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丘の向こうのすいか畑コミュのすいかをめぐる軌跡

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 その真ん中に何かしら据えて、その周りをくるくると回りだすだけでいいのだ。ただひたすら回りつづける。その間に何を見てもいいし、何を叫んでも、何を呟いてもいい。大事なのはただ円を描くということ。もしかするとそそられる人も出てくるかもしれないではないか。そんな人たちは出来上がっている円のひとつ外側にておなじように回り始める。やがて加わってくる人たちも増え、うまくいけば二重にも三重にも円が拡がっていく。もし植え込みとかで当たり前の円が描けないようならば、公園の空いた敷地でまた回りつづければいいのだ。もちろん真ん中に何か置くほうがもっともらしく、みなで意見があえばだれかが買い出しに出るということになる。その置かれるものといえばわざわざ言うまでもないと思うがすいかなのだ。こうしてひとつのすいかはじっとして少しも身動きするわけではないのに、その周りに動きが造られていく。

 初めの人はどんな人だったのだろう。ひっそりとした公園にひっそりと歩み入り、草地を眺め下ろす男。小脇にすいかを抱えている。そして何気なくすいかを芝生のうえに据え、その周りを自信なさそうにゆっくりと歩み出す。まばらな数のひとたちが遠くからそれをしばらくぼんやりと眺める。そんな遠くの人にはおかまいなく男は周りを歩きつづける。だれも申し合わせたわけではないのに、にじり寄ってくるひとたちがいる。眺めているだけだったつもりが勝手に脚が動き出したとでもいうようにゆっくりゆっくりと足を進めていく。自身も気がつかないうちにすいかのまわりをたしかな数の人たちがくるくると回っていたのだろう。

「神さまに会った」
 だれかがいきなり両手を勢いよくかかげて叫んだ。
「霧のなかでキンキンする声だけが響いた。わしはひれ伏したんだ」
 ゆっくり頷いているひともいる。耳を傾けている人ばかりだというのは容易に見て取れる。
「ずっと畏まっていたんだ。じっと立ちつくして胸の鼓動に打ち震えてた。霧が晴れたとき、眼の前に飛びだしてきたのは水牛のようなすいかだった。わしは山刀を振り下ろした。赤い果肉を頬ばった。もちろんわしは神殺しとののしられ、呪われた。言いたいひとには言わせておけ。暇さえあれば神さまに会ったときのことを思い出してため息をついている」
 男は口を閉ざし、それからどうなったか知りたいひとは少なくなかったと思う。そんなひとはだから周りのひとと二言三言交わしていた。すると男が再び口を開いた。
「ひとびとはわしをお供え物として差し出すことに決めたのだ。いくら頭を横に振ってもだめだった。わしは地面をごろりと転がされた。その隙をみて起き上がり、息を切らしながら走って逃げたのだ。命からがらだった」

 まただれかが声をあげた。どこかから絞り出すような声だった。
「ひとを殺してしまった。まだばれずにいる。でも負い目はふくれるばかり。嘘の積み重ねは綻びを待つばかり。いっそのこと、だれも知ってるひとのいない山奥の村へと逃げ出してしまおうか。すいかはベッドの下。すべて喰いつくしてしまったはず。なのに最後のひとつだけこっそり隠してある。ところがある日、覗いてみると姿かたちがまったくない。そんな不安だけを抱え込んで生きている。次の夢をみるとまだばれずにいるままだ。気づいているひとははたしているのか。顔色ばかりをうかがっている。いっそ自分から吐いてしまえば楽になるのだろうか」

隣の男が地面に眼を落とすようにしてぼそぼそ呟く。
「あのすいかの下には何があるか知ってるか」
 言い終わると素早い一瞥をわたしにくれた。口ごもっていると隣の男はつづけた。
「すいかの底ということだが。。。」
 わたしは身動きもせずそのつづきを神妙に待ってみた。
「すいかの底をずっと掘っていくと横穴に出るんだ。でも狭い穴なんでようやく身ひとつを潜り込ませられる程度。だから尻込みしてしまう奴もすくなくない。何かの罠かと思ってな。でも苦労はしてみるかいがあるというものだ」
「それで何があるんですか、その先には」
「おい、おい、そんなこと言えるわけがないだろう、入っていこうなんて気がない奴にな」
 お互いを一瞬、沈黙がおそった。わたしは何を言ったらいいか、ほんとはわからなかった。
「それで帰ってきたひとはいるんですか」
「さあ、どうなんだろうなあ。おれもそんなに暇なわけじゃないので、それらしき奴らにいちいち訊ねにいけるわけじゃない」
「ということはあなた自身は潜っていったことはないということなんですね」
「ああ、そう来るか。おれが行ったことがあるかどうか、それも知りたいのか。もっとも先に口を出したのはおれというわけだからな」
「いえ、わたしだってそんなに突き詰めるような思いで訊ねているわけではないんです。ただおなじすいかに向き合っておなじ思いを抱いているかもしれないということだけなんで」
「そう言ってもらえると気がらくになるよ」
 男は脚で地面をこするような仕草をはじめた。

輪の人びとが熱狂にわれを失っているときを狙った。ジャンパーのポケットからこっそり園芸用のシャベルを引き出し、わたしはすいかの底を掘り出したのだ。ほかの人たちはすいかへの熱狂がクライマックスに達していて、わたしは思い余ってすいかに寄り添いうずくまっているのだと見えるように掘っているところを巧妙にからだで隠した。
 すいかそのものも優にひとかかえあるように巨大だったのは言うまでもないがわたし一人がなんとか潜り込める程度の穴を掘り下げつづけた。すると30センチほど掘り返したところで地中の穴に出くわした。これは願ったり、と思ってわたしは身を乗り出した。からだをずるずると這わせ、引きずっていくとまもなく水平の穴に出くわした。薄暗いにはちがいないがそれでもどこか薄ぼんやりしたままでどこかにささやかな明かりでもあるのかもしれない。掌の五本の指ぐらいは苦労せずに見分けられた。それからはずっと這うような格好で水平の穴をすすんだ。しかししだいに穴はせばまって、すぼんでくるような気がして不安だった。それだけではなかった。穴は枝分かれしていて、いったいどちらを進めばいいのか当惑せずにはいられなかった。それでもきっとこの先にはなにか大事な、ひとに隠されてきたものがあるにちがいないという思いに導かれるようにしてそのまま進んだ。だがついには身動きできなくなった。怖しいことにはもはや後退することもままならなかった。息はまだ苦しくないがぺたりと穴を塞いでいるしか能がないといった有様だった。

「詰まってますか。動けないんですか」
 わたしがうとうとしていると後ろのほうから女のひとの声がした。はっと気がついてみると、再び後ろから「どうしたんですか、動けないんですか」と繰り返された。これが山とかであれば片手を上げるとか、頷くとかできるわけであるが、こんな穴の中では意思表示をどうやって行えばいいのかわからない。やはり声が後ろから来ていても前に向かって声を張り上げるしかないのだということに気がつく。
「身動きが取れなくて困ってます。引き返したほうが無難ですよ」
「でも、せっかくここまで苦労してたどり着いたんですから、もうちょっと先まで覗いてみたくなるのが人情でしょう」
 なんと、人情なんてせりふできたのか。声だけだと若いか歳のいったひとかわからないし、予想がひっくり返されるときも多いが、これは若いひとではないことはたしかだろう。
「もったいないですよ。そこから何が見えてるんですか。何かひとに言えないようなものですか」
 薄闇しか見えていないのに、ほかに何が言えようか。

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