ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

中西輝政研究コミュの83 日本を国防不在に煽動する、藤原正彦の危険な呪文「自主防衛」

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 新書版の『国家の品格』が200万部を越える大ベストセラーになったことで、“民族系のエッセイスト”藤原正彦は、小堀桂一郎や西尾幹二のような灰汁の強さが余りイメージされてはいない。『国家の品格』というタイトルが普遍的な言語であったため、これから直ぐに藤原正彦=「民族系」とは直覚されにくい。また彼は、民族系論客の属性である徒党を組む、そのようなミニ暴力団まがいのことをしないことも、藤原正彦が民族系論客の一人だとみなされない大誤解が生じた原因だろう。
 しかし、『国家の品格』は、民族系固有の奇矯な言辞や偏頗な「反米」アジが満載の有害図書でしかない。しかも、本のタイトルである「品格」については、一行も一文字も書いてない。この意味で、『国家の品格』は羊頭狗肉の詐欺本である。藤原が印税をもし読者に返還しないのであれば、オレオレ詐欺と同罪で逮捕されるべきだろう。
某作家は、「近年出版された中で、趣旨そのものが漠として内容まったく不明な本の横綱は、東は安倍晋三の『美しい国へ』、西は藤原正彦の『国家の品格』」と述べていたが、そのとおりである。両書ともエンプティ(空っぽ)性では日本一と、ただ讃嘆するほかない。

1、競争ある市場経済への憎悪――マルクス経済学が藤原正彦の思想原点か?
 『国家の品格』の特徴のひとつは、英米において発展した市場経済への憎悪を前面に押し出していること。藤原は。次のように、市場経済を諸悪の根源だと罵る。藤原正彦は、口蹄疫に罹患した牛と同じく、グロテスクな「社会主義万歳/共産主義万歳」のマルクス主義に汚染されている。このような藤原の論理において藤原は、北朝鮮の金正日独裁の共産体制を理想とする在日の北朝鮮人たちとの乖離がない。

  「日本人は、市場経済に代表される欧米の論理と合理に身を売ってしまい、  世界に誇るべき日本国古来の<情緒と形>をあっさり忘れてしまったので   す」(6頁)。
  「<神の見えない手>が何一つ解決してくれないことは、アダム・スミス以  来の、戦争、植民地獲得、恐慌に明け暮れた二世紀が充分以上に証明してい  ます」(182頁)。

市場経済の原理は、民族の固有の歴史や伝統を保守する保守主義の原理とは共通しており、市場原理を破壊すれば、ソ連や北朝鮮のごとく、民族の伝統・文化は逼塞どころか破壊つくされる。藤原の上記の言説は、彼が正真正銘のコミュニズムの信奉者であるのを明定している。
藤原の逆立ちした無教養・無知ぶりが小学生以下のレベルであるのは等閑視しても、日本の伝統や慣習を全破壊するマルクス系イデオロギーを流す教宣家である以上、藤原を“日本の敵”として糾弾するのが愛国者の務めであろう。

2、日本を冒す共産主義思想の害毒を「米国産」だとすり替える犯人隠避行為
               ――藤原は日本共産党の偽情報宣伝家と同罪
藤原正彦は、2000年に入ってからの眼をおおう日本社会を蝕む諸問題について、そのすべての原因が今から五十年以上の昔のGHQの洗脳教育にあると言う。ではGHQが去った後の一九五二年から二〇〇〇年までの約五十年の間に生まれてきた日本人(現在の日本人の過半)は、どのようにしてGHQの洗脳教育を受けたのだろう?
現実には、それらの日本人は、『国家の品格』が明らかにしたように嘘と出鱈目ばかりを吹聴する(御茶ノ水大学で教鞭をとる)藤原正彦のような馬鹿アホ教師たちに教育された結果ではないのか。しかし、藤原は、日教組による赤い洗脳教育を始め、あるいは朝日新聞やNHKの真っ赤な情報で日々汚染された現在の日本人にかかわる事実の最核心について、それを隠蔽しようとする。藤原正彦の言論の実態は、「日教組に雇用され、日教組の悪を隠す情報工作員」というほかない。
藤原がもし正常な保守であれば、「日本人を正しく育てるには、小学校から大学までを占拠する赤い教師の一掃すべきである」と主張するはずである。だが、藤原はどのエッセーにおいても、そのようなことは一言も言及しない。彼に対するインテリジェンスの精査が終了するまで、藤原正彦とは“無自覚のマルキスト/コミュニスト”とみなして警戒・隔離するのが、愛国者のなすべき、日本という国家の主権を守るに不可欠な行動だろう。

3、「国家の品格」を論じた、サミュエル・スマイルズの世界的名著『品格(品性、Character)論』も知らない、“デタラメ放言男”藤原正彦の異常な無教養
 品格とか品性というと世界中の知識人は、必ず、『自助論』で有名なサミュエル・スマイルズの『CHARACTER』を思い出し、それを紐解く。そこには、青年に対する道徳訓育に関して珠玉の訓話や原理原則が名文において論及されており、読めばこれほど益と実に満ちる本はそうざらにない。
 この書は、第一章は「品性の力」、第二章が「家庭が品性の淵源」、第四章が「勤勉」,第五章が「勇気」、第六章が「克己」、・・・の全十三章からなる。一例をあげておこう。

  「国民が品性を維持しようとしないならば、そのような国家は亡びに向かっ  て踏み出してゆく。国民が誠実、正直、清廉、正義の美徳を貴ばないなら   ば、そのような国家は生存の価値を失う」(原著第一章、41頁)。

 スマイルズは、国民一人ひとりの品性/品格を国家の安泰や滅亡の関係で洞察するに確かな炯眼を有していた。品性とか品格について、古典であり偉大であるこの名著以上の言説は万が一にも存在するものではない。とすれば、個々の国民の品性やその集合体としての国家の品格を論じることがまったくしない/できない藤原正彦の『国家の品格』は有害図書の最たるものではないのか。
 藤原がどれほどの無学・無教養かにつて、彼の抱腹絶倒の法螺話をほんの一例だが紹介しておこう。

  「アダム・スミスはジョン・ロックの経済版にすぎず、ジョン・ロックの説   はカルヴァン主義を取り込んだいかがわしいものです」(183頁)。

アダム・スミスやデーヴィッド・ヒュームらスコットランド学派は、ジョン・ロックを排撃したのであり、双方の思想スタンスは水と油ほどに対極的である。スミスがロックの系譜にあるとは、どんな「いかがわしい」教養があれば、発想できるのだろう。また、ジョン・ロックがまったく無縁なカルヴァン主義の派生思想家などとは、これまた「いかがわしい」では済まされまい。「いかがわしい」のは藤原正彦の方であって、それ以外ではない。

4、国際軍事態勢の知見ゼロ/兵器知見ゼロの「自主防衛」論
      ――共産党の日米同盟破棄を翼賛キャンペーンしてあげる藤原正彦
 藤原正彦とは数学以外はまったくのバカで、彼の無知蒙昧のレベルは、ル=ボンの『群衆心理』の指摘するとおりである。しかも、彼には、無知の病に加え、もう一つ重い病気がある。医学的な妄想癖の病で、しかも重篤である。証拠はいくらでもあるが、その一つを『国家の品格』に求めめれば、次のとおり。

  「(人間の)美しい情緒は<戦争をなくす手段>になる」(153頁)。
  「この世界を本格的に救えるのは、日本人しかいない・・・。(そのため    に)日本人一人ひとりが美しい情緒と形を身につけつけ(なければならな   い。)」(191頁)。

 「戦争を、人間の美しい情緒でなくすことができる」とは、特殊なカルト宗教信者をのぞけば、世界中の誰も発想すらできない狂気であろう。現実の具体的な事例で、たとえば、現在熾烈な戦闘中のアフガン戦争が「美しい情緒」によって、どのように終息していくのかについて、ぜひとも説明してもらいたいものである。要するに藤原正彦とは、日本人は人類と世界を救う救世主であるとの精神病患者特有の狂妄を前提に彼特有の奇論妄論を嘯いている。
 「日本人は人類救済の救世主(メシア)」などとは実にバカバカしい妄想だが、この延長上で、藤原正彦は、「反米=日米同盟破棄」を実現すべく「自主防衛」を煽動する。これは、「世界救済のメシアである共産党の指導に従って、世界がすべて共産社会になれば地球から戦争がなくなるのだから、日米同盟やそれに基づく米軍基地は要らない」という、共産党の教条的な国民騙しの嘘ロジックとそっくりではないか。
 日本国民一人ひとりの品性の涵養は、人類や世界を救うためではない。個々の日本人の人生を真に確かなものにするとともに、日本国の社会を法秩序と道徳性で満たし、それによって日本国の未来を確固たるものにするためである。つまり、祖国の永遠のためである。
藤原正彦は、日頃は“国語の重視”などを口にするが、実は藤原には祖国日本が溶解していて存在しない。彼の底意はアナーキズムが基調であり、日本国も日本人も「世界」や「人類」の手段としか考えおらず、日本国の溶解・消滅を無意識に祈願している。
 だから、藤原正彦は、尖閣列島問題を憂国のレトリックで塗りたくってはいる。が、厳密に読解すれば「中共に貢納してしまえばよいではないか」と彼は主張している。このことは、『週刊新潮』連載のエセーで(2010年11月4日号)、次のように、「米国との同盟など無用、自主防衛せよ」と大見得を切っていることでも証明されている。

  「日本国民の多くは日米安保条約について日本の領土が攻められたら自動的   に米軍が援ける条約と信じているようだ。錯覚だ。極東のちっぽけな日本   の小島のために、中国を相手に米兵が血を流すことを(米国世論が)支持   するとでも思うのか。」
  「自らの領土は、いかなる経済上の痛手を負おうとも自らの力で死守すべき   ものだ」(「管見妄語」74番)。

 藤原正彦は、前者の引用文では悪意ある歪曲をなし、後者の引用文では妄想に耽ってただ戯言を弄んでいる。藤原正彦の書いたものすべてには真面目というものがない。むしろ、ヤクザかチンピラの嚇しや恐喝まがいの言辞に満ちているとしか思えない。
 尖閣列島防衛への米国政府のコミットメント声明が、2010年10月、一瞬にして中共の対日恫喝のこぶしをおろさせたのは厳然たる事実である。米国が今、アフガンのタリバーンつぶしのため、あれほどのアメリカの若者の血を流していることを世界中の誰しも知っている。日米同盟の信頼性(credibility)について、侮蔑的な揶揄をしてその毀損に精を出すとは、藤原とは日本共産党と変るところはない。
 日本の一朝有事を見据え日米同盟の信頼性を高めておくには、今こそアフガンに日本の陸上自衛隊を出動派遣して、アメリカの将兵とともに血を流す戦友の絆を構築することだが、藤原はこのように真に日本の国家を守る国防の常識すら黙殺する。
 藤原正彦は、かくも何から何まで思考が逆立ちする。その理由は、彼の人格が正常性を喪失した重大な欠陥で空洞化しているからだろう。藤原は、日本を愛せない祖国破壊の衝動を秘めており、つまり藤原のニヒリズムの病は尋常でない。
 藤原の問題は、これにとどまらない。共産主義系の民族派論客の特徴である、軍事知識ゼロという欠陥があるから、藤原は日本の国防問題がさっぱりわからない。自国の防衛を日本だけでやれというが、数年後に空母機動部隊が運用された直後、中国が尖閣列島や沖縄に向けて侵攻してきたら、自衛隊など一蹴されてしまうが、このような絶望的な日本の防衛力をどうするつもりなのか。
つまり、上記に引用した藤原の巧言は、無責任のきわみの一語に尽きよう。藤原の底意には、尖閣も沖縄も中国に貢いでしまえという日本国への憎悪が無意識に潜んでいると考えた方が理屈が合う。
 必ずしも満洲引揚者の全員ではないが、かなリ多くの満洲引揚者は、関東軍に見捨てられた恨みから祖国日本の滅亡を祈願する「恨日」感情の闇を心に秘めている。なかにし礼は、この典型的な一人だが、藤原正彦も同種なのは疑う余地はない。
 藤原が仮に十年後や十五年後に「自主防衛」可能な軍事力を日本は整備すべきだと主張するなら、藤原は、二つのことを明言しなければならない。
 第一は、この十年間や十五年間の日本国防をどうやって行うのか、である。現在の自衛隊のように、空母もない、巡航ミサイルもない、爆撃機もない、原子力潜水艦もない、また戦車すら1000輌以下という卒倒するほどの超軽武装の陸軍兵力の状態では、米軍がいなくなれば、いつでも北海道はロシア軍が侵攻して3週間もあれば完全占領するだろうし、沖縄には中共が空母機動部隊が運用開始する数年後に侵攻するのは火を見るより明らかなことではないか。
 第二は、「自主防衛」が可能となる整備すべき軍事力を、藤原は具体的に提示しなければならない。例えば、持つべき空母は何隻で何トンクラスなのか。固定翼機を吸う十機搭載できる攻撃型の六万トン以上の空母なのか、それともVTOL機の24機程度を搭載する「イオウジマ」クラスの対陸作戦空母なのか。陸上自衛隊の兵力は、現在の15万人体制から50万人体制にするのは最小限の条件だが、それは可能なのか。戦車は現在の数百輌から最低三千輌レベルにする必要はあるが、それは可能か。
 それ以上に、年間の軍事予算を現在の5兆円規模から20〜30兆円規模にすることは、社会保障関係経費はほとんどゼロ、文教費もほぼゼロにするほかないが、そうできるという確信と国民にアッピールする責任を藤原は覚悟して言っているのだろうか。
 また、核抑止力としての核武装が必要だが、日本がどんなに頑張っても、ロシアや中共に対して(地理の非対称から)有効な抑止力にはならないが、藤原はこの問題をどう解決するつもりなのか。
 藤原正彦の本性は、無責任とデタラメ言説を楽しむエセ新興宗教の詐欺教祖そのものである。だから、四文字呪文「自主防衛」を無責任に唱導できる。悪魔が笛吹く呪文「自主防衛」に日本国民が魅了されたとき、日本は亡国に至る。そして、この亡国をもって「快楽」することこそ藤原が求めているものではないだろうか。

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

中西輝政研究 更新情報

中西輝政研究のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング