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山陽本線沿線観光コミュの尾長天満宮

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 広島県広島市東区山根町33-16

 広島駅の東北500m。
 祭神は菅原道真。旧村社。
 延喜元(901)年に菅原道真が大宰府に左遷される道中、尾長山(二葉山)麓に船を寄せ、山を登り休憩を取りました。当時は二葉山麓が海岸線だったのです。
 この時、道真は「水ヲ掬(キク)ス 瑞川ノ流 月ヲ弄ス 二葉ノ里…」の漢詩を詠み、これが二葉山の名の由来となりました。
 そして、道真が休息した地に村民が祠を立てたのが尾長天満宮の始まりとされています。一方で現神社裏手にある道真が座ったとされる腰掛石付近には、別の村民により祠が建てられ後に太宰原天満宮と呼ばれました。この二つが毛利輝元の広島城築城前から広島にあった天満宮です。
 久安2(1146)年に平清盛が安芸守に任ぜられると、厳島神社や音戸の瀬戸などが整備されましたが、尾長の祠もその時に再建されたと伝えられています。
 江戸時代に入り、広島藩浅野家初代藩主浅野長晟(ナガアキラ;1586〜1632)が京から連歌師の松尾忠正を招いた際、忠正の霊夢により、山中にあった祠を民家に近い現在地に移転し、その後、寛永17(1640)年に至って3代藩主光晟(ミツアキラ)が社殿を建立しました。
 大正15(1926)年9月の集中豪雨で社殿が流出してしまったため、昭和10(1935)年に饒津(ニギツ)神社境内にあった招魂社を移設して、本殿と拝殿としました。
 広島市街地を見下ろせるため、大東亜戦争中は帝國陸軍部隊が駐屯していました。原爆投下の際、爆心地から約2.6km地点の当社の社殿は爆風により倒壊しましたが焼失は免れ、その後、昭和22(1947)年に社殿は修復されています。
 尾長天満宮の境内には、大己貴神(オオナムチノカミ)と少彦名命(スクナヒコナノミコト)を祭る摂社の龍神社があり、“登竜門”が設けられています。
 尾長天満宮には二葉山麓七福神のうち、寿老人像があります。

*二葉山
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=264039&id=76553548
*聖光寺
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*國前寺
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=264039&id=76538700
*広島東照宮
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=264039&id=76553475
*鶴羽根神社
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=264039&id=76557958
*明星院
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=264039&id=76558640
*饒津神社
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=264039&id=76558702

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