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創作恐怖話〜新感覚恐怖へ〜コミュの人の痛み

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こんばんわ。
体調が悪いと嫌な話を書きたくなるはぴです。

というわけで、この話は子供のいる人や子供好きな人が読むと気分を害する恐れがあります。




++++++++++++++








 ――吐き気がする。
 ――世界が揺れている。





 娘が生まれた日の事は、よく憶えている。


 花火大会があって、上司を拝み倒して定時帰ったのにひどい渋滞に巻き込まれて、車が少しも進まなかった。

 どうにか病室に駆け込むと、妻は疲れた顔に笑みを浮かべて隣の小さなベッドを指差した。

 赤ちゃんというのは本当に赤くて、とても小さくて、猿そっくりだと言ったら『あんたの子だからあたりまえ』と妻にはたかれた。

 そう言えば、俺のガキの頃のあだ名は猿だった。

 女の子なのに俺に似るなんて不憫だ。

 全力で守ってやる。

 ああ、嫁になんかやるもんか。



 育児は分担する約束だったけど、俺は正直言って逃げたかった。
 
 娘はとても柔らかくて、ぐにゃぐにゃしてて、ちょっと間違えたら壊してしまいそうで怖くてたまらなかった。
 
 だけど娘が、冗談みたいに小さな手で俺のごつごつした指を、きゅっと握って、俺の顔みてにこぉっと笑って。

 そしたら『俺がこの子のお父さんだああああっ!』って気持ちがぶわっとこみ上げた。

 妻は、笑ったのはただの反射で、本当に喜怒哀楽が出てくるのはもう少し後だと言ったけど、娘は確かに俺に笑いかけたんだ。 

 誰だ娘を猿に似てるって、言った奴。
 
 可愛いじゃないか。めちゃくちゃ可愛いじゃないか。

 この可愛さで世界が征服できる。

 絶対嫁にやらないからな。


 
 しばらくすると、首が据わって、あんまりぐにゃぐにゃしなくなった。

 寝返りが打てるようになって、ころころ転がる。

 ハイハイができるようになって、つかまり立ちができるようになった。

 仕事が忙しくなって、寝顔しか見れない俺に、娘が初めて歩けるようになった動画を母が見せびらかした。 
 

 
 最初に喋った言葉は『あんこ』パパでもママでもない。

 なんで子供はあんなにアンパンマンが好きなんだ。

 久しぶりの休みに、一緒に遊ぼうとしたら『おじしゃん、だれ?』と聞かれた。 
 
 爆笑する妻。
 
 俺は泣いた。
 
 泣いてたら娘が『いたいのとんでけ』と言って頭を撫でてくれた。不死身になれた気がした。セガールにも勝てると思った。



 おゆうぎ会の動画を会議中にこっそり見た。

 運動会の動画を出張先のホテルで見た。

 上司の弱みを握って、クリスマスは家族ですごした。でもサンタ役は義父にとられた。



 入学式を目前にしたある日、ランドセルは赤かオレンジかで、俺の両親と妻の両親が大激突した。

 だけど娘は俺にこっそり耳打ちしたのだ『キティちゃんのついたピンクがいい』と。




 それが、俺が最後に聞いた娘の言葉だった。




 公園に遊びに行った娘はそれきり帰ってこなかった。

 10日後、近所のゴミ捨て場で娘は見つかった。

 布団圧縮袋で密封されていた。

 死因は窒息。



 ――ああ、吐き気がする。
 ――さっきからずっと世界が揺れている。



 犯人は、割りとあっさり捕まった。

 近所に住む若い男。

 あんな奴がいたなんて知らなかった。

 奴はずっと家にこもっていたそうだ。

 ずっとそうしてりゃよかったのに、何の気まぐれか外にでて、うちの娘を見かけて、それから。



 ――畜生、喉が痛い。
 ――口の中が酸っぱくて、胃袋がベコベコ動いて止まらない。



 奴は言った。『娘が大声をあげたから、黙らせようとしただけ』『殺すつもりはなかった』と。

 警察は言った。『死因は窒息』だけど、死亡推定日時は10日前。娘がいなくなったあの日、俺たちが探し回っていた時にはもうすでに――

 弁護士は言った。『彼は未成年です』『彼もこの歪んだ社会の被害者でもあるのです』『更生の機会を』



 ああ、何で、俺が生きてる間に法改正なんて起こったんだよ?

 高齢化も少子化も知った事か、未成年に極刑は適応されないとか、何を今更!?



 気丈に振る舞っているように見えた妻が、俺の手を振り払って車道に飛び出しタクシーにはねられたのは。

 わけしり顔のマスコミが、頼まれもしないのに、娘の身に起こった事の一部始終を話した翌日の事だった。

 全治三か月の骨折ですんだのは幸いだったと医者は言ったが、妻はもう泣きも笑いも怒りもしなくなった。



 俺は奴を許せない。

 絶対に許さない。
 
 だけど法律は奴を許した。

 奴に課せられたのは、医療施設でのカウンセリングと約半年の奉仕作業。




 ――耳鳴りが消えない。
 ――世界がぐらついている。




 許せない。

 許すものか。

 娘は死んだ。殺された。

 歯型とアザと汚いモノに塗れた死体をネットにさらされた。

 何故、許せると思うのか?『気の毒だった』の一言で、収まると思うのか。

 

 俺の指を握った小さな暖かい手が、冷たく固まり、白い灰とざらついた欠片になって仕舞い込まれた。

 その感触の、一つ一つが忘れられない。

 入学式で着るはずだったワンピースはハンガーにかかったまま。エナメルの靴は箱から出される日は来ない。

 親父達は空っぽのランドセルを抱えてうなだれている。



 どうしてうちが、俺の娘が、こんな目に遭わなきゃいけないんだ?



 法廷で聞いた奴の言いぐさが何度も何度もよみがえる。

『娘が大声をあげたから、黙らせようとしただけ』

 あの子は助けを求めたんだ。

 泣いて叫んで嫌がって。

 怖かったろう、痛かったろう、苦しかったろう。

 俺に、妻に、親父達に、隣のおばちゃんに、幼稚園の先生に、仲良しの友達に、助けを求めたはずなのに。

 それなのに俺は。




 気が付くと、窓の向こうに誰かいた。

 白っぽくふやけたような身体に、たるんだ顔。

 どこかで見たことが……奴だ!

 娘を殺した犯人が何故ここに?

 

 ――吐き気がする。
 ――世界が揺れている。



 奴は俺の顔を見てニタリと笑った。



 耳鳴りが酷くて眩暈がする。



 ああ、許せない。
      

 法律が許しても、俺は………



「あああああっ殺してやるーーーーーーーーーっ!!」




“ガシャーーン”






 娘が生まれた日の事を、俺は決して忘れない。





















「先生、被験た……患者さん14番が自傷行為を開始しました」

 白衣の青年が壁を埋めるモニターの一つを指すと、そこでは白っぽくふやけたような若い男が大声で叫びながら鏡を殴り続けていた。

「そうか、じゃあもう一時間ばかり観察したら、鎮静剤を投与。次の段階に進むかどうかは検査の結果次第で」

 先生と呼ばれた初老の男は、手元の書類に何か書き込むと軽く頷いた。



 この医療施設は、未成年の凶悪犯罪者の更生をめざして、様々な研究を行っている。

 犯罪をおかすほど傷ついた少年の『心のケア』を掲げているのは表向きだけ。
 実際は研究の為なら人体実験も辞さない。

 彼らの班のテーマは、記憶を利用した更生だった。
 特殊な装置で、犯罪の被害者(もしくはその関係者)の記憶を複写し、加害者の脳に貼り付ける。

 加害者に被害者の目線で事件を追体験させる事で、罪の重さを再確認させ、より深い反省を促すのが最終目的だ。
 要は『人の気持ちを考えましょう』といったところか。
 現在は、写す記憶の範囲と貼り付けられる側の許容限界を測っているところだ。

 口の悪い職員はこれを『トラウマのコピペ』と呼んだ。


「14番は思ったより早く壊れましたね」
「ああ、試算では、他者の記憶と自身の記憶とのどうしようもない矛盾に、長期間の混乱をきたすはずだったが」

 14番は就学前の幼児を誘拐、暴行致死を行った男で、その幼児の父親の記憶を貼りつけた。 
 一人分の脳に、子供を殺され人生が崩壊した男とその憎い仇の意識が同居した形を作り、その自我がどこまで持つか、崩壊するならその過程を観察するはずだった。

「まさか一日もたたないうちに、14番の自我が消えるとは」
「しかも自分が子供を殺された父親だと思い込んで、鏡に映った自分を殺そうとするなんて」

 滑稽だと、口にこそしなかったが、失笑は漏れた。

「今回はサンプルが悪かったと思いますよ」

 青年が唇を歪めた。

「二次元と三次元の区別がつかず、子供をさらってコトを及ぶような奴の精神が脆弱なのは当然ですよ」



 モニターの中では、自分を被害者だと思い込んだ加害者が、我が子の仇をとろうと鏡に映った自分自身を殴り続けていた。



【終】

コメント(21)

狂気ミステリーですね。
面白かった。
是非とも、鬼畜加害者にコレ以上の罰を。死刑なんかもったいない。じわじわ痛ぶりながら生かさず殺さずの刑を。そうでもしない限り犯罪は減らない。絶対に。
すごいですね
すごい見いってしまいました!
これ、実用化してほしいです、現実に。
じゃないと罪悪感の欠落した人間は、人の痛みなんて死んでもわかりませんもの。
時計仕掛けのオレンジ的な…
胸が苦しくなりましたが、リアルにこの装置開発して欲しい…
映像化できそうです。
文章に引き付けられる。
凄い!凄すぎる!
映画とか映像化できそうですね!
素晴らしい才能。
これは素晴らしい。
父親の感情の揺らぎがヒシヒシと伝わってきました。
東野圭吾張りです。
こういう刑罰が実現されますように、そして年齢に関係なく性犯罪と未成年殺人者にはこの刑罰を適用させましょう。
素晴らしいクオリティーにビックリ!!
一日も早く、この装置が開発されることを願ってやみません。
凄いです!こんな刑罰が現実のものになったらいいのにと思ってしまいました!

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