ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

XTCが大好き(音楽)コミュのThe Rolling Stones関連

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
ローリング・ストーンズ (The Rolling Stones) は、1963年にレコードデビューしたイギリスのロックバンド。ロック草創期の1960年代から現在まで40年以上、停滞することなく第一線で創作を続ける、ロック・バンドの代名詞的な存在である。略称ストーンズ。 ...

ローリング・ストーンズ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
ザ・ローリング・ストーンズ

基本情報
出身地 イングランドの旗 イングランド ロンドン
ジャンル ロック
ブルースロック
活動期間 1962年〜
レーベル デッカ・レコード
ローリング・ストーンズ・レコード
公式サイト The Official Rolling Stones Site
メンバー
ミック・ジャガー
キース・リチャーズ
ロン・ウッド
チャーリー・ワッツ
旧メンバー
ブライアン・ジョーンズ
ミック・テイラー
ビル・ワイマン

ローリング・ストーンズ (The Rolling Stones) は、1963年にレコードデビューしたイギリスのロックバンド。ロック草創期の1960年代から現在まで40年以上、停滞することなく第一線で創作を続ける、ロック・バンドの代名詞的な存在である。略称ストーンズ。

現在も根強い人気があり、ステージでの演奏には定評がある。2007年現在もスポンサーのバックアップ等により大規模なツアーを行っている。

バンド名はシカゴブルースの巨匠、マディ・ウォーターズの"Rollin' Stone"にちなんで、当時リーダーであったブライアン・ジョーンズが命名。
目次
[非表示]

* 1 メンバー
* 2 音楽上の特色
* 3 スタイル
* 4 ヒストリー
o 4.1 レコードデビューまで
o 4.2 デビュー以降、1960年代
o 4.3 1970年代以降
o 4.4 1980年代以降
* 5 ディスコグラフィ
* 6 日本公演
* 7 外部リンク

[編集] メンバー

* ブライアン・ジョーンズ (Louis Brian Hopkin Jones)(1942年-1969年)レコードデビュー時から在籍。1969年脱退。担当:ギター、ハーモニカ(他にダルシマー、マリンバ、シタールなど多くの楽器を演奏。一部の曲でバッキング・ボーカル) ※故人。死因については自殺説と事故説、他殺説がある。
* ミック・ジャガー (Sir Michael Phillip Jagger)(1943年-)レコードデビュー時から在籍。担当:リードボーカル、ハーモニカ(曲によってギター、キーボードなどを担当することもある)。 ※2003年12月12日、英国においてナイトの称号を授与される。
* キース・リチャーズ (Keith Richards)(1943年-)レコードデビュー時から在籍。担当:ギター、バッキング・ボーカル(一部の曲でベースギター、リードボーカルを担当)。
* チャーリー・ワッツ (Charles Robert Watts)(1941年-)レコードデビュー時から在籍。担当:ドラムス。デビュー前からジャズ・ドラマーのキャリアあり。メンバー中唯一離婚歴がない。
* ビル・ワイマン (Williams Parks)(1936年-)レコードデビュー時から在籍。1991年脱退。担当:ベースギター("In Another Land" 1曲のみリードボーカル)。 ※ビル・ワイマン脱退後のベースギターはダリル・ジョーンズがサポートメンバーとして担当。
* ミック・テイラー (Michael Kevin Taylor)(1948年-)1969年、ブライアン・ジョーンズの後任として加入。1974年脱退。担当:ギター(一部の曲でベースギター)。
* ロン・ウッド (Ronald David Wood)(1947年-)1968年から1969年にかけてベーシストとしてジェフ・ベックのアルバムとツアーに参加。その後フェイセズでギターを担当。1975年、ミック・テイラーの後任としてジェフが誘われるが拒否。ジェフは代わりにロンを薦した。担当:ギター、バッキング・ボーカル(一部の曲でベースギター他)。 ※当初はフェイセズからゲストミュージシャンのような形で参加するが、1975年、フェイセズは解散し、ローリング・ストーンズにそのまま加入。ジャケット写真等にはメンバーとして写っているが、契約書上の正式メンバーになったのは1993年からであり、それまでは月給契約であった。
* 正式メンバーではないが、キーボードプレイヤーとして、イアン・スチュアート(1938年-1985年)がいる(故人)。彼はメンバーであったにも関わらず正式デビュー直前にその風貌からメンバーをはずされたともいわれている。その腕前から必要な録音には必ず参加し、1960年代では実質的メンバーという形で起用されている。1970年代に入って以降は必ずしもセッションやステージに立っていたわけではなかったが、やはりかなりの公演で起用されており、死の直前までストーンズのアルバム(ダーティ・ワーク)に参加している。

[編集] 音楽上の特色

ローリング・ストーンズの音楽的ルーツは、黒人音楽のブルースにある。デビュー曲の「カム・オン」はチャック・ベリーのカバーである。彼らがデビューした1960年代初期、アメリカにおいてはまだまだ黒人に対する差別が根強く、「ブルースのレコードジャケットには、黒人の顔写真を載せてはならない(黒人ミュージシャン本人の顔写真を含む)」という慣習のある州さえ多かった。こうした時代にイギリス出身の白人のグループでありながら、黒人の音楽であるブルースを心から尊敬し、影響を受け、黒人になりきって歌や演奏に表現しようとしたバンドがローリング・ストーンズである。彼らは更に、ブルースだけでなく、モータウンやスタックスといったレコード会社に代表される、同時代の黒人音楽も吸収。その結果、現在では黒人ミュージシャンからも敬意を受ける数少ない白人のバンドとなった。

こうした点でローリング・ストーンズは、「白人なのに黒人のようにブルースを歌える」とされたエルビス・プレスリーや、さまざまなジャンルの音楽を取り入れた「アングロ・サクソン的」なビートルズとは一線を画している(ここで言う「黒人的」あるいは「アングロ・サクソン的」とは、人種や民族の優劣とは全く関わりなく、音楽的フィーリングや表現方法の違いにすぎないことを念のため付記する)。ローリング・ストーンズの活躍は、黒人音楽にルーツをもつ、他の白人ミュージシャンが1960年代後半から 1970年代初頭にかけて、米英などで多数登場するきっかけとなったともいえる。

ストーンズのサウンドの欠かせない特徴として、その独特のリズムがある。本来バンドであればドラムとベースの絡みが重要といわれているが、このストーンズは一味違う。そのリズムの核となるのは、チャーリー・ワッツのドラムス、キース・リチャーズが弾き出すリズム・ギターにある。この二人が絡むことで、その独特のリズムが生まれている。ギターがドラムと絡み合うことで、当然ベースも独特な演奏をしていて、サウンドの核となるキースのギター・ラインと、そのギターに絡もうとする他の楽器パートの隙間を、まるで縫い合わせていくように弾いていることに特徴がある。キースのギターが中心となってバンドの音を引っ張っていっていると言ってもいいそのサウンドは、まさに唯一無二である。しかし、残念ながら1993年にビル・ワイマンが脱退して以来、そのリズムが変わって、サポート・メンバーであるダリル・ジョーンズの弾くベースはより安定したものながらも、それに古くからのファンは「不満」があるようである。

ローリング・ストーンズは、さまざまな流行の音楽をも取り入れ、一部のメンバーの交替や、さまざまなアクシデントを乗り越えつつ成長し、デビュー40年周年を超えた21世紀に至ってもなお、ブルース(リズム・アンド・ブルース)ルーツのロックンロールという音楽で、第一線で現役を貫き通している。

[編集] スタイル

ストーンズのデビューにあたっては、ビートルズの助言があった。すでにデビューしていたビートルズはリッチモンドのクローダディ・クラブでアマチュア時代のストーンズのステージを観ている。休憩時間に会話を交わし意気投合、その日ストーンズがステージを終えるのを待って朝まで音楽話をし、以来友人関係が続くことになる。

ビートルズはブライアン・エプスタインの下で宣伝係を担当していたアンドリュー・ルーグ・オールダムに「すごいグループがいるぞ」とストーンズをスカウトするように薦め、オールダムはストーンズのマネージャーになる。

オールダムはストーンズを売り出すに当たってビートルズとは逆の事をした。ビートルズのきれいさとは対照的にストーンズのメンバーは、衣装をあえて統一せず、一般人の普段着のような服をステージでも着ること、髪をきれいにカットせずに伸ばし放題にすることなど、その後のミュージシャン(とりわけロック)のスタイルに大きく影響を与えたとされる。1960年代初期、英国の学校では、ビートルズのマッシュルームカットは禁止されていた。しばらくしてローリング・ストーンズがデビューしてからは、マッシュルームカットは容認した学校が多かったが、それでもなお、ローリング・ストーンズを真似た髪型は一切禁止されたという。現在の感覚で当時のローリング・ストーンズの写真を見るとさほど奇抜には感じられないのだが、当時は、彼らのファッションは過激なものと認識されていたのである。そろいのスーツを着た初期ビートルズ=優等生という印象に対して、ラフなスタイルで長髪のストーンズ=不良というイメージを打ち出したわけだが、「ビートルズ=優等生、ストーンズ=不良」はお互いのマネージャーが宣伝の為に作り上げたイメージにすぎなかった。実際両グループは前述の通り仲が良く、シングルの発売時期が重ならないよう連絡を取り合っていたという。また、1967年にビートルズの「愛こそはすべて」にミックとキースがコーラスで参加。その返礼として、ストーンズの「サタニック・マジェスティ」内の「We Love You」にジョンとポールがコーラスで参加するなど、音楽面での交流も活発だった。互いのレコーディングも頻繁に訪問していたらしく、ビートルズのレコーディングにミックが訪れたときの写真が残っている。

ビートルズをオーディションで落とし、その後ビートルズの活躍ぶりを観てあわてて第二のビートルズになるバンドを探していたデッカレコードのディック・ロウに「ローリング・ストーンズをとるべきだ」と推薦したのがジョージ・ハリスンであった。これによりストーンズはデッカからデビューする事となる。

最初こそプロモーション戦略としての”ストーンズ=不良”というイメージであったストーンズであったが、1960年代後半からそれを地でいくようになる。メンバーの度重なる麻薬所持による逮捕や裁判、1970年代半ばにはカナダの首相夫人とのゴシップなど、スキャンダルにまみれている。そのため、1973年に予定されていた来日公演は、そんなストーンズの度重なるスキャンダルによって入国拒否を受けている。まさにストーンズらしいエピソードである。

[編集] ヒストリー

[編集] レコードデビューまで

* 1960年:「リトル・ボーイ・ブルー・アンド・ザ・ブルー・ボーイズ」を結成していた、ミック・ジャガー(以降、「ミック」)は、キース・リチャーズ(以降、「キース」)を説得し、メンバーに加入させる。

「ブルース・インコーポレイテッド」のステージにゲスト出演していたブライアン・ジョーンズ(以降、「ブライアン」)のスライドギターを目の当たりにしたミックとキースは衝撃を受ける。その後まもなく、ブライアンが募集したメンバー募集にミックとキースが加わる。

* 1962年:マーキークラブに「THE ROLLING STONES(ザ・ローリング・ストーンズ)」として出演。

メンバー: ミック、キース、ブライアン、イアン・スチュアート、ベースにディック・テイラー、ドラムにミック・エイヴォリー(後に、キンクスに加入)。

* 1963年:ブルース・インコーポレイテッド出身の、チャーリー・ワッツ(以降、「チャーリー」)が説得されてメンバーとなる。

次いで、ビル・ワイマン(以降、「ビル」)も参加。彼がメンバーに引き込まれた理由が、「当時、大出力のベースアンプを所有していたから」という、ジョーク交じりの他メンバーのインタビューもあった。

* 同年5月:初の公式録音。同年6月:デビューシングル「カム・オン」発売。

[編集] デビュー以降、1960年代

* 1964年:全米デビュー。そのすぐ後に初の全米ツアーを行うも、そのほとんどがガラガラという状況だった。それでも、ストーンズは積極的にメディアへの露出・ライヴ活動を行い、徐々にその人気に火がつき始める。また、本国イギリスにおいては、デビュー・アルバム『ザ・ローリング・ストーンズ』が12週連続No.1に輝いている。
* 1965年:ジャガー/リチャード作品として(当時、キース・リチャーズはファミリー・ネームをリチャードと名乗っていて、1970年代後半にリチャーズに戻した)、シングル「サティスファクション」が自身初となる全米で4週連続No.1となる。以後何曲もの大ヒットナンバーを生んでいる。
* 1967年:キースの自宅が警察により捜査され、麻薬容疑の証拠品を押収。後に、ミックとキースが有罪となる。同年、ブライアンも麻薬不法所持で逮捕される。以降10年以上に渡り、ミックと特にキースは同容疑で何度か逮捕される。
* 同年、レコードデビュー前に交わされたアンドリュー・オールダムとのレコードプロデュース契約を解除し、以降の自己プロデュース作品(その初作品は『サタニック・マジェスティーズ』)を発表。
* 1968年:プロデューサーにジミー・ミラーを迎え、製作されたアルバム『ベガーズ・バンケット』を発表。このアルバムの冒頭に収められたナンバー「悪魔を憐れむ歌」は、「歌詞が神を冒涜している」という宗教団体からの抗議が起こり、このアルバムが大量に燃やされるという事件があった。
* 1969年6月:ブライアンの正式脱退表明。後釜には、ジョン・メイオールズ・ブルースブレイカーズ出身のミック・テイラー(以降、「テイラー」)が決定。
* 同年7月3日:ブライアンが、自宅のプールで死体で発見される。ちなみにブライアン邸は『クマのプーさん』の作者として有名なA・A・ミルンが以前住んでいた家でもある。
* 同年7月5日:以前から計画中だったハイドパークでのフリー・コンサートを「ブライアン追悼公演」として開催する。
* 同年12月6日:カリフォルニア州オルタモントで行われたラヴ&ピースというテーマのもと行われたフリーコンサートで、警備に雇った暴走族ヘルズ・エンジェルスが観客の黒人青年を刺殺するというあまりにも皮肉な事件が起こる。これが、いわゆる「オルタモントの悲劇」である。

[編集] 1970年代以降

* 1971年:イギリスでの重税に辟易し、ミックとキース、ビルの3人がフランスへ移住。その直前にイギリスでツアーを行う。
* 同年、「ローリング・ストーンズ・レコード」(Promotone BV)を発足。その第1弾作品として『スティッキー・フィンガーズ』を発表。先行シングルとして、「ブラウン・シュガー」が70年代初のNo.1ヒットになった。
* 1972年:傑作として名高い『メイン・ストリートのならず者』を2枚組みアルバム(CDでは1枚)で発表。アルバム発表後、3年ぶりの全米ツアーを行う。
* 1973年:前年に日本での公演が発表されるも、メンバーの麻薬所持による逮捕歴や、ビートルズ来日の時のような混乱を避けるためという理由により、入国許可が下りず、チケットが完売していたにも関わらず、公演が直前になって中止に。その後、1990年の初来日までストーンズのライヴは夢のまた夢といわれていた。
* 同年、アルバム『山羊の頭のスープ』の発表と同時に3年ぶりのヨーロッパ・ツアーを行う。アルバムには名曲「悲しみのアンジー」を収録。
* 1974年:アルバム『イッツ・オンリー・ロックンロール』発表。さらに次作の録音が一部開始されるが、テイラーは参加しないまま脱退。 また、このアルバムのタイトルナンバー「イッツ・オンリー・ロックンロール」は名義こそジャガー/リチャーズになっているものの、実際にはロン・ウッドが作曲し、ミックが詩をつけるという意外(?)な形で完成された。 ”たかがロックンロール、でも俺はそれが好きなんだ”というストーンズの意気地ともいえる歌詞はミックとフェイセズのメンバーであるケニー・ジョーンズとの口論から生まれたという。 これは結果的に、後のメンバー昇格する要因の一つだったと思われる(ジャガー/リチャーズ/ウッドという共同名義で作曲をしているものがある)。
* 1975年:テイラーの後釜探し、「グレート・ギタリスト・ハント」が行われる。セッション等に招待されたギタリストは、後にメンバーとなるロン・ウッド(以降「ロン」)の他、ジェフ・ベック、、ピーター・フランプトン、ロリー・ギャラガー、ウエイン・パーキンス、ハービィ・マンデルなど。更に全米ツアーも行っており、サポート・メンバーとしてロン(ギター)、ビリー・プレストン(キーボード)、オリー・ブラウン(パーカッション)がという豪華なメンバーが参加した。公演によっては、イアン・スチュアート(ピアノ)が参加している。
* 同年12月:ロッド・スチュワートがフェイセズを正式脱退し解散したことを受け、諸説はありながらも、この時点を「ロンのローリング・ストーンズの加入」とする説が一般的。
* 1976年3月:正式にロンのストーンズへの内定が発表される。
* 同年4月:前年のメンバーのままヨーロッパ・ツアーを行うと同時に、ロン正式加入後初のアルバム『ブラック・アンド・ブルー』発売。ツアーではキースのヘロインによる依存症状がかなり悪化しており、公演中に居眠りや、ホテルでは禁断症状が出て心臓が止まりかけるなどドラッグによるアクシデントが後を絶たなかった。それを見ていたロンは、警察をごまかしてわざわざヘロインを調達して来たというエピソードがある。
* ツアー終了の最後の締めとしてイギリスでネブワース・ロック・フェスティバルに出演し、25万人を超える人の前で演奏した。
* 1977年:トロントにてヘロイン所持により、キースと恋人のアニタ・パレンバーグ逮捕。保釈されるもまた所持していたのが発見され再逮捕。保釈金を払うことで保釈されたが、裁判に。以後1年以上に渡ってキースはトロントの法廷に出ている。
* 1978年:アルバム『女たち』発表と同時に全米ツアー開始。
* 同年10月:ついにトロントでの裁判で、条件として執行猶予と盲目の人のためのチャリティ・コンサートを行うという形で釈放、決着。
* 1979年4月:公約通りチャリティ・コンサートをオシャワ・ホールで開く。その際、ニュー・バーバリアンズというバンドをロンとキースが中心となって結成(よくキースがリーダーだと誤報されているが、あくまでロンがリーダーである。メディアがこぞってキースに注目したためと思われる)され、5月いっぱいまで全米ツアーを行っている。メンバーはロン(ヴォーカル&ギター)、キース(ギター&ヴォーカル)、イアン・マクレガン(キーボード&ピアノ)、スタンリー・クラーク(ベース)、ジョセフ・モデリステ(ドラムス)、ボビー・キーズ(サックス)。 このツアーの模様は、ロンが設立したレコード会社よりライヴ・アルバム(L.A.公演のもの)として2006年になってようやく日の目を見た。 また、ロンはこのバンドで日本に行くことも考えたという(もし予定に組まれたとしてもキースがいる限りそれは叶わないと判断しただろう)。

[編集] 1980年代以降

* ミックとキースの確執でバンド活動が頓挫。各メンバーソロ活動。ミックが2枚のソロアルバムを発表。キースもエクスペンシヴ・ワイノーズにてツアー活動、アルバムをリリース。
* 1985年12月:イアン・スチュアートが、心臓発作により死去する。享年47。
* 1989年:ロックの殿堂入り。
* 1990年:前年の正式発表を経て、初来日公演が実現。麻薬常習などを理由に、以前は日本政府から許可が降りなかったもので、その後も何度か来日を果たす。
* 1993年1月:ビル正式脱退。代わりのベーシストは、正式メンバーの形をとらず、空席ともいうべきポジションとなる。
* 2003年:イギリスに於いて、ミックがナイトとなる。

[編集] ディスコグラフィ

ローリング・ストーンズの作品を参照。

[編集] 日本公演

* 1990年:2月14日,16日,17日,19日,20日,21日,23日,24日,26日,27日・東京ドーム

アルバム『スティール・ホイールズ』のリリースと共に行われたワールドツアーの一環として初来日。大物バンドの初来日ということでチケット争奪戦が繰り広げられた結果、チケットは全て売り切れて2月19日に追加公演も行われた。日本テレビが主催、大塚製薬がツアースポンサーとなり、ストーンズロゴ入りパックのポカリスエットが販売された。同ツアーの初日、2月14日の公演はFM東京系27局で3月10日に放送された。2月26日のステージは4月29日に日本テレビ系列で放送されたが、一部の局では数曲が差し替えられた。またこのツアーからワールドツアーの興行収益のギネス記録をツアーのたびに塗り替え続けている。

* 1995年:3月6日,8日,9日,12日,14日,16日,17日・東京ドーム、3月22日,23日・福岡ドーム

アルバム『ヴードゥー・ラウンジ』ツアーの一環として行われた。

* 1998年:3月12日,14日,16日,17日・東京ドーム、3月20日,21日・大阪ドーム

アルバム『ブリッジズ・トゥ・バビロン』ツアーの一環として行われた。

* 2003年:3月10日・日本武道館、3月12日・横浜アリーナ、3月15日,16日・東京ドーム、3月20日,21日・大阪ドーム

アルバム『フォーティ・リックス』リリース後のリックス・ツアーの一環として行われた。ツアースポンサーはサントリー。1973年の初来日が中止になりそれから30年目にしてようやく日本武道館での公演が実現する。日本武道館、横浜アリーナ公演のSS席チケットは22,000円であり、他のドーム公演もS席は13,200円とそれまでの公演に比べ料金が上昇した。

* 2006年:3月22日,24日・東京ドーム、3月29日・札幌ドーム、4月2日・さいたまスーパーアリーナ、4月5日・ナゴヤドーム

アルバム『ア・ビガー・バン』リリース後のア・ビガー・バン・ツアーの一環として行われた。主催はWOWOW、後援がマイクロソフト。前回にもまして料金が上昇し、ゴールデン・サークル席(65,000円、55,000円)が設定された。その他S席(17,500円 - 35,000円)以下の料金も上昇した。バンドサイドから高額のギャランティを要求されたことに比例してチケット価格も高騰したことからそれまでの招聘元であったウドー音楽事務所が手を引き、JECインターナショナルに招聘元が移ったことで日程の変更やチケット予約の不手際が指摘された。4月2日のステージはWOWOWで放送された。

[編集] 外部リンク

* The Official Rolling Stones Site
* Rolling Stones on Bandnews
* Keno's Rolling Stones web site (Unofficial)
* The Unauthorized Rolling Stones
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%BA

コメント(3)

ローリング・ストーンズの作品(ローリング・ストーンズのさくひん)は、ローリング・ストーンズのアルバム、シングル .... この「ローリング・ストーンズの作品」は、音楽に関連した書きかけ項目です。加筆、訂正などをして下さる協力者を求めています。 ...

ローリング・ストーンズの作品
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索

ローリング・ストーンズの作品(ローリング・ストーンズのさくひん)は、ローリング・ストーンズのアルバム、シングルおよび映像作品の一覧。

ストーンズのアルバムは1964年から67年までイギリスではデッカ・レコード、アメリカではロンドン・レコードよりリリースされ、同一タイトルでも内容が異なる物がある。

日本ではデッカ期の作品はロンドン・レコードレーベルで発売されている。
目次
[非表示]

* 1 アルバム・ディスコグラフィ
o 1.1 英国版EP
o 1.2 1964年 - 1967年
+ 1.2.1 英国版オリジナル・アルバム
+ 1.2.2 米国版オリジナル・アルバム
o 1.3 1967年以降
+ 1.3.1 デッカ・ロンドン
+ 1.3.2 ローリング・ストーンズ・レコード
+ 1.3.3 アブコ・レコード
o 1.4 Nicky Hopkins, Ry Cooder, Mick Jagger, Bill Wyman and Charlie Watts
* 2 シングル・ディスコグラフィ
* 3 映像作品
* 4 外部リンク

[編集] アルバム・ディスコグラフィ

[編集] 英国版EP

* 『ザ・ローリング・ストーンズ』 - The Rolling Stones (1964年1月17日) UK #13
* 『ファイヴ・バイ・ファイヴ』 - Five By Five (1964年8月14日) UK #7
* 『ガット・ライヴ・イフ・ユー・ウォント・イット!』 - got LIVE if you want it! (1965年6月11日) UK #7

[編集] 1964年 - 1967年

[編集] 英国版オリジナル・アルバム

* 『ザ・ローリング・ストーンズ』 - The Rolling Stones (Decca LK-4605) (1964年4月16日) UK #1
* 『ザ・ローリング・ストーンズ No.2』 - The Rolling Stones NO.2 (Decca LK-4661) (1965年1月16日) UK #1
* 『アウト・オブ・アワ・ヘッズ』 - Out of Our Heads (Decca SKL-4733(stereo) LK-4722(mono)) (1965年9月24日) UK #2
* 『アフターマス』 - Aftermath (Decca SKL-4786(stereo) LK-4786(mono)) (1966年4月15日) UK #1
* 『ビッグ・ヒッツ (ハイ・タイド・アンド・グリーン・グラス)』 - Big Hits (High Tide and Green Grass) (Decca TXS-101(stereo) TXL-101(mono)) (1966年11月18日) UK #4
* 『ビトウィーン・ザ・バトンズ』 - Between the Buttons (Decca SKL-4852(stereo) LK-4852(mono)) (1967年1月20日) UK #3

[編集] 米国版オリジナル・アルバム

* 『イングランズ・ニューエスト・ヒット・メーカーズ』 - England's Newest Hit Makers (1964年5月30日) US #11
* 『12×5』 - 12 X 5 (1964年10月17日) US #3
* 『ザ・ローリング・ストーンズ・ナウ!』 - The Rolling Stones, Now! (1965年2月22日) US #5
* 『アウト・オブ・アワ・ヘッズ』 - Out of Our Heads (1965年7月26日) US #1
* 『ディッセンバーズ・チルドレン』 - December's Children (And Everybody's) (1965年11月22日) US #4
* 『ビッグ・ヒッツ (ハイ・タイド・アンド・グリーン・グラス)』 - Big Hits (High Tide and Green Grass) (1966年3月28日) US #3
* 『アフターマス』 - Aftermath (1966年6月20日) US #2
* 『ガット・ライヴ・イフ・ユー・ウォント・イット!』 - Got Live If You Want It! (1966年11月28日) US #6
* 『ビトウィーン・ザ・バトンズ』 - Between the Buttons (1967年2月6日) US #2
* 『フラワーズ』 - Flowers (Decca LL-3509(stereo) PS-509(mono)) (1967年7月15日) US #3
(続き)
[編集] ローリング・ストーンズ・レコード

* 『スティッキー・フィンガーズ』 - Sticky Fingers (Rolling Stones Records COC 59100) (1971年4月23日) UK #1; US #1
* 『メイン・ストリートのならず者』 - Exile on Main St. (Rolling Stones Records COC 69100(UK) COC 2-2900(US)) (1972年5月12日) UK #1; US #1
* 『山羊の頭のスープ』 - Goats Head Soup (Rolling Stones Records COC 59101) (1973年8月31日) UK #1; US #1
* 『イッツ・オンリー・ロックンロール』 - It's Only Rock'n Roll (Rolling Stones Records COC 59103(UK) COC 79101(US)) (1974年10月10日) UK #2; US #1
* 『メイド・イン・ザ・シェイド』 - Made in the Shade (1975年6月6日) UK #8; US #6
* 『ブラック・アンド・ブルー』 - Black and Blue (Rolling Stones Records COC 59106(UK) COC 79104(US)) (1976年4月20日) UK #2; US #1
* 『ラブ・ユー・ライブ』 - Love You Live (Rolling Stones Records COC 89101(UK) COC 29001(US)) (1977年9月23日) UK #3; US #5
* 『女たち』 - Some Girls (Rolling Stones Records CUN 39108(UK) COC 39108(US))(1978年6月9日) UK #2; US #1
* 『エモーショナル・レスキュー』 - Emotional Rescue (Rolling Stones Records CUN 39111(UK) COC 16015(US)) (1980年6月23日) UK #1; US #1
* 『サッキング・イン・ザ・70s』 - Sucking in the Seventies (1981年4月14日) US #15
* 『刺青の男』 - Tatoo You (Rolling Stones Records CUN 39114(UK) COC 16052(US)) (1981年8月30日) UK #2; US #1
* 『スティル・ライフ』 - "Still Life" (American Concert 1981) (Rolling Stones Records CUN 39115(UK) COC 39113(US)) (1982年6月1日) UK #4; US #5
* 『アンダーカバー』 - Undercover (Rolling Stones Records CUN 1654361(UK) 90120(US)) (1983年11月7日) UK #3; US #4
* 『リワインド』 - Rewind (1971-1984) (1984年7月2日) UK #23; US #86
* 『ダーティ・ワーク』 - Dirty Work (Rolling Stones Records 86321(UK) FC 40250(US)) (1986年3月24日) UK #3; US #4
* 『スティール・ホイールズ』 - Steel Wheels (CBS 46575-1) (1989年9月23日) UK #2; US #3
* 『フラッシュポイント』 - Flashpoint (Sony Music 468135-2) (1991年4月20日) UK #6; US #16
* 『ジャンプ・バック』 - Jump Back: The Best of The Rolling Stones (1993年11月22日) UK #16; US #30
* 『ヴードゥー・ラウンジ』 - Voodoo Lounge (Virgin 8397821-1) (1994年7月11日) UK #1; US #2
* 『ストリップド』 - Stripped (Virgin V2801) (1995年11月13日) UK #9; US #9
* 『ブリッジズ・トゥ・バビロン』 - Bridges to Babylon (Virgin V2840) (1997年9月29日) UK #6; US #3
* 『ノー・セキュリティ』 - No Security (Virgin V2880)(1998年11月2日) UK #67; US #34
* 『フォーティ・リックス』 - Forty Licks (Virgin) (2002年9月30日) UK #2; US #2
* 『ライブ・リックス』 - Live Licks (Virgin) (2004年11月1日) UK #38; US #50
* 『ア・ビガー・バン』 - A Bigger Bang (Virgin) (2005年8月31日) UK #2; US #3
* 『レアリティーズ 1971-2003』 - Rarities 1971-2003 (Virgin) (2005年11月21日) US #76

[編集] アブコ・レコード

* 『ホット・ロックス』 - Hot Rocks 1964-1971 (1971年12月20日) UK #3; US #4
* 『モア・ホット・ロックス』 - More Hot Rocks (Big Hits & Fazed Cookies) (1972年12月11日) US #9
* 『メタモーフォシス』 - Metamorphosis (1975年6月6日) UK #45; US #8
* 『シングル・コレクション:ザ・ロンドン・イヤーズ』 - Singles Collection: The London Years (1989年8月15日) US #91
* 『ロックンロール・サーカス』 - The Rolling Stones Rock and Roll Circus (1996年10月14日) US #92
* 『シングルズ 1963-1965』 - Singles 1963-1965 (2004年4月26日)
* 『シングルズ 1965-1967』 - Singles 1965-1967 (2004年7月12日)
* 『シングルズ 1968-1971』 - Singles 1968-1971 (2005年2月28日)

[編集] Nicky Hopkins, Ry Cooder, Mick Jagger, Bill Wyman and Charlie Watts

* 『ジャミング・ウィズ・エドワード』 - Jamming with Edward (1972年1月7日) US #33

[編集] シングル・ディスコグラフィ
この節は執筆の途中です この節は、執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
(続き)
[編集] 映像作品

* 『ワン・プラス・ワン』 - One Plus One
* 『ロックンロール・サーカス』 - Rock And Roll Circus
* 『ハイドパーク・コンサート』 - The Stones In The Park
* 『ギミー・シェルター』 - Gimmie Shelter
* 『コックサッカー・ブルース』 - Cocksucker Blues
* 『ビデオ・リワインド』 - Video Rewind
* 『レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー』 - Let's Spend The Night Together
* 『アット・ザ・マックス〜スティール・ホイールズ・ツアー90』 - Rolling Stones Live MAX
* 『ヴードゥー・ラウンジ・ワールド・ツアー94』 - Rolling Stones Voodoo Lounge
* 『ワールド・ツアー94〜95『ヴードゥー・ラウンジ』イン・ジャパン』 - The Rolling Stones World Tour 94/95 Voodoo Lounge In Japan
* 『Rolling '63〜'89』 - 25x5 The Continuing Adventures of the Rolling Stones
* 『ザ・ローリング・ストーンズ ブリッジズ・トゥ・バビロン・ツアー』 - The Rolling Stones Bridges To Babylon - 1998
* 『フォー・フリックス』 - The Rolling Stones Four Flicks
* 『ザ・ビッゲスト・バン』 - The Rolling Stones THE BIGGEST BANG

[編集] 外部リンク

* StonesDoug's Shidoobeeland - The Web's biggest Rolling Stones messageboard: get information about touring, albums, cover bands, or just chat with fellow Stones fans
* Time Is On Our Side - discographies, etc.
* The Complete Works of the Rolling Stones 1962-2004
* Keno's Rolling Stones website (unofficial)
* The Rolling Stones - Stones Mania > Albums - Discography of the ABKCO
* Stones7 - The Worldwide illustrated discography of the Rolling Stones singles & EPS worldwide since 1963
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%BA%E3%81%AE%E4%BD%9C%E5%93%81

結成当初からローリング・ストーンズはセクシーでワイルドで不良っぽいイメージを打ち出し、ダンディなリヴァプール・サウンド ... もちろん、ローリング・ストーンズは度重なるメンバー・チェンジを経てきているし、これが彼らの音楽の多様性に貢献した ...

The Rolling Stones
(ざ・ろーりんぐ・すとーんず) [ザ・ローリング・ストーンズ]
The Rolling Stonesの写真ミック・ジャガーとキース・リチャーズほどロックンロール史上、多くの作品を作り出したコンビはいないだろう。結成当初からローリング・ストーンズはセクシーでワイルドで不良っぽいイメージを打ち出し、ダンディなリヴァプール・サウンドのビートルズとは好対照をなしていた。ローリング・ストーンズはビートルズに比べるとよりヘビィでブルース調の、マディ・ウォーターズやハウリン・ウルフの影響を受けていた。ストーンズ最大の強みは何と言っても、彼らの興味の対象だった東洋音楽やサイケデリック・ロック、カントリー・ミュージック、さらにはディスコ・ミュージックの要素をブルース・ロックの枠の中に自在に取り込むことができた点だろう。ハイな気分の「Thier Satanic Majesty's Request」とホンキートンク調の「Exile on Main Street」、現代的な音運びの「Bridges to Babylon」を聴いて、同じバンドがレコーディングしたものとはなかなか信じ難いほどだ。もちろん、ローリング・ストーンズは度重なるメンバー・チェンジを経てきているし、これが彼らの音楽の多様性に貢献したという見方もできるだろう。しかし、この紆余曲折を経てきたバンドの中でも数少ない不変のものと言ったら、やはりミック・ジャガーの独特の節回しと、キース・リチャーズのだらしなさげでいて優雅なギター・プレイなのだ。
The Rolling Stonesのオフィシャルサイト:http://www.stones.com/
The Rolling Stonesのオフィシャルサイト:http://www.the-rolling-stones.com/

* The Rolling Stonesの音楽ダウンロードタイトル一覧 (37件)
* The Rolling Stonesの音楽ダウンロード全曲一覧 (417曲)
*      The Rolling StonesのCD/DVDタイトル一覧
http://listen.jp/store/artist_11476.htm

U Tube;http://youtube.com/results?search_query=The+Rolling+Stones&search=Search

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

XTCが大好き(音楽) 更新情報

XTCが大好き(音楽)のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング