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キラキラしたい☆コミュの【14】月のかたちと二人のかたち(14)

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 今朝、俺は転落の一歩を踏み出した。

「すいません…ちょっと具合悪いんで、休ませてください…明後日は行けるようにします、はい…」

キッチンでは田中が相変わらずオムレツを作っている。おい、鼻歌やめろ。電話の向こうの上司に聞こえたらどうすんだ。

「はい、すいません、ありがとうございます…はい。じゃ、失礼しまーす…」

ああっ!! どうすればいいんだ、俺は有休を取ってしまったじゃないか。まだ火曜日だぞ。月曜日に仕事に行っただけだぞ。こんなことしていたら、本当に職あぶれてニートになるぞ。

「…一日くらい休んだって死にゃしませんよ。何をそんなに苦悩してるんですか?」

ピカチュウ色のオムレツが乗った皿を持って、田中は呆れた声を出す。

「お前、仕事サボるのに罪悪感ないんですか?」
「別に。繁忙期じゃないし。それより山本さんと爛れた生活する方が百万倍楽しい」
「爛れた生活とか言うな」

正直、田中の言っていることの方が正しい。とっくの昔に俺と田中は爛れてる。出会ったばかりなのに。愛し合うのに時間必要なさ過ぎだろ俺とこいつ。出会って何日? もしかしてたったの十日くらい? もう嫌だ俺の恥知らず。

「食べないんですか、オムレツ」
「…食べます。餌付けされてますから」
「山本さん、どんどん正直になってきていいですねえ」
「うるさい」

田中のオムレツ食べるの、これで何回目だろう。数えようと思えば数えられるけれど数えたくない。これから先、何度オムレツが食べられるだろう。え、俺たちいつか別れるの? あまり考えたくない。黄色いオムレツに箸をつける。

「美味しいですか?」
「美味しい…けど…」
「えっ、何か問題あります? 塩加減ダメだった?」
「いやいやいや美味しいです。美味しい美味しい超完璧」
「…どうかしたんですか? ホントにどっか痛いの?」

どこも痛くはない。多分。いや、どこか痛い気がする。どこですか。

「ああ、わかった。山本さん、それは恋煩い」

田中が箸で俺の顔を指差した。だからそういうことするな、礼儀知らず。

「なんだよ、恋煩いって」
「俺といつまで付き合えるかとか、後ろ向きなこと考えてません?」
「…心読んだの?」
「あ、当たりだったか」

心読んだわけじゃなくて、顔色を読んだのか。何でも読まれていてつまらない。俺は田中の心の中も顔色もうまく読めないのに。結局最初から、ダダ漏れなのは俺の方だけか。

「大丈夫ですよ、かなり長い時間かけて山本さんのこと狙ってたんで。俺も頑張ったんです」
「何を頑張ったんだ」
「いやあ、チャンスはいくらでもあったんですけど。なかなか声がかけられなくて」

意外だ。田中だったら、狙ったら一瞬で声かけそうだけど。

「そんなに時間かけなくても、俺なんかちょろいからあっという間だろ」
「そんなことないですよ。前の彼女と切れるまでずっと待ってたし」
「えっ、そんなに長いこと?」

オムレツの最後の一口を食べようとしたところで、かなりびっくりした。前の彼女って4年以上前じゃないか。俺ですらもう忘れかけてたのに。何だよもっと早く言ってくれよ。そしたらこの4年ずっと付き合えたのに。

「ま、その頃は俺も別の女の子と付き合ってましたけど。山本さんとアパートの入口ですれ違って、あ、もう女と別れようって思いました」
「何それ初めて聞いた」
「だって今初めて話してるんですから、当然です。オムレツ落ちますよ」

慌てて最後の一口を食べた。今日も安定の美味しさだ。この満足感、俺だけのものにしたい。

「俺の好みだったんですよね、山本さん。そのメガネが好きで」

え、メガネフェチですか。

「メガネかけてる男なら、腐るほどいると思うけど」
「メガネなら何でもいいってわけじゃないですよ、当たり前だけど」
「あ、そう。顔が好みだったのかな」
「うーん、バイオリズムみたいなもの?」

バイオリズム?…言われていることがよくわからない。

「何となく、呼吸が似てるんです。見ているものとか」

いよいよよくわからない。

「うーん、まあいいや。一目惚れです、つまり。ずっと隣に住んでたのか、損したなーって思いましたね、最初は」
「それを言うならこの4年ずっと損し続けてるでしょうが」
「まあね。でも狙った獲物は逃さないから、俺」

 食器を一緒に片付けながら、俺はずっと田中の話を聞いていた。そんなに昔から一目惚れで惚れられていたと思うと、悪い気はしない。が、田中が同性であることを既に認めている俺は、やっぱり昨日で終了した。

「でも、変なところで声かけたら怪しまれるでしょ」
「公園であんな風に声かけられても怪しかったけど」
「どっちみち怪しいですよね。今回ばかりはホント賭けたな。うまくいって良かった」

俺は複雑な気分だ。なし崩し的にここまで来てしまった感じがして、俺の意思がどこにあるのかわからない。

「コーヒー、もう一杯飲みます?」
「あ、俺がいれます。インスタントだし」
「え、地味に傷付く、その言い方。コーヒーメーカー買いますか?」
「いいですよ、俺もゴールドブレンド好きだし。常備してるし」
「牛乳も同じ銘柄ですしね」
「バイオリズムってその辺とか?」
「いや、ちょっと違う」

なんだ、そういうことではないのか。やっぱりよくわからない。

「いいじゃないですか、難しいこと考えなくても。山本さんのことが好きなんですよ。それだけ」
「…俺なんかのどこがいいんだろう。わかんない」
「そうだな、俺に流されちゃって止まらないところとか?」
「そんなの長所じゃない」
「別に長所を好きになるわけじゃないでしょ。とにかく、この人俺に絶対流されてくれるって一目見てわかったんで」

つまり流されやすい奴が好きなんだろうか。それでどうして俺なんだろうか。

 ぼんやりしながらゴールドブレンドをいれていたら、ポットのお湯で少し火傷した。かっこ悪い。俺っていろいろとかっこ悪いよな、考えてみると。田中の前に出ると、かっこ悪さがさらに際立つ気がしてならない。いいことない。

「あー、流されやすい人だから山本さんってわけじゃないですよ」
「なんなのもう、俺よくわかんない」
「そんなに説明必要? 一目惚れに理屈いらないと思うけどな」

そう言われると、いよいよ理由を聞きたくなる。何か理由がほしい。俺でなければならない理由が。俺でなければならない理由? あるのかそんなの。

「あのー…」
「はい」
「田中さんの目、みんな舐めてる?」
「はあ? なんですか急に」

そうだよな、急にこんなこと聞くの変だよな。やっぱりやめた。

「いえ、なんでもないです…」

まだ熱いコーヒーをすすったら。舌を火傷した。あちぃ。

「…山本さんだけですよ」
「え? ホント?」
「ホントです。そんな変なこと言い出すの、あなたくらいしかいないし」
「変で悪かったな」
「悪くないし。そういうこと言い出しそうな人だから好きになったんだし」

変なの。こいつ俺の目舐めたがりそうとか、わかるのかよ。それこそちょっとあり得ない。

「普通、目なんか舐めさせないでしょ。山本さん、誰かから目ぇ舐めさせろって言われて舐めさせますか?」
「嫌だ痛そう」
「でしょ? だから誰も俺の目なんか舐めたことありません」
「じゃあ、俺だけ?」
「ですね」

ふうん。あの味、俺しか知らないんだ。物凄く甘いのに。あり得ないほど甘美なのに。田中と今までに付き合った人、ごめんね。俺、今、物凄い優越感。

「舐めます?」
「え、いいの?」
「別に減りませんから。人間じゃないからいくら舐められても平気。ていうか、もうこの目、山本さんのだから」
「いや、目は俺のものじゃないです」
「そんなもんだと思ってくれればいいから。どうぞ」

うわ、なんだ。口元が緩む。何だか嬉しい、俺。何この気持ち。どうしよう、ニヤニヤが止まらない。内心ちょっと困っていたら、余裕で田中に抱きしめられた。まだ朝なのに、いいんですかこんなことして。こいつに抱きしめられるのにもすっかり慣れた。慣れたというか、いややっぱり慣れない。胸がドキドキするんです、どうすればいいですか。苦しいです、凄く。

「…この表現使っていいのかどうかわかんないけど、山本さん超絶かわいいですね」

やめろ、男にかわいいとか言うな。言われても全然嬉しくない。

「その表現、禁止」
「禁止ですか、じゃあなんて表現しようかなあ」
「かわいいって女の子に言う言葉だから。俺、男だから」
「でも、かっこ良くはない」

どうせ俺はかっこ悪い。そんなの自分が一番よく知ってる。かっこ良かったら、人生もう少し違ってると思う。でも俺が凄いかっこいい男だったら、もしかして田中に出会ってなかったかもしれない。

「他にどうやって表現したらいいか、俺わかりません。とりあえず抱きしめることしかできません」

じゃあ抱きしめててください。としか俺も言えません。いいのかな、これで。俺、かなりヤバい状態じゃないのかな。田中と一緒にいたいがために有休取っちゃうとか、何の疑問もなく抱き合っちゃうとか。俺ってもしかして重症ですか。

「そうですね、重症ですね」
「…だから心読むなっつってんのに」
「無理です。溢れ出てくるものは隠せませんよ?」
「そんなに溢れ出てますか」
「物凄い洪水です。俺、溺れそう」
「何に」
「山本さんのめくるめく愛に溺れそう」

愛とか言うな。背中がむず痒くなる。それに愛なんて言うと、急に形が決まってしまうような気がする。

「愛じゃありません、多分」
「あ、言葉の選び方、間違いましたかね」

そんな言葉、つまらない。俺とこいつの間にあるものを表現するにしては、全然適切じゃない。言葉にしない方が、きっといいと思う。

 俺は田中の目を舐めてみた。やっぱり物凄く甘くて、舌から順番に全身が痺れた。誰も舐めたことがないのなら、もう他の誰にも舐めさせない。こいつの目の甘さを知っているのは俺だけでいい。田中、もうナンパされるなよ。されてもいいけど、誰にも渡さないことに決めた。こいつは俺のもの。

「うわー、凄いな、山本さん」

田中が甲高い変な声を出した。

「え、俺がどうかした?」
「マジで俺、溺れそう。助けてこの山本さん洪水。気持ちよくてイっちゃいそう」
「そんなこと言われても」
「山本さんをこの部屋に閉じ込めて、どこにも出したくない気分。鎖つけて檻に閉じ込めたい。ロープで縛りたい。赤いロウソクたらしたい。もうめちゃくちゃのドロドロにしたい」
「うわ、爛れてる」
「山本さんが悪いんです。大事なことなので何度でも言います。この据え膳野郎」

ひどい言われようだ。だけど、何言われても気分は悪くない。もういい、今日は一日田中と爛れた生活送る。そのために有休も取ったんだから。でもその前に、シャワー浴びさせてください。昨日会社から帰ってきてまだシャワー浴びてないんで。

 しかし、俺自身に抵抗やめた俺って、なんかつまらなくないか? やっぱり抵抗するか?…いややめた。今日は爛れた俺でいい。



(続)

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