正義の味方・高層覆面職人会コミュのもう一つのガラスクリーニング選手権

　私は若い頃新宿でスーパーの店員をしていた時がありました。
先輩がお惣菜の並べ方をくどくど口うるさかったので、『お惣菜の並べ方で
選手権大会でもあるのか』と心の中で毒づきました。

　そしてこの仕事に就いた頃もやはり口うるさい先輩がいて、
心の中で『スクイジー選手権大会にでも出場する気か？』と毒づきました。

　ところがその後実際にガラスクリーニング選手権があるのがわかってショックでした。
　ついでに言うと、スーパーのレジスター係の選手権大会が実在してるのをテレビで見ました。制服姿のレジ打ちのお姉さんたちが入場行進から選手宣誓まで行って気合充分です。
　よく見ると商品をただすばやく処理するだけではなく、接客態度も評価の範疇に含まれていました。

　私たちは、この仕事を高層職人として表現していますが、実はサービス業といっても過言ではないな、というのが私個人の正直な感想です。
　最初に修行させてもらった古巣のB社でも社長室の入口で挨拶のお稽古をさせられたもんです。

　そこでガラスクリーニング選手権も近い将来このメンタルな部分に焦点が当てられ実技部門とは別に接客内側対応部門が創設されることになりましょう。
　挨拶もできずにずかずかと室内に入り黙って作業しようとする選手は床が左右に開いて競技終了となるわけです。

実技競技形式の３枚パネル型の設置とは違って室内内側セットが必要です。観客席側からは内側、競技選手は向こう側からのドアを開けてさまざまな条件をどうクリアできるかが審査対象となります。
　初心者・中級者・上級者用でセットは別れます。いずれも、評価ポイントは挨拶・マナーと突発的なアクシデントにどう対処できるか、最後に上級者級のみ人間性がプラスされます。

　こう考えてくるとわくわくしますね、実現されるなら是非とも実行委員会に立候補させていただきたいものです。
　最初に初心者級の室内セット、役員室風の造りでふかふかの絨毯とか敷かれちゃってます。ソファーには加藤茶ふうの役員さんが新聞広げちゃってたりとかします。秘書のお姉さまもかしこまっています。

　最初に挨拶ですね、初心者で緊張もかなりありますから、あんまりイジメチャかわいそうです。
「会社名はなんていうの？」なんて野暮は中級クラス以上しときましょう。
　そして突発性アクシデントはぶーぶークッションあたりでいいと思います。

　挨拶もなんとか無難にこなし、安心して窓に近ずくと「ぶびー！」
役員さんは知らん顔、秘書のお姉さんが疑惑の表情でじっと選手を見つめる。

さぁ！あなたならどうする！
　評価は審査員によっていろいろでしょうが、とりあえず無難にこなせればいいと思います。

　そして中級、経験年数３年以上といったところでしょうか？
セットはずばりヤクザ事務所がいいでしょう。こわもての役者さんを調達しておく必要がありますね。
　ただ、私の知っている元請さんにぴったりのはまり役がいますので、呼んできてもいいでしょう。

　競技者には事前情報なしで、ドアを開けさせます。
「おどれぇー、何しに来た！」からハードにスタートします。
　私も過去にヤクザ事務所が定期現場だったことがあります。決して笑い事ではありません。
　現実にあり得る設定です。中級者たるものここを何とか通らねば一人前とは言わせません。

　さてなんとか無事に話しをつけて窓のブラインドを開けようとしたときにアクシデントが襲います。
　そうです！ブラインドのひもは無残に切れるのです！
業界ではこれを評して「ロシアン・ブラインド」と呼ばれる現象です。
いつかは誰もがきっと遭遇する出来事です、しかも相手は極道です。どう対処できるかが、評価の分かれ道となりそうです。

　こう考えると次から次へと楽しいアイデアが出てきてしまうのですが、最後に上級編・これは例えばこんな風になります。
　セットはごく普通です。競技者が部屋に入るとテレビがつけられていて、突然臨時ニュースが流れるのです。凶悪犯が脱走して付近にいるという内容です。顔が映されます。
　そして窓のカーテンを開けると窓の外にその凶悪犯そっくりの人物がいるという設定だったりします。

　あるいは窓をクリーニングしていると、小学生程度の児童が通りかかります。そして競技者を見るとくちぐちに「あっ窓拭きだー、きったねーツナギー」だとか悪口を言い出したりするのです。
　黙って耐えて黙々と作業を遂行する人なのか、苦笑いしながら手を振ってあげる人なのか、窓を開けて子供たち相手にまじに叱ってもそれはそれでいいかもしれません。我々に最後に問われるもの、それは人間性なのです。機械的に計測される数値であってはなりません。

　わが正義の味方の職人だったらこう言うかもしれません。

「君たち、おじさんの仕事は面白いかい？こうして部屋の内側にいるときもあるけど、屋上からロープだけを使って降りることもできるんだぜ。一人前になれば自分ひとりで仕事を請け負うことだって可能さ。
　ただ、世の中はどんどん変わってきている、君たちが大きくなって社会人になったとしよう。そこでもし、ずるい役人や人を押しのけてでもなるお金持ちだけしか幸せになれない世の中がいやだと思うなら、
　…その時は私について来るんだ…」