ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

キラキラしたい☆コミュの【22】月のかたちと二人のかたち(22)

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 やはり仕事を休むわけにはいかないので、翌日はきちんと出勤した。会社のそばのコンビニで、ポカリを3本買った。LINE女のデスクに行ったらもう出勤していたので、「これ、お礼」と言って渡したら少し嫌な顔をされた。どうしてだよ。

「今日かなり涼しいのに。ポカリ3本も飲まないわよ」
「じゃあ俺が飲む。返せよ」
「2本もらっとく。で、いい感じにいってるわけ?」
「多分。田中の作った鯖の味噌煮で大泣きした」

LINE女は目を丸くして叫んだ。

「何それ、超いい感じ? 鯖の味噌煮で泣くとかかなり羨ましいし! ちょっと幸せ分けてよ」

そんなこと言われても、どうやって分ければいいのか俺はわからない。

「無理。俺、幸せのお裾分けとかできないし。だからポカリ買ってきたんじゃんか」
「…まあいいや。とりあえず2本もらっとくから。何なのよもう、もっと高いもんおごりなさいよ」
「じゃあ、飯でも食いに行く?」
「いらない。その田中さん紹介して」
「それは無理。残念ながら」
「わかってるわよ。結婚式には呼んでもらうから」

LINE女に追い払われて、俺は自分のデスクに戻った。俺もういっそ田中と結婚したい。男同士って不便だな、結婚できないから。でも、結婚できるからいいってわけでもないだろう。結婚しても相性が悪ければどうせ離婚する。

 昼休み、俺は珍しく定食屋で昼飯を食った。田中以外の人が鯖の味噌煮を作るとどんな味になるのか、検証してみたかった。会社のそばの定食屋の鯖の味噌煮は、特別に美味しくもなかったしまずくもなかった。結局、昨日の晩飯が特別だったのかもしれない。田中は料理の中にいろんなものをバンバン入れたと言っていた。この定食屋の親父は俺のために何も入れてくれていないと思う。当然だけど。

 俺は昼休みの残り時間を、田中と電話して過ごした。なにも電話なんかしなくたって夜になれば直接話せるのに、どうしても声が聞きたかった。田中の声が実は低音だったことに、昨日初めて気付いたからだ。俺の声はあまり低くない。田中は電話があったことを驚いている。

『今日も電話くれるとは思いませんでしたよ』
「俺も今日も電話するとは思わなかったです。でも声が聞きたかったのですいません」
『うわーなんなんですか。俺もしかしてもうすぐ死ぬの?』
「なんで死ぬんだよ」
『いや、あんまり幸せで。山本さんが素直になってるし。雪でも降るんじゃないかと』

そんなこと言われなくても、俺は昨日で結構素直になってきた。まだまだかもしれないけど。田中にしてみれば、きっとまだまだだろうな。

『あれ、周り車がいますか? 山本さん、会社にいるんじゃないの?』
「今は外。昼飯食った帰り道」
『あ、そう。珍しいですね、外食なんて』
「そばの定食屋で鯖の味噌煮食ってきた」
『はあー? あなた俺のこと怒らせるの好きですね。バカにしてんですかこの野郎』
「そうじゃなくて。田中さんの鯖の味噌煮がどんなに美味かったかを検証したくて」
『ふうん。まあいいや。今夜何食べますか? リクエストありますか』

そうだな、何が食べたいかな。俺はぼんやり空を見上げた。昨日は雨が降っていたのに、今日は綺麗に晴れている。と、思ったら、何かが俺にぶつかった。ような気がする。え、今の何ですか。あれ?





 …気付いたら、俺はどこかの病院にいた。どこですか、ここは。頭が物凄く痛い。何これ痛い。ちょっと痛いですよ。何とかしてください。

「山本さん、大丈夫ですか? 気持ち悪いところ、ないですか?」

誰この人。白衣の天使? 俺、死んだんですか。

「…気持ち悪いところはありませんけど、痛い」
「それはそうでしょう。頭切ったんですから。5針縫いましたよ」
「え、縫った?…あ、俺、転んだのか…」

思い出した。田中と電話してる最中に、俺はよそ見をしていてビルの階段でつまずいた。つまずき方が悪くて、脚を滑らせて、ひっくり返って石段の角に頭をぶつけた。物凄く俺は間が抜けている。そうか、縫うほど切れたのか。改めて自分の姿を見ると、ワイシャツもネクタイも血みどろだった。何これ結構スプラッタ。切ったのは耳の後ろみたいだ。痛いな、ちくしょう。ていうか助けてくれたのどなたですか。そういえば、周囲の人たちが助けてくれた気がする。血みどろだったから。救急車も呼んでくれた気がする。うわどうしよう、俺生まれて初めて救急車乗っちまった。軽く自慢できる。いや、できない。

「取り急ぎ会社にお電話させていただきました。あ、今日はもうお仕事しないでお帰りになってくださいね」

可愛い白衣の天使が言った。もちろん帰ってやる。5針も縫って血みどろで仕事できるか。もう寝てやる。思いっきり寝てやる。眠る気満々だ。物凄く痛くて疲れた。あれ? 俺のスマホは?

「俺の荷物とか、どうなってますか?」
「こちらにありますよ」

白衣の天使は血のついたジャケットとスマホを持ってきてくれた。壊れてないよな。でも、病院だから電話とかしちゃいけないよな。こっそり動作確認してみたら、問題なかった。田中からメールが来ていて、留守電も入っているようだった。多分、物凄く心配している。早く連絡しないと。

 念のためCTを撮ったりレントゲンを撮ったり、腕が痛かったので診てもらったりしている間に、何とLINE女が俺のバッグを持ってやってきた。

「ちょっと、山本さん大丈夫? やだ凄いじゃん、血みどろじゃん」
「え、何でお前がここにいるの?」
「病院からの電話取ったのが私だっただけ。荷物持ってきてあげたんじゃないの、何その言い方」
「あ、そうなんだ…ありがとうございます、すいません…」
「その姿だし、タクシーで帰った方がいいね。送ってってあげるから」

LINE女に俺のアパートの在り処を明かすんですか。ちょっと抵抗ある。

「いいよ別に。一人で帰れる」
「ダメだよ、無理したら。途中でまたひっくり返ったらどうすんの。死ぬよ?」

それは勘弁して。

「死にたくないです、一緒に帰ってください」

 会計を済ませたり薬局で薬をもらったりしているうちに、どんどん時間は過ぎる。時計を見たら、もう4時半になっていた。LINE女、ごめん。仕事増やしちゃったな。今度ポカリ2リットルおごるから、許して。それにしても、何だかふらふらするな。

「実家に連絡とかは? しなくていいの?」
「えー…親に連絡かあ、面倒だな」
「一応しておいたら? それって結構大怪我だけど」

どうしよう。親に連絡したら、お袋とか飛んでくるかもしれない。わざわざそんな心配もかけたくない。死ぬわけじゃなし。

「俺、この怪我で死んだりしないよな?」
「知らないわよ、そんなこと。でも用心した方がいいと思うけど。頭だし」
「じゃあ、家に帰ってから連絡する」

病院のコンビニで絆創膏を買って、ついでにポカリを買って、LINE女とタクシーに乗り込んだ。意外と近所の病院だったので、すぐにアパートに到着する。ああ、傷口が痛い。じんじんする。最近の「縫う」ってホッチキスだなんて知らなかった。俺は紙か。俺の頭はホッチキスで止められて、自分が書類になった気分になる。

「悪いなあ、送ってもらって。あ、ポカリいる?」
「いらないっつの。自分で飲んで。一人暮らしでご飯とかどうすんのよ。大丈夫?」

そうだ、ご飯。今日も田中が作ってくれるはずだった。連絡しないと。

「うん、多分大丈夫だと思う…」

部屋の鍵をガチャリと開けたら、少し遠くから「山本さん!」と呼ばれた。振り向いたら、田中が血相を変えてアパートに駆け込んで来たところだった。

「あ、田中さん…」

俺が呟いたら、隣でLINE女が「えっ、やだ田中さんなの、いきなり登場?」とびびっていた。

「良かった、無事だったのか。途中で何も言わなくなったから絶対何かあったと思って、会社に電話しちゃいましたよ。あ、こんにちは。俺、山本さんの隣に住んでる者です」

田中は俺に話しかけたりLINE女に話しかけたり忙しそうだった。LINE女、田中と挨拶するのはいいけど、何をにやにやしてるんだ。

「すいません、心配かけちゃって。電話してる最中にすっ転んで頭打ったみたい。俺、間抜けかも」
「ホント間抜けですよ、心配するじゃないですか。しかも血みどろ」
「5針縫われました。ホッチキスで。ていうか田中さん、仕事は?」
「いや、俺のことはいいですから」

俺と田中の会話を聞いていたLINE女が、「田中さんがお隣なら、私帰っても大丈夫かしら」と言った。だからお前何故にやにやしてるんだ。田中が「あ、大丈夫です。あとは俺が。なにげに親しいので」と答えると、LINE女は俺に荷物を押し付けて帰った。帰り際に「なんか私、今度お好み焼きが食べたいわ。よろしく」と、捨て台詞を残して行った。何だよいきなりお好み焼きとか。わけわかんない。

 「あいついてくれて助かった。普段はろくなこと言わない女なのに」

俺がドアを開けて玄関に入りながらぼやくと、田中も一緒に入ってきた。多分これはかいがいしく看病してくれる流れに違いない。ありがとうございます。

「俺は面白くないですけどね、女の子が山本さんちに来るとかね。まあ非常事態だから許しますけどね」
「すみません、でも田中さんと俺と同じ会社じゃないから仕方ない」
「わかってますよ、でも思わず仕事早退してきちゃいましたよ。家族が事故に遭ったとか言っちゃったよ、どうしよう」
「えっ、そんなバレやすい嘘ついたわけ?」
「いいんです、もう。山本さんほとんど俺の家族だから。ほら、早くその血だらけの服着替えてくださいよ、もう」

鏡をちらりと見てみたら、あまりにも血だらけの血みどろだったので、俺は鏡を二度見してしまった。ちらっと見てから次ガン見。俺、Mr. ビーンみたい。

「俺、凄いな。超血みどろ。なんか今日殉職するみたい。ボスに来てもらわなきゃ」
「何ですかそれは、太陽にほえろですか」
「わかってくれてありがとうございます」
「ホントに死なれちゃ困るんで。早く着替えて。で、俺んち来てください」

え、そっち行くの? 俺はどうでもいいスウェットを出して着替えながら、この血だらけのスーツどうしよう、と思っていた。クリーニングで落ちるのかな。

「ものすごーく心配なので。寝食共にしていただきますから。あ、いつものことか」
「どうせ俺、田中家の住人ですもんね…」
「そうです。だから早く来てください。あ、急がないでくださいね」

どっちだよ。俺、急げばいいの? ゆっくりがいいの? どっちかにしてください。

 その後、俺は田中の部屋に移動して、会社に無事に帰宅したことを連絡した。病院には一週間後にホッチキス取りに来いと言われている。そんなにさっさと治るなら、親には連絡しないでおこうと思って電話しなかった。正直なところ、お袋が飛んでくるのが嫌だった。それよりも田中と一緒にいる方が良かったからだ。怪我をした俺は、いい加減に素直に仕上がった。


(続)

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

キラキラしたい☆ 更新情報

キラキラしたい☆のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング