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語部夜行 〜カタリベヤコウ〜コミュの才能の繭 【囚・後編】

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「繭の羽化に一週間を七回分、か…まさかこんな所でさっきの話と繋がるなんてね。虫の知らせってやつ?今回はヤケに虫と縁があるじゃん」

「はは…ピンチを予期して眠っていた俺の特殊能力が目覚めだしたのかな?」

同じように繭に捕われながらも気丈に茶化してくる湊に圭一も同じ調子で返した。
それは只の軽口ではなく、美珠にかかるプレッシャーを少しでも軽くしようとして言ったのかもしれない。
美珠もなんとなくその意図を察したらしく笑顔を作ったが、それは直ぐに真剣な表情へ変わった。

「確かに、羽化にかかる時間は問題だね…」
難しい顔で手の中の繭に視線を落とす美珠に、「言い忘れたが…」と女性が口を挟んだ。

「ここに居る限り飢えや乾き、その他生命の維持に不可欠な問題で苦しむことは無い。ここで無駄に野たれ死にさせる気も、もっともらしい言い訳で逃がすつもりもないからの」

「そっか。じゃあ約束を守る限りは安心して良いのかな」

「そう言うことじゃ」
女性は鷹揚に頷いた。

この女性は確かに人を恨んでいるのだろう。しかし捕らえた圭一に苦痛を与えようとはしなかったり、わざわざ理由を説明したりすると言うことは、恐ろしい行為に及びながらも憎悪に狂いきっている訳ではなくちゃんとした理性があると言うこと。
更には美珠の必死の訴えに応えこんなチャンスまで与えて見せた。

つまり、これは弄ぶ為のゲームでも暇つぶしでもなく純粋な仏心だ。
ならばこちらもそれを裏切ってとっとと逃げ出す様な小狡い策を巡らせる訳にはいかない。
ここからは正真正銘の持久戦だ。美珠は適当な岩の表面を手で軽く払い、そこに腰を下ろした。

肝は座った、やるっきゃない。



「さて、と…」
美珠はおもむろに繭を親指と人差し指で摘むと、軽く左右に振って見せた。

「!」
そのあまりに無造作すぎる行為に、圭一と湊は思わず息をのむ。

「ちょ、そ、それもうちょっと慎重に扱わなきゃ…!」

「大丈夫、落としたりしないよ。ホラ」

美珠はもう一度繭を振ってみせた。

カラ、カラカラカラ…

普通、どんな種類の繭を振ってもこんな軽やかな音はしない。何の音か?誰かがその疑問を口にする前に美珠が答えた。

「これは、餌の音」
「ほう…」
女性は微かに驚きと賞賛の混じった声を漏らした。

「僕、この繭のこと知ってるよ」


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「才能の繭」って言う都市伝説があるの知ってる?
一部では結構有名になって来てるんだけどね。

繭の中に自分の中の「隠れた才能」が眠っていて、一週間を七回分の間肌身離さず大切にして羽化させるとその「隠れた才能」を目覚めさせることが出来るって言う話。

インターネットでも話題になったことが何度かあってね、ある男の人…これから話すお話の主人公もそれで繭のことを知ってたんだって。

その男の人はいわゆるニートだったの。
でも、ただ親に甘えて仕事がしたくなくてそうなっちゃった訳じゃないよ?
その男の人は精一杯頑張って頑張って、でも報われなくて、悩んで、傷ついてヘトヘトのボロボロになってついに自分を見限って自暴自棄になっちゃったんだって。

それからずっと家に隠りっきりだったんだけど、ある日何となく見たベランダに大きな繭が転がっているのに気がついたの。

何だろう気持ち悪い。あんな大きな繭、どんなおぞましい虫が孵るか分かったもんじゃない。

少しでも外に出るのが嫌で親にとって貰おうかとも思ったけど、この男の人はニートでいることの罪悪感が凄く強くて、養ってもらいながら雑用まで言いつけるなんてとても出来なかったんだって。
少し考えたけど、男の人は意を決して自分で繭を捨てることにしたの。

もしかしたらアレは毒虫の繭かもしれない。なら、自分がアレを取り去ることで少しは家の役に立てるかもしれない。きっと、そうだ。そうに違いない…。

そんな風に言い聞かせて、ね。

男の人はなるべく人のこないタイミングを見計らってそっとベランダにでたの。
それから恐る恐る繭に手を伸ばして、さっと払って外へ叩き飛ばそうとしたの。
でも怖がってあまり力が入らなかったみたいで、繭はころころと少し転がっただけで外にまで行かなかったんだって。
でね、その時

カラカラカラカラカラ、カラ、カラ、リ…

ってね。
音が聞こえたの。

音。繭。

その時、男の人の頭の中に稲妻が走ったんだって。
男の人は「才能の繭」の話を思い出していたの。

もう一瞬で気持ち悪いのも怖いのも全部忘れて、まだゆっくり転がる繭を夢中で掴みあげたんだって。
それからそっと…恐る恐る耳元に持っていって振ってみたの。

カ…ラ、カラ、カラカラカラカラ、カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ…

あ、ああぁぁぁ鳴った!鳴っている!間違いない、これは…っ!これは「才能の繭」だ! 本当に有ったんだ!…俺に、こんな俺にも何かの才能があるんだっ!

その音は男の人にとって「才能の繭」が本当にあるってことと、男の人に「隠れた才能」があることを知らせる希望の音だったの。
男の人は、これは神様がくれた最後のチャンスだと思ったんだって。

それから男の人はインターネットで「才能の繭」の事を出来るだけ詳しく調べ直したの。
データは少なくて、嘘っぽかったり他と違うことが書かれているモノもあったけど、そのなかにどこも必ず同じように書いてある所があったの。

それは、

繭を拾ったら捨ててはいけない 、と言う事。

一週間を七回分身につけていなければならない、と言う事。

一週間ごとに繭は大きくなるが、精神エネルギーを吸われる、と言う事。

水に濡らしてもいけない、と言う事。

羽化するまで体に身につけておく、と言う事。

この五個は「どこでも、どんなページでも」決して変わってなかったんだって。
繭を持つと見えると言う女性の正体についてはどこも曖昧で良く分からなかったけど、男の人はそんなこと特に気にしなかったの。
男の人は、そのナニかを自分を救ってくれる神様だと信じていたから。

男の人は、その日から繭を大切に大切に身につけたの。
ちょっとした動きで繭を潰したりしないようにいつも気をつけて、耳元に持っていっては振ってその音を確かめながら。

カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ…

男の人はその音を聞くだけで幸せな気持ちになれたの。
この音は希望の音! 一週間を七回分、たったそれだけで才能が手に入る。 それがなんの才能でも、今より悪くなるはずがない。

ただ、一つ不安なことがあったの。男の人には、女の人が見えなかったんだって。
暫く悩んで、男の人はそれは自分に霊感が無いせいだと思う事にしたの。
考えてみれば今まで神霊の類なんて気配も感じた事がなかったから、きっとそう言うことだとすんなり自分に言い聞かせることができたんだって。

でもね、何もない訳じゃ無かったんだ。

男の人は夢を見る様になったの。
それは毎晩、同じ内容で…。

いつもふと気がつくと、男の人はどこか分からない全く知らない道を歩いているんだって。
霧がかかっているのか、ぼんやりとしていてよく見えない道を眼が覚めるまでずっと、ただひたすらに歩くの。
道は舗装されていない砂利で、押している乳母車からガタガタと振動が伝わってくるんだって。

そう、乳母車。
男の人はどこか分からない道をただ黙々と乳母車を押して歩いているの。

それは時代劇にでてくるみたいな木で出来てる古い乳母車で、中には粗末なクッションみたいな物と白い布が一枚あるだけなんだって。

男の人は最初は怖かったけど、いつもただ歩くだけで何も起きなかったから直ぐに慣れちっゃたの。
だから、その日もいつも通りなんの不安も無く眠ったんだって。

その日は、繭を見つけてから丁度一週間が立った日だったの。

男の人がいつもの様に乳母車を押して歩いていると、いつの間にか目の前に大きな門があったんだって。
いつもと違う展開にどうしようか迷ったけど、男の人が何かするより先に門は独りでに開いて道を空けたの。

あぁ良かった、これでまたただ歩くだけでいいんだ。

男の人はほっとして門を潜ったの。
すると…

ガクッ

と急に乳母車が重くなって、体から力が抜けていくような虚脱感がしたんだって。
男の人はその時になって繭の羽化について書かれていた事の一つを理解したの。

『一週間ごとに繭は大きくなるが、精神エネルギーを吸われる』

…精神エネルギーと言う物が何かは良く分からないが、これはあの一文に書いてあった事に違いない。 なら、この虚脱感は羽化が順調に進んでいる証拠だ。

男の人は嬉しくなってふと乳母車の中を見てみると、それまで平だった布が少し膨らんでいたの。

繭は大きくなる…これは繭の中身なんだろうか?

男の人はこの夢の意味が気になり始めたけど、布を捲ってみる勇気はなかったんだって。

それからも男の人は夢の中で乳母車を押し続け…
一週間が経つ度に門が現れて繭と乳母車の中身が少しずつ大きく重くなっては、その度に男の人は益々酷い虚脱感に襲われていったの。

それから段々起きている時も何もする気が起きなくなって、男の人は遂にベッドから出なくなったんだって。
ただ一日中ぼうっと耳元で繭を振って過ごす様になったの。
流石に親から心配されたけど、男の人は放っておいてくれと言って邪見に追い払ったんだって。
それは普段の男の人からは考えられなかったけど、その頃にはもう親に気を使うことなんてどうでも良くなっちゃってたの。

男の人はそれくらい疲れきっていたんだって。
乳母車が重くなる度に力が減るんだから、当然だね。

それでも、夢の中ではガタガタと揺れる乳母車を懸命に押して歩き続けたの。
乳母車の重さにつれいつもの距離を歩くのに時間がかかる様になって、男の人はとうとう一日の殆どを寝て過ごす様になったんだって。

道は相変わらず霧がかっていて一体どこまで、どこへ続いているのか、終わりなんて無いような気すらして…
それでも遂に、最後の一週間の終わりの日がやって来たの。

今日で終わりだ、やっと…やっとこれで才能が手に入るんだ…。

男の人は最後の夢で残っている力を振り絞って、もう随分重くなった乳母車を押して歩き出したの。

ガタゴトガタゴトガタガタタン…
カラカラカラカラカラカラカラリ…

乳母車の車輪が砂利を踏む音に繭を振る音の幻聴を重ねて、ヘトヘトになりながら最後の門を潜って――――――







そこで、目が覚めたんだって。








男の人はゆっくり、自分が眼を覚ました事に気がついたの。
でも、最初はまだ夢の中なんじゃないかと疑ったんだって。

意識がハッキリすると共に、男の人は強い違和感を感じていたの。

なんだか…酷く五月蝿い…。




男の人しかいないハズの部屋の中は、沢山の音で溢れていたの。





げたげたげたげたげた げたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげた   げたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげたげた げたげたげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらけらけらけらけらけらけらけらけら    けらけらけらけらけらけらけら けらけらけらけらけらけらけらけらけら けらけらけらけらけらけらけけらけらけらけらけらけらけらけらけらけらけらけらけらけらけらけ

ペタペタペタペタペタペタペタペタペタ ペタペタペタペタペタペタペタペタペタペ    タペタペタペタペタペタビチャ ビチャビチャビチャビチャビチャビチャビチャビチャビチャビチャビチャビチャビチャビチャビチャベチャドタドタ ドタドタドタド  タドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタ  ずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずる




それは、何かが笑う音。




それは、ナニかが動き回る音。





「遂に羽化させたようだな」

「あぁ…うあぁ」

「ケケケ、さてさてどんな才能が目覚めたのやら…」

「ひいぃ…いぃん、うぇっ」

「何にせよこれでまた楽しみが増える訳だ」

「あぎいぃ、つっっっっっ」

「左様左様。最近じゃすっかり消沈して、弄り甲斐がなくて詰まらなかったからのぅ」

「ぐるぅぅぅえ…ぃ、いぃぃぃ」

「希望を絶望に転ばせてやる事ほど愉快なものは有るまい」

「いぃいぎゃああああああああああああああああああああああぁぁおううぅえええええええええええええええええひぐ、ぐぐううううううううぅぅぅっ!!」

「えぇい、五月蝿いな。コイツは何時からいるんだ?」

「確か一昨日あたりからじゃないかぇ?これだけ大きな霊道なのだからねぇ、放って置けば幾らでも増えるだろうさ」

「まぁまぁ、こんな壊れかけでも仲間は多い方が楽しかろうよ」

ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃけたけたけたけたけたけた  けたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたけたうふふふ ふふふふふふふふふふふふふふふふふうふうふふ ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!









霊道。




そう、男の人の不幸の原因はソコに集まる人でないモノたちのせいだったんだよ。
今まで男の人はそれに気がつけなかったの。

それは――全く、霊感がなかったから。

でも…それが男の人を守っても居たんだよ。
だって幾ら脅かしても無反応な人には何したって詰まらないもの。
男の人が見えたり聞こえたりしていたら不幸はもっとエスカレートしてただろうね…。



…いつの間にか、ベッドの脇に女の人が立っていたの。
ううん、いつの間にかじゃないね。女の人は男の人が初めて繭を拾った時からずっとそこにいたんだよ。
ただ、見えなかっただけで…ね。

男の人はその時になってやっと全てが分かったの。


自分の不幸の原因…眠っていた、才能…


男の人は直ぐにでも布団を飛び出して逃げ出したかったんだけど…もう、そうする事すらできなかったんだよ。

長い間繭に力を注ぎ続けて弱り切った男の人は、集まったモノたちの淀んだ気にとても耐えられなかったの…。







次の日。
様子を見に来た親が見たのは、ベッドの中に潜り込んで硬く硬く体を抱きしめたまま事切れた男の人の姿だったの。

それはまるで――

繭の中で眠る蛹、みたいだったんだって…さ。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



「えぇっと…待てよ、それじゃっ、羽化させると本来眠っていた方が良い『才能』が目覚めてしまう場合があるって…?」

「それよりっ、ヒッキーでも大の男がそれだけ消耗することを小学生の美珠ちゃんが一人で出来る分けないだろっ!」
圭一の声を遮り、湊は怒りを露に女性を睨みつけた。

「餌って言うのはそう言う意味か!ソイツをチラつかせて弄んで結局は繭の材料にしようってか?ハッ、『何がうぬらの先祖と同程度の存在になってしまう』、だ。アンタはただ憎悪に狂ってる訳じゃないと思ってたのに、結局はそれが本性か!」

「何じゃと…っ」

女性の眼がすっと細まり人ならざる凄みを帯びた光を宿す。けれども激昂した湊も怯まずに益々女性をきつく睨み据える。

一触即発の不穏な空気に美珠は慌てて座っていた岩から立ち上がって叫んだ。

「わ、わ、二人とも落ち着いて!僕は大丈夫だから!」

「大丈夫って…っ!」

「えぇっとごめんね、僕の説明が足りなくって誤解させちゃったみたい…」

美珠は言いながらさり気なく今だ殺気立つ二人の間に入った。

「餌って言うのはそのまんま…隠れた才能のことを言ったんだよ」

「あーつまり、繭を羽化させるには人間の協力が必要不可欠。けれど無償では誰もやりたがる訳ないし、無闇に恐怖を行使すれば討伐の危険が高まる。なら見返りを付け拾うも拾わないも自己責任損の状況をつくり、何者かが害を被っても有る程度言い逃れが効く様にするのが理想的。その見返りとして餌に選んだのが隠れた才能、か。隠れているとは言え元々自身にある物なんだから要求の対価としては安上がりにすむ。…成る程、上手いやりかたっすね」

「…ふん」
圭一のフォローに、まだ腹の虫が治まらない女性は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
それは湊も同じなようで、訝しげな表情で首を捻った。

「それは分かったけど、どうして美珠ちゃんが大丈夫って言えるのさ?」

「ほら、僕のお話しした男の人は霊感も全然なかったでしょ?だから、繭の羽化に必要な力もすっごく弱かったんだよ。僕は霊感あるから、そこまで大変じゃないよ」

それは一部嘘がまじっついた。
確かに美珠の話した男は霊的な力が極めて低かったが、精神エネルギーと言うのはまた別の物。必ずしも霊的な力の大小に比例するものではなく、例え霊感を持っていても成熟した大人の精神エネルギーが小学三年生の幼子に劣る訳が無い。
だが、それは一般的な小学三年生だったらの話。

美珠は…一般とは言いがたい。
彼女は二人で一人を形成すると言う非常に希有な存在である。
その『形成』は主に内面的な部分に限られており、常に二人分の能力を有しているためその精神エネルギーも当然一人分に留まらない。
加えて、今もこの時も彼女と繋がれた肘から先のない子供の腕。

美珠の――兄の手。
これもはや肉を持たない純粋な精神体だ。エネルギーの純度なら生身の人間とは比べ物にならない。

これらの力を合わせれば消耗はするだろうが、命が脅かされるレベルに達することは無いだろう。
女性も、詳しい経緯は不明なものの美珠が遂行可能な要素を持ち合わせていると判断したからこそこの繭を渡したのだ。

「…」
湊はまだ胡乱気な表情をしていたが、黙ってじっと美珠の顔を見つめた。

「…わかった、わかったよ。美珠ちゃんを信じるって、自分でさっき言ったしね。女にゃ二言はありません!」

「えへへ…ありがとう」

「ふん…全く、わらわとてこんな幼子相手に大人二人と引き換えに命を捧げよとまで言わぬわ」

「へいへい悪ぅござんしたよ」

どうにか場が収まり、美珠はほっとして再び岩の上に腰を下ろした。
繭を羽化させるには乳母車を押して道を進む…つまり眠る必要が有る。

「…この状況で寝ろと言うのも無理があるからの。それくらいは手伝ってやろう」
そう言うと女性はすっと美珠の額に手を翳した。
するとたちまち睡魔が襲い、美珠は逆らわず素直に眼を閉じた…。

コメント(11)

そこは、先ほど美珠が言った通りの景色だった。

どことも分からない霧がかった砂利道。

…いや、美珠はここがどこか知っていた。
ここは本来死者が通る道――

あの世へ至る為の中陰の道なのだ。


女性の繭に宿っているのは只の虫ではない。
争いの果てに故郷を、同胞を奪われた女性はせめて子供達の魂だけでも救ってやりたかった。
しかし彼らに自力で上へ上がれる力は無く、無惨に虐殺された無念により強く地上に縛り付けられていた。

鎖を掛けたのが人間なら、断ち切るのもまた人間。
子供達の魂を救うにはどうしても人間の力が必要だった。

そこで、女性は子供達の魂を虫の姿に変え人間の元へ餌付きの繭を送り込んだ。
そして夢を介して自力で歩けない子供の代わりに中陰の道を歩かせ、門を潜る度に法要を行う代わりとして力を移させていたのだ。

ふと手元を見ると、美珠は木製の乳母車の押し手をしっかりと握っていた。
その中には粗末なクッションと一枚の布…そして、長い時を無念の鎖に縛られ死してなお捕われたままの子供の魂が入っている。
これから、これを一週間を七回の間延々と押して歩くのだ。

「…がんばろうね」
美珠は同じ様に押し手を握る兄の手に声をかけた。
厳密に言えばそれは兄、美十夢ではなく彼の心の一片だった感情の固まりなのだが、何にせよそれは美珠にとって未だ「兄」であった。

心の拠り所でもあり、最も親愛する存在。


「         」

しかし、手は何も応えない。「手」なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが…。
いつもなら美珠が声を掛ければ何かしらのリアクションを持って応えてくれていたハズだった。

ふと感じた違和感。

何か、嫌な予感がした。



…ここは、どこだっけ?


ここは――そう、


ここは中陰の道


それは――?


それはあの世へ至る為の道



ソレハ――?



「ぼく」ガ、通ルハズダッタ道





「――――――――――!!」

手が、震えた。

――いや、まさか、そんな、だって…だって!

思考が纏まらない。動けない。口の中が急速に乾いて行く。

「っあ…!?」

力の抜けた手から、ふいに乳母車の押し手が離れた。

「や、あっ、待って…!」


ガタゴトガタゴトガタガタタン…


車輪が砂利を踏む音が遠ざかって行く。

「待って!やだ、やだあぁぁ!」

霧が、濃い。

少し、ほんの少し手を離してしまっただけなのに。

乳母車は、もう見えなくなってしまった。

中陰の道は死者の道。
生者である美珠は乳母車から手を離してしまえば進む術がない。

勿論、戻る術も。
…美珠は呆然と立ち尽くしていた。
左手の手のひらが酷く寒々しく感じられる。

あの青白い手は、温もりなど持ち合わせていなかった。
しかし、

「冷…たい」

一人ぼっちのこの手はなんて冷たいのだろう。
これが生者の、血の通う人間の体温なのだろうか。

美珠は思わず自身の左腕を掻き抱いた。

「つ、冷たい…冷たいよ…」

胸に押し当てた事で心臓まで一気に冷えて行く様な寒気が一層強く美珠を襲った。

…いって、しまった。
いや、けれど良く考えればそれが普通なのだ…今までの方がおかしかっただけだ。
普通。普通のことだ。これが普通なんだ。

…それにしても何か…何かしてくれてもいいじゃないか。
あんな風に、黙っていってしまうなんて…。

なんで、あんな…

その時、美珠の脳裏にまたあの嫌な予感が湧き上がった。




アレハオ兄チャンノ、ぼくノ一部


ぼくノココロノ一部


アノ時、無意識ニ切リ離シテイタ


何故、切リ離シタ?


知ラレタクナカッタカラ?


何ヲ、何故知ラレタクナカッタ?


何故?




ダ ッ テ 本 当 ハ ――








「違うっ!!違う違う違う違う違うっっ!!ぼくはっ、…ぼくはそんなこと思ってないっ!で…でも…だって、お兄ちゃんは、優しいから…優しいから…や、やっぱり…」

でも、だとしたらそれは…僕は、僕にはそれだけが唯一の…






優しい兄が避けられない融合を予感し、無意識に隠した感情の正体…

それは…あの答えのない、ないと思っていた疑問の答えなのではないのか…?




                 もし、あの時。


            わたしがお兄ちゃんの手を放していたら。

                 お兄ちゃんは






               今より……………… ?




      ピシ、パリパリパリパリパリパリパリパリパリパリパリパリ…



                     パッキン
「……!」


「ん!……!」


「み…、…ん!」


「…まちゃん!」



「美珠ちゃんっ!!」

気がつくと。
美珠は眼を見開いて体中にビッショリと冷や汗をかきながら、震える左腕を押さえて地面に踞っていた。

「美珠ちゃんっ!気がついた!?」
「こっちの声が聞こえるかい!?」

圭一と湊の慌て様から察すると、美珠は暫くの間この状態で固まっていたらしい。
…いや、それにしたって二人の様子は少しおかしい。

何故そんなにも悲壮な、必死な顔をしているのだろう…?

二人は糸に縛られ動けないのも気にせず、大声で女性に何事か喚き立てている。

「美珠ちゃんの様子がおかしい!向こうでなんか問題があったんだっ!だからあれはノーカウントだっ!」

「そうっすよっ!幾ら何でも一回目でこれはあり得ないですって!これじゃあんまりだ!」

美珠はぼんやりと視線を動かした。

あぁ…。



繭が、地面に落ちていた。



夢で自分の左手を抱きしめた時、美珠は現実で繭を放り出してしまっていたのだ。


『その繭に込められた不幸が全てオマエにのしかかってくるのさ』


全ての不幸?

そんなの…そんなの、もう…




美珠は顔を上げている気力も無く、一度がっくりと地面に向けていた視線を再び繭に移した。

「う…そ…」




繭は、地面に落ちてはいなかった。


繭は…


地面の上に差し出された、肘から先の無い青白い子供の手のひらの上にちょこんと乗っかっていた。


さっきは、気がつかなかった。

だって、だってもう…


ふわり、と

手のひらに抱かれた繭から、蝶に似た美しい虫が羽を広げた。

鎖は断ち切られ、哀れな魂は解放されたのだ。



「…見事」

それまで黙って繭を見据えていた女性が感嘆の声を上げた。

「ごく稀に、四十九日の道のりを越える者もいると言うが…ここでそれを成し遂げようとは!」

「…え?」
「…成し遂げた?」

抗議に夢中になっていた圭一と湊は事態が飲み込めずぽかんとした。
だがそれは美珠も同じだった。
何がなんだか混乱してさっぱり分からない。
そこへ、

「何を惚けておる?」

女性は笑いながら繭を拾い上げた。
すると、腕はふっと浮き上がり…何事もなかったかの様に自然に美珠の左手を取った。

「あぁ…」

美珠はその指先から、止まっていた血が全身に駆け巡っていくように感じた。

「あっ、たかい…」








「…で、結局どう言うことだったんすかね〜」

「さぁ〜ねぇ、でもまぁ私は虫かごさえ手に入ればノープログレム!掛け軸も合わせりゃ…ウハウハ!」

「あー、やっぱりあれも売るんすか…」

それは圭一の運転する車の中での会話。
美珠は後部座席で静かに寝息を立てている。

全てが片付き、ようやく滝裏の洞窟を出た頃にはもう空に日が出て来ていた。
民宿の窓をぶち破ったことは少々面倒だったが、元々何が起きてもおかしくないようなところだったので上手く丸め込むことができた。

「でもなぁ…次泊まりにくくなっちゃったじゃないっすか」

「また泊まんのかあそこ…」

そう言う湊の膝には美しい御殿虫籠が乗せられていた。

あの後。女性は約束通り圭一と湊を解放し、繭から虫かごを作ってくれた。
あの女性の凄惨だったであろう過去、今後どう言う道を進んで行くのか…それは誰の知る所でもない。
ただ一つ言えるのは、これからもどこかに「才能の繭」が現れるだろうと言う事だけだ。

「そういや、結局その隠された才能ってのはどうなったのかね」

「さぁ…その内分かるんじゃないすか?今あれだけ何も無いんだから、そうそう悪いようにはならないっすよ」

始めは羽化の途中であんな状態になったので何か悪い才能が出て来てしまうのではないかと心配したが、特に変わった様子は見受けられず、美珠自身も分からないと言っていた。

「まぁそれもそっか。くぁぁ…んーじゃ私落ちるんで、ヨロシク」

「えぇっ!?俺だってめっちゃ眠いんですけど!…起きて話しかけててくんなきゃ事故りますよ?」

「眠気覚ましのボトルガムはダッシュボードね。セルフサービスでどーぞ」

「……」

…ちくしょう、またこうなるんかい。

がっくり肩を落とす圭一だったが、湊が眠りに落ちる前に一つ嫌がらせをしてやることにした。

「あのですね、湊サン」

「…んー」

「その御殿虫籠、な○でも鑑定団に出すんですよね?」

「んー…」

「確かにそれすっごい高そうですけど…すっごいピッカピカっすよね」

「んー…ぅ……っ!?」

「いやぁ、よく考えてみれば直すって言うよりまるまる作り直してもらった訳じゃないっすか。な○でも鑑定団に出す物としては真新し過ぎるんじゃないかと思ったんすけど、ど〜するつもりなのかなーと思いまして」

「うぅ…あぁぁ、あれだ、ホラ!よくアンティーク偽造するために紅茶で染めるやつ!あれとかで…」

「なぁるほど〜、上手く誤摩化せるといいっすね〜」

圭一は運転中なので当たり前だが、微動だにせず真っ直ぐに前を見ている。その横顔には「いやぁ〜馬鹿にしてるつもりなんて全く全然ないっすよ?いや、ホント☆」っと書いてあった。

「う、うわああああ圭一のくせに!圭一のくせにいぃぃぃぃ!!」
「うわあああ事故る!ホントに事故りますってぇぇぇぇぇっ!!」



一方、後部座席の美珠は圭一と湊の賑やかな掛け合いにも目を覚ます気配すら無くこんこんと眠り続けていた。
相当に疲れたようだったが、その顔は穏やかで微笑んでいるようにすら見えた。

そして、その傍らにはいつもの様に肘から先の無い青白い子供の手がピッタリと寄り添っている。

それは時折美珠の顔に掛かった髪の毛を優しく払っては、愛おしげにその頬を撫でるのだった――。
お久しぶりです!合作ですよ!

何だか今回は結構長い話になりました。
驚きの急展開に美珠も頑張りましたよ(笑)

練っていく内に色々な要素を取り入れる事になっててんやわんな感じでしたが、何とか良い感じに纏められたんではないかと思います。

繭の話はルール・原案がキートさんで、私が才能やら乳母車→中陰の道の下りをひねり出して作りました。
水とかの事までは触れてませんが、一週間を七回分(四十九日)→中陰にこじつけるので精一杯でした(^▽^;)

また、今回ちょっとお兄ちゃんにもスポット当てて見ました。
彼(腕)の存在は自ら姿を現そうとしない限り余程見る力の強い者にしか見えない設定でお願いします。

最後で謎のままな才能云々については今後の話に繋げて行こうかと思っとります。

でも、ひとまずこの後は夢想にでも暗卿さんの外伝的な話を書きたいなぁとか思ってるんですが…プロットだけずっとほっぽってた話なので完成するか定かではありません(オイ)

ではでは、ここまで読んで下さってありがとうございました(u‿ฺu✿ฺ)
キート⇔ゼトワールさん作の前編「囚」を未読の方はこちらからどうぞ。

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=48011864&comment_count=6&comm_id=2572875
怪談パートといい語部パートといい、がっつり読み応えで面白かったです。

特に怪談パートの主人公が、絶望のどん底から希望を得たところで、より深い絶望に叩き落とされる手際のよさにガクブルしました。



ちなみに霊感のない湊には、お兄ちゃんはバッチリ見えてないので……
「美珠ちゃんの才能はきっと超能力だよ!だってあの時、繭がひとりでに宙に浮いてたし!」
とかボケをかましそうですw
はぴさん
遅くなってすみません、読んで下さってありがとうございます。

いや〜気が付いたらがっつり長くなっておりました(;´▽`)
手際の良さ(笑)
キートさんが羽化失敗と言うか捨てちゃった話だったので、じゃあこっちは成功で。でもただのパッピーエンドもつまらないから必ず良い結果になる訳じゃない…って話にしようと思ったら結構な不幸話になってしまいました。

超能力!確かに若干浮いて見えますからねw
そこはびっくりしてて気づかなかったと言うことで…(;´▽⊂)
やっと読みました!
面白かった〜!!!!!


・・・実は途中で展開を誤解してちょっと泣きました(零れない程度に涙目にw)
美珠ちゃんと美十夢くんが離れ離れになってしまうのかな、と。
勝手な読者視点ですが美珠ちゃんにどんな才能が開花しても
美十夢くんとは離れて欲しくないなって思ってたりします。
だから繭が落ちてなかったシーンは嬉しかった!!
展開にドキドキできる話っていいですよね。

どの話も読み応えがあって面白かったです!
この三部作、間違いなく語部夜行の誇る傑作だと思います。

ところで、転機なのか成長しそうな、またはしたキャラ多いですよねw
美珠ちゃんの新しい才能や暗郷の外伝も楽しみにしています!
司狼雪月さん
長文を読んで下さってありがとうございます。

はわわ私の拙い文章で司狼さんが涙目だなんて!
美珠と美十夢のことをそんな風に思って頂けるとは、キャラを考えた者として嬉しい限りですwW

ホントこの所成長期キャラ?が結構いますよね。
美珠も流に乗ってちょっとドラマ的な要素を入れようとした結果こんな仕上がりになりました。
でも美珠はそこまで劇的な成長や変化をする予定はないので、波風立てる心配はない…と思いますw
今後の美珠は普通のも挟みつつ才能のことや、美十夢が生きてた頃の思い出話なんかも書きたいなぁ…と考えております。

暗卿外伝は元々このコミュに出会う前に彼を主人公に考えていた話なので、他の登場人物が結構いてそれらをどうするか非常に悩んでおります。
本当に書きたいのは最後なんでそこだけドーンと持ってくるか…でも暗卿ってそれほど登場してないのでいきなりドーンとこられるても白けるかなぁ、とか…
また長くても読みづらいだろうしいっそ小出しにするとか…
今までも考えては放り出していた話なので今度こそ日の目を浴びせたいと思うのですが、完成はまだ遠そうです(;´▽⊂)

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