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ARIA The NextGenerationコミュのARIA The NextGeneration 第五節

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 わたしがおぼろげに水先案内人(ウンディーネ)という仕事に憧れを抱き始めたのは、子供の頃にARIAカンパニーの制服を着せてもらって、お手伝いをした時だったと思う。
 両親と一緒に何回目かの《AQUA》旅行の際、何時ものようにネオ・ヴェネツィアに立ち寄り、何時ものようにわたしがARIAカンパニーに遊びに行くと、何時ものにこにこ笑顔の灯里さんが出てきて「今日はちょーっと忙しいから〜」と、嬉しそうに言うのだった。
「あ、だったら帰ります」と踵(きびす)を返そうとしていたわたしに「だからちょっとアイちゃんに手伝ってもらおうと思ってるんだよ〜」と、春の日差しに負けないくらいの明るい笑顔で、小さなサイズのARIAカンパニーの制服を渡してくれたのだ。
「え、え? わたしが? 良いんですか?」と疑問符をいっぱい頭の上に乗っけたままのわたしを灯里さんは更衣室に引っ張って行き、ものの数分で「ARIAカンパニー臨時お手伝いアイ」にわたしはなっていた。
 突然の機会に、わたしはうれしいやら恥ずかしいやらで、興奮のまま一日が過ぎていったのを覚えている。
多分あれは灯里さん流の、わたしに対するおもてなしの気持ちだったのだと思う。無邪気な頃の自分は、それをありのまま受け取り、素直に楽しみ、素直に美しい思い出として記憶に残した。そう言えば今回の旅行前に、わたしの母親が灯里さんと個人的にメールのやり取りをしていたのを思い出した。そしてそれはこの為だったのだと、後々になって気付いた。多分わたしの服のサイズ等を教えていたのだろうと思う。
 地球(マンホーム)の家に帰って、記念にもらった特注の制服を見つめながら、灯里さんやアリシアさんのオールを繰る姿を思い出して「自分もあんな風に格好良くゴンドラを動かせたらなー」と、ぼんやり思った。その時はまだぼんやりだったが、そのぼんやりがその後の人生を大きく変える切っ掛けになったのは確かだ。
 そして数年後、自分の意志がはっきりと確定する二つのニュースが、灯里さんからが届いた。
――わたし手袋無し(プリマ)に昇格したんだよー、それとアリシアさんが結婚するんだ――
 何時ものメールのやり取りで送られたその出来事は、とんでもないくらいの大ニュース……の筈だ。
 しかしその二つの事象は双方とも嬉しい事実の筈だけど、自分の中には小さな違和感が残った。なんともいえない不可思議なちぐはぐさ。灯里さんが手袋無(プリマ)しになって、アリシアさんが結婚した。それはとても嬉しい事実。しかし自分の気持ちがしっくりこない。何故?
 ……。
 そのちぐはぐな気持ちを払拭するように、わたしはどんなお祝いをしようかと考えることにした。今度家族で《AQUA》に行く時は、わたしにできる精一杯のお祝いをしよう。やっぱり手作りの贈り物が良いのかな? だったらマフラーでも編もうかな? そうすれば制服の時も私服の時も使えて良いと思う。今度お母さんに編み方を習って、それでARIAカンパニーに行った時、二人に渡して……
 あ、
 その時、わたしは気づいた。自分の中に生まれた違和感の正体に。
 そう、もうARIAカンパニーに行ってもアリシアさんはいない。アリシアさんが結婚という幸せを手に入れたと同時――灯里さんはアリシアさんという存在自体を失ってしまっていたのだ。
 その事実に気付いた時、わたしの胸がどくん! と、一つ大きく跳ね上がった。アリシアさんが結婚するという事実を聞いた時に灯里さんが感じた、嬉しさと寂しさが混ざった大きな気持ちを、わたしも追体験していた。
 胸の中にぽっかりと空いた大きな穴。それは大き過ぎる消失感。当事者でもないのに、わたしの気持ちはぐしゃぐしゃになっていた。そして遠くにいる存在であるわたしがこれだけ寂然(せきぜん)とした気持ちを感じている。すぐ傍にいた灯里さんはその事実を知らされた時、一体どれだけの寂しさを感じたのだろう。結婚して行くアリシアさんを送り出す笑顔の裏に隠された、寂しいのに寂しいと言えない、残されていく者の気持ち。この気持ちどうしたら良いのだろう?
 そんなわたしの気持ちを知っていたのか、家族の《AQUA》旅行が、早い時期に行われることになった。手作りの贈り物は作っている暇が無くなったけど、灯里さんに会うことにより自分の中に生まれた寂然の解決方法が判るのなら、こんなにも良い機会は無い。
 そして再び《AQUA》に飛び、再びARIAカンパニーを訪れた時、
「お久しぶり、アイちゃん」
 何時もと変わらない笑顔の灯里さんが、何時もと変わらないARIAカンパニーで出迎えてくれた。
 しかし、何時もと変わらない筈の笑顔が、前に見た笑顔と変わっていることに、わたしは気づいた。アリシアさんのいなくなった寂しさを、同じように感じていた自分だから、気づいてしまった。いつもいつもキラキラと輝いている筈だった笑顔の奥の、瞳の色。そこには落莫(らくばく)の光。そして彼女の瞳の奥に映し出されるARIAカンパニーの、意外な広さ。ちっちゃくて可愛い建物である筈のARIAカンパニーが、凄く広い。たった一人いなくなっただけだと言うのに、何も無い大海に放りだされたかのような不安感。特徴的な受付から見えるネオ・アドレナ海の絶景も、この時ばかりは寂莫を増長させる要素にしかなっていなかった。
 一人ぼっちの灯里さん。それは寂しさと悲しさに捕われた姫の姿に思えた。子供の頃から読んでいるお気に入りの物語の、捕われのヒロイン。そして今の灯里さんはそのヒロインと同じ捕われの身だった。悲哀という名の牢獄の中へ。
「……わ、わたし」
その事実を認識してしまったわたしは、思わず叫んでいた。
「わたし、大きくなったらARIAカンパニーに入ります!」
 灯里さんを一人にしちゃいけない――ただただその一心が、その言葉を形作った。
 わたしの絶叫を聞いた灯里さんは始めキョトンとしていたが、その意味が徐々に頭の中で咀嚼されると、わたしに向かってこう言った。
「アイちゃんが……わたしの後輩になってくれるの?」
「は、はい!」
「……じゃあ、いっぱい練習しないといけないね」
「は、はい! がんばりますっ!」
「ゴンドラ漕ぎ、大変だよ?」
「いっぱい漕いで練習します!」
「舟謳(カンツォーネ)も歌わないといけないよ?」
「発声練習いっぱいします!」
「観光案内も大変だよ? ネオ・ヴェネツィアの歴史とか、名所の由来とかいっぱい覚えなきゃだよ?」
「いっぱい本読みます! お母さん相手に案内の練習もします!」
「アイちゃんは、なんでそんなにもARIAカンパニーに入りたいの?」
 わたしの精一杯の気持ちの吐露を遮るように、灯里さんの言葉が、横薙ぎに振るわれた。灯里さんの落莫の瞳が、水先案内人(ウンディーネ)はそんな軽い気持ちでなってはいけない厳しい仕事だよと、無言の言葉を放っている。
 しかし、突き放すような冷厳とした意思を感じても、わたしの気持ちは揺るがなかった。
 頭で考えるよりも先に身体が先に反応して、言うべき言葉をわたしの唇が紡いでいた。
「わたし……灯里さんを守る騎士になりたいから! 灯里さんを寂しさから守る騎士になりたいから!」
「アイちゃん……」
「灯里さんの傍にいたいから……灯里さんが大好きだから! だからわたしは灯里さんを守る騎士になります!」
 ただひたすらに透き通った騎士物語の主人公の気持ち。今確かに彼の真っ直ぐな想いにシンクロしたわたしは、自分の気持ちを正直にぶちまけていた。
 そこまで言い切った時、わたしの視界はぼやけて良く見えなくなっていた。
「ごめん……ごめんね、アイちゃん」
水のカーテンに覆われた視界の向こうの灯里さんが近付いて来て、わたしの身体をそっと抱きしめた。泣き出し始めたわたしは、灯里さんの胸に顔をうずめていた。とても温かくて甘い匂い。激情に満たされた心が落ち着いてくる。
「わたしの寂しい気持ち、アイちゃんにも判っちゃってたんだね……」
 何年も何回もメールのやり取りをしたわたしたち。例え本文に書かれていなくてもその行間に刻み込まれていた悲哀を、わたしは確かに感じ取り、今此処にいる。
「ミドルスクールを卒業したら、再びここへ来てくれますか? わたしの可愛い騎士さま」
 それは姫君からの招待状。姫と同じ場所へ駆け上がる為の道しるべ。そしてわたしは試練と苦難の道程を潜り抜け、姫の下へと参上する覚悟は――出来ている。
 だから
「ぜったい……ぜったいに、ここに帰ってきます! 騎士として! 水先案内人(ウンディーネ)として!」

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