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語部夜行 〜カタリベヤコウ〜コミュの赤いリボン (『睡歩するモノ』夜行仕様)

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「湊お姉ちゃん、つかれてるね」
「ああ、今日の現場はちょっとヘビーでさ……匂う?」
「匂いはないよ。匂いは」


+++++++++++++++


夜中、コンビニで買い物しようと外へ出たら、道のど真ん中にバスタブがあったの。

白くスベスベで、金色のくるんと丸まった足がついてる、外国の映画にでてくるようなバスタブが。

「何で…こんなところに」

わけがわからなかったわ。
誰かの落とし物か忘れ物?
…こんなでかいもの落としたり忘れたりする普通?

燃えないゴミの日はずっと先だしっていうか、不法投棄するならもっと端っこに寄せるわよね。
…っていうか邪魔なのよすごく。こんな真ん中にドーンとバスタブ置かれたら通れないじゃないの!

仕方ないから引き返して別の道から行こうとしたら、背後からゴトゴトと音が。
嫌な予感がして振り向いたら、あのバスタブが歩いてついてくるの。

「……マジ?」

ちょっと笑っちゃうような光景だけど、はっきり言って不気味だったから、早足で距離を開けようとしたら、バスタブもゴトゴトゴトッてスピードを上げたわ。

怖くなって走って逃げた。
バスタブは短い足を猛スピードで動かして、追ってきた。

「いやーーーーーーーーっ!!」

逃げても逃げてもバスタブは追ってきたわ。
ジグザクに走ったり、物陰に隠れたり、盗んだバイクで走ったりもした。
だけど、どうしても振り切れないの。

そしてふと気づいたの。
私の左手首に赤いリボンが巻きついていていた事に。

赤いリボンは、バスタブの中から伸びていたわ。
どうりで振り切れないはずよね。
私は動くバスタブから逃げていたんじゃなくて、バスタブを引きずり回して走っていたんだわ。



それに気づいたところで、目が覚めたの。
夢だったわ。


……ごぼっ

突然、ぬるいお湯が鼻に入って飛び起きた。
飛び起きたつもりだったけど、全身ぐんにゃりして力が入らない。

気が付くと、そこは見慣れた自宅の風呂場。
私はお風呂に入ったまま、うっかり眠っていたみたい。

「あー…変な夢みたぁ…」

外国のバスタブが走って追ってくる、すっごく妙ちきりんな夢。
うちのお風呂はごく普通のユニットバスだってのに。

お湯はすっかり冷めていたけど、頭は何だかぼーっとしてはっきりしない。
あれは変な夢のせい?

それとも……


カラン


小さな音がした。
あれは、私の右手からナイフが滑り落ちた音。

ああ、そうだったわ。

私はようやく思い出す。
自分が何をしてる最中にうっかり眠ってしまったのか。

お風呂で眠って目を覚ました時って、一瞬自分の名前すら思い出せなくなるのよね。

左手には赤いリボン。
剃刀じゃなくてナイフで、縦に深く入れたから幅の広い、赤いリボン。
床には空になった薬のシートが何枚も転がってる。

とても苦しかったの。
でも、もう苦しまなくていいの。

絶望と安堵が混じった変な感じ。

次第に重く、冷たくなっていく身体。
視界は狭く、暗く、色を失っていく。
左手の痺れるような痛みがだんだん鈍くなっていく。

どこまでもどこまでも沈んでいく感覚。

そう、私はこれから……

「………イヤ」

急に怖くなった。

「嫌ぁ……っ!」

死のは嫌。やっぱり嫌。
安らかな気持ちはウソのように消えうせた。
今はただ怖くて怖くてたまらない。

死にたくない死にたくない死にたくないよぉ。

バスタブの縁を掴み、力をいれる。
立たなきゃ。ここから出なきゃ。

だけど私の腕は赤いリボンに引っ張られてバスタブに落ちて動かなくなった。
ああ、赤いリボンが全身に絡みつき、水底へと引きずり込む。

身体が、顔が、赤い水に沈む。

たすけて。
ごめんなさい。

叫んだ声は大きな気泡になって、ごぼごぼ鳴りながら水面で割れた。


+++++++++++++++


「ごめんなさい、助けて、死にたくない、そんなつもりじゃなかったの、助けて」

語り終えた湊はぼろぼろと涙を流しながら、そればかりを繰り返した。
その全身はぐっしょりと濡れ、湿っぽい腐臭と瘴気が部屋を満たす。

「寒くて、痛くて、苦しくて、こんな事になるなんて……」
しゃくりあげる度、肌が黒ずみ、爛れ落ち、朽ちていく。
語部館の客達が顔色を変えて後ずさる中、黒崎は平然と夜子に紅茶のお代わりを所望した。

「怖いの、寒くてたまらない、寂しいよ、一緒に来て」
「話はわかった。君の事は大変に気の毒だと思う……だが」
黒崎はカップの受け皿に添えられていた銀の匙を手にとり、湊を冷ややかに見据えた。

「幾多の分岐があるのを知りながら、最悪の選択をしたのは君自身だ」

銀の匙を白磁のカップの中でくるりと回し、底をこつんと叩く。

――ゴォッ

紅茶が勢い良く渦を巻いて底に吸い込まれた。
それと同時に湊から滴るドス黒い水が、腐臭が、瘴気が、ぐるぐる回りながらカップに吸い込まれる。

「いやああああああああああああああっ!」

湊の喉から別人の声で悲鳴があがる。
その悲鳴も吸い込まれる。

湊の影から引きずり出された赤黒い人影も吸い込まれる。
赤いリボンに似たモノが夜子の腕まで伸び、ぱしりと叩かれて吸い込まれる。

すべて、跡形も無く。

カップが空っぽになるのと同時に湊がぱたりと倒れた。
皆が慌てて駆け寄ると、いつも通りの湊だった。
どこも朽ちてないし、海老茶のジャージは乾いている。

「湊さん大丈夫?」
「ふにゃ…もう食べられない…」
「寝てるし」
しかも寝言というにはあまりにベタだった。
「…だから…タッパに詰めてもって帰っていい?…」
「ふむ、確かに元に戻ったようだね」


10分後。
そこには元気に夜食をいただく湊の姿が。
「うま〜〜〜」
幸せそうにスモークサーモンのサンドイッチを頬張り、紅茶の香りに目を細める。

「葦谷君、今日の現場は?」
黒崎が何気なく尋ねると、湊の視線が宙に泳いだ。

「マンションの風呂掃除ですヨ」
黒崎が自分のサンドイッチを湊の目の前でひらひら振ると、『特掃でした』と小さく付け加えた。

特殊清掃。
略して特掃。
事件や事故のあった場所の清掃や、遺品の回収や処理などを指す。
ぶっちゃけて言うと、死体があった場所の後片付け。

湊が勤める会社では、それ専門の班がいるのだが、様々な理由で人手が足りなくなると一般清掃班まで駆り出される事がある。

この日、湊が駆り出された現場はマンションの浴室。
そこで住人の女性が自殺していた。
ぴたりと扉の閉じられた浴室は密閉度が高く、匂いの漏れが比較的少なかった。
それゆえ発見されるのに三ヶ月かかった。

死体は警察がすでに運び出した後だったが、骨から剥がれた皮膚や融けた肉や脂肪や解れた頭髪が、バスタブに残り湯と共に溜まっていたという。

「栓抜いて流しちゃ駄目なんだよね。でも汲み出すにも灯油ポンプだと詰まるから、コップですくって……」
「サンドイッチもう一つどうかね」
「あ、いただきますー」
湊が紅茶のカップで腐汁をすくう様子を再現し始めたあたりで、黒崎は湊を穏便に黙らせた。


追記。
湊は浴槽の怪異について語り始めてから倒れるまでの事を、何一つ憶えていないと言う。
ただ『うまいものを食べれば、人はこんなにも簡単に幸せになれるのにな』と小さく呟いた。

【終】

コメント(3)

本編より雑談部分のが微妙に多いのはどうなんだろうと怯えているはぴです。

安易に死ぬのはやめませうという話でした。
…改稿前は『彼女』は大人しく眠りましたが。

湊の神経は吊橋用極太ワイヤーできていると思われます。
自分も清掃のバイトをした事があります。さすがに特掃はなかったけど、工事現場のトイレ掃除をした後、カレーを食べる気には……あ、売店で食べた事あるや;

今回は黒崎さん、夜子ちゃん、美珠ちゃんをお借りしました。
冒頭で美珠ちゃんが「つかれてるね」と言ったのは、もちろん二重の意味があったりします。

英国紳士な黒崎さんを夢幻紳士っぽく書いてみよう!……として妙な方角に曲げてしまって反省しております。
面白かったです!
各キャラクターの特徴をものすごくよく捉えていて且つ魅力的にかかれるのが凄いですね、見習いたいです。
雑談部分(雑談というか、語部パートですよね。)が多いのは気にしなくていいですよ!元々一風かわったキャラクターコミュニュティでもあるのですし。
私は皆様の書かれる語部パートが大好きです><w

お話を読んでやっぱり自殺はダメだよなぁ、と…
やっぱりこの少女と同じ様に高確率で後悔するような気がします。

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