森銑三コミュの弘文荘　反町茂雄

古書肆弘文荘の反町茂雄さんに関しては、このコミュの皆様に今更説明不要だと思います。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%8D%E7%94%BA%E8%8C%82%E9%9B%84

森銑三さんは、１９４７年１０月より弘文荘に勤められ、そこを生涯、善き世渡の方便（たずき）とされました。

「戦後の先生の生活は、弘文荘に勤めることで賄われてゐた。さうした基盤があつて先生は西鶴の研究に打ち込むことが出来たのであつた。だから作りたくもない書物などは造らないですんだのである。書きたくもないことを書かないでよかつたのである（改行）先生が入院されてからも、反町さんは何かと心を遣はれた。それで私は入金のお礼を兼ねて、様子を知らせたりもした」「奥様もともに入院生活を送つてゐた先生宅の経済は、以前と変わることもなく、なほ先生が亡くなられて、その葬儀にあたつても、反町さんは何かと心配して下さつたのである。さらに残された先生の奥様に対しても、奥様が亡くなられるまで、それは変わることはなかつた」（小出昌洋「反町さんと森銑三先生と」『弘文荘　反町茂雄氏の人と仕事』所収　文車の会発行　1992」

戦後の森さんの生活（＝読むこと・書くこと）は、弘文荘なしでは成り立ち得ませんでした。

ここでは、
①森銑三さんと反町茂雄さん
②森さんと「弘文荘待賈古書目」
③森さんと古書　
というような話題について語り合いたいと思います。

私自身、何の準備もあるわけではありませんので、その時その時、興味のある話題を思いつくまま気楽に書いていくことになりそうです。
亦、皆様にも書き込みをしていただき、さまざまご教示を賜れれば嬉しいことです。

画像左は、『紙魚の昔がたり』（元版表紙　訪書会発行1934）、右は森さん筆になる（と推定される）「弘文荘古版本目録」（第４５号　1974）函題。　　

コメント(17)

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[1] mixiユーザー 07月22日 21:49

「帝國民」のご紹介、楽しみにしておりましたが、また新しいトピ立てで楽しみなことです。
ただ私は最近書誌学からは遠ざかっておりますので、充分に絡めなくて残念。

ちょっとだけ書いておきますか　(^^ゞ
一番いいものは「弘文荘待賈古書目」に入れないで天理へ持って行ったことなど反町さんの書かれたものを見ておりますと大変面白いんですが、森さんはあんまり出てきませんね。
森さんの鑑定眼が役立ったことも多かったでしょうに。

・・・なんて、しょ～もないことだけ。
失礼しました。

[2] mixiユーザー 07月23日 12:46

くにさん

こんにちは。そうですね、天理の中山正善さんは反町さんの最大・最高の華客でしたから、他ではしない値引きや（相手任せの）分割払いなどが暗黙の了解になっていたことは『天理図書館の善本稀書』（1980）に見えるとおりですね。

森さんについての言及は、反町さんの全文業として多くはありませんが、それでも『一古書肆の思い出』４巻・５巻に散見されますし『反町茂雄文集　上』（1993）には「森銑三さんの思い出」「森さんと弘文荘」「カード取りの森さん」の３篇が収まっていて、弘文荘での森さんの仕事が具体的に記されています。

森さんの鑑定眼が利いた例として『一古書肆の思い出』５巻に、余り気乗りせずに仕入れてきた書物の山の中から、霊元天皇宸筆御日記を森さんが発見された経緯が生き生きと記されていますが、このようなことがあったればこそ、反町さんも敬意をもって森さんに働き続けてもらったのだと思います。

どうも、硬い文章になってしまい失礼しました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
弘文荘の古書目録「弘文荘待賈古書目」５０巻揃＋α（「日本の自筆本」２冊、「弘文荘敬愛書図録」２冊他）の揃いは、バブル時期には２５０万円と言われ、今でも１００万円を超える値をつけている古書店が現にありますが(目録自体の値です！)、森さんは、その目録第１６号（1948.7）以降に関り、下準備のカードを録ることを主な役割とされていました。

具体的には「ももんが」の森さん追悼号に反町さんが書かれている通りです。「カードは官製ハガキ大の特別製のもので、１書名、２略解、３冊（巻）数、４紙数、５行数、６字数、７大きさ、８装釘、９保存状態、１０売価、１１仕入価格、１２仕入年月日、１３仕入先、１４売り年月日、１５売り先、の十五項目と、別に１６「解説」とした広い余白があり、それらに然るべく書き入れる様になって居ります。現品を見ながら、各項に書き入れるわけですが、１から９までと、１６とが森さんの担当」だったと記されています（「森さんと弘文荘」　「ももんが」1986年4月号所収）
一見、森さんならば容易いことのように思えますが、弘文荘の扱う書物の範囲は、奈良朝から昭和時代の１２００年間に渡り、国宝や重要文化財に指定された稀覯本等も多く、その種類も古写本・古版本・古文書・名家自筆物など多岐ですから、我らが森さんと言えども、カードに精確な書誌情報を纏めることは、決して簡単気楽な作業ではなかったこと、反町さんが前記一文、その他で記されている通りです。
本によっては、カード調査に数ヶ月から数年間かかるものもあったということですが、森さんはねばり強く習得し徐々に上達され、りっぱにその任を果たされたこと、これも反町さんの書かれている通りなのでしょう。

森さんのカードは、商品販売目録作成に充分役立っていた、実用に耐えたということです。つまり、調査は学問のための学問ではなく（単なる学者の手遊びではなく）、大枚をはたいて書物を購入しようという顧客の厳しい眼にも充分答えたものだったという点に注目したいと思います。
亦、そうでなければ、自ら「私は商売人です」と若い同業者に時々公言された反町さんが（「反町語録」『反町茂雄氏の人と仕事』）入院後に至るまで森さん夫妻の経済的支援をする道理がありません。

画像は「弘文荘待賈古書目」第１号表紙。

[3] mixiユーザー 07月23日 17:40

役不足ですが、もっと有能なお相手が出てくるまでのつなぎと言う事でお茶を濁しておきます(^^ゞ

天理はチャンスを逃さずにいい本が買えたので、書誌学者としてトップクラスの方も獲得しましたね。
関西の古典籍を持っている文庫を訪ねる時、最初に天理図書館の某先生に挨拶してきたかと言われるということ、関東ではないことですよね。

森さんの事、ご指摘いただくとけっこう書かれているんですね。
『反町茂雄文集　上』は知りませんでした。
『一古書肆の思い出』は読んでいるんですが「ああ、そういえば…」というところ。

「弘文荘待賈古書目」は揃いでお持ちなんですか？
だとしたら、すごいですね～。
わたしは神保町の玉英堂の二階の「ご自由にお持ちください」棚にしか見えないところに置いてあったのを一冊持ってきちゃった程度で、持ってないんですよ。
それももう手元にないかな。

しかしこの目録。
かなり適切な解説が眼目で、おっしゃるように反町さんだけではなかなか荷が重いものだったかもしれません。
弘文荘という古書肆に森銑三が居たというのは時代の運命でもあったのかとも思ったりします。

[4] mixiユーザー 07月24日 15:21

書き込みしていただけて、話題が広がります。

「弘文荘待賈古書目」は揃いでは所蔵していません。数えたところ、３５冊ですから７割ほど。特に、戦後２０年代のものが抜けています。
このトピックをきっかけに、再蒐集しようかと迷っています。

と言うのも、森さんと反町さんとの付き合いは『読書日記』などにも見られる通りですが、反町さん側からの森さんとの付き合いの証拠が、この「弘文荘待賈古書目」に記されているからです。
つまり、戦前発行の「待賈古書目」の巻末には「前号記事正誤」の頁があり、そこにしばしば森さんの名を挙げて、有益な御教示をいただいた旨の記載があるからです。
弘文荘に入社以前から、森さんは弘文荘の目録に注目し、様々な意見を交わしていたことがわかります。

天理に居た中村幸彦さんにしろ、弘文荘の森さんにしろ、他ではなかなか手に取ることの出来ない稀覯本・自筆書簡・原稿類をじっくりと調べる機会を持てた（それが仕事なのですから、幸せです）ということは、決定的なことだった筈です。

森さんが、戦後あれだけ西鶴について確信を持って「西鶴真筆は一代男のみ」と公言できたのは、弘文荘所蔵の貴重なオリジナルの（＝複製や翻刻でない）西鶴本を種々実見し、調査できたからに他ならないでしょう。

そう考えれば、森さんが弘文荘を自ら辞めることのなかったのは、当然のことですね。

[5] mixiユーザー 07月24日 19:29

「弘文荘待賈古書目」、35冊もお持ちとは、やはりすごいですね。
書籍解題としての価値がある古書目録、今の古書店でも書ける人は多くないでしょう。

＞弘文荘に入社以前から、森さんは弘文荘の目録に注目し、様々な意見を交わしていたことがわかります。
↑繋がりはあったんですね。
森銑三と言う人の価値をどれだけの人が正しく認識していたのか。
反町さんは、戦前からそれを知っていたんですね。

稀覯本・自筆書簡・原稿類を手に取って調べる機会が持てたというのは、とても貴重なことだと思います。
質感とか、筆癖とか、実物にはちょっと言葉で説明しにくい特徴があり、真贋の判定には欠かせないものなんですよね。
私も、宋版はいじらせてもらえませんでしたが、明版は未だ出してもらえるのでいじれましたし、永楽大典のような綿紙なんてものも感触がわかって、貴重な経験ができたと思います・

つくづく感じるのですが、古典籍って結構集まっちゃっているんですよね。
だから集まっている場所に行けば手に取ったり目にしたりする可能性がある。

古典籍の大流動期に弘文荘にいたというのは、決して悪い事ではなかったのですね。

[6] mixiユーザー 07月30日 17:07

「弘文荘待賈古書目」の巻末、「前号記事正誤」より、森さんの名が挙げられている一文を３例のみ記しておきます。

・（画像左、後から４行目）訂正致すべきは右の四点でございますが、他に林森太郎、森銑三、関場不二彦の諸先生から有益な御注意を頂きその他数多くの方々から懇篤の御書状を頂戴しました。（第２号　１９３３年１２月発行　限定８５０部）
・（画像中、第２節）尚前号中の俳書については頴原退蔵氏の、海量法師及び蜀山人日記については森銑三氏の、古今和歌集の古写本については松田武夫氏の、古活字版については川瀬一馬氏の、ロニーについてはフランクホーレー氏の、それぞれ懇篤なる御教示に接しました。（第４号　１９３４年１１月発行　限定８５０部）
・（画像右、（108））「雨夜燈」は小宮山楓軒自筆としるしましたが、実は他筆なるべき旨、森銑三氏の垂教を得て、再調査の結果小生の誤解なる事が判明致しました。この種の誤りは私の目録としては容易ならぬ事で深く大方にお詫び申し上げます。（第９号　１９３７年３月発行　限定１２００部）

他の号にも森さんの名は見えます。
当時、森さんが弘文荘の目録に注目していたことは『読書日記』にも読めますが、森さんだけでなく、弘文荘の顧客の質がそもそも極めて高かったことを上記の正誤文でもうかがうことが出来ます。

各人から具体的にどのような指摘を受けたのかはよくわからぬ点もありますが、ただ、第９号記事の、森さんの指摘による訂正は、反町さんご本人が「容易ならぬ事」と記されている通り、ちょっと他のミスとは質の異なる重大な誤りでしょう。
この前号、すなわち目録第８号（１９３６年１１月　限定９５０部）には、次のように記載されています。
「「雨夜燈」は「常山紀談」の著者湯浅常山が宝暦中に古き物語を書き集めて君候に呈せしもの、明和中にその子明善が草稿を写し出してより世に伝はれり。所掲のものは（註　大きく画像掲載）水戸藩の儒者小宮山楓軒が手写せし所、その由縁は本書奥書に詳し。（略　奥書をそのまま引用）本文及奥書共皆楓軒自筆。（略）」とあります。全一冊、売価は２０円。

数百円の品も数多く載る目録として、特別な高値ではありませんが、それにしても例えば森さんが（＝一般庶民の生活を営む学者が）おいそれと買える値ではなかったことは明白です。それが実は他筆、つまり楓軒の筆でなかったというのですから、これは正に「容易ならぬ事」だったに違いありません。古書店としての信用に関わる。
そのことを指摘した森さんにとっても、かなり勇気が必要だったことでしょう。自らの鑑識眼に自信が持てなければ、決して反町さんに伝えることはできなかった筈です。万一真筆だった場合、とんだ横ヤリを入れたことになりますから。

森さんが、小宮山楓軒の自筆に図書館講習所時代から慣れ親しんでいたことは、このコミュの皆様に解説は不要でしょうが、ひとつだけあげるなら「私が帝国図書館で知った書物の内で、一番得るところの多かったのは、何といっても、六百何十冊にも上る『小宮山叢書』であった。『楓軒年録』その他、小宮山楓軒の手稿本が大部分を占めて居り、その内容には、見るべき記載が極めて多い。私には、かようなありがたい本はなかった。」「都合のよいことには、私は講習所の学生で、毎日図書館へ出かけるので、閲覧には何人よりも便宜が多い。それで私は、『小宮山叢書』を次々と読み、且つ写した。そしてその写が、私の人物研究の基礎となった。」（中公文庫『思い出すことども』1990　21、22頁）
このような下地があったればこそ、充分なる自信を持って、友人たる反町さんに誤りを指摘できたに違いありません。

戦後、反町さんが困窮している森さんを誘ったのには、このような付き合いの歴史が既にあったからこそと言えるでしょう。
それにしても、この弘文荘の目録は、驚くべき詳細・精確かつ正直な解説、しかも画像付で、ザッと眺めているだけでも実に勉強になります。反町さんの勉強と修練のたま物でしょうが、しかも、毎号巻末に「前号記事正誤」を載せ、その解説の内容をより精確ならしめていることに、古書肆弘文荘　反町茂雄さんの矜持を見ます。

くにさん　今回は独白になってしまいレスポンスできず失礼します。

[7] mixiユーザー 07月30日 17:14

訂正。

・（画像左、後から４行目）⇒３行目　に訂正します。

[8] mixiユーザー 08月04日 08:14

長文にわたるご紹介、ありがとうございます。

＞森さんだけでなく、弘文荘の顧客の質がそもそも極めて高かったことを上記の正誤文でもうかがうことが出来ます

まことにその通りですね。
今ほど目録が整備されていない時代ですからこうした訂正が相互の勉強になって書誌学の質が向上したものと思います。

＞第９号記事の、森さんの指摘による訂正

このことについては、後に反町さんがテレビに出た時に話されていたように思います。
書名は挙げなかったんですが「なんだか力がないというか弱いんです」と字の力のなさを指摘し、後の精巧な写しであると判明した旨の発言です。
いま夢の輪さんのご指摘を拝見して、よほど気にしていたんだなと思いました。
古書の価格は自筆本かどうかでかなり変わってしまいますが、それ以上に自分の鑑識眼が許せなかったんでしょうね。

精巧な写本って、時々あるんですよね。
版本の一部が精巧な写本で、写真では見分けがつかないなんてこともあります。
だからなるべく原本を見ろと言われましたが、どこでも出してくれるわけではありませんから（笑）

＞そのことを指摘した森さんにとっても、かなり勇気が必要だったことでしょう

おっしゃる通りですね。
『小宮山叢書』は縮印されて出版されていますので今は特別な理由がないと原本を見せてくれないかもしれないと思います。
そういう点ではいい時代に生きたんでしょうね。

＞それにしても、この弘文荘の目録は、驚くべき詳細・精確かつ正直な解説、しかも画像付で、ザッと眺めているだけでも実に勉強になります。反町さんの勉強と修練のたま物でしょうが、しかも、毎号巻末に「前号記事正誤」を載せ、その解説の内容をより精確ならしめていることに、古書肆弘文荘　反町茂雄さんの矜持を見ます。

その価値がわかる夢の輪さんも相当の鑑識眼をお持ちと言う事でしょう。

[9] mixiユーザー 08月05日 21:11

＞今ほど目録が整備されていない時代ですからこうした訂正が相互の勉強になって書誌学の質が向上したものと思います。

そうですね、弘文荘の顧客と言えば、他に佐佐木信綱氏、幸田成友氏なども「前号記事正誤」に何度か名前が出てきます。
そういう人々を相手に解説文を書くのですから、これは並大抵の勉強では済みません。

ただ、この「前号記事正誤」は、戦前第１５号（1941.6）までで、戦後の第１６号（1948.7）からは無くなります。
さまざまな理由（古典籍の市場への奔流で詳しい調査をし、解説を書く暇もなかったこと、反町さんの知識・鑑識眼自体の向上ほか）があるでしょうが、正誤を指摘する人々が徐々に居なくなってしまったことなども大きな理由でしょう。

＞このことについては、後に反町さんがテレビに出た時に話されていたように思います。

これは、知りませんでした。
仰るとおり、自分の鑑識眼の無さを許せなかったのだと思います。
偽物はどんな高価な物でも「全て破棄した」とも、反町さんは常々言われていますね。

＞特別な理由がないと原本を見せてくれないかもしれないと思います。
そういう点ではいい時代に生きたんでしょうね。

たしかに。今では大して珍しくもない新聞・雑誌や本でも原本を見せてくれないですからね。
質感を身体で「体験する」ことが、難しくなっています。
「弘文荘待賈古書目」自体もＤＶＤとなり、画面上で内容を「読む」ことは出来ますが、あの素晴らしい造本（戦後すぐは除）の重みを感じつつ、目録を手で繰るという作業を通して何かを会得していたその「何か」が、抜け落ちてしまっています。

私自身は、古典籍に関してはほとんど無知です。
人様に誇れる鑑識眼などありません。
多少、近代文学に関しての書誌は作成していますが、古いものに関しては森さんの著作と「弘文荘待賈古書目」などで少しずつ学んでいるところです。

というより、森さんの人柄に惹かれて自分勝手に読んでいるというところです。

[10] mixiユーザー 08月06日 11:34

反町さんは、弘文荘における森さんの役割について、前述したように、目録作成のための調査とカード作成だったことを明かしておられますが、また以下のようにも記されています。
「（森さん弘文荘入社時に）「お作り下さるカードの内容は尊重し、それを参考にさせてもらいますが、恒にそれに束縛される事はないでしょう。独自の判断を示す事も、時々あると思います。外部的には、良かれ悪しかれ、全部反町が責任を負います。あなたのお名前を出す事は、一切致しません。この点、どうぞ御諒承願います」と申し添えました。森さんは快く受け入れられました」「その後刊行した数十冊の古書販売目録の原稿は、これまで通り、全部反町の手になるもので、森さん筆作のものは一枚もありません。又、森さんの名は、どこにも出ていません」（「カード取りの森さん」　『森銑三著作集　愛蔵版』第１巻月報　この愛蔵版の月報は、元版（＝普及版）とは全て内容が異なる。）

森さんの役割は、あくまでも原物に当たっての綿密な調査と精確なカードを取ること（＝下準備）にあり、目録の原稿を書くのは反町さんの役割であり、森さんの名前は一切ださないと言う取り決めが、入社時にあったということです。

ところで「弘文荘待賈古書目」第２５号（1955.11）には、以下のような解説文が見えます。
品は、９９　柳亭種彦自筆草稿「梅桜振袖日記」、３冊（各冊表紙共６枚）。
書誌事項を記した後に「種彦の草雙紙の自筆草稿で、上中下三冊完備して居るのが珍しい。大の芝居好きで、声色も巧かつたと云ふが、序文のはじめに、「夫つらつら惟に戯作原来劇場（しばい）に齊（ひとし）」と書き出して居るのもをかしい。後に「正本製（じたて）」などの芝居がかりの長篇を書きはじめるもとであらう。当時の作者はみな挿絵の絵組みを描いて居る。種彦は、さすが京伝には及ばぬが、馬琴などに比べると巧みで、殊に丁寧で行届いて居る点、その人柄の窺はれるものがあつてなつかしい。」

この文章、特に最後の一文などに森さんの筆を感じるのは、私だけでしょうか。「なつかしい」と記されると、ついニンマリしてしまいます。

反町さんは、目録で「森さん筆作のものは一枚もありません」と仰っているのであって、森さんの作成されたカードの解説文を、反町さんが使わないとは言っていませんから―というよりも、せっかくの解説文を全く使わなかったと考えるほうが不自然ですし―当然、森さんの文をそのまま目録原稿に反映させた場合も多いでしょう。

「弘文荘待賈古書目」の解説を読みつつ、森さんの筆になる箇所を探す―どれ位の割合かは、弘文荘に残された森さん筆になる数万枚のカードを調査すれば自ずから判明するでしょうが―そういう楽しみ方もあることは、なんとも愉快なことです。

贅言
上記の品の売価は２５万円（昭和３０年です！　画像参照）。
しかしこの値段、さすがに一桁間違っている気がします。同目録で、藤原定家自筆「射遺事」が、３枚（５頁）の小冊子とは言え５万円、足利末期の古写本「太平記」８冊が１２万円の時代です。カンマの位置からして、○が一つ多いようです。それとも、種彦はそれほど人気があったのでしょうか。

[11] mixiユーザー 08月06日 18:54

訂正。

【９】の下から３節目

「弘文荘待賈古書目」自体もＤＶＤとなり⇒「弘文荘待賈古書目」自体もＣＤ-ＲＯＭとなり

[12] mixiユーザー 08月08日 20:35

＞ただ、この「前号記事正誤」は、戦前第１５号（1941.6）までで、戦後の第１６号（1948.7）からは無くなります。
さまざまな理由（古典籍の市場への奔流で詳しい調査をし、解説を書く暇もなかったこと、反町さんの知識・鑑識眼自体の向上ほか）があるでしょうが、正誤を指摘する人々が徐々に居なくなってしまったことなども大きな理由でしょう。

何故訂正しなくなったのか？
いろいろ考えてしまいます。

何年ごろでしたか、神保町で反町さんをお見かけしたことがあります。
古書会館の方から出て来られたんですが、風呂敷に本のようなものを包んでお持ちでした。
老けたなぁという印象でしたが、数年後に亡くなられたようでした。

私が書誌学に関して私淑していたというか、教えていただいた方。
国会図書館の朝倉治彦さんとかおおぐちさん。
静嘉堂文庫の増田晴美さんとか富山大学におられた藤本幸夫先生とか。
軟派の方は林美一さんなどなど。
みんな鬼籍に入られたか引退されてしまって、こちらも先は短いと思う今日この頃です。

＞私自身は、古典籍に関してはほとんど無知です。
人様に誇れる鑑識眼などありません。
多少、近代文学に関しての書誌は作成していますが、古いものに関しては森さんの著作と「弘文荘待賈古書目」などで少しずつ学んでいるところです。

私もやってきたのは漢籍ですから国書の古典は多少知っている程度です。

＞というより、森さんの人柄に惹かれて自分勝手に読んでいるというところです。

わたしも直接会ったことはないのですが、森さんの著作からはだいぶ勉強させていただきました。

＞反町さんは、弘文荘における森さんの役割について、前述したように、目録作成のための調査とカード作成だったことを明かしておられます

これがけっこう大変な仕事だったと思います。
しっかり下調べがしてあったら、書くのはそう難しいことではないように思いますから。

柳亭種彦の筆跡は国会図書館などに残っているので、見る機会があったのでしょうね。
おっしゃるように、森さんが見たのかもしれません。

売値の間違い。
けっこうありますね。
この本ではありませんが、私も見たことがあります。

[13] mixiユーザー 08月13日 13:29

近頃の図書館では、珍しくもない図書や雑誌までが、軒並みマイクロ資料化されて原本参照不可となっていることを前に述べました。戦前、森さんがその原物で読み漁った自筆草稿や書簡の類を、図書館で現在手にすることは、特別な理由がない限り不可能でしょう。

しかし、先日神奈川県立図書館へ行って、実に貴重な現物資料をこの手にすることが出来ましたので、簡単にご報告をします。
その品とは、森銑三さんの自筆草稿「人物研究に就いての私見」４００字×３１枚完です。
図書館のＨＰ上で検索していてたまたま見つけたので、草稿実物なのかその複写なのか半信半疑ながらわざわざ出向いたのですが、大正解でした。請求してみると、自筆の草稿そのものが、いとも簡単に出てきたのに嬉しい驚き。「コクヨ」原稿用紙に鉛筆書きの森さんの自筆草稿に間違いない（画像、左・中参照）。灰色の堅表紙が附けてあり、草稿の後には他筆の関連資料が一緒に綴じこまれています。
心を落ち着けてしばらく全体を眺めます。このエッセイは『近世人物夜話』（1968）の巻末に収録され、その後文庫版２種にも収められていますから（『著作集続編　第１２巻』所収）、もちろん何度も読んでいるのですが、これは何しろその原本です。「かやうな題目のものを書く機会を得たのを喜びとしたい。そしてすぐれた伝記書類の今後大いに出現してくれることが願はれる」とこの一文について「後記」で註しているとおり、人物研究家・伝記作家として、森さんが資料についての考えや伝記を執筆する際のあるべき姿勢を正面から論じた、森さん全文業のなかでも殊に重要な一文です。
鉛筆で無造作に書き流された細字の文字ながら、読みやすい。手入れ跡の多くは斜線で消して右側に書き直している。所々は消しゴムも使用している。一文を書いた後からすぐに読み直し、推敲した跡が歴然で、苦心の文章であることがよくわかります。
マサニココニ森サンハ字ヲ刻ンデ行ッタノダ、森サンハコノ紙面ニ触ッテ書イタノダと思うと、何だか森さんがずっと身近に感じられます。これが原品の持つ「力」なのでしょう。文末には「昭和三十八年□（註　読み難し）月三十日」とあります。森さん時に６８歳、弘文荘勤めの傍ら早稲田大学に書誌学の講師として通い、西鶴を中心に多くの著作を物している充実した時期です。
しばらく眺めていましたが「やはりこれを画像に収めたい。コピーもとれないだろうか」と思いつつ「複写請求用紙」に必要事項を記入して、係の女性に提出しました。「コピーと、他にデジカメでも撮りたいのですが」と申し出ると「少々お待ち下さい」としばらく上司と思われる男性と相談している。これは出直しかなと思っていると「はい、どうぞ。ただし、著者没後５０年経っていませんので、全体の半分までしかコピーできません」と即答が。ヤッタ！　実は、このことを半ば予想して（＝半分以下のコピー制限は、雑誌などでよく経験しているので）、友人と２人でやって来ています。２人別々に、丁度半分ずつの複写請求を提出し、全原稿のコピーとデジカメ撮影に無事成功。もちろん、貴重な自筆草稿のコピーですから、出来る限り丁寧に、痛めぬように注意しつつ取りました。

神奈川県立図書館は素晴らしい！

この草稿が図書館に納められたのは、その巻末に捺された図書館印によって昭和３９年６月３日と判明します（画像、右参照）。「著作集別巻」の「著作目録」によると、この草稿は「神奈川史談　第６号」（1963年12月）が初出ですから、それから半年余りで県立図書館に納まったことになります。
寄贈なのか購入なのかは不明ですが、森さんは自筆草稿の管理ということには、無頓着だったのかもしれません。ただ、これは当時としては、むしろ一般的だったことでしょう。「使用済原稿」が著者にキッチリと戻されるようになるのは、昭和４０年代も半ば以降のこと。
現代作家では、石川淳や中野重治、そして福永武彦などは原稿用紙右上に「原稿は返却されたし」という旨を書き添えて、必ず手許に取り戻していたのですが、この人たちは例外。ほとんどの作家・学者は、新人・大家を問わず、自筆草稿の行方にはほぼ無関心な状態でした（註１）。森さんの自筆草稿が売りに出されているのを知人から教えられて、それを小出昌洋さんが購入されて森さん御本人に知らせたところ「高い買い物をしましたなあ」と仰られたとは、小出さん自ら記されている通りです。
　　　

[14] mixiユーザー 08月13日 13:35

註１　作家の中村真一郎さん――私は、その晩年の６年ほどしばしば熱海や赤坂、そして軽井沢のお宅を訪れ、お仕事の手伝いを兼ねて書庫に出入りしていました――も、その主著のひとつ『頼山陽とその時代』の自筆草稿でさえ揃っていませんでした。
御本人に伺ったところ、昭和４０年代までは、そもそも原稿が返却されない場合も多かったようですし、戻されたとしても「原稿を適当に切って、電話の横においてその裏をメモ用紙として使用していたのよ」とのことでした。晩年はさすがにそういうことはありませんでしたが、自筆草稿の価値が（＝古書市場で或は研究上で）一般に広く認められるようになったのは、まだここ数十年にすぎません。

その点、やはり反町茂雄さんが自筆物の価値をいち早く見抜き、戦前から様々な分野の自筆物を広く取り扱われ、一般を啓蒙した意義は、実に大きなものがあったと言えるでしょう。

[15] mixiユーザー 08月19日 20:03

生原稿出してくれるのはいいですね～。
ただ、人を見て出さないと鉛筆で書き込みしたりしそうだから要注意なのかも。
よくありそうなのは未整理とか貴重書扱いですよね。

中村真一郎の書庫に出入りしていたというのはすごいですね～。
彼の性と愛の文学について書いたものをむか～し読んで、頭のいい人だなと思いました。

図書館は、本のことがわかっている司書が居ると話しが通しやすいんですが、某大学の某文化研究所など、ただの事務員が本のことも知らないのに権限だけはあって、必要な人の閲覧をはねつけてどうでもいいような人には見せたりしていますからね。
ちょっと書きすぎましたが　(^^ゞ

[16] mixiユーザー 08月21日 12:47

中村眞一郎さんの蔵書の驚くべき多様さ、それらが息づき、御自身の生活と有機的（不可分）に結び付いている有様は、以前雑誌に書いたことがあります（「中村真一郎　古典主義者の蔵書」　「日本古書通信」2010年６月～８月）。私にとって、中村さんはあの蔵書と共に今も生きています。

森銑三さん・柴田宵曲さん共著『書物』の岩波文庫版への解説を中村さんが書かれた際でしたか（1997.10）、熱海で夕食をご一緒した折に、森さんへの想いを篤く語られていたことをよく覚えています。『森銑三遺珠 Ⅰ』（研文社　1996.10）付録の小冊子に「森さんの学恩」として中村さんが書かれているような内容だったと記憶します。江戸史伝最後の作となった『木村兼葭堂のサロン』を「新潮」に連載中も、しばしば森さんの著作集を手にしておられた様子です。
一度、兼葭堂に関する研究論文をたまたま見つけてお渡ししたところ「これ、丁度今書いている個所のことが出てるね。なんで分ったの？」と喜んでいただいたことなどもあります。

中村さん所蔵の数千巻にのぼる江戸時代の漢詩集を中心とした和本は、現在、国文学研究資料館に全て無事に納められて、目録も発行されています。納める際、全ての表紙の撮影をしました。今でも和本のことは無知同然ですが、もっと何も知らなかった当時のこと、ただ機械的に写していっただけでも、その間に圧倒的な量の和本の持つ力を体感し、その魅力の一端に触れ得た気がしています。

しかし、反町茂雄さんに関しては中村さんは余り関心がなかったのか、一度『一古書肆の思い出』をお貸ししたことがあるのですが、残念ながら感想は聞けませんでした。

ところで、上記１０に於いて「弘文荘待賈古書目」第２５号（1955.11）の柳亭種彦自筆草稿「梅桜振袖日記」の、おそらく森さん筆になる解説文を紹介した最後で、「品の売価は２５万円。しかしこの値段、さすがに一桁間違っている気がします」という推測を、理由をあげて記しておきました。
一昨日、『増訂版　弘文荘待賈古書目総索引』（八木書店　1998）をパラパラ眺めていたところ、その「梅桜振袖日記」の価格が、２万５千円と記載されています。やはり、一桁間違っていることに気付いた編者（元版　鈴木徳三編、増訂版　柴田光彦・雲英末雄協力）が訂正したのでしょう（何故か『総索引』の元版1988　には、この品の掲載は洩れています）。

そう思って見ると、この稀有の弘文荘待賈古書目にも多少の間違いはあることに気付きます。
例えば、これは洋書ですが、同目録４８号『西欧稀覯書目録』（1976）には、ゲーテ『若きウェルテルの悩み』初版本が、１２００万円と記載されています。確かに「ウェルテル」の世界文学としての甚大な影響力を想えば、その初版本（1774）が極めて貴重なものであることは確かでしょう。しかし、ダンテ『神曲』のインキュナブラ（揺籃期）本（1477）が３８０万円、ペトラルカ『抒情詩集』マニュスクリプト（1470頃）が５００万円という値と比較すると、やはり一桁違っていると推測していました（が、証拠はありません）。
ところが、今回、このトピックを立ててから、改めて反町さんの関係した多種多様な目録を眺めていて、その『反町弘文荘主宰　ヨーロッパ・アメリカ古書・古地図逸品展』という目録（１９７６年１０月　この目録は待賈古書目には含まれません）に、同じゲーテ『若きウェルテルの悩み』初版本が、１２０万円で出品されていることに気付きました。
前述、『西欧稀覯書目録』は同年１月刊行で、全くの同一本であることは（同種ではなく）、両者共にゲーテの肖像画を描いている友人「Ｇ．シュモール旧蔵本」と記されていることからも明らかです。１月の古書目録４８号に載せた品の値段が一桁間違っていて（売れ残り）、価格を訂正して再度別目録に掲載したということです。

そこで、一応『増訂版　弘文荘待賈古書目総索引』を改めて確認してみると、なんとこちらは価格が１２００万円のままで、種彦「梅桜振袖日記」のようにちゃんと訂正されてはいません。編者のみなさんが気付かなかったのでしょう。

画像左、『弘文荘待賈古書目第４８号　西欧稀覯書目録』、右『反町弘文荘主宰　ヨーロッパ・アメリカ古書・古地図逸品展』目録

[17] mixiユーザー 08月26日 21:22

中村眞一郎さんから森銑三さんのことを聞いたというのはうらやましいですね。
興味深いお話がたくさん聞けたことと思います。

木村兼葭堂については、交際相手についてもですが、蔵書の行方も興味がありました。
森銑三さんが御存命でしたら、興味深い話がたくさん聞けたことと思います。

江戸時代の漢詩集については汲古書院だったかで選集が刊行され、ブームになるかなと思ったらそれほど盛り上がらなくて残念だったのを覚えています。
明治大正昭和まで、けっこう日本人の漢詩作品もあるというのに、読んでやる人がいないというのはさびしいですからね。
漢詩で思い出したんですが、無窮会の出していた「東洋文化」にも新作の漢詩が載っていましたね。
未だ作っている人がいるんだと嬉しくなりましたが。
友人関係でも、お茶の水女子大学の佐藤保教授が主催する詩作の会があって、何首か作っている友人がいました。
かなりマニアックかもしれませんが、まだ生き残っているんだと嬉しくなります。

汲古書院からは漢籍の和刻本も覆刻されていて、その底本を静嘉堂文庫の増田さんが依頼され調べて提供したんだけど使われなかったなんて話を伺いました。
結局、いい本より自分が持っていて使いやすい本を底本に使ってしまったようです。

また、増田さんの話ではありませんが、長澤規矩也さんのお宅へ行くと、同じ版本がいくつもあってビックリしたそうです。
和刻本漢籍分類目録などを作った方ですので、こうした集書をされていたんでしょうね。

反町茂雄さんから本が買えるのはけっこうお金持ちですから、貴重書に類する本は図書館に頼ってのかもしれませんね。
ある先生が秋の古典籍展示下見会で出品された本で欲しいけど買えないものは、自分が見ることができる図書館に買ってもらうと話していたことがあります。
そんなところに行けば本の整理をさせられると思いますが、買えない本が見られるんだから致し方なしと言うところでしょうか。

値段の書き間違いは他の古本屋の目録でもありますから、仕方がない事なのでしょう。
柳亭種彦自筆草稿が欲しいなんて言う人はその道のプロでしょうから、相場か間違いかの見分けがつかないということはないんでしょう。

しかし、西洋の本まで扱うというのはすごいですね。
最低、その本に書かれた文字が読める事が前提だと思いますから。
その上でヨーロッパやアメリカなどの相場を知らなければならない。
まぁ、丸善の独壇場にしておくのがいいかどうかは疑問ですが(笑)

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