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獅詩倭歌噺〜LION STORY〜コミュの獅歌噺 弐

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『ファスナー〜ピエロの10カウント〜』


『おう悪い、しんご、後ろ下ろしてくんねえか?』

「いいすよ。お疲れ様です!」


俺がこの仕事を始めてもう一年か・・・

半年前に入ってきた後輩のしんごはいい奴だ。

毎回こうやって俺の衣装のファスナーを下ろしてくれる。


「お疲れ様です!」
「オツカレサマデス!」
「おつかれさまです!」


『ヒーロー様のお帰りか・・・。
ご苦労様でーす。』

あいつは橋本。

一番の古株で社長のお気に入りだからその役やれてんだろ。
二個下のくせに気取ってる奴だ。


しがないテーマパークのヒーローショー・・・

の悪役。



それが今の俺の仕事だ・・・。



今日も俺は人生を迷い。

治まらない葛藤に戸惑い。

このピエロの着ぐるみをまとい。


ステージに上がる。



まずは子供を怖がらす。

時には茶化す。

おどけて笑わす。


俺が俺をあざ笑う。


おっと登場ヒーロー様だ。

ここで早々卑怯な罠。


会場からの大ブーイング。

これだけは慣れないまだ唯一。


声援を浴びて奴が立ち上がる。

これ以上俺から何を奪いやがる。


今日こそは・・・


一度は倒されてもまた這い上がる。

奴は俺の腹を狙いたがる。


台本にはない、

俺がよける。

ヒーロー様がこける?

なんとか耐えたが無様によろける、

客が悲鳴にも似た歓声を添える。


「なんだよ!」

奴が小声で吠える。


今日こそは・・・


拳を振り上げる、

俺を・・・

ピエロを、子供達が見上げる・・・


そして冷たく問いかける。


今日こそはなんなんだ?

と。


胸を込み上げる、

感情が、

下まぶたに溜まりきる前に

会場が、

まるで一つになったかのように沸く来場者、


『これが奴の才能か・・・』


つぶやいた俺の心は折れた。


子供達と奴が数えた、

必殺技への10カウント。


台本どおり、

奴の勝利。


ステージ上に

派手に倒れた

まさに無様なピエロは俺だ・・・。



バックステージ。

奴が何か言ったが聞こえなかった。

皮肉なのは表情でわかった。


しんごの声すらも聞こえなかった。

心配と、不安と、哀れみと、同情と、

心から気にかけてくれていることは痛いほどわかった。


全くいい奴だ。


バックステージ。

一人残った。

しばらくしてからふと思った・・・



『誰がファスナー下ろすんだ?』



外は、

人気の無い、深夜のテーマパーク。

警備員の姿すらなく。


どう頑張ってもファスナーには届かない・・・

今更しんごの表情の意味がわかってもしょうがない・・・


このままの姿で帰るしかないか・・・

電車はもうないからタクシー・・・

も無理か・・・。


ピエロは歩くことにした。


人通りが少ないとはいえ、

過ぎ行く人からの視線が気になる。


そりゃそうだろう。


深夜の街をピエロが歩いてるんだ。

俺だって見る。


下を向いて早歩きで歩いていると、

「ちょっと、こんな時間になにやってるんだ?」

と、警察に尋ねられた。

『いや・・・』


そうだ。


『いや、ちょっと困ってまして・・・。衣装が脱げなくなってしまったんですよ。
後ろのファスナー下ろしてもらっていいですか?』


「なんだ、仕事帰りでしたか?いいですよ。後ろ向いて下さい。」


「ファスナー・・・ですか?ちょっとわからないですね・・・。」


『真ん中らへんにないですか?結構大き目の・・・』


「いやあ、見当たらないですけどねえ・・・」


『そんなはずは・・・』


「お兄さん、ちょっと派出所まで来てもらえますか?」


『ちょっ・・・』


焦ったピエロは走った。


この衣装でこんなに早く走れるんだと思ったくらいだ。



なんとか振り切って、

疲れ切って、

汗だくで歩くピエロは、

さぞかし無様だったんだろう。


通り過ぎる、


場をわきまえない淫らなカップルが笑っている。

だらしなく酔っぱらったサラリーマンが笑っている。

横たわる浮浪者さえも笑っている。


虚しすぎる・・・


あの時から、

まだ下まぶたに溜まったままの感情が

こぼれ落ちる。


心が叫ぶ。



笑うな!

もう笑うな!

毎日毎日、

散々笑われてるんだぞ!


もう沢山なんだよ・・・


ピエロはもう一度走り出した。



体も心も、

ボロボロの、

ピエロがとぼとぼと、

歩く旅路はそろそろ終わる。


家の近くの見慣れた公園。

当然、

もう少しだから頑張るべきだという思いとは、

裏腹に、

こんなにも体が重いとは・・・


ピエロは、

一つのライトに照らされた、綺麗な青いベンチに目を奪われた。

倒れこむように腰を下ろした。

張り詰めた気持ちもここに降ろした。



いつの間に眠ってしまったのか・・・


ピエロは夢を見たんだ。


ここはいつものテーマパーク。

いつものステージ。

観客の声がする。

もうショーは始まってる?


いや、俺が最初に出て行くんだからまだ始まってはいないはず。


その時、

目の前の扉が開き、

光と、

多くの子供達の姿と、

橋本演じるピエロの姿が目に飛び込んできた。


俺が・・・ヒーロー・・・?


悲鳴にも似た歓声。

憧れと期待に満ちたまなざし。


『そうだよ。俺が欲しいのはこれなんだよ!』


優越感に一通り

浸った後は台本通り、


残った敵は橋本ピエロただ一人。


ここで子供達との大合唱。


必殺技への10カウント。




誰かの声がした。




「夢から覚めるまで後10秒・・・」




10,9,8,7,6,5,4,3,2,1・・・




ステージに倒れていたのは・・・

やっぱり俺だった。



というか公園に倒れていた。


後ろには、青いベンチはなく、

古びた木製のベンチがある。


夢・・・?


意識がはっきりとしないままベンチに腰を下ろすと、


一人の少年が駆け寄ってきた。


少年は不思議そうな顔で俺を見ていた。


『ああ、そういや俺はピエロのままだったな。』


俺はピエロになりきっておどけて見せた。

言葉は使わず、身振り手振りでふざけて見せた。


少年は、

驚いた表情をしたかと思ったら、何も言わずにどこかへ消えた。


『なんだ、ここでも嫌われ者だな・・・。』


そう思っていると、

少年が仲間を連れて戻ってきた。


少年のまなざしは、

憧れと期待に満ちていた。



俺は、

あのステージでやってきたことを、

この少年達の笑顔のためだけにやったんだ。


いつの間にか、

公園中の人が集まっていた。


古びた木製のベンチは

立派なステージになっていた。


演技を終え、頭を下げると、

拍手と歓声が沸き起こった。


少年の笑顔は朝日のように眩しかった。


朝日?

にしては太陽が高い・・・

公園の時計を見た。

もう昼過ぎだ・・・!


拍手と歓声を名残り惜しみながら、

俺は走り出した。



深夜に来た道を戻りながら、

俺は笑っていたんだ。



走りながら、

街のショーウィンドウに映る自分を見て驚いた。


ピエロの着ぐるみを着ていない・・・


『俺は、いつからピエロじゃない・・・?』


だからか・・・


警察官がファスナーを見つけられなかったのも、

あんなに早く走れたのも、


じゃあ、

帰り道で人に見られて笑われていると感じたのは勘違い・・・?

確かに、特別な視線を今は感じない。


そうかそうか・・・勘違いか・・・。


俺は周りから見たら怪しいくらいのにやけた笑顔で、


通り過ぎる、

爽やかなカップルに手を振る。

かっこよく働くサラリーマンに手を振る。

一生懸命生きている人にも手を振る。


『俺も同じ、一生懸命なだけだ。』


みんなが俺を見て笑っている。

俺も、

これからも笑っていくさ。






見慣れた建物が見えてきた。



しがないテーマパークのヒーローショー・・・

の悪役。


これが、

今の俺の仕事だ。



今日も俺は人生を迷い。

治まらないはずの葛藤のない

自分に戸惑い。

このピエロの着ぐるみをまとい。


ステージに上がる。




皆がそれぞれ、

それぞれのステージがあるだろう?


今はまだ無様なピエロでも、

慕ってくれる奴はいる。


ヒーローがやな奴でも、

認めるところはある。


なら後は自分次第だ。


笑わないピエロは、

ただの人形だ。

君じゃなくても出来る。




後から聞いた話、

公園で出会った少年は耳が聞こえないらしい。

言葉を発するのも難しいんだそうだ。


その少年が紙とペンを使ってこんなことを言っていたそうだ。


【ピエロが10数えると、ヒーローになるんだよ。】


【ピエロ−10=ヒーロー】


わかるかなあ。




2008/9/11  KOHEI.M




昨日君が自分から下ろしたスカートのファスナー

およそ期待した通りのアレが僕を締め付けた


大切にしなきゃならないモノがこの世にはいっぱいあるという

でもそれが君じゃないこと

今日僕は気づいてしまった・・・


帰り際リビングで僕が上げてやるファスナー

おざなりの優しさは今ひとつ精彩を欠くんだ


欲望が苦し紛れに次のターゲットを探している

でもそれが君じゃないこと

想像してみて少し萎えてしまう・・・

[by Mr.Children]





















君がその熟れた目つきで、

慣れた手つきで、

下ろしてくれる俺のファスナー。


素直にそれはありがたい。

勘違いしないでくれ、

俺だってこういうのは嫌いじゃない。


ただ、

痛みが無い、

わけじゃない。


体から溢れ出るものは、

涙や、アレばかりじゃない。


心に繋がるそのファスナーは、

かすかなその隙間からでも、

必死の思いでかき集めてきた未だわずかな、

愛とやらもこぼしてしまうんだ。


甘い味がすると噂のその愛とやらは、

こぼれ落ちた瞬間から、

とても苦いものに変わるらしい。


そのことなら君もよく知っているだろう?


その味がお望みなら、

どうぞご自由に。



俺に関して言えば、

君から溢れ出る、

愛に良く似たその苦いものに、

俺の考えの甘さや、優しさや、情や、愛おしさをブレンドして、

毎朝の食卓と、毎晩のくつろぎに、

ゆっくーり

味わうのが理想なんだが。


2008/9/11  KOHEI.M

コメント(1)

凄いです。もう真剣に読みふけりました!
一日一つ、位のペースで読みたいと思います。
誰かのヒーローになれたら、こんなに嬉しいことは無いですね。
勇気をもらいました!心から感謝!

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