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合作小説「灰」コミュの第12章 かつて・・・

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●・ ・ ・男・ ・ ・●

        

「だから言っただろう。てめえの酒は、一番悪い酒だって!」

うるさいなあ…。

              

「あの…ボク患者サンよ。もっとヤサシクしてよ…。」

「やっかましい!てめーのような馬鹿野郎にヤサシクしろだあ?ふざけんな!」

       

言うより早く、宇田川はシェーンの左腕にブスウ…と点滴の針を差し込んだ。

「アウチ!」

              

「まったく…言いたかないがなあ、どうしたらあんなに飲めるんだ。えっと…何々?…バーボン2本…ビール10本…ブランデー1本?一晩で!」

宇田川…そんなにドナっちゃ、頭が…。

              

「そんなに…飲んだかナ?えと、確か、ゴールデン街で…。」

「あっきれた…この人、アル中ですか?」

       

年配の看護婦が、カルテを見ながら目をむいた。

「これで、今年だけで15回?…んまー、こーんなに飲んで!」

        

「そうだ。俺の言う事なんか、聞きやしないんだ。」

宇田川はテレビのスイッチを入れた。

              

「ん…?また故障だよ、このテレビ。」

宇田川がどかあっと凄まじい音をたててテレビをたたくと、ブラウン管がぼおっと光り出した。

       

「お…ちょうど良かった。巨人勝ってるよ。こないだの阪神戦、張本良かったもんなあ…そりゃあ、打て!」

「センセ!」

       

「ん…なんだ?」

「患者さんの前で、何見てんですか!安静にさせなきゃ、ダメじゃないですか!」

                       


「ああ…こいつはいいんだよ。ほれ、見てみい。」

宇田川があごで示したベッドには、いびきをかいて寝ているシェーン佐々木がいた。

                 

「まったく、こいつだきゃあ、殺しても死なねえよ。」

昭和54年…長島巨人には、まだ現役のホームランキング王貞治と、アジアの張本がいた。

        

宇田川病院の一室で、まるでホテルで寝ているかのようなシェーンがいた。

 

●・ ・ ・女・ ・ ・●  そして  ●・ ・ ・男・ ・ ・●

         

「お願いです…もう…」

そう言いながら宇田川麻衣子は、いや今は向井麻衣子…は涙を隠しきれなかった。

        

「どうしても、もう行くのか…?」

洋蔵の腕には、幼い佳代が抱かれている。

     

「佳代はまだ、ここにいるんだぞ。母親として、最後まで見届けるべきじゃないのか?」

佳代は、すやすや眠っている。

        

「いえ…これ以上いると、別れられなくなります。わたしには、この子がいます。この子だけを見なけりゃいけないんです。」

麻衣子は、腕の中の昌子を見た。

         

「樋渡さんは、立派なご夫婦です。佳代は…幸せになるでしょう。」

昌子もまた、すやすや眠っていた。

         

「…今更こんなこと言えた義理じゃないが…身体には気をつけろよ。岩手は寒いんだろ?」

「ええ。あ…徹也?」

         

半開きになったドアの向こうから、どたどたと走り去る音が聞こえた。

「なに?」

      

「お願い、この子を…ちょっとお願いします!」

麻衣子は昌子を洋蔵に預けると、徹也を追いかけた。

          

徹也は、座敷の押し入れの中にいた。

「徹也…ごめんね…お母さん、許してね…。」

        

どうしてこんなに涙が出るのだろう。

麻衣子は溢れ出す涙を、恨めしく思った。

       

徹也はまだ5歳。

今年から幼稚園に通っていた。

    

押し入れの中から、すすり泣きが聞こえてきた。

「お前も、大人になったら…判るときが必ず来るわ。そのときまで、お母さんどれだけ恨んでもいい。でもね…お母さん、いつでも帰ってくるから。お前になにかあったら、必ず帰ってくるから…!」

          

もう限界だった。

もう耐えられない。

       

「…さようなら…徹也!」

麻衣子は目頭を押さえて、去ろうとした。

         

がららっと、ふすまが開いた。

「行っちゃイヤだ!」

         

涙でぐしょぐしょの顔を突き出して、徹也が叫んだ。

「おかあさん、いかないで!ぼくおいていかないで!ぼくもいく!おかあさんといっしょにいく!ね!いいでしょ?ねえ!」

        

叫びながら、徹也は母の胸に飛びついた。

わあわあ泣いた。

    

麻衣子も徹也を抱きしめた。

「ごめんね…ごめんね…徹也…。」

   

しばらく泣いた後、母は徹也の涙を拭きながら言った。
「お母さんね、お父さん嫌いじゃないのよ。でもね、このままだと、お前も佳代ちゃんも昌子ちゃんも、みんな悲しい思いしなけりゃならないの。わかる?」

         

徹也は首を横にふった。
「そう…よね。お父さんね、お金をいっぱい取られちゃったの。色んなことがあってね。

お母さん、それ知らなかったから…。

        

お父さん、お前も佳代ちゃんも昌子ちゃんもここに居ていいっていったんだけどね、このままだと・・・みんな苦しい思いしなくちゃなんない・・・。

今なら、まだお父さんやりなおせるの。

           

お母さんは、岩手のおばあちゃんとこに行って、お仕事するの。

昌子ちゃんと一緒にね。

       

佳代ちゃんは…ほんとはお母さんと一緒がいいんだけど、幸せにしてくれる人がいるから。

だから…今は寂しくなっちゃうんだけど、必ずまた逢えるから。きっと逢えるから!」

     

「あえるの?ほんとうに?」

徹也は、泣きじゃくりながら言った。

         

「お母さん、怒ったことあったけど、嘘はついたことなかったでしょ?」

麻衣子は苦しいながらも・・・何とかおどけた顔をしてみせた。

「てっちゃん…わかったあ?」

「うん…わかった…。」

     

徹也は腕で涙を拭いた

「ボク…おかあさんまってるね。おとうさんといっしょにいれば、きっとあえるよね?」

        

 「うん。」

「ぜったい、ぜったい、ぜったい?」

       

 「うん。」

「じゃあ、ゆびきりげんまんして。」

    

 母と息子は、小指をからませた。

「指きりげんまん、嘘ついたら針千本のーます!」

   

麻衣子は、心の中で必死に謝っていた。

ごめんね…ごめんね…。

          



●・ ・ ・男・ ・ ・●

     

「そうデスか…。」

神奈川県中郡二宮町…シェーン佐々木はここにある「明和塾」で英語教師をしていた。

  

この「明和塾」では子供だけでなく、昼間は成人相手に英会話教室も行っていた。

いまシェーンが職員室で相手しているのは、英会話の生徒ではなかった。

      

「はい、もう決めたんです。」

そういう初老の男は、晴れ晴れとした顔をしていた。

          

男は真っ黒に日焼けしており、長い髪はところどころ赤くなっていた。

間違いなく、海の男だった。

                

「残念デスネ…。あの家、まだ使えるデショ?。」

「ええ。でも、もうわたしの時代じゃあありません。あっちこっちに洒落た店ができちゃって…。」

   

男はこの町で釣具店を経営している、柴野という男だった。

もう長いこと頑張ってきたのだが、競合店が増え、おまけに釣り人口が減ってきているので少々経営難に陥っていたのだった。

   

柴野は、釣り好きで常連のシェーンに、店をたたむ挨拶にきていた。

シェーンにとっても、落ち着く場所を失うというのは、痛いことだった。

             

「買い手は、ありました?」

柴野は、苦笑いして頭をかいた。

      

「それがねえ…まだ…今のところ…。なんせ解体にも銭かかるでしょ?土地だけなら買うって人はいらっしゃるんですけど。」

シェーンは後年彼のトレードマークとなるパイプを咥え、マッチで火をつけた。

         

「HOW MUCH?」 

 「は?」

シェーンは、天井を見上げて、煙をゆっくり吐き出した。

        

「おいくら…デスカ?」

「ま、一応このくらいですが…。」

      

柴野は周りに聞こえぬようシェーンに近付き、電卓で示してみせた。

「どなたか、買ってくれそうな心あたりでも?」

        

シェーンも近付き、右手で自分を指差してニヤっと笑った。

「ボクじゃ、ダメです?」

       

「シェーンが?」

「タダシ、土地はレンタルしマス。どうですカ?」

      

柴野はしばし考え、そして右手を差し出した。

「そういう運命だったのかもしれない…握手してよ。商談成立だ!」

        

 

     

●・ ・ ・男・ ・ ・●

        

「あのねえ、いったいどうなってるの?」

達也が玄関を開けて、ただいま…と言う間もなく、母親の怒鳴り声が聞こえてきた。

    

毎度のこととはいえ、こう毎日聞かされてはいい加減嫌になる。

「今度のショーまでにはちゃんと用意しとくって、約束してくれたじゃない。こっちはそのつもりで準備してきたんだからね!だいたいいつも貴方って人はね…。」

          

達也は聞こえないように「ただいま」と口だけ動かして、電話でかっかしている母親のそばを通りぬけた。

ついさっき殴られた右頬が、まだ痛い。

       

部屋に入ってベッドにランドセルを放り投げ、膝を抱えて座り込んだ。

どうしよう…。

     

中学生に、カツアゲされたのだ。

幸い財布を持っていなかったのだが、家に帰って持って来い、来なけりゃどうなるか判ってんのか、と脅されたのだ。

      

母親はファッションデザイナーで、家庭的にはかなり裕福なほうだった。

しかし、財布の紐は母親が握り、達也自身は一銭も持ち合わせていなかったのだ。

         

あいつ、ずっとあの角で見張ってんだろうな。

もう学校にも行きたくない。

           

学校でもひとりぼっちだし、いじめられるし…。

どうすりゃいいの…。

         

達也は、テレビのスイッチを入れた。

なにかして、気をまぎらわせたかった。

        

ちょうど「機動戦士ガンダム」が始まったところだった。

主人公のアムロ・レイは、一人っ子で甘え虫で…どこか共感できるキャラクターだった。

     

いきなり民間人が、しかも未成年が戦闘に参加させられるという、近未来ものだった。

達也はぼんやり見ていた。

      

「どうして、アムロは闘うの?」

幼友達に聞かれて、アムロは答える。

         

「…死にたくないからな。」

達也は、はっとした。

     

死にたくない…死にたくない…死にたくない!

この言葉だけが、頭の中で鳴り響いていた。

       

ぼく…ぼく…負けたくない!

達也は答えを見つけた。

       

窓の外を見る。

あの中学生が、まだ、いた。

         

金属バットを握り締め、達也は部屋を出た。

母親は、まだ怒鳴っている。

    

帰ってきたときと同じように、母親の横をすりぬける。

いままでと同じだ。

     

ひとつだけ違うのは、かつて味わった事のない高揚感だけだった。

心臓の音だけが聞こえ、他にはなにも聞こえなかった。

       

玄関を出て、左へ向かう。

二つ目の角に、例の中学生がいた。

      

仲間は、もうひとり。

タバコを吸っていた。

      

筋金入りの、ワルたちだ。

達也を見かけ、さっき殴った方がなにやら言いながら、近付いてきた。

         

まだだ…まだだ…。

高ぶる気持ちを感じつつ、背中に隠したバットを握り締めた。

       

もうすぐだ…見てろよ!

「…持ってきたんかよ、つってんだろ!」

    

何かが達也の中で弾け・・・思いっきり握りしめたバットを横殴りに振りまわした。

見事に相手のあごに、ジャストミートした。

         

手に、初めて味わう感覚があった。

相手は倒れ、動かなくなった。

         

もうひとりが血相を変え、つかみかかってきた。

「ヤッロー!ザケんじゃねえぞ!ガキがあ!」

       

今度は不意打ちはきかない。

どこだ…どこ狙えばいいんだ。

     

チャリ…と音がした。

相手の膝にかけてあるくさりが鳴った音だった。

          

とっさに、そこを狙ってバットを振った。

踏み出した左膝を、バットが直撃した。

          

メリイ…と嫌な音がした。

「ギャアアアアアアアアア!」

       

そいつは膝をかかえて、のたうちまわった・・・確実に膝頭が折れていたのだ。

達也はきびすを返して走り出し、家へ逃げ帰った。

          

母親はまだ、電話の相手に怒鳴っていた。

今度はどたどたと走って、部屋に向かった。

       

「ちょっと待って…達也、手、洗った?」

部屋に入り、はあはあ息をした。

     

バットを見た・・・そこには、赤い血がついていた。

何かがこみ上げてきた。

        

「ワアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

達也がストリートファイトに目覚め、内なる野獣に気付いた瞬間だった。

              

 

           

●・ ・ ・女・ ・ ・●

       

「ペンションに?」

「…ボクのふるさとで、おじさん、やってたんダ。夢…ネ。」

           

山藤綾子とシェーン佐々木は、すでに入籍していた。

『SANDY』と、シェーンは呼んでいた。

            

シェーンが「SANTOU」といいづらく、昔好きだったTV番組のキャラクターの名前をもじって、こう呼んでいるらしかった。

もっとも、綾子はこの呼び方が、たいそう気に入っていた。

           

「SANDY 、お金ならダイジョーブ。」

綾子はトーストに自家製のイチゴジャムを塗りながら、肩をすくませた。

          

「それはいいのよ。あたしだって貯金あるんだから。それよりも!」

シェーンは飲みかけたコーヒーを口につけたまま、固まった。

         

「何で今まで黙ってたのよ。それがあったまにきちゃってさあ…。」

「…ゴメン。」

          

「あのね、シェーンが何やってもいいのよ。どうせやっちゃうのは、判ってるんだからさあ。でもね、ヘンな気を使うのだけはもう止めてよね。で、どうするの?」

「ん…?ああ、そうネ。桟橋あるし、WindSurfinできる、Schoolしたいヨ。

        

「それから?」

シェーンは、はにかむような、笑みを浮かべた。

           

「Dog…Dog欲しい。」

「へ?シェーン、犬スキだったっけ?」

         

「前のハナシ…Americaで飼ってたネ。「Anndy」っていう、おっきな犬。」

綾子は両手で自分の顎を支え、いたずらっぽく目をくりくりさせた。

         

「へええ?そうなのお?初耳だなあ。」

「うん、でも死んじゃってネ。ぜったい、また飼いたかったヨ。」

         

「オッケー、いいわよお。じゃ、今度はあたしの条件だな。」

綾子は湘南の海を見ながら、言った。

          

「あたしより先に逝っちゃったりしないでね…。」

「 What?」

          

綾子は長い髪をかきあげながらシェーンを見た。

「あたしね、もう身内が死ぬの見たくないんだ。」

        

綾子は7歳の時に、両親を立て続けに失っていた。

叔父に育てられたがグレてしまい、横浜でいっぱしのワルだったころ、シェーンと出会ったのだった。

           

「いい?約束だよ!」

シェーンはそのゴツイ手で、綾子の手を握った。

          

「Same time 、same life、same finish…OK?Sandyも先に死んじゃ、ダメ。」

「ペンションの名前は?何にするの?」

       

シェーンは困った顔をした。

「…迷ってる…。」

       

「そうねえ。」

綾子とシェーンの会話が止まった。

           

「ねえ…シェーン・・・この曲…。」

BGMには「風」の新曲が流されていた。

         

「…シェーン、これよ、これ!」

「 Oh?」

          

「これねえ、『海風』って曲だよ。シェーンのイメージにぴったりじゃん?日本語じゃカッコつかないから、『SEAWIND』!どうよ!」

「Thank You !Just!Just!」

       

二人の中には、同じイメージがあった。

海風が吹く夕日の中、シェーンが帰ってくる先には、白いペンションがある。

       

そしてその看板には「SEAWIND」と書かれてある。

綾子が店を守る。

          

お客に差し出すコーヒー。

シェーンの心からの笑顔。

        

そして子供ができて…。

夢が、輝く夢が、そこには確かにあった。

                

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