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三文物書へな書庫をコミュの殺菌

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「おい、触んなよ!」

ほんの少し触れた、それも服の端だけのそれを隣の席に座る男子は大袈裟に非難した。私には触れたということすら分からなかったけれど、心の底から嫌悪する表情を見て俯いて、小さく「ごめんなさい」と呟いた。

「は!?なんだよ、話しかけんなよ!
 あーマジ最悪だよ!ふざけんなよテメエよぉ!何のために机離してると思ってんだよ!」

別にふざけてなんていない、そう思っても口にはできない。男子は机を持ってガタガタと更に離れ、立ち上がると私の服に触れた部分を掃除用具入れのロッカーでぐりぐりとなすりつけた。

「テメエもう学校来んなよ!雑菌!!」

男子は一際大きな声を教室に響かせた。それを聞いたクラスメイト…そう呼ばれるのもきっと嫌がるであろう人たちは、一瞬の静寂の後ゲラゲラと笑い出す。

「お前、それは酷いって!」
「はっきり言い過ぎだよー」
「チョーかわいそー」
「いいんじゃねーの、何も言わねーんだし?」

雑菌。

私がそう言われるようになって、もう三ヶ月になる。一日たりとも言われなかった日はなく、明日から始まる夏休みはやっと訪れる平穏な時間。
それは短い間だけだけれど、今の私には誕生日よりも、クリスマスよりも待ち遠しい、人としていられる期間。

切欠はなんだっただろう。思い出せないし、心当たりもない。
ただ、始業式を終えて一週間もすると、誰もが私を雑菌と呼んでいた。

それまで仲の良かった友達は声をかけても一言も返してくれなかった。何が原因なんだろう、といつも考えていた。問いかけても誰も答えてくれない、それどころか嫌悪感を露わにして私の前から駆け足で去っていく。全くわからないまま、雑菌、雑菌と呼ばれ続ける毎日。

いじめられている。そういう自覚はあったし、お母さんにも相談した。

「そんなこと、気にすることないわよ。言い返したら負けよ。
 放っておきなさい、そうしたらきっとそのうち飽きて止めるから」

私、気にしないようにしたよ。
何を言われても平気な顔したよ。

でも、みんなはそれが気に入らなかったみたいで、事態は悪化するばかりだった。
授業中に紙や消しゴムの端を投げつけられるのは当たり前で、一時期は上履きを投げつけられた。雑巾が飛んできたこともあるし、ハサミやコンパスとかもあった。

その頃になるとさすがに先生も気づいたみたいで、緊急にクラス会を開いて「いじめはやめましょう」「いけないことだと分かるでしょう」「かわいそうだと思いませんか?」そんなことを言っていた。

それは無駄でしかなかった。

小学校高学年になって、言われたことがわからない人なんていない。むしろ、みんなわかっているからやるということに、なぜ気がつかないんだろう。
「犯人探しみたいなことはやりたくありません」と言ってクラス会を締めた先生に職員室へと連れられながら、犯人はクラス全員です、と言ったらどうなるだろうと取り留めもないことを考えていた。

きっと信じないだろうし、我慢しなさいとでも言うのだろうと思った。
それは確信に近かったし、「何かあったらすぐ先生に言いなさいね」と最後に付け加えるのは目に見えていた。

クラス会を開いたのに、事態を収拾できていないのに?
解決に向けて一歩も進んでいないのに?

そんな人に何を言っても無駄だということくらい、小学生でもわかる。結局、私は先生からの質問には何も答えず、諦めて「帰りなさい」と言われるまでずっと下を向いていた。
「失礼しました」と言って職員室を出た後、「面倒ですね」「まぁほどほどにやりましょうよ」「上にバレないようにしないと」などという言葉を背中で聞き、私は重い足取りで昇降口に向かった。

その時の、黒くて暗い塊を飲み込んだような気持ちを、私は一生忘れない。


成績表を渡され、先生のありきたりな挨拶を終えて、一学期が終わった。
先生はさっさと教室を後にして、残った多くのみんなは成績表を見せ合って騒ぎ出す。

早く家に帰りたい、この地獄のような場所から離れたい、と荷物を手早くまとめ、私がランドセルを手に掴んでドアに手をかけた、その時。

「おい、雑菌!」

昨日、教室に響かせたのと同じくらい、もしかしたらそれ以上の大きな声で呼び止められた。
早く出たい、だけど反射的に振り向いてしまったそこに投げつけられたのは、四角い箱だった。ガツ、と頭に当たって床に落ちたそれは、サラサラと白い粉を吐き出した。

目で追ったそこには、読みやすい字でクレンザーと書かれていた。

「それで毎日、体洗ってこいよ!夏休み、毎日洗えばちょっとはキレイになるだろ!」

教室中に、どっと笑い声が起こった。
中には「クレンザーじゃ殺菌できねーよ!」と囃し立てる声もあった。

紙を払いながら私は教室を飛び出した。
なんで、なんで私が!何もしていないのに!そう心の中で繰り返し叫んで、ひたすらに足を動かした。
もう嫌だ、もう耐え切れない。友達も、お母さんも、先生も、誰も助けてくれない。私にはどうにもできないのに!もう嫌だ!!

大きなドアを体を押し付けて開け、私は一息に赤錆びた柵を飛び越えた。
ほんの僅かな浮遊感を感じ、次の瞬間には昇降口前のコンクリートに叩き付けられて、体中がおかしな音を立てる。
叫び声や、胃の中の物を吐き出している音、そして近づいてくるたくさんの足音。

猛烈な痛みに意識を手放す、その瞬間にクラスのみんなの姿が目に映って、その顔が真っ青になっているのを見て私は笑った。
本当に可笑しかった。声にならない声で小さく呟いて私は二度と開くことはないであろう目を閉じる。



「これを望んでいたんでしょう?こうしたかったんでしょう?」

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