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北村太郎コミュの北村太郎さんとの交遊

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ぼくは詩人の北村太郎さんと文学論をするのが大好きだった。当時、30歳かそこらの若造を相手に北村さんはまともに文学論に応じてくれた。昭和の終わりから平成のはじめにかけてである。ぼくはほぼ毎週のように北村さんのお宅に通っていた。
北村さんは鎌倉の稲村ヶ崎の田村隆一邸に、田村さんの4番目の奥さんである和子さんと共に住んでいた。
ぼくは文学論をするだけでなく、北村さんに小説の添削指導まで受けていたのである。当時のぼくは小説を書いていた。自分から頼んだのではなく、北村さんと小説の話をしているうちに、北村さんのほうから「じゃ、ぼくが君の小説を見てあげよう」という話になった。
ぼくは北村さんに添削してもらいながら、小説を完成させた。北村さんは「相当におもしろいよ」と誉めてくれた。誉め上手だった。北村さんはいつもぼくのことを励ましてくれた。あとにも先にも北村さんから小説の添削指導を受けた人間は日本中でぼくただ一人だと思う。それはなんとも贅沢で、他の人が望んでもできないような経験だった。

田村隆一さんと北村太郎さんは府立第三商業で同窓だった。二人とも10代の頃から中桐雅夫編集の詩誌「ル・バル」に参加、戦後は文学史上に名高い『荒地』の同人となった。
それが40歳を過ぎて親友である田村さんの奥さんの和子さんと北村さんが恋愛関係に陥った。当時、北村さんも結婚していて、北村さんと奥さん、田村さん、和子さんの4人で稲村ヶ崎の田村邸で壮絶な修羅場を繰り広げたこともあった。
北村さんと和子さんは幾多の修羅場をくぐり抜けながら、互いに離婚し、一緒に暮らすようになった。しかし、そこまで苦労して一緒になったにもかかわらず、この二人は互いにそれぞれ恋人がいた。北村さんと和子さん、そして田村さん、この三人の関係は複雑怪奇で、常識や理性で推し量れるものではなかった。なまなかな理解を超越している。

この文学史上に名高い恋愛事件のことは、ねじめ正一さんが「荒地の恋」という小説に書いた。
ぼくは長い間、この本が読めずにいた。自分の親しかった人たちをモデルにした小説なんて。しかし、去年、必要に迫られて読んでみた。
和子さんは仮名だが、北村さんと田村さんは実名で登場してくる。
北村さんを取材したわけでもないのに、北村さんの心理描写が延々と出てくる。あろうことか、北村さんのベッドシーンまで描写している。北村さんに対する冒涜だと思った。
ねじめさんはかねてからぼくの作品を激賞してくれているので、悪口はいいたくないが、それとこれとは別である。
本を書くにも節度というものがある。
ねじめさんはその節度を破った。
これは書いてはならない小説である。
この世の中で最も許しがたい本が「荒地の恋」なのである。

北村さんは当時、すでに多発性骨髄腫という血液のがんにかかり、絶望的状況だったが、そんなそぶりはぼくに対して微塵も見せなかった。
北村さんは料理が好きで、よくもてなしてくれた。醤油味のロールキャベツなど絶品だった。
いつも細やかに気を配り、笑みを絶やさず、深刻な状況なのに深刻ぶることをせず、相当なインテリなのにインテリぶることもせず、ボロボロとときおりみせる生に対する執着も、すべて自己を戯画化するというオブラートでくるみ……北村さんに一度でも会い、話をしたことがある人ならこの人を好きにならないほうがおかしいのではあるまいか……よくそんなことも思った。
ぼくは北村さんの人となりと文学を愛していた。

北村さんが亡くなったとき、その存在を心の支えにしていた面もあったので、深い喪失感に襲われ、ぼくはしばらく立ち直れなかった。北村さんはぼくの恩師ベスト3に入る、大恩人である。

北村太郎さん、田村隆一さん、和子さん、この三人との濃密な思い出は長い間、ぼくの胸の内に秘めておこうと思っていた。しかし、最近、この三人のことを書かないでは死ぬに死ねない気持ちがしてきた。ぼくは田村隆一さんと和子さんのセックスの回数まで知っている。
いま、本を書いている。今年、発表したい。
小説ともノンフィクションともエッセイとも詩人論とも何とも名付けようのない、自分にしか書けない作品を目指している。

写真は左が北村太郎さん、左から3人目が和子さん、左から5人目、鍋のふたを持っているのがぼく。
稲村ヶ崎のお宅で、仲間が集まって鯛飯を食っているところ。それは生涯で一番うまい鯛飯だった。

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