ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

The novel of M.Bergコミュのゴール プレイヤーファイル2 〜最後のゴール〜

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
ゴール、それはサッカーにおけるハイライト。歓喜と溜息が入り混じるこの瞬間が、サッカーをサッカーたらしめているといっても過言ではない。
そして、スコアラーにとって、この瞬間は選手として最高の瞬間なのである。
それが例え、W杯決勝でのゴールであっても、草サッカーでのゴールであったとしても…。

華麗でも泥臭くても、直径22センチのボールが、7.32m×2.44mの枠に入りさえすれば、1点に変わりはない。

しかし、その裏にある物語は千差万別。
ゴールに至るまでの努力、多くの人々の支え、チームメイトの存在。
ゴールに至るまでの物語に同じものなどありはしない。
それがたとえ、伝説的な名プレーヤーであっても、町の小さなサッカークラブの選手であっても…。

今日登場するプレーヤーは、アサシンと呼ばれた点取り屋の物語。


プレーヤーファイル2
〜最後のゴール〜

プレーヤーデータ
名前:大野 正文
年齢:39
所属:ミストラル松本
身長:173cm
体重:64kg
備考
日本代表として、W杯にも出場したことのある名ストライカー。スピード、パワーは平凡だが、飛び出しのタイミングと動き出しの速さを武器にベテランになってもゴールを量産した選手。Jリーグ通算441試合 181ゴール


普段は人気のないクラブハウスのホール。
見慣れたはずのそのホールが、今日は全く違って見える。
俺がそのホールに入ると、まばゆい光がそこら中から発せられる。
中央に用意された席に座る。

「皆様、本日は私のためにわざわざ集まって頂き、ありがとうございます。」

普段からは考えられないくらい、丁寧な口調。

「本日、皆様に集まっていただいたのは皆様にお知らせする事があるからです。」

一応、記者たちには今日の会見の内容は話していない。

「お気づきの方も多いとは思いますが…」

言葉に詰まる。
今までの思い出が蘇ってくる。

ユースから昇格して、プロ初ゴールを決めた時の事。
得点王になった時の事。
初めて日本代表に選ばれた時の事。
代表での初ゴール。
長年の夢だったW杯出場、そして得点。

「私、大野正文は、今シーズンをもちまして、現役を引退します。」

栄光に包まれたサッカー人生だった、そういっても、過言ではないだろう。
通算578試合292ゴール、代表通算71試合35ゴール、W杯での3ゴールは日本人最多。

「●●新聞の鈴木です。引退しようと決心されたきっかけを教えてください。」
「簡単なことです。近年は怪我も増え、思うようにプレーが出来なくなりました。もちろん、引退を考える事は簡単ではありませんでした。しかし、これ以上続けることは、チームにも迷惑をかける事になるし、子供達に夢を与える事もできない、むしろ壊してしまう、そう考えて決意しました。」

39歳という年齢を考えたら、遅いくらいだ。
かつて代表として共に戦った仲間たちも、数えるほどしか現役じゃない。

「○○テレビの山本です。何かやり残したと感じる事などはありますか?」
「タイトルですね。ミストラルで何かしらのタイトルを取りたかった。」

代表や個人レベルでは多くのタイトルや栄冠を得てきた。しかし選手「大野正文」を育ててくれたクラブでは、まだ何の栄冠も勝ち得ていなかった。

「まだ、今シーズンは終わっていません。Jリーグも4試合残して勝ち点差2。直接対決がある事を考えれば、優勝の可能性は十二分にあります。それに、まだ天皇杯も始まったばかりです。最後の最後まで、タイトル獲得の可能性は捨てません。」

いつの頃からか、世間では俺の事を無冠の帝王などと呼ぶようになった。
もちろん、タイトルに縁のない俺を皮肉って言った言葉だ。

ミストラルの魂、象徴、そう言ってくれるサポーターが居る。
お世話になっているフロント・スタッフの人がいる。
そして、迷惑をかけた家族が居る。
その人たちのために、そして自分自身のために、世間を見返すために、どうしてもタイトルが取りたい。


今期のミストラルは、開幕から勝ち星を重ね、リーグ戦を折り返すころには独走状態にあった。
しかし、日本代表FWの水野が骨折により長期離脱をすると得点力は一気に半減し、勝ち点も全く伸びなくなってしまった。
そして気づけば30節で、2位のミラージュ富山に抜かれて2位に転落した。
幸い、直後の31節には水野が復帰してチームは勢いを盛り返した。
しかし、勢いに乗るミラージュも一歩も引かず、ついに優勝争いは勝ち点差2のまま最終戦にもちこされた。


12月8日、Jリーグ第34節。ミストラル松本対ミラージュ富山。
実質の優勝決定戦。
そして、俺にとっては最後のリーグ戦。
もしも、自分のゴールで優勝を決める事が出来れば、それこそ思い残すことは何もない。


最終戦のスタメンが、ベンチで発表になる。俺はベンチスタート。
俺が入るべきポジションには、骨折から復帰後、3試合4得点の活躍を見せる水野と、ブラジル人FWが入っている。

試合開始から、ミストラルは猛攻を仕掛ける。
前半3分、6分と続けざまにシュートを放つが、いずれも相手GKの好セーブに阻まれる。
前半20分、猛攻の一瞬の隙を突かれて逆襲を食らう。こちらもGKの好セーブ。
前半34分、コーナーキックから水野が合わせる。…先制!
初タイトルに向けてスタジアム中が一気に盛り上がる。ベンチからも選手が飛び出して、得点を決めた水野と抱き合う。
前半44分、ミラージュがゴール前でフリーキックを得る。
相手のエースが直接狙うも、わずかに枠を外す。
ホイッスル。前半終了。

前半を折り返して1−0でリード。
スタジアムはハーフタイム中ながら、応援がやむ気配がない。
ミストラルのロッカールームの雰囲気も同じようなものだ。
「後45分だ!」
「もう1点!」
「前線からきちんと守っていこう!」
各々が優勝という、一つのゴールを目前にはしゃいでいる。
誰も、監督の話を聞こうとしない。

…この状況はまずい。俺はふとそう感じだ。
前にも同じようなことがあった。確かもう10年近く前だ。
天皇杯の決勝に進んだ俺たちは、前半を2−0で折り返した。
その時のロッカールームも、こんな感じだった。
その後、後半開始直後に猛攻を受けて1点を返された。
そういう状況からチームが盛り返すことは難しい。逆に、崩れるのはすぐだ。
後半20分過ぎ、俺たちは再びネットを揺らされた。…同点。
同点に追いつかれて、完全にチームは崩れてしまった。
そして、後半ロスタイム。コーナーキックから決勝点を奪われた。
目前まで来ていたタイトルが、すり抜けていった瞬間だった。

今の状況は、それと同じだ。

「みんな、俺の話を聞いてくれ!」
考えると同時に俺は叫んでいた。
浮足立って、ばらばらになっていたチームメイトたちが、監督、スタッフが俺の方を向く。

「この後半、優勝の事も全て忘れよう。セレモニーだとか、祝賀会だとか、そういう事は全部、忘れよう。ただ、目の前のこの試合に勝つ事、それだけを考えてプレーしよう。前半、リードしていた事も忘れよう。また、新しい試合が始まるんだ。それに勝たなければ、何の意味もないんだ。この後半、もう一度気を引き締め直して行くぞ!」

選手たちから、オウ!という掛け声が起きる。そして、監督が話し始める。
「みんな、大野の言う通りだ。まだ後半は45分ある。その間に何が起こるかなんて誰もわからない。サッカーの勝負は、試合終了後のスコアが全てだ。途中経過などには何の意味もありはしない。」
監督はそう言うと、後半の戦術や試合の進め方をホワイトボードに記入していった。

ハーフタイムが終わり、選手がロッカールームから出て行く。
「大野、助かった。」
監督が声をかけてきた。
「10年くらい前ですかね、天皇杯の決勝で同じ様な事があったんですよ。」
「あの時か。2−0から捲くられたんだったな。」
「同じ過ちを犯すなんて事はしたくありませんでしたから。」
「そうだな…。後半、20分過ぎくらいに投入するかもしれん。準備しておけ。」

後半が始まると、一気に形勢が逆転した。
3トップに切り替えたミラージュは、薄くなった中盤を飛ばしてロングボールを多用してくる。
高さに強くないミストラルのディフェンス陣を尻目に、ミラージュは次々とチャンスを作っていく。
そして、後半17分。
クリアし損ねたディフェンダーがボールを奪われてしまう。
ゴールまで約20メートルの位置から、ミラージュのアタッカーは迷わず足を振りぬいた。
GKがなんとか手に当てるも、無情にもボールはネットへと吸い込まれていった。

1−1。
スタジアム中がため息を落とした。
このまま試合が終われば、優勝はミストラル。
長年の悲願がまたしても、目前ですり抜けていこうとしていた。

「大野!出番だ!」
アップをしていた俺に声がかかった。
監督の指示を聞きながら、着ていたジャージを脱いでいく。
試合はその間にも再開し、時間は刻々と減っていく。
「相手DFに落ち着く時間を与えるな。前線から積極的にプレスを掛けて、ロングボールの精度を少しでも落とすんだ。水野達は両サイドに開いて動いて、お前が真中でとにかくかき回せ。」

第四審判に選手交代の用紙を提出する。
交代になるのは、ボランチの選手。
審判がスパイクなどの確認をしていく。
選手交代のボードが掲げられる。
選手交代の一連の動作が、次々と行われていく。
そして、その動作の一つ一つが、とても感慨深く感じられる。
「頑張ってください。」
ボードを掲げる第四審判が小声で話しかけてきた。
よく見ると、俺と同じか少し若いくらいだった。
「ありがとう。」
そう言った所で、プレーが途切れた。

「選手の交代をお知らせします!6番飯田に代わりまして、9番、大野正文が入ります!」
場内アナウンスが流れると、落ち込み気味だったスタジアムが一気に歓声に変わった。
何度聞いても、それは気持ちの良いものだ。
「大野さん、お願いします。」
交代になった選手とハイタッチをすると、俺は勢いよくピッチ走った。
「大野さん!」
水野が俺に声をかける。
「大野さん、これ…」
水野が俺に差し出したのは、キャプテンマークだった。
「俺よりも、大野さんがつけた方がチームは締まります。お願いします。」
「わかった、ありがとう」
プロ選手として、初めてまいたキャプテンマークだった。
スタジアムの歓声は、そのまま大野コールになる。
スタジアム全体が、俺の事を後押ししてくれているようだった。

スローインから試合が再開すると、俺は全力で、敵陣を走り回った。
プレッシャーをかけ続ける事で少しでも相手のミスを誘うために。
少しでも味方が動きやすいように。
その作戦は、効果的であった。
実際、俺が入ってからは決定的なピンチを迎えなくなったし、徐々に相手DFがクリアミスなどを繰り返すようになっていった。

後半32分
クリアボールを拾ったミストラルのボランチは、上がってきたサイドバックにボールを預ける。
その選手は、そのままドリブルで駆け上がっていく。前方には水野がパスを要求している。
一瞬パスを出そうとした彼は、水野がマーカーを引き連れてセンターに入って行くのを見た。
そして、そのまま右サイドをドリブルで駆け上がって行く。
あわててボランチがカバーリングに入り追いかけていくが、スピードに乗ったサイドバックにはとても追いつけそうになかった。
そして、タッチライン際にまで到達すると、そのままセンタリングを上げた。
水野がミラージュDFと競り合うも、クリアされてしまう。

クリアされたボールは再び、ミストラルのボランチが拾う。1度防がれたサイドアタックを使えず、どこに出そうか迷っている間に、ミラージュのディフェンスラインが高い位置をキープしようと上がって行く。

今だ!

俺は瞬時に判断した。
ディフェンスラインに沿ってりながらボールを要求する。
ボランチがそれに気付いて、ふわっとしたボールをディフェンスラインの裏に通した。

よし、ディフェンスラインから飛び出した!

裏を取られたミラージュディフェンスは一瞬固まった。
そして、その瞬間こそが俺が狙っていた瞬間だった。
ペナルティエリアに入る直前。
飛び出してくる相手GK。
硬直が解けて追いすがる相手DF。
周りに味方はいないだろう。自分で行くしかない。
キーパーとの距離が詰まる。
後ろにいる相手DFの息遣いが聞こえてくる。

今しかない!

俺は、丁寧にインサイドでボールを押し出してやった。
スライス回転がかかったボールは、敵キーパーの手をすり抜ける。
そして、まるで意思を持っているかの様に、緩やかな弧を描いてゴールへと向かっていく。
一連の動きが、スローモーションに見えた。

「ゴール!」
スタジアムの電光掲示板に大きく表示される。
何度も陥れてきたこのゴール。
たぶん、喜びのかけらも見せないようにセンターサークルへと戻って行った事もあっただろう。
しかし、今日は違った。
走って、サポーターの下に行きたかった。
何か、叫びたかった。
看板を超えたらイエローカードをもらってしまう。
そんな事すら、どうでもいい。
とにかく、みんなの下に行きたい。
俺の喜びを、興奮を感じてほしい。
そして、喜びを分かち合いたい。
そんな、どうしようもない衝動に駆られた。

俺は、何か訳のわからない言葉を叫びながら、俺はサポーターが陣取るスタンドに走った。
これまで決めたどのゴールとも比べ物にならないほど嬉しいゴールだった。
どうやっても埋められなかった、最後のピースが埋まろうとしている瞬間だった。
まだ試合は終わっていない。
そう分かっていながらも、自然と涙があふれてきた…。


彼は、自身がどうしても勝ち得なかったモノを、引退の間際に手に入れる事が出来たのでしょうか?
残り時間の15分弱、ミストラルは1点を守り切れたのかどうか、私にはわかりません。

ただ、大野選手は、もうサッカー人生を終える事に無念さも、後悔もないでしょう。
それは、結果ではなくそこまでの過程に公開がないからです。
やるべき事をすべてやった結果なのだから、彼はそう思うのではないでしょうか。
だから、彼はさっぱりとスパイクを脱いだでしょう。
私は、そう思っています。

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

The novel of M.Berg 更新情報

The novel of M.Bergのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング