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ARIA The NextGenerationコミュのARIA The NextGeneration 最終節

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 水上バス(ヴァポレット)が停車埠頭についた。
 十数分遅れでやって来た定期便には、早速救助隊員が乗り込み、アルティシアを担架で運び出してきた。彼女の様態自体は、命に関わることは無いらしい。心臓の発作も軽い症状で済んでいるようだ。その事実にその場に居た全員が胸をなで下ろした。
 アルティシアの乗っていたエアバイクも既に回収ずみのようで、灯里とアイは警官に少し事情聴取を受けただけで簡単に開放された。灯里の状態や二人がまだ仕事中であることを考慮して、関係者を伴っての詳しい現場検証などは明日以降に回されたらしい。流石ネオ・ヴェネツィア。この辺りは非常に大らかだ。
 最初にいた野次馬もしばらく経つと消え、この停車埠頭には三人と一匹とゴンドラ一艘だけが残った。水上バスも何事も無かったように再び定期航路に戻って行った。
「アイちゃん、姫屋のカンナレージョ支店に連絡して、手袋無(プリマ)をお一人回してくれるよう頼んでもらえますか?」
 去り行く水上バスの船尾を見ながら、灯里がアイに言った。
「はい、判りました」とアイは、その意味の詳細も聞かずに近くの電話ボックスまで駆けて行く。詳しく聞かなくても、アイには何となくその意味が判っていた。
「とりあえずお客様をARIAカンパニーまでお届けしてさし上げませんと」
 灯里が自ら引き裂いてはだけたままの制服の胸元を抑えながら、アレナに言う。
「私はもうここでもだいじょうぶよ?」
「いいえ、お客様の予定の最後はARIAカンパニーでの下船となっておりますので、最後まで果たさせてください」
 どうやらそれはアレナを無事にARIAカンパニーに送り届けるための算段らしい。アレナは途中のクルーズは特に決めていなかったのだが、下船場所だけはARIAカンパニーを予約の時点で指定しているのだ。
「それに、旦那様と息子さんとそこでお待ち合わせになっているのでしょう?」
「……あ」
 そう、灯里はそこまでちゃんと知っていたのだ。全力を持っておもてなしをする気持ち。それがARIAカンパニーと言う水先案内店の変わらない本分だ。
「補助員であるアイも操船はできますが、彼女は片手袋(シングル)なので指導員が必要です。体力を消耗しすぎた私にはもう指導員としての資格がありませんので、新たな人員が到着するまでお待ちください」
 折角アイが片手袋(シングル)に成れたというのに、こんな緊急事態ではゴンドラ一隻まともに動かせないのがARIAカンパニーというところだ。だからこんな緊急時は結局他社へ応援を乞うしかない。それがARIAカンパニーの最大の弱点でもあろう。片手袋(シングル)ならまだしも貴重な現役手袋無(プリマ)の出向を要請するのは心苦しいが、仕方ない。
 しかしそんな弱点があっても、ARIAカンパニーを一人で守ってきた親友のために助けようとする者もいるのだ。
 程無くして連絡のついたアイが戻ってきた。そして数分後、もの凄いスピードで一隻のゴンドラが現れた。
「灯里―っ!」
 連絡を受けてすっ飛んできた姫屋の水先案内人(ウンディーネ)。その人は誰あろう姫屋カンナレージョ支店支店長、藍華・S・グランチェスタその人であった。
 しかもその藍華を載せたゴンドラを漕いできたのはなんとアリスだったのだ。
 アイから連絡を受けて、取るものもとりあえず支店を飛び出し陸路で灯里の下を目指していた藍華は、たまたま仕事を終え帰途途中にあったアリスのゴンドラを見つけ、事情を説明し飛び乗ったのだ。アリスも持ち前の見事な操船技術を発揮し「なんでゴンドラで迎えに行かなかったんですか?」「それじゃ、あたしがARIAカンパニーのゴンドラに乗ったら、そのゴンドラはどうすんのよ?」と押し問答をしている間に、二人は現場に到着した。
「……あれ? 私は手袋無(プリマ)をお一人頼んだんだけど?」
 まさか支店長自らやって来るとは夢にも思わなかったので、灯里は思わず訊いてしまった。
「だから私がその手袋無(プリマ)よ! 水先案内人(ウンディーネ)が来れば誰だって同じでしょ!」
「でも今日は藍華ちゃん式典があるとか言ってたじゃない?」
「そんなもんは午前中に終わっちゃったわよ! 今は経理の仕事をしてた最中だったの! でもそんなの他の人間にブン投げて来ちゃったわよ!」
「でも、どうして……」
「親友が水に落ちたって聞いちゃ、全部うっちゃってすっ飛んでくるのは当たり前でしょ!」
 何時までも煮え切らない灯里を前にして、藍華がズビシィっ! と言い放った。どう聞き間違えたのか藍華の中では、水に落ちたのは灯里になっているらしい。しかし意味合い自体はそんなに変わらないので、誰も訂正はしなかった。
 そして藍華は癇癪を起こす寸前の顔を急に営業スマイルにすると、キョトンとした顔のアレナの方に顔を向けた。
「お客様、事情は察しております。私は制服は違いますが今からARIAカンパニーの臨時出向社員となりますので、どうぞ安心してゴンドラにご乗船ください。短い間ですが楽しいクルーズをお届けいたします」
 藍華は水先案内人(ウンディーネ)としての顔になると、アレナに品の良いお辞儀をした。
「待ってください」
 唐突に藍華の隣りから手が上がった。
「私《黄昏の姫君(オレンジプリンセス)》も今よりARIAカンパニーの臨時出向社員となります。ぜひとも私に最後のクルーズ、お任せください」
「ぬな!? なんで後輩ちゃんまで!?」
「私だって灯里さんの親友の一人なんです。せっかくここまで来たのですから、灯里さんのためにゴンドラ動かしたいのは、私も同じですよ」
「アンタが乗ってきたゴンドラはどうすんのよ?」
「電話して会社の方で回収してもらいます。事情を話せばそれぐらいやってくれますよ、オレンジ・ぷらねっとは」
 仕方ないとは言え、灯里が何時も頼るのは藍華なのだ。だからアリスにも嫉妬する気持ちが少しはある。もしオレンジ・ぷらねっとがARIAカンパニーの近くに支店を出す計画があるのなら、支店長にイの一番で立候補しようと思ってしまうくらいだ。
 姫屋への要請を奪う形になってしまうが、折角の機会、少しは親友の役に立ちたい。
「むむむむ……ならばしかたない」
 藍華は少し考える顔をすると再びアレナの方に向いた。藍華の考えを悟ったアリスも同時に向く。
「ではお客様、私《薔薇の女王(ローゼンクイーン)》かこちらの《黄昏の姫君(オレンジプリンセス)》か、どちらかお好きな方をお選びください。どちらを選びましても水先案内人(ウンディーネ)としての力は変わりありません。《遥かなる蒼(アクアマリン)》と同等の最高のクルーズをお届けいたします」
 藍華とアリスが同時に頭を下げた。
「じゃあ、私が選んで良いのね?」
 藍華の提案を聞き、アレナが答える。なんだか妙に嬉しそうだと思っていると、アレナの手がオールの漕ぎ手を選ぶために動き始めた。
 そしてその手先が止まった先には
「えーっ!? わたしですか!?」
 つい数時間前に片手袋(シングル)になったばかりの少女の顔があった。
「あっらまぁ〜、そう来たかぁ」
「むむむ、負けてしまいましたね藍華先輩」
「え、あのぉ……どうしてわたしなんですか!?」
 トップ・プリマである藍華とアリスの二人を差し置いて、指名されてしまったのはアイだった。それは驚く他は無い。
「さっき《遥かなる蒼(アクアマリン)》さんがアイさんも指導員がいれば操船できるって言ってましたからね。だから、折角だからアイさんのゴンドラに乗ってみたいなって」
「でも……」
 まさか生まれて始めてのお客様を乗せてのクルーズがこんな早い機会にやってくるとは。しかもこんな状況で。いくら騎士としての覚悟があったとしても、それは少し躊躇いの気持ちが出てしまうのは仕方ないだろう。
「ほれほれ、お客様たっての希望なんだから、お受けしなさい」
 にひひと笑いながら藍華が肘でアイの腕をぐいぐい押してくる。
「そうですよ、アイさん」
 アリスも何時ものクールな、それでいて少し柔らかさを含んだ声で言ってくる。
 アイが灯里の方を見ると、彼女は全てを委ねるように優しく微笑むだけだった。
 だから
「お、お客様、不肖わたくしARIAカンパニー所属片手袋(シングル)アイが、ゴンドラクルーズを承ります。よろしくお願いいたします!」

「ゴンドラとおりまーす」
 アイが声を張り上げ、最後の水路を抜けた。白いゴンドラがネオ・アドレア海に進み出す。
「ほら、もっと身体をくっ付けてください。今のわたしは灯里先輩をあっためる人間湯たんぽなんですから」
 前部座席に座ったアリスは、隣りの灯里の身体を自ら引き寄せるようにしながらいった。
「……うん、ありがと」
 必要以上に身体をくっ付けてくる行為が、なんだか何時ものアリスとは違うなと思いつつ、灯里は彼女の行為に素直に甘えることにした。
 水に飛び込み身体を冷やしただけでは無く、緊急時とは言え大衆の面前でアンダーウェア姿になった精神的負担のケアも、アリスは考えていた。こんな時は誰か心の許せる同姓が身体を重ねてやるのが一番良いと、アリスは判断していた。だから今は一緒になって毛布に包まっている。
 無愛想に見えて、やっぱりアリスは良く出来た優しい女の子なのだ。毛布の中のアリスは本人の言ったとおり本当に湯たんぽのように温かく、灯里の冷えた身体には心地好かった。
 今現在ARIAカンパニー所有の白いゴンドラには通常定員いっぱいの四名が乗船していた。乗客であるアレナと、指導員としての藍華、アリスの二人。そして灯里。本来指導員は一人で充分なのだが、アレナが「せっかくの機会だし、水先案内人(ウンディーネ)さんたちのお話ももっと聞きたいし」と三人の手袋無(プリマ)の同乗を願い、藍華とアリスの二人は断る理由が無いので、それに従った。灯里だけは自分がいても足手まといだろうと徒歩などの別の手段で戻ろうとしていたのだが「折角だから」とアレナに押し切られ同乗することになった。 アレナにしても藍華とアリスという顔見知りである二人の間に置くことによる、灯里のケアを考えたのだろう。
 ちなみにアリア社長は、流石に色んな事がありすぎてお眠になってしまったようで、アレナのお腹の上に抱かれて、猫湯たんぽになっていた。
「に、しても服を脱いで飛び込むなんて良くやるわ……アンタ、パンツ脱げちゃったらどうするつもりだったの?」
「えー、……そこまで考えてなかったな」
「でもそんな後先考えない一生懸命さが灯里先輩らしいです」
「うん、そうそう、あの時の《遥かなる蒼(アクアマリン)》さん、すっごくカッコ良かったもの」
 今は誰もネオ・ヴェネツィアの観光ガイドはしていない。アレナが水先案内人(ウンディーネ)達との会話を望んだので、アイを除く客席の全員がお喋りに興じているのだ。
 乗客を交えて楽しげに会話する三人の水先案内人(ウンディーネ)。三人が三人とも三大妖精として称えられた三人の手袋無(プリマ)に育てられた愛弟子たち。そして、全員が今の水先案内業界を支えるトッププリマ。それは新世代(NewGeneration)の三大妖精と言っても過言ではない。
 そんな三人が楽しげに会話している。その姿は目指すべき大先輩たちと言うよりも、何処にでもいる女の子三人の友達同士が楽しげにお喋りしているように、アイには見えた。そして事実、出逢った頃の三人は、ただの普通の女の子三人だったのだ。普通の女の子だった三人が、たまたま全員手袋無(プリマ)になって、たまたま三人ともトップ・プリマになった。灯里と藍華とアリスの三人にとっては、多分ただそれだけのことなのだろう。
 自分もあんな風になれるのだろうか? 今再び、アイはそう思う。
 今日の早朝、自分は黎明の閃光を浴びながら片手袋(シングル)となったのだが、片手袋(シングル)となったあとも学ぶべきことの連続だった。乗客であるアレナにも教わることがあったし、灯里の半裸が元で失敗もしてしまった。
 そして自分の前に座る三人とも、同じような失敗、そしてそれ以上の失敗を越えて、手袋無(プリマ)になったのだろうと思う。
 一体どれだけ泣いたのか? 一体どれだけ落ち込んだのか?
 そして自分はこれから一体どれだけ涙を零すのか、どれだけ深く落ち込むのか。
 普通の女の子に見える三人の先輩たちも、やはり努力に努力を重ね、そして限界以上の努力を越えて、今この場所にいるのだと実感する。
「どうしましたアイさん?」
 自分たちのことをじーっと見つめるアイの視線に気づいたアリスが訊いた。
「あ、え〜とぉ〜」
 考え事をしながら三人の先輩の姿をずっと見ていたのがバレてしまって、アイはどうしようかと思ったが、素直にその理由を言うことにした。
「私の片手袋(シングル)始めてのゴンドラクルーズに新世代の三大妖精を全員乗せることができて光栄だなと思いまして。そしてそんな機会を作ってくれたアレナさんにもいっぱい感謝してます」
 アイの言葉を聞いて、手袋無(プリマ)の三人が同時に噴出した。
「もぅ、アイってば、私らはまだまだそんなんじゃないわよ」
「そうだよアイちゃん、アリシアさんが抜けちゃったけど、晃さんもアテナさんも現役なんだもん。たった二人でも三大妖精はあの二人だよー」
「でも、もうそろそろアリシアさんが抜けた穴を誰かが埋めても良いんじゃないですか? 灯里先輩?」
「はひ!? 私!? そんな、ムリだよぉ〜」
「そうよぉー、灯里なんてまだまだっ。麗しのアリシアさんの変わりが務まるのはその麗しさを継ぐ私《薔薇の女王(ローゼンクイーン)》なのよぉっ」
「へー、藍華先輩が、麗しい? 漢らしいの間違いなんじゃなんですか?」
「ぬな!?」
「藍華ちゃんは水先案内人(ウンディーネ)ナンバー2のオットコ前だもんねー」
「ぬなな!?」
 また再び楽しげに会話し始めた三人をみてアレナがクスクスと笑っていた。
「お客様、本日はまことに申し訳ございませんでした」
 そんな笑顔のアレナに向かって、灯里が頭を下げた。
「お客様を楽しませるクルーズもできず、それにお客様とお子様を危険な目に合わせてしまいました。何度お詫びしても足りませんが、本当に申し訳ありませんでした」
「ううん……《遥かなる蒼(アクアマリン)》さんの判断は間違ってないよ。私も、一人の人間の命を救う事のできたこのゴンドラに乗れたことを、光栄に思うもの。それにアイさんも。灯里さんとアイさんの一生懸命な姿、私生涯忘れないと思う。今日の二人の姿は、子供たちにも伝えていきたいと思う」
 突然自分の方にも話が回ってきて、アイの頬が少し赤らむ。
「わ、わたしは、その……あの時に自分でもできることをやっただけです……」
「それが頑張ったっていうんですよ」
 優しげな甘い香りのしてきそうなアレナの言葉。それがアイの心に染み入り、頬の熱を更に上気させた。
「あれー? 恥ずかしい台詞も言ってないのに、アイってばなに顔を赤くしてんの?」
「そうですよ、藍華先輩が決め台詞を言うためには、ちゃんと恥ずかしい台詞を言ってくれないと」
 アレナは慈愛に満ちた微笑を浮かべると再び口を開いた。
「確かにこれが生まれて初めてのゴンドラクルーズで、この旅がゴンドラに乗るのは最後になるかも知れない。でも、こうやって水先案内人(ウンディーネ)さんたちと楽しく会話できる時間がもらえたんだもの。私にとっては最高のクルーズよ」
 私は充分以上に満足しているわ。アレナはそんな表情で灯里の顔を見つめ、それを理解した灯里も嬉しそうに頭を下げた。
「ほら、アイも黙々とオール漕いでるだけじゃなくて、アンタも話に参加してきなさいよ!」
「え!? わたしですか!?」
「そうそう、アイさんもただ寡黙に漕いでるだけじゃ水先案内人(ウンディーネ)は務まらないですよ」
「アンタが言うなアンタが」
「え、えーとぉー……そうですね」
 突然そんなこと言われても……どうしよう?
 そういえば、今はアリスがいる。もし昨日灯里と一緒にアリスと食事することになったら聞いてみたいと思ったことがいっぱいあったはずだが、昨日から今日にかけて本当に色んな事があってすっかり忘れてしまった。
そんな中で、唯一頭の片隅に残っていた質問を、アイは思い切ってぶつけてみた。
「あのアリス先輩に質問なんですが……」
 自分自身が「先輩」と呼ばれることに余り慣れていないアリスが「はい、なんでしょう?」と聞き返した。
「前から思ってたんですけど《黄昏の姫君(オレンジプリンセス)》のもう一つの呼び方の『たそがれのひめぎみ』って、なんだかメチャクチャ強そうな名前ですよね。ドラゴンとか倒しそうです」
 その質問と言うよりも感想に近い言葉を聞いて、思わず藍華が「ぷっ」と噴き出す。
 なんでそんなどうでもいいことだけ頭の中に残っていたのか良く判らないが、とにかく何か喋りなさいと言うことなので、アイは素直に言葉にしてみた。
「それはでっかい誉め言葉ととっていいのですか? アイさん?」
「はい、わたしもそんな素敵な通り名が欲しいです……ね、灯里さん?」
「はひ!?」
「まーったく片手袋(シングル)になったばっかの後輩ちゃんが、生意気言ってんじゃないわよ〜」
「でも藍華先輩の《薔薇の女王(ローゼンクイーン)》なんて『ばらのじょうおう』ですよ。これは絶対ラスボスの名前ですよ」
「ぬなっ!?」
 確かに藍華の立場上、ボスキャラ的ネーミングを目指して付けられているのは確かなのだが、改めて字を見てみると凄い名前だ。
「で《遥かなる蒼(アクアマリン)》という名の勇者にやっつけられるという」
「ぬななっ!?」
「確かに水の魔法とか使いそうですね、勇者アクアマリン様」
「えー、わたし魔法なんて使えませんよー」
「《遥かなる蒼(アクアマリン)》さんは魔法が使えるじゃないですか」
 アレナが突然そう言う。
「誰にでも一生懸命暖かい気持ちをあげようとする、優しさという魔法が」
 アレナのその言葉を聞いて、藍華の身体がプルプルと震え出した。
「お、おきゃ、おきゃ、お客さま……」
「はい?」
「お客様だけど恥ずかしい台詞禁止ーっ!!!」
《薔薇の女王(ローゼンクイーン)》の絶叫を聞いて、アレナは満足したように笑った。
「あらあら、禁止姫の決め台詞をいただけるなんて光栄だわ〜」
「ぬなっ!? なぜあたしの裏通り名を!?」
「フフフ、私こう見えても月間ウンディーネ毎月買ってますからね。ゴンドラに乗れなかった分それで満足しようと思ってね。《薔薇の女王(ローゼンクイーン)》特集号も《黄昏の姫君(オレンジプリンセス)》特集号も《遥かなる蒼(アクアマリン)》特集号もみんな持ってますよ」
「ぬなななっ!?」
「多分藍華先輩の通り名は《薔薇の女王(ローゼンクイーン)》よりも禁止姫の方が有名なんじゃないですか?」
「ぬなぁーっ!?」
 ネオ・アドレア海に藍華の絶叫が響き渡る。この手袋無(プリマ)達を昔から知っている者が見れば、それは修行時代の仲良く練習していた三人の昔日を見ているようだと、思ったことだろう。
「私決めました」
 楽しげな雰囲気に包まれた中、突然アレナが何かを思い立ったように、強い口調で言った。
「《遥かなる蒼(アクアマリン)》さん――いいえ、水無灯里さん。灯里さんのアカリってお名前もらって良いですか?」
「はひ?」
「そしてアイさん。アイさんのアイってお名前もらって良いですか?」
「え、あの……どうするんですか?」
「もうすぐ生まれてくる娘たち、お姉ちゃんにはアカリ、妹にはアイって付けたいと思うんですよ――今日のこの日を記念して」
「うわーっ、わたし灯里さんの妹になれるんですか!?」
 アイはそれを聞いて、思わずオールを持ったままバンザイしてしまった。
「別にアンタが灯里の妹になれるってワケじゃないでしょ?」
「それでも、それでも……嬉しいです!」
「私もアイちゃんみたいな妹ができるの、嬉しいな」
 灯里も本当にアイが自分の妹になるような気がして、アレナの提案は嬉しかった。
「じゃあ、良いかな、お二人とも?」
「はい、喜んで。アイちゃんも良いよね?」
「もちろんです!」
 星の海を越えた遠い場所。其処はアイと灯里が生まれ育った場所。二人の故郷で新しく生まれる、自分たちと同じ名前の女の子たち。
 アカリとアイ。アレナの元にもう直ぐ誕生する双子の姉妹はどんな女の子になるのだろう。
 それはまるで自分の事のように、アイはワクワクしてくるのだった。
「でもその前に、アイさんも早く手袋無(プリマ)になって灯里先輩――姉を楽させてあげないと」
「そうよ、アンタもカッコ良い通り名早く付けてもらえるように、頑張りなさいな」
 二人の先輩からの激励。もうすぐ生まれる自分と同じ名前の女の子の為にも、先に生まれたアイと言う名の少女は、恥ずかしく無いように頑張らなければならない。
 だからアイは、もう何度も何度も口にした言葉を、今改めて言うのだった。
「はい! がんばります!」

「……」
 成長した後輩の姿を、灯里は幸福な気持ちで見守っていた。
 本当なら自分が操船すべきゴンドラを、アイは自分と変わらず、もしくはそれ以上の腕を持って動かしている。
 此処はネオ・アドレア海。彼女の得意フィールドとは言え、広い場所での操船技術はやはり抜きん出ている。そして先程まで水路を進んでいた時も、藍華もアリスも不満な声を一つも上げなかった。街中での運行もトップ・プリマを安心させるだけの腕を、アイはもう示している事になる。
 彼女は深夜に決行された、難しいと思われた昇格試験に見事合格したのだ。それが彼女の中でどれだけ大きな糧となったことか。今の彼女はオールをひと掻きする度に成長していくに違いない。
 後は彼女が様々な経験を積むだけ。それは一朝一夕にはできないが、彼女ならば一つ一つちゃんと乗り越えていくだろう。今日のような一日もこの先何回もあるだろう。しかしどんな時もただひたすらに透明で真っ直ぐな彼女は、どれだけ大きな障害であっても乗り越えて、前に進んでいける筈だ。
 灯里はずっと胸元を押さえているが、それは破れた制服の襟を押さえているだけでは無かった。胸の奥に仕舞われた、一つの名前を大事に抱いているのだ。
 次の世代――「NextGeneration」を担う、新しき水先案内人(ウンディーネ)の為の、名を。










 今から一年ほど経った時、一人の手袋無水先案内人(プリマウンディーネ)が水の都に誕生します。
 彼女を手袋無(プリマ)に推挙した先輩は、彼女が両手袋(ペア)の時代から、彼女に授けるべき通り名を決めていたそうです。
 彼女が彼女の想いの通り成長して手袋無(プリマ)になったならば、その時の彼女に相応しい名前をと。
 そして彼女は、それを成せるだろうと、先輩は信じていました。
 ただひたすらに透き通った玲瓏の気持ち。強く気高き騎士としての意志。心に秘めた二つの想い。
 そう、彼女の通り名は……

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