ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

創作恐怖話〜新感覚恐怖へ〜コミュの【茶話】 竹林遊虎屏風

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
俺の名は四代目・日隈柳斎。絵師だ。
腕は悪くないつもりだが、俺の描くモノにはある問題があって、日頃は掛け軸や屏風絵などの修復で糊口をしのいでいる。

あれは年号が永禄から元亀に変わった頃だったか……生温い風の吹く初夏だったと思う。
俺は屏風の修復という名目である屋敷に招かれた。

屋敷の最奥。病床に臥せる主の背後にその屏風はあった。

屏風絵は涼やかな竹林を描いた絵に見えた。
構図が少し物寂しいと思ったがよく描けていた。
誰の作か示す落款はないが、良い品だと思う。

だが微かに血腥い気配を感じた。

もう一度絵に目を凝らした。
竹林に一頭の虎が身を潜め、こちらを窺っていた。

俺を、獲物を見る目で見ていたのがはっきりとわかった。

「これが、あの屏風か……」
「ああ、一休宗純の“虎の屏風”だ」

屋敷の主は苦しい息の下でそう答えた。




『屏風絵の虎が夜な夜な屏風を抜け出して暴れるので退治してくれ』
『では捕まえますから、虎を屏風絵から出して下さい』

禅僧一休が三代将軍・足利義満をやり込めた頓知噺。
…世間ではそういう事になってるが、本当は少しだけ違ったらしい。

虎は本当にいた。
応永8年(1401年)、明との国交が樹立した時、皇帝から義満公に贈られた物の一つに生きた虎があった。
だが、天候不順で海路での旅程が大幅に遅れ、海の真ん中で虎の餌が尽き……御所についた時には虎はすでに餓死していた。

罠を持って捕らえられ、檻に閉じ込められて見世物となり、餓えと乾きに苦しみながら死んだ虎の恨みは深く、怨霊と化した虎は夜な夜な花の御所を跳梁跋扈しては人々を喰い漁った。
その怨霊を、一休は法力で屏風に封じ込めたのだった。

この一連の惨劇に、都の人々は騒然となったが、人の口に戸は立てられない。
まして無理矢理黙らせるのは愚の骨頂ならばと、義満公は虎の怨霊が起こした惨劇を、自分が頓知坊主にやり込められた笑い噺へと巧みにすり替えたのだった。


「その屏風を先祖が義満公から賜ったという事になっているが、本当は見張りを命じられておったのよ」
屋敷の主(仮に名を親左衛門としておこう)は齢三十の武士と聞いていたが、病はよほど重いのか顔色は悪くげっそりとやつれ酷く老け込んでみえた。

「代々の当主は“虎の屏風”を守り、同時に“屏風の虎”から人を守ってきた……しかし、時代は変わった」
度重なる政変、乱れる天下、下克上の乱世が始まり、当代の将軍足利義昭は今や織田信長の傀儡だ。

「“虎の屏風”の呪われた曰くと一族の使命は忘れられ、土蔵の奥に仕舞い込まれた」
「そしてそのまま朽ち果てていたかもしれなかったのにな」

親左衛門は奇妙に顔を歪めた。
激痛に耐えているようにも笑っているようにも見えた。

「“屏風の虎”に餌を与えるものが現れたのさ……今年で五つの倅がな」

やんちゃな子供だったらしい。
いたずらが過ぎて、お仕置きにと土蔵に閉じ込められ、そこで“屏風の虎”をみつけた。
そしていたずら小僧の常として、屏風に消し炭で落書きをした。

描いたのは自分の乳母。
悪気はなかった。
いかにも立派そうな絵に自分に優しい乳母の姿を描き加えて得意になった。
彼女が無残な死体になって翌朝発見されるまでは。

「全身ズタズタで、はらわたがごっそりと消えておった。頭も噛み割られて脳髄と目玉が啜りだされてわ」

そして屏風に描かれていた乳母のその稚拙な絵姿も頭部と腹部が大きく損傷していたという。
残った部分もやがて消えうせ、虎の屏風は元の佇まいを取り戻したが……

「あの屏風に姿絵を描かれた者は、その晩に屏風の虎に喰われて死ぬと風聞が広がってな」

もちろん親左衛門は土蔵に厳重に鍵をかけ、何人も屏風に近づけないようにした。
しかしそれでも、心に恨みを秘めた者はいて、様々な手段で土蔵に入り屏風に憎い仇の絵を描いた。
描かれた数だけ人が死んだ。
虎に喰い殺された。

「力がモノを言うこの時代に、何の力もない者があっさりと強者を屠る事ができるんだ。どいつもこいつも飛びつくだろうよ」
「柳斎よ、お前がそれを言うか」

咳き込むような笑いが漏れた。
彼は本来はもっと豪気で朗らかな人物だったのかもしれない。

「それで、あんたも誰かに呪われたのかい?」
気が付くと布団は中から染み出した血で、ぐっしょりと濡れていた。
病ではなく怪我。それも重く深い。
俺の問いに親左衛門は黙って首を振った。

喋るのが酷く辛そうだった。それでも彼は何があったか伝えようと言葉を紡ぐ。

「屏風の虎に喰われた者が百を越えた頃、虎はかつての力を取り戻し、陽が落ちれば自由に屏風を出るようになった」

虎は自在に外を闊歩し、欲しい侭に人を喰らった。

「わしの妻も倅も父も母も弟も妹も友も家来も皆喰った、喰らい尽くしおった!!」

全てを失った男は血を吐きながら叫んだ。

「仇を討たんと弓矢と槍で虎に挑んだ……これがその様よ」

親左衛門は左手で掛け布団を剥いだ。
右手は肩から消えていた。
左足の膝から下もなかった。
自身の血でずぶ濡れの胴にきつくサラシが巻かれているのは、臓物がこれ以上はみ出さないようにするため。
どす黒い死相の浮いた顔に眼だけが爛々と燃えている。

「奴はたまたま満腹だったのか、それとも猫がネズミにそうするように嬲ったか、どちらにしろ惨めな有様よな」
「そうか?俺は美しいと思うが」
「……」

親左衛門は俺を化け物を見るような目で見た。

「それで、お前は俺にどうして欲しいんだ?」

俺の絵がどういうものか知った上で呼んだはずだ。
だが俺の絵は――

「知っておる。お前に描かれた者は絵が仕上がった絵を見た瞬間に死ぬのだろう」

どういうわけか俺が描いた花は枯れ、鳥は落ち、人は死んだ。
そもそも代々の『日隈柳斎』は誰もが妙な曰くのある絵を描くらしい。
師匠はこの世のモノとは思えない化け物を、まるで生きてるように描いたし、初代が掛け軸に描いた鶴は買った男が嫌で飛んで逃げたという。

人々は俺達を化け物だの悪鬼だの、たまに神仏の類のように言うが俺は見たものを見たままに描いただけだ。
ただ俺は見ながらじゃないと描けない未熟者なので、暗殺の類は無理だったりする。残念だったな大名ども。

「ついでに知らなかったのなら言ってやる。描かれた者は死ぬが、死んだ者を描いても生き返りはしないぞ」

死体は生物じゃない。
吸われるような魂がないから紙の上に本物そっくりの死体ができあがるだけだ。

「それとも屏風の虎を描いて欲しかったのか?やめとけ。“屏風の虎”が“掛け軸の虎”になるだけだ」

最悪、人喰い虎が二匹になるかもしれないし。
俺も出来ることなら親左衛門を助けてやりたいが、俺の絵ではこの屋敷の誰も救えないだろう。

「日隈柳斎よ、描いて欲しいのはこのわしだ」
「……俺が描いた生物は死ぬとさっきから何度もしつこく言ったはずだぞ」
「知ってると何度もしつこく言ったはずだが」

「以前、お前が描いた絵を見たことがある……本物よりも美しく、力に満ちておったな」

今は亡き師匠の三代目・日隈柳斎は、こう言っていたものだ。
俺が精密過ぎる筆致で姿絵を描くから、描かれた者はどちらが自分の本体かわからなくなった挙句、美しい偽物たる絵の方に心を奪われてそのまま魂を吸い出されるのだと。
……似顔絵は本人より三割り増し綺麗に描くのが鉄則と抜かしたのは師匠なのに。

「柳斎、頼む。わしを描いてくれ、この屏風に」

親左衛門の屏風の虎を睨みつける眼。
見えない何かを掴んで握りつぶして引き裂こうとする血塗れの左手。

「…時間が…ない…頼む…」

外では太陽が西に傾き、布団では親左衛門の血と命がついに尽きようとしている。

俺が描いた者は死ぬ。
とても安らかに。

そいつが一番綺麗で幸せだった頃の絵になるから。

戦の刀傷や火傷、助かる見込みのない流行り病に苦しむ家族を見かねて楽にしてくれと、頼まれる事はよくある。
そんな事ばかりだ。

だが、依頼者本人を描けと言われたのは初めてだった。
そしてこいつは安らぎなど望んでいない。

……俺に、できるのか?

「代金は前払いでもらっちまったしな」

精一杯そっけない口調で答えた。
時間がない。

親左衛門が死ぬ前に。
虎が屏風から抜け出す前に描き上げなければならない。

画材を取り出す手間も惜しい……いや、絵具も筆もここにある。

俺は布団の血溜まりに両手を浸した。





+++++++++++++++



「室町時代の屏風……ですか」
「なんでも一休さんのとんち話の、あの虎の屏風だそうで」

骨董商の男は得意客の発言のあまりの胡散臭さに顔を歪めそうになるのを苦労して堪えた。
田舎の農家の古い蔵からすごい掘り出し物がでるのというのは嘘ではないが、やはり稀な事だ。
先祖代々伝わる名品と言っても、その先祖本人が騙されてるケースも珍しくない。

それでも古ければ古いほど、それなりの歴史的価値はあるし、相手は何よりお得意様だ。
向こうの気がすむまで鑑定に付き合うのも仕事のうちだ。

畳まれた状態で出された屏風は質感からして確かに室町時代の物のようだった。
博物館に寄贈して名士を気取るのも悪くないだろう。
そんな事を考えながら屏風を広げて中の絵を見る。

「うわっ!?」

思わず叫んだ。
それほどに奇妙な絵だった。
物凄まじい絵であった。

背景は竹林。
描かれているのは虎と武人。

より正確に言うと、虎の死骸とそれを素手で引き裂く血塗れの武人。

鋭い牙の並ぶ顎を、後足のあたりまで裂かれた虎。
大きく割れた傷口から深紅の血飛沫と、桃色や褐色の臓物と、白い骨が覗き、さらには喰われた人の溶けかけた顔や手足が溢れている。

両手で虎を裂いた武人は鬼の形相で哄笑しているが、頭から浴びた返り血がさながら紅い涙にみえた。

凄まじく、どこか哀しく、もの狂おしい、絵。
当時の日本画にはありえない立体感に満ちた精密な筆致。
今にも動き出しそうな。
鼻先に血と臓物のおぞましい匂いを感じるような。

だが何より異常なのは、虎が色鮮やかな顔料で描かれているのに対し、武人の方は茶褐色の絵具ひとつだけで描かれている事だった。

「これは……血じゃないか?」

二人はガタガタと震えながら屏風を再び畳んだ。

「それで……この屏風、いくら位になりますかねぇ」
「どんな値段にしても買い手はつかないと思いますよ」

その後、美術館でより本格的な鑑定をしたところ、虎は室町時代のものだが武人は安土桃山時代に人の血液と手指でもって描かれたものだと判明し、謎は余計に深まったという。


【終】

コメント(18)

親左衛門さん、やっと虎を退治する事が出来ましたね。
これは、すごい。

なんとか、このコミュの外にも出したい話ですね。

携帯から読んだけど、こんなに携帯を見つめたのは初めてでした。

ハラハラドキドキして読みましたよ。
これ、すごい面白かったです。
13riさんじゃないけど人に是非見て欲しいと薦めたい話ですね。
みていて胸がギューとしました。
小細工なしに人がのめりこめる話って、すごいです。
凄いexclamation
【茶話】だって事を忘れて夢中で読んじゃうくらい、凄いデスexclamation
言葉足らずでスイマセンあせあせ(飛び散る汗)
凄い色々と情景が広がりましたダッシュ(走り出す様)
このお話はすごいですね。ほんとに面白いです。
構成とか話の進め方とか魅せ方とか全部ハイレベルですね。素敵でした。
長文を一気に読んでしまいましたあせあせ(飛び散る汗)

虎を退治するために完全な肉体を再び手に入れようとした彼、そして書くよう依頼され、葛藤する彼が目に浮かびました(´・ω・`)
隙が無いっていうか…
本当に面白かったです!
人物、描写…いい作品です!
俺は、何故この作品にコメントをしていなかったのだろうか?

素晴らしい!!
話ゎとても
引き込まれましたほっとした顔ハート

でも、難しい漢字が
多かッたので
多少読みづらかッた&
所々読めなかったです泣き顔あせあせ(飛び散る汗)
ゥチが馬鹿なのも
ありますがげっそり雷ワラ

また書いて下さいハート
電車の車中で読んでいたのですが
降りる駅を気付かないほど夢中で
読ませていただきました。

本当にクオリティーが高く
素晴らしい作品でした!

是非次も書いてください!!!
とても面白かったです。
今後も頑張って下さい。
期待してます。

ログインすると、残り5件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

創作恐怖話〜新感覚恐怖へ〜 更新情報

創作恐怖話〜新感覚恐怖へ〜のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング