バトル仮面舞踏会コミュの58.「肉は食いたし金はなし」ＣＶ國府田マリ子

　そっと置いた手の振動が机を伝い、目の前のものがぐらりと揺れた。
　呼吸が止まるほどヒヤッとしたけど、大丈夫。どうやら影響はないらしい。
　今、僕が全神経を集中して行っている作業。それはトランプタワーだ。
　予定のない休みだった。どう暇を潰すか悩んでいると、昨日の夜、茜先輩が忘れていった一組のトランプが目に入ったというわけだ。
　茜先輩というのは大学の先輩で、突然家にやってきては一緒に飲んだりする、そんな仲の人だ。
　五段のタワーは作り終えたので、六段に挑戦する。手に取ったカードはスペードのＡだった。
　嫌なカードを引いてしまったな、と思う。昨日のポーカーで僕がＪとＫのフルハウスに対し、先輩はＡのフォーカード。勝利を確信して大枚を賭けただけにこの負けは痛かった。
　苦い思い出のせいか、思わず指先が震えてしまう。
　クールになれ。昨日の敗因は心の弱さにあった。僕はそれを乗り越えなければならない。
　先輩は大げさに驚いたり、突然泣き顔になったりしてきた。それだけのことで僕は調子を狂わされてしまったのだ。
　崩れるかと心配だったものの、手から離れたカードは辛うじてタワーの一部となった。
　いい感じだ。心と身体から余分な熱が引いていく。きっとタワーは完成するだろう。
「やぁ！　元気にしてる！？」
　突然の声と共に勢いよく部屋の襖が開かれた。その途端、目の前のタワーがバラバラと崩れ去った。
　なにが起きたのか理解できないでいると、ズカズカと部屋に入ってきた彼女は捲し立てるように話し始めた。
「すき焼きをしよう！　私、材料買ってきた！」
　いつも、こうなのだ。この人はこちらの都合を考えずやってきては傍若無人にふるまい、僕の生活を蹂躙するのだ。
「先輩！　部屋に入るときは呼び鈴を鳴らすよういってますよね！？」
　僕は机をバンッと叩きながら抗議した。先輩は首を傾げ不思議そうにこちらをみている。
「ひょっとして怒ってる？」
「当たり前です。僕は六段のトランプタワーに挑戦していたんですよ。それなのに……」
「きっと完成しなかったよ。それよりすき焼きをしよう」
　ポカッ。
　気がついたら先輩の頭に拳固をいれていた。
「痛いの……」
　目に涙を浮かべ、恨めしそうに僕をみる先輩。
「完成しなかったってなんで言い切れるんですか！？」
「君がそうやってすぐに怒るからだもん。クールじゃないから昨日も負けたんだもん」
「僕は十分クールでしたよ！」
　僕は怒っていた。いくら先輩でもあまりに理不尽すぎだ。
「クールじゃないもん！　だって枚数が足りないことに気がつかないんだから！」
　いわれたことの意味がわからず呆然としていると、先輩はなおも喋り続けた。
「トランプの枚数はジョーカー含め五十四枚。六段のタワーに必要な枚数は、土台の部分が十二枚、その他は三角形を十五個で四十五枚、計五十七枚。絶対に三枚足りないもん！」

「すき焼き♪　すき焼き♪」
　先輩のはしゃぐ声が聞こえる。
　テーブルに置かれた鍋の中からいい匂いがしてくる。豆腐、椎茸、白滝、葱、白菜、そして国産黒毛和牛。さまざまな具が割り下を吸っていた。
「もうすぐできますよ。随分奮発したんですね」
　いいながら僕は床に散らばったトランプを一枚一枚ケースへしまっていった。
「えへへ。臨時収入があったからね」
　それは僕の支出じゃないか、と思ったもののここはグッと堪える。
　そう、すべては僕が悪い。もっとクールになれば、ポーカーに負けることも、完成するはずのないタワーをつくることもなかったのだ。
　もっとクールに。クールに……。
　――ん。なんだこれは。
　僕はあることに気がついた。手に取ったトランプの裏地の模様がどれも若干違うのだ。
　マークト・カードというのを聞いたことがある。自分だけがそのカードがなにかわかるよう、裏地に目印がついているという代物だ。
「先輩、これはどういうことですか？」
　僕は二枚のトランプを机の上に乗せ、先輩を問いつめた。
「な、なんのこと？」
「昨日はイカサマをしましたね」
　沈黙が辺りを包む。どうやら図星だったようで、先輩の目は完全におよいでいる。しばらく待っていると、やっとのことで先輩は口を開いた。
「イカサマを見抜けない奴が悪いんだぜってジョジョに書いてあった！」
　ポカッ。
「痛いの……」
「思い切り殴りましたからね。痛くて当然です。もう先輩はお肉禁止です」
　余程ショックだったのか、先輩は信じられないという顔をして、僕にしがみついてきた。
「ご無体なぁ！　ご無体なぁ！！」
「先輩には葱を食べさせてあげます」
「葱は嫌なのぉ、お肉がいいのぉ」
　どっと疲れが襲ってきた。
　いったい僕はなぜこの先輩とのつきあいを続けているのだろう。自分でもさっぱりわからない。
「ギブミーミート！　ギブミージャパニーズビーフ！」
　いやいやと僕にしがみついた先輩は、こっちの考えなどつゆ知らず、なおも叫び声をあげていた。