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ヒマつぶしコミュのぼり 「ひとりひとり」

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 「ひとりひとり」

 秋の夜にしてはまだ少し暖かかったから、その夜はたまたま歩いて帰ろうと思った。全くうまくいかない仕事のはけ口に、酒の代わりに散歩を選んだだけのことだった。
 各駅電車で三駅分の距離を線路に沿って黙々と歩く。途中、コンビニエンスストアを見つけてビールを買った。誰も見ていないのをいい事に、ちびりちびりと徐々にぬるくなっていくビールに口をつけては夜の帰路を一歩また一歩とたどっていく。家に近くなればなるほど街灯の明かりは徐々にその数を減らしていき、その店の前を通る頃には遠く道の果てにぽつんと明かりが灯るのが見える程度になっていた。時刻は既に二時近くなっている。街灯の明かりを補助するように月が煌々と頭上に照っていたが、その光は却ってここらあたりの薄暗さを強調しているようにも思えた。
 そんな夜だったからだろうか、普段は気にも留めない写真ボックスが視界の端に映ったときに、思わず目を留めてしまった。写真ボックスは街灯の明かりが比較にならないくらい明るく周囲を照らしていた。この時間、駅から離れたこんな場所に写真ボックスがあっても、誰も利用する人間なんていないだろうに。
 まぶしさに目を奪われて、自然と足が止まっていた。手に持っていた缶ビールを一口含む。写真ボックスを見ていると、無意識にボックスに書かれている文字を目で追ってしまう。「証明写真」と青く光る目立つ位置にある文字が、そのボックスのまぶしさの中で一際自己主張をしている。その下の一回七百円という文字を読む。相変わらず高いよな。そうやって文字を一つ一つ追っていくと、ボックスの内と外をさえぎるカーテンに目が向いた。カーテンは閉じられていて、大して強い風が吹いているわけでもないのにゆらりゆらりと揺れていた。
 最初は、誰か中に人が居るのかなと思った。だから、唐突に「サービス内容を選んでください」と音声アナウンスがあたりに響いた時にも何も感じなかった。こんな時間に、こんな場所でも、スピード写真を撮る人はいるのだなと漠然と感じただけだ。二四時間写真が撮れるのはやっぱり便利なんだなと感心すらした。それが不自然だなと感じたのは、カーテンの隙間から見える椅子に目が行った時だった。そう近くで見ているわけではないからはっきりと見えているわけではないが、カーテンの内側には人が居るようには思えなかったからだ。当然スピード写真を撮るために座っているはずの人の足が見えない。
 俺の違和感をよそに、おそらく無人の写真ボックスは案内アナウンスを読み上げていく。
「写真のサイズを選んでください」
「カラーか白黒か選択してください」
「椅子の高さを調節して、顔が画面の中央に来るように調節してください」
 そこまで聞き届けて、俺は写真を撮っているのがどんな人間なのか興味を持った。不思議と恐怖は感じなかった。酒の所為もあったかもしれないし、ここまでアナウンスが流れているのだから無人ということも無いのだろうと高を括ったのもあったかもしれない。
 気の向くままに写真ボックスへと足を向けると、まるでタイミングを見計らったかのようにアナウンスが「それでは撮影を開始します」と告げた。
 心の中で、さも写真ボックスの横の自動販売機に用事がある風を装って、ボックスに近づいていく。3・2・1と、計ったわけではないだろうが俺が歩くのにあわせてボックスから撮影のためのカウントダウンが聞こえてきた。
 シャッター音と俺がそのことを確信したのはほぼ同時だった。ボックスから五メートルも離れていない。いくら逆光とはいえ、流石にここまで近づけば中に人が居ないのは一目瞭然だった。
 マジかよ、と自分に問う。見ればわかる。問うまでも無く、マジだ。
「外の取り出し口に写真が出るまで、三分ほどお待ちください」
 アナウンスが告げると、それにあわせてカーテンがふわりと大きく風に揺られた。
 頭の中は真っ白になってしまっているのに、体だけは当初の予定通りに自販機の前に向かっていた。そのまま、右手にビールを持ったまま思い通りに動かない体を動かして硬貨を入れ、熱い缶コーヒーのスイッチを押す。
 走って逃げ去りたい気持ちと、出てくる写真に何が写っているのか知りたいという好奇心がない交ぜになって、俺は自販機の前で不自然に固まっていた。どのくらいそうしていただろうか? ジーという音に次いで取り出し口に写真が落ちた。アナウンスの言葉どおりなら約三分、俺は自販機の前に居た。
 すぐにでも写真を取り出したい気持ちを抑え、缶ビールの最後の一杯をあおる。缶を自販機の横のゴミ箱に投げ込み、コートのポケットの中で既にぬるくなり始めてる缶コーヒーに触れた。
 ヨシ、と意を決して写真ボックスの取り出し口に手を伸ばすと冷やりとした首筋を肌寒い風が通り抜けたような気がした。気がしただけかもしれない、そうじゃないかもしれない。
 取り出し口に手を突っ込むと、目的のものはすぐに見つかった。はやる気持ちを抑え、五月蝿い心臓の音を意識して無視し、写真に目を落とし……
 ……拍子抜けした。
 何も写ってなんかいないじゃないか。
 写真は履歴書用の六分割で、本来人が写っているはずのスペースには、ボックスの壁が淡々と写っているだけだった。
「なんだ」
 と思わず言葉が漏れた。
 七百円も使ったのに何も写ってないなんて、残念だったな。
 気が抜けてしまって、なんだか笑い出してしまいそうな、語りかけるような気持ちで考えてしまう。
 幽霊ってのも大変なのかもな、履歴書用の写真まで必要なのか。
 酔った頭で毒にも薬にもならないことを思いながら、何も写ってないスピード写真に目を落とした。
 興味を失って帰ろうとすると、その時になって初めてボックスの向かいのガードレール沿いに花束が置いてあるのがわかった。花束は誰も水をやらない所為か既に従来のみずみずしさは失われてしまっているものの、それでもそれが最近置かれたものであることは見て取れた。よく見ると根元には寄せ書きのようなものも置かれている。流石にそれを読もうとは思わなかったが、それでも、今遭遇した出来事がただの機械の誤作動ではないように思えて、ポケットに入れたままになっていたとうに冷たくなってしまっている缶コーヒーをその寄せ書きの隣にそっと置いた。
「サービス内容を選んでください」
 一度拍子抜けしたからか、恐怖心なんてとっくに無くなってしまっている。それでも、不意のアナウンスにはどきりとしてしまう。
 ここに来た時と全く同じように、アナウンスが一から手順を説明していく。
 それを呆然と見届けていると、些細ないたずらを思いついてしまった。良くねえよな、なんて考えながらも、もしそれをしたらどうなるだろう? とわくわくしてしまう自分が居るのがわかる。その気持ちを止められなくなって、俺はそれを実行してしまった。
 つまり3・2・1とカウントが始まると同時に、カーテンを開けてボックスの中に飛び込んでしまった。中には誰も居やしないのに、わざわざ、
「奥につめて」
 なんて声までかけて。
 すぐに、カシャというシャッター音が聞こえて、案内画面にニヤニヤと間抜けな面をして写っている俺が表示された。画面の左側に俺、右には今ここにいるはずの誰かが居る空間が写ってる、間違っても証明写真には使えないサンプル写真。
「この写真で良い場合は、はい、もう一度取り直す場合は、いいえ、を……」
 アナウンスが言い終わる前に、押してもいないのにいいえが選択された。それで少し反省した。
「ごめん、やっぱり邪魔だったよな」
 自然と言葉が口を告いで出た。
 とっくにここに誰かが居ると思って行動してるんだってことに、その時ようやく気が着いた。
 ばつが悪くなってボックスを出ようとすると、袖が引っ張られたような気がした。まるで、残ってと言われてるような気がした。
「もう一度撮り直します」
 ぐずぐずしている内に再度のアナウンスが流れる。
 意を決して、数少ない友達とプリクラをとったときのような笑顔で、そのうち本当に楽しくなってきてしまいそうな笑顔で、二度目のフラッシュを浴びた。
 ふと、さっきのはいきなりだったからな、と思った。
 幽霊でも写真写りみたいなものは気にするもんなのかもねと。

「その内またコーヒー奢るよ」
 ボックスを出てそれだけ告げ帰ろうとすると、もう一度だけアナウンスの声が響いた。
 そのアナウンスは証明写真を撮るアナウンスとは少し違って、どうやら、付属の人相占いサービスのアナウンスのようだった。
 わけがわからず、出てきた写真に目を通すとそこには年齢や性別等の簡単なプロフィールと、写真に写ったあなたの性格と書かれていた。
 案の定、写真には何も写ってはいなかったが、何故か占いの結果だけはしっかり出ていて、曰く、
 「突然のハプニングやアクシデントには弱いですが、やると決めたら最後までやりぬく力を持った人です。明るく前向きなあなたはみんなに愛されています。独特な人徳を持っていて、思わぬところで多くの人が助けてくれるでしょう」
 当たってるのかわからないけど、この幽霊はこういう人か、などとわかったような気持ちになった。

 帰り道、俺しか写ってないツーショット写真と、占い用の人相写真を何度も眺めた。女の子じゃん、俺ツイてる。無理にそう考えて、ガードレールの脇に置かれた花束と寄せ書きを思った。
 笑ったらいいのか、悲しんだらいいのか。
 近いうちにまたあそこに行こう。
 その時には供える為の花を持って、もうちょっと甘めの缶コーヒーを買って、最初から、ひとりの人間と会うつもりであそこに行こう。

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