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日本の民俗学コミュの奪衣婆考−そじげの婆

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以下は、日記に載せたものの転載。こちらに載せたほうが有効なご意見等いただけそうなので。
わしの日記と重複して読まれた方、不幸にも携帯で読み込んでしまった方にはお詫び申し上げます<(_ _)>

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地元の秋田県能代山本地区の新聞に、「そじげの婆」の話が載っていた。
「そじげの婆」とは、ある寺院の入り口にある恐ろしい形相の像のことだそうだ。まつわる風習といえば、葬式の際にサラシで白い小さな着物を作り棺おけに入れるという。
語源もなにもわからないという。
もう戦後生まれが60歳を越える21世紀なのだなと改めて思った。

寺の住職になると当然意味は知っていて、「奪衣婆(だつえば)」のことだという。
「そじげの婆」の像は垂れた乳をはだけて憤怒の形相でにらんでいる。
なぜ「奪衣婆」を「そじげの婆」とこの地方で呼ぶのかについては、「祥塚の婆(しょうづかのばば)」や「葬頭河の婆(しょうずかのばば)」があるというが、そのいわれは不明である、とまとめてあった。
「そじげ」が「しょうづか」>「しょづが」>「そじげ」と訛ったものであることは、秋田弁の性格的に間違いなさそうではあったが、このままではわしとしては非常に不満だったので、調べてみた( ̄‥ ̄)=3

【奪衣婆】
三途の川のほとりにある衣領樹の下にいて、川を渡ってくる亡者の衣類を剥ぎ取って、樹の上の懸衣翁(けんえおう)に渡す。懸衣翁はその衣を樹の枝にかけて亡者の罪の軽量をはかるという。ここから、三途の川を渡る渡し賃を持たない亡者がくれば、奪衣婆がその着衣を剥ぎ取ってしまうと考えられ、死者に渡し賃として六文銭をもたせる習俗が生まれた―(辞典より)
→ここでいう「六文銭」がなぜ「六文」であるのかは、語源の「六道(りくどう)」からきておる。

他書―中国成立の偽 経である十王経などに見えるが、日本では民間信仰と習合し、路傍に道祖神の 一種である姥神として祭られることもある。なお,国書に見える奪衣婆に関 する最古の具体的記事は,__法華験記_(1040_44)巻中の70、蓮秀法師に「汝今ま さに知るべし.是は三途河,我は是れ三途河の嫗なり.汝衣服を脱ぎて我に与へ て渡るべし」とある。

ここでわしがひっかかったのは、「三途の川」「六文銭(六道銭)」「道祖神の一種である姥神」であった。

「三途の川」は俗称で、正しくは「葬頭河」であることがわかったが、なぜ「三途の川」と呼ばれるようになったのかについては、三つの道(途)が有るので、三途と呼ぶという。
ではなぜ3つの川であるのかと考えると、実はこれは仏教で言う「三世」などとも関係があるのではないかと思う。「三世の川」こそが「三途の川」の語源ではないのか?

「六道(りくどう)」は衆生が善悪の因果によって転生する世界のことであり、亡くなった人を送る地、僧侶が亡者の 霊魂に引導を渡す、いわゆる野辺送りの地で、冥界への入り口にあたる辻を 六道の辻と呼ぶぐらいだから、「六道銭」≧「六文銭」を入れる習慣が定着したのか?

なぜ奪衣婆(葬頭河婆(しょうづかばば)系「道祖神の一種である姥神」という発想の展開があったのだろう。
かのお婆のいる「三途の川」のある場所こそ、この世とあの世を隔てる「賽の河原」で、親より先になくなった子どもはそこに集められ先立ったことを悔いて石を積んで供養しようとするが、鬼が現れてこれを壊してしまうのだという。
それを救うのが「地蔵菩薩」である。
ここに「賽の河原」>「道祖神」>「奪衣婆」に至った図式が見えてくる。
昔の街道の村々を隔てる場所には「賽の神」と呼ばれる道祖神があった。地域共同体で、その多くは一族がまとまって生活した昔であれば、村を一歩出るということは安全は保障されない異界であることを意味する。
境界を隔てる場所にふさわしい、悪の審判者である「奪衣婆」と、己の罪業を悔いる者たちの救済者である「お地蔵さま」が共に道祖神として置かれたことは理解できなくもないのだ。


「そじげの婆」はたいてい「閻魔大王」と対になったりしていることが多いが、それはなぜだろう?
仏教が信仰を拡大することになった一番の推進力は、来世があると信じる輪廻転生や、生前の罪業が未来永劫生まれ変わる際の審査に反映されるという思想であろう。
目先の気象や明日の食い扶持のことで頭が一杯の民衆にとって、仏教の本質である、宇宙(古代の漢字の解釈としての宇宙は、宇と宙で時間と空間を包括した意味)と、この世からあの世までの世界のことわり、そして生物と生命の本質を探ろうということはそれほどの関心事ではなかったんだろう。
「そじげの婆」や「閻魔大王」は、死んだ後の罪業の審判者であったと同時に、仏教布教のシンボルとして、その怒りの形相を寺院にとどめ続けてきたのだろう。

そういえば、神社にある「二十三夜」とか「二十六夜」と彫られた塔、それに「晦日(みそか、つごもり)」にその月を見ようという講なども実は来世信仰と無関係ではない。
今は十五夜の月しか信仰の対象になっていないのは不思議ですらある。
晦日(みそか)の日には、寝入ったあとで体の中の蟲が天帝に、その月のその人の悪行を報告しに行くというので、30日には寝ずの徹夜ですごそうという講もある。
「庚申講」のように庚申(カノエサル)の日の夜にそれがあるとする講もある。これらはやはり天帝というぐらいだから中国の道教の思想からきておるらしい。
月を見て願いをかなえるという行為の「願懸け」も、当然この世の罪業の清浄化であり、より良い来世を願うものであったにはちがいあるまい。

「そじげの婆」の意味さえも忘れられつつある現在、現代人の魂は六道銭も身代わりの着衣もないまま、三途の川のどの淵をさまようことになるのだろうか。

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  ※写真は、宮城県栗原郡若柳町川南南大通。「蛙鳴かずの池」で有名な柳徳寺の「葬頭河婆」。子供が見たら相当怖いだろうと思うw

 《参考書籍・記述等》


【女性と民間伝承―一 一つ家の姥】(柳田国男)

【詩集/がらんどうは歌う】(山内宥厳)より
シンドバットの冒険のなかに、小川を渡らせてくれといって背中にくっついたまま、離れなくなってしまった老人のことがでて来るが、私はこの話が、実感的にこの世で一番恐ろしいと思ったことがある。実感的にというのは、老人を他の、たとえば、女や子供におきかえてみるがいい、というのは蛇足か。わたしはそういう問題に当時苦しんでいて、シンドバットに心から同情していたからである。ぎゅっとしがみつかれ放しというのは、何たる救いがたいいやらしさ、詩人といえども、これを一言で表現することばを見付けるのは容易ではない。
あれは何者であろうかというわたしの疑問は、以来、念頭からはなれなかったが、最近ふとしたことから、名前だけは分った。葬頭河のばばあ、あるいは、おばばさまというのである。

【ゲゲゲの鬼太郎アニメ第3部(1986年)】
第39話「三途の河のだつえばばあ」に奪衣婆が、第46話「妖怪大統領こうもり猫」に葬頭河婆が、別キャラとして登場。ヽ(~〜~ )ノ ハテ?

【地獄八景】(桂米朝の上方傑作落語)
→絵本「じごくのそうべい」(田島征彦作 童心社)は、この噺を絵本にしたもの。

【しょーづかばあ(塩塚の婆)】
[塩塚の婆(誤)←葬頭河の婆]白髪で双発(ざんばら髪)、大きな口で、手に乗る位の大きさの気持ち悪い姿の人形の名。真野町、含沢地区のお堂に石地蔵と共に祭られている。塩沢の婆さんの本来の名は、幽冥界の入り口、三途の川、正式名称は葬頭河(そうづか)にいる二毛鬼の一人、葬頭河婆(そうづかばあ)で、脱衣装・奪衣婆の事。亡者の衣類を奪う鬼婆。相模・武蔵にも有るとの事。[葬頭河に居るもう一人は懸衣翁(けんえおう)で衣領樹の枝に死者の衣服を罪の低昂により懸ける(地蔵菩薩発心因縁十王経)。ちなみに懸玄翁の像はどこにも見受けられないとの事] (佐渡国中方言集より)

【おばごさま、おじごさま】
〇脱衣婆(だついばば)・葬頭河婆(しょうづかばば)系道祖神
 村の境界を守る道祖神は、仏教の布教浸透に伴って、現世と来世の境界である三途の河畔に在って亡者の衣をは剥ぐ脱衣婆、懸衣翁、又は閻魔と葬頭河婆の夫婦神と習合し、倉渕村では室町期から戦国期に神像となって登場します。子供のせきの神、「おばごさま、おじごさま」がこれです。
 中部地方から関東にかけて、風邪の神、オシャブキさま(しわぶき神)と称する道祖神で、それと同一系統です。(倉渕村の道祖神より)

【葬頭河】
「葬頭河」とは、「三途の川」の正式名称です。元々この川を渡るのには、橋で渡っていましたが、室町時代からは「舟」に変わりました。渡し賃は、昔から「六文」です。
善人は橋を渡り、小悪党は川の浅瀬を渡り、大悪党は皮の深瀬を渡ります。橋と浅瀬と深瀬の、三つの道(途)が有るので、三途と言います。(神様の話より)

【三途の川】
○[仏]冥途に行く途中にある川で、人が死んで初七日に渡るという。
「三途川(サンズガワ)」,「三瀬川(ミツセガワ)」,「渡り川」,「三(ミ)つの渡り」,「そうずがわ(葬頭川,葬頭河,三途川)」,「しょうずか(葬頭河,三途河)」とも呼ぶ。 参照⇒ろくどうせん(六道銭)
◎流れの速さの違う三つの瀬があり、生前の罪業によりどの瀬を渡るかが決められる。
◎ギリシア神話のステュクス(Styx)(アケローン川) と渡し守のカローン(Charon)の話に似ている。(私立PDF図書館より)

【六道(りくどう)】
仏教において、一切の衆生が善悪の因果によって転生する世界。六界。六趣。「六道」は地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の世界のこと。
「天上の世界」といえども苦しみの輪廻する世界を脱せず、輪廻しない永遠不滅の世界が「仏の世界(仏界)」であると言われている。

【三世】
◇「さんせい(三世)」とも呼ぶ。
○(1)[仏]前世(前生<ゼンジョウ>)・現世(今生<コンジョウ>)・来世のこと。

【三尊】
○尊ぶべき三人の人。君・父・師。 「さんぞん」とも読む。

【三世間】
○[仏] <1>「五陰世間(ゴオンセケン)」:個人を中心とした人間関係。<2>「衆生世間(シュジョウセケン)」:さまざまな社会。<3>「国土世間(コクドセケン)」:普通にいう世界・自然界。

【庚申(こうしん)の日】
甲、乙、丙、丁…の十干と、子、丑、寅、卯…の十二支の組み合わせを日付にあてはめたもので、60日に一度巡ってくる庚申(カノエサル)にあたる日。この日に三尸からの報告を聞いた天帝は、その軽重に応じて、宿主の寿命を減らしてしまうとされた。

【三尸(サンシー)】
人の身体には頭、内臓、下半身に一匹ずつの蟲(三尸)が住んでいるという。この蟲どもは普段から、身体の中で悪さをして病気の原因になったりしているのだが、それだけでなく、庚申の日の夜には身体を出て天に昇り、その宿主の悪い行いを天帝に告げ口しに行くのである。

コメント(15)

長野の牛伏寺には日本一古い奪衣婆像がありますョ
新宿二丁目太宗寺の奪衣婆像はど迫力なので、一見の価値あり♪
ちなみに区指定の有形民俗文化財です。
奪衣婆、怖さ度選手権とかおもしろそうだのう^^;
<(_ _)>不謹慎な発言でした。

あー、新宿2丁目・・・昔、御苑の近くで仕事しておったのにみたことないや。もっとも20年前こんなことに関心なかったんだが( ̄∇ ̄;)ハッハッハ
怖さ度選手権〜(笑)
優勝者には是非、ミス奪衣婆の称号を!
・・・はい、私めも不謹慎な発言ですね<(_ _)>
あいすみません・・・。

イキナリさん、本当、機会があったら実際に見て下さい。
二丁目の奪衣婆像、本当〜にオススメなんですから!
子供は泣く。きっと泣く(笑)
>ここに「賽の河原」>「道祖神」>「奪衣婆」に至った図式が見えてくる。

なるほど。納得です。
今読み直してみたら、書いた当時は気づかなかったことに気づいたので補足しておきます。

地蔵菩薩の垂迹神として閻魔大王という説もあったんですね^^; 不勉強ですいません。

>http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E8%94%B5%E8%8F%A9%E8%96%A9
ここの〈垂迹神〉のところで閻魔が「地蔵菩薩として人々の様子を事細かに見ているため、綿密に死者をさばくことができるという」
という記述がありますが、つまり遠山の金さんのように、閻魔は裁くばかりではなく天網恢恢的に、衆生の所業をちゃんと見ておるんだよという感じでしょうかw
>8鳥さん
ほー、新宿二丁目太宗寺ですか。行ってみます。マサキ(もうすぐ5歳のわが子)連れて行ったら泣いちゃったりして。。。
一人で行ってこよう。
はじめまして。いつもこちらで色々勉強させて頂いてます。
先日太宗寺に行ってまいりました。
閻魔様のお隣の奪衣婆、非常に迫力がありました。
江戸時代に「衣を剥ぐことから妓楼の商売神としても崇められていた」のですね。
初めて知りました。新宿で奪衣婆探しするのも面白そうですねw
今度正受院にも行ってみたいと思います!

ところで太宗寺にあった塩掛け地蔵も興味深かったです。
願掛けの返礼に塩を掛ける珍しい風習のあるお地蔵様だそうで。
他にも太宗寺にはキリシタン灯篭なんかもあって、面白かったです。
>コンマスさん

ご指摘ありがとうございます<(_ _)>
勉強になりました。

愛宕さんといえば、火の神(軻遇土神−迦具土神−かぐつち)や火産霊命が祭神ですが、イザナミが最後に火の神を生んで、その火傷が原因で死んで、そのことでイザナギに切り殺されるという、不遇の子でもあったわけですが、そうして考えてみると地蔵信仰と愛宕信仰にも接点が見出せるのかなと思いました。
勉強不足で返答のしようがないのですが、日程的問題とはなんでしょう?
コンマスさん

ありがとうございました^^
機会があればわしももう少し勉強してみたいと思います。

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