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小説家版 アートマンコミュの666(ミロク)dD 1月19日?

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 俺は岡崎に予定より少し早めに到着してしまった。岡崎といえば三河地方で豊橋につづく大きな町だ。それに恥じないような綺麗な駅だった。母親が到着するまでにはまだ三〇分はある。少し駅周辺を散策しようと東口に降り立った。不思議な感じがした。駅前の建物が低いのだ。数十万人も暮らす町の駅なのだが二階建て以上の建築物がない。見上げずに空が視野に入って来るのだ。駅前なのに車の往来も激しく無い。何か駅が在る事が異質のような気がしてきた。俺はバス停の後ろの手摺に腰掛けて空を見ていた。北から南へV字に編成をくんだ渡り鳥が飛んでいた。
 改札口に戻ると母が手土産を入れた紙袋をさげて立っていた。俺を見つけて手を振っていた。俺は手を上げて答えると直ぐに母から目をそらした。何となく恥ずかしいのだ。いつからだろう? 母親の目を見なくなったのは? 最近のような気もするし、母が後妻としてやってきた頃からの気もする。
「何ぃ、先に着いとったの? ごめんね。待たしちゃってさ」
「気にしなくてもいいよ」
「それよりも元気にしとった? ちゃんとご飯食べとる?」
「うん大丈夫。ちゃんとやってるよ」
「光二郎君は痩せとるから、たんと食べんとね」
 会話の間、俺は母の目を見る事はなかった。だからあまり会話は弾まない。それはいつもの事だった。
「じゃあ、行こうか」
 俺は母の後に続いて歩き出した。久しぶりに来た駅は変貌をとげているようで母はキョロキョロしながら歩いていた。俺達は東口のタクシー乗り場へ向かった。タクシーが十台程乗車待ちしていた。俺は母の後につづいてタクシーに乗り込んだ。行き先を告げるとタクシーはゆっくりと動き出した。古い駅舎の横を通り抜け通りの少ない駅前の道に出た。
「ところで何で光二郎君は横溝さん所の子の通夜に出たかったの?」
「ちょっとした知り合いなんだよ」
 嘘では無かった。しかし本当の理由では無かった。母はそれ以上追求してこなかった。納得している様子だ。
「お客さん、横溝さんの通夜に行くの?」
 タクシーの運転手がミラー越しに話しかけて来た。どうやらハジメが起こした事件は岡崎では有名なのだろう。
「ええ、家が隣だったもんでね。田舎だと隣の家は親戚同様でしょう」
「そうですか。大変ですね。あんなに大きく新聞に掲載されちゃうと、お父さんも面目無いですよね」
 ハジメの父親は地元では有名な会社の社長をしていたのだ。何の苦労も無い金持ちに振って涌いたような出来事をほくそ笑んでいるに違いない。人の不幸は蜜の味って訳だ。落差が激しければ激しい程、話題としては面白いのだろう。
「言う通りだわ。御両親はあんなに肇ちゃんの事を好いとったのに……。何故伝わらんのだろうね」
 母の言葉は俺に投げかけられた物だろう。俺は素直にその言葉に反応した。正直にいうと母が口にした単語に反応したのだ。
「スイトッタノニって言ったよね」
 声が少し大きかったのか、母は驚いた顔で俺の方を見た。母の顔を久しぶりに見た。皺が増えていた。直ぐに目をそらして再び尋ねた。
「うん、言ったよ。好きだったのにって意味だけけど、何ぃ?」
「いや別に……」
 言葉とは裏腹に心は動揺していた。夢に出て来たキーワード『スイトッタノニ』は三河地方の方言だった。好きだったのに……、夢の中で語ったハジメの言葉が意味深に思えて来た。
「あのさ、グロノイシナエってどう言う意味か分る?」
 これも三河の方言かもしれないと思った。案の定、母には意味が分るようだった。
「グロって脇の事だらぁ。道のぐろって言ったら道端って意味になる。イシナは石とか岩の事。だから脇に在る石って事だと思うよ。三河の言葉に興味があるの?」
「うん、まあね」
 俺の曖昧な返事に母は首を傾げていた。でも確実に分かった事があった。キーワードは共に三河の言葉だった。という事は夢の中の出来事は三河と関係がある。偶然とは思えなかった。夢の中の出来事が本当にあった事のように思えて来た。
 タクシーは国道一号線に出た。豊橋方面に向かっているらしい。岡崎インターを通り越して暫くして左折した。タクシーは山あいの道を進んで行った。右側に川が流れていた。前方に歩道を歩く親子の後ろ姿があった。俺の視線は子供に釘付けになった。その子供の服の色は黒だった。タクシーが親子に近づく、俺の鼓動は速くなっていた。タクシーが二人を追いこす、俺は子供の姿を目で追った。学生服を着た子供だった。ムサシでは無かった。少しホッとしていた。しかし、ある事に気が着いた。黒い服の少年は私服姿ばかり考えていたのだ。学生服を着ている子供の事を考えていなかった。世の中に小学校の低学年から学生服を着用させている学校はどのくらいあるのか見当がつかなかった。
「久しく見んくなったねぇ。小学生の学生服って。ここらの小学校はまだ制服あるんだね」
「岡崎でも少なくなりましたよ」
 俺が珍しそうに見たとでも思ったのだろう。母と運転手は制服の事で会話していた。会話の内容を聞くとそれ程多くはなさそうだ。自殺事件が発生している地域周辺の制服状況を調べてみた方がようさそうだ。調べる事が増えてきた。静香に調べてもらうかと一瞬頭をよぎった。電話をかけられるはずが無かった。小さなため息が鼻から抜けた。窓の外は山の裏に太陽が隠れ、薄暗くなって来ていた。光を灯し出した街路灯の奥の小高い丘に小さな古い祠を見つけた。地元の子供だろう。黒い制服を着た少年達がそこで何かを拾っていた。心が和む気がしていた。

 ハジメの家は巨大な純和風の住宅だった。ハウジングセンターにある巨大なモデルハウスの二倍はある。玄関口は俺の部屋より広かった。喪服に着替えた母はエプロンを片手に勝手場に向かって行った。仕方ないので俺もついていった。台所には沢山の女性が割烹着を着て作業をしていた。その中には母の義姉、長男の嫁もいた。俺は軽く挨拶をかわした。
 田舎の葬式は大変なのだとタクシーの中で母から聞かされた。近所の嫁が総出で精進料理を作り、身内や参列者の接待をしなくてはいけない。今回は有名会社の社長の家という事もあり、人手不足の為に呼び出されたのだった。それでも久しぶりに会う地元の人との交流が楽しみだと言って張り切っていた。ハジメの事なんて母にとってはどうでも良かったのだ。いつまでも台所にいても邪魔だった。俺は仏間の方へ案内された。八畳、八畳、六畳の直線に並んだ部屋の襖が取り外されて大きな部屋になっていた。縁側の通路を仕切る障子も取られ、壁には白黒の幕が張られていた。近所から持ち寄ったのだろう。一〇〇を超える数の座布団が敷き詰められていた。一番奥の六畳にある仏間の扉は閉められ、白木の祭壇と棺桶が安置されていた。どうやら、通夜だけではなく葬儀も家から出すようだ。これだけの敷地があるからできるのだろう。俺はまばらに座っている参列者の一番後ろの座布団に尻をおろした。暫くすると、ぞくぞくと人が集まってきた。あれ程広かった部屋が通路まで人の頭に埋め尽くされてしまった。俺は座る場所が無くて困惑している年寄りに席を譲り、庭先に回った。外にも焼香台が用意されていて、父親の会社間系の人やハジメの友人らしき人が立っていた。
 ハジメの家に来て気がついた事がある。俺には手を合わせる気持ちがないのだ。なぜ、静香を怒らせてまで来てしまったのだろう。きっとハジメと言う少年の存在を俺の中できっちりと整理したかったのだと思う。彼の情報が俺には少なすぎたのだ。ハジメは実在して、そして死んでいた。遺影の中で微笑んでいるのは俺が池袋であった青年に間違い無かった。呪いを実行しようとした事にこだわってはいない。なぜ、彼が俺の夢に出て来るのかヒントが欲しかったのだ。
「呪われてるんだぜ」
 俺の耳に『呪い』という言葉が飛込んできた。目だけ動かして声を出した者の方を見た。茶髪に染めた二人組の少年だ。どうやらハジメの友人らしい。
「ハジメだけじゃなくって、紫苑さんも自殺したし、赤田も入院してるんだろう。絶対呪いだって」
「あの女の子達が呪ってるって事か。でも一人は自殺したんだろ」
「だから、その自殺した方の女の子の怨念だよ」
「だったら、まじで恐ぇな。赤田も死んじゃうんじゃねぇの」
 話をしている二人組の少年の会話の登場人物の名を俺は知っている。身体が自然とその少年の方へ向かっていた。
「今の話を詳しく聞かせてくれないか」
 茶髪の二人の青年は俺を不思議な顔で見ていた。
「何だよ。てめぇ」
 見ず知らずの者に話し掛けられた時のいつもの態度だろう。二人は鋭い目を俺を威嚇した。
「実は俺の調べている事と君達が話していた事とが関係しそうなんだよ。タダで話してくれとは言わない」
 俺は財布から一万円札を二枚取り出し、二人に渡した。
「警察か?」
 二人の目つきが変った。話す気はあるが俺の素性を知りたいようだ。
「警察が金なんか渡す訳無いだろう。探偵みたいな者だ。話してくれるだろう」
「こんな所ではな」
「そうだな。死者の前で悪口は言いにくいよな」
 そういって俺達は一旦ハジメの屋敷を出て、隣の母の実家の敷地に入っていった。家族総出で手伝いをしている。通夜の間は誰も戻ってこないだろう。
「それじゃあ、俺の質問に答えてくれないかな」
 二人は頷いた。
「紫苑って金田紫苑の事か?」
「何だ、知ってるじゃん。俺達の高校の一コ上の先輩。途中で中退しちゃったけどね」
 珍しい名前だったので、まさかとは思ったが金田とハジメが繋がっていた。
「それで赤田ってのは、もしかして、赤いピックアップトラックに乗っているじゃないかな?」
「ヘぇ、詳しいね。最近、自動車事故起こしやがって、現在入院中」
 やはり想像していた通り、赤田は俺が666と契約をした時に事故を起こした黒いニット帽の男の事だ。俺の周りの奇妙な出来事が繋がってきた。
「それじゃ、彼らが起こした事件ってのを教えてくれるかな。どうやらレイプ事件のようだけど」
「あれは俺らが高校三年の秋頃だった。ハジメが自動車の免許をとったって事で赤田と紫苑さん、三人でドライブがてらナンパに出かけたんだ。岡崎の繁華街にある有名なナンパスポット。ナンパは簡単に成功したらしいんだが、肝心な時にトイレ行って来るって逃げられちゃった。間抜けでしょ。それでまた最初からナンパをやりなおすの面倒だからって道端を歩いていた二人の女の子を車に無理矢理押込んじゃったの」
「確かナンパ目的で来ていた女の子を襲ったんじゃなかったのか?」
「あれはハジメの親の力じゃねぇかな。本当は学習塾の帰りだったって噂だぜ」
「それじゃあ、女の子達は」
「可哀想に一人は高校受験にも失敗しちゃって首吊っちゃったよ。もう一人は遠くに引っ越しして行ったらしいよ」
「被害者なのに……」
 俺はこの事件の世論の冷たさを思い出した。情報をコントロールされて真相を消されていたのだ。事件の事を知らない者達はナンパされに来て痛い目にあったバカな女達だと笑ったはずだ。
「誰か止めれなかったのか」
「そんな事無理だぜ、あつら鬼畜だぜ。そう言えば、女の子を拉致る時におっさんに見つかったって言ってたけど、そのおっさん、ビビって何もしなかったらしいぜ。止めようとする事が可能だとすれば、そのおっさんだけだろうな」
 おっさんという言葉を聞いてあっては欲しく無い事を想像してしまった。その時に止めに入らなかった人はマスターでは……。自分の周りで不可解な死をとげているという関連があるだけに否定はできない。
「それで彼らは反省していたのかな?」
「そんな訳ねぇよ。俺らに自慢気に話したくらいだからよ。レイプ事件って滅多に実刑にならないんだ。あいつらも有罪だったけど執行猶予がついただけじゃなかったかな。確か臭いメシ食ってないはずだぜ。しょせん、世間でもそんな程度の事件として処理されたんだ。バイク盗んだぐらいにしか思ってないんじゃねぇの」
 読経の声が聞こえてきた。どうやら通夜が始まったみたいだ。赤田の入院先を聞出し、俺は彼らを解放してあげた。通夜に参列する為にハジメの屋敷に戻っていった。俺はとてもハジメに手を合わせる気にはならなかった。死んでも良い奴がいるとするならばこいつらだ。こいつらを恨んでいる者は沢山いるはずだ。ハジメが死んだ時に見た写真付きの掲示板にも恨みを持った書き込みが数件あった。理不尽な運命を背負って生きざるをえない者がいる。何と残酷な事なのだろう。俺はタクシーで来た道をトボトボと歩き続けた。日がすっかり暮れたというのに丘の上小さな祠には子供が何かを拾い続けていた。声をかけようか迷ったが、止めて歩いた。少女が連れ込まれそうになった時に俺は動けたか? 多分、動かないだろう。俺はそんな男だ。

 途中にあったコンビニからタクシーを呼んだ。電車で名古屋に帰りたいと伝えると名鉄駅の方が近いのでと言われたので、そちらで帰る事にした。タクシーに乗っている途中で母から電話があった。急用が出来たと伝えると残念そうな声を発した。
 東岡崎駅前はJR岡崎駅とは正反対だった。繁華街のような明るさと賑わいがあった。それを楽しむような余裕はなかった。俺は携帯を取り出した。メモリーの中から静香を選択して彼女の携帯を呼び出した。七回目の呼び出し音で静香が出た。声のトーンはいつもとは全く違っていた。
「今、岡崎なんだ。でも結局、ハジメの通夜には参列しなかった」
「へぇ、そうなんだ」
 少し嬉しそうな「へぇ」に聞こえた。
「それで静香に伝えておきたい事があるんだ。明日会えないかな?」
 直ぐに返事は無かった。
「無理にじゃなくてもいいんだけど」
 弱音が顔を覗く。
「無理しないと会えなかったら、会わなくても良いって事?」
「できれば、無理して欲しいけど……」
「はっきりしてよ!」
「明日会ってくれ」
「うん、会ってあげる。学校休んじゃうから」
 完全に手玉に取られていた。八つも年齢が年下の女の子に振り回されているとは情けない。会ってもらえる約束を取れてホッとしているのも事実だ。静香は明日の朝十時頃に事務所に行くと伝え電話を切った。俺は岐阜行きの急行電車に乗った。今日は真直ぐ家に帰るつもりだ。久しぶりにゆっくりできる。何となく嬉しかった。

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