゥ・ワップと
絶縁装置にお嬢さんの花柄ピンクのシャワーキャップを頭にかぶり
ずどーんずどーんとお嬢さんの性器にかまし入れれば
頭振る饗宴ぎどぎどに致し 動かし 突き上げ
耳の穴からどーっと脳味噌射精するに至るや至るに至ればもう気絶していても結構なのですから
腹が空ったなあーと床に転がるお嬢さんの前歯ぼりぼり噛じりながら
冷蔵庫かかえ上げ ひっくり返し とりあえずは虫おさえにカト吉冷凍エビフライがりがり噛じって
じとじとサマーの滋養強壮のばんめ唸らせるや
アパートの階段下で見張り待機する妻と子に早く来いと今夜の家庭に呼びつけるのであります。
比較級で
詩人を語るのは
得意じゃない

私の胸の深く
打ち込まれた詩の
その幾つかは
ほんの一時
ネットで見掛けただけ
名乗る事さえ無かった
誰でもない彼女の
綴った言葉だから

比較級で
詩人を語るのは
私向きじゃない

一番の
彼女を
語れないから、
『詩とは何か』

そんなものの答えなど知らないし
そんなものは私に必要ではない。

そして
私の書くものが詩と呼べずとも
私の書くものが只の呟きだとしても
そんなものなど知った事か。

私は私の好きに書く、
それを何処の誰がどう評しようとも
そいつはそいつの好きにすれば良い。

詩考

なんて事ない光が艶やかに揺れている

僕は詩について考えた

平な和に叩きつけられた感性

それもありさ

艶やかな光が感情を突き抜けた

生と死の間の時間

そこそこお金がかかる時間

僕らは生きる

そして詩を作る

そこには、なんて事ない光が艶やかに揺れている




詩考


君や僕は生きている

死ぬまで生きている

それは絶対だ

でも、君の人生は僕にとっては風景にしか過ぎない

君にとって、僕の人生は風景にしかならない

僕が君の前で銃殺されても、明日には忘れているだろう

あるいは世間話として消費されるだろう

生は詩になりうるが、詩は生を肯定しない

詩は生を見せ付ける媒体だ

僕の風景を第三者に見せびらかす媒体だ

未熟でも
醜悪でも
独り善がりでも
詩は美しい

醜いのは
詩人が詩人に向けて書く
排他的な詩だけだ

孤高を忘れ
読み手に背を向けた
猿山の詩人達よ
そのまま衰退すれば良い

その程度で失せる文化なら
消えても構わないだろう?
詩が
詩的で在ることを
目指す時
詩は
自らに
枷を嵌める

詩が
読み手を峻別し
試す時
詩は
自らを
窒息させる、

有が欲しいなら過去を掘る

無に驚きたいなら未来を見る

今は堺

詩は、ここにだけある

ここは、過去であり、未来であり、今

詩は、ここにだけある
行き場所のない感情の吐露に他ならないのかもしれません
すけっち


下手でいい
心がこもっていれば
しろつめくさの三枚の葉が
たとえゆがんでしまっても
そこに心があれば

それは詩(ことば)も同じくだ
心を込め
言葉を決めつけず慎重に選んでゆけば
いずれあることばに辿りつく。


指田悠志
表現は無限
解釈も
生きることに
似ている

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