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創作小説格納庫コミュのRecord of Reen Gurdian:春風の目覚め 8

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レース終了後、春菜は家に戻っていた。
父は会場で姿が見えなくなったが、母の「用事があるから」ということで、離れたようだった。
晃はあの後大泣きしたあと、疲労も手伝ってか眠り込んでしまい、今も自室で昏々と眠っている。
季璃はレースでつかったユニフォームや、自分が着てた衣装などを手洗いで洗濯し始めた。
雪は、リサイクルショップのカウンターで、店番しながらレースのデータを再検討している。
母は台所で忙しそうに動き、兄の夏葉は壊れた晃の自転車の修理に取り掛かっていた。
春菜は服飾店の店番をしているのだが、実際は椅子に座ってボーっとしているだけだった。
あの時の葛西明子と名乗った少女との会話が頭に引っかかっていた。
彼女は明らかに春菜に対して何か言いたげだったが、どうにも釈然としない物言いであった。
「まるでボクが何も知らない、理解してないことを知ってるような言い方だったよな・・・」
春菜はぼんやりとそう呟いた。
そのとき脳裏に浮かんだのは、レース会場で見せた晃と母のやり取り。
なぜか自分だけ仲間外れされたような雰囲気。
だが、姉が、冬菜が春菜に言ってくれた言葉。
(今はあんたに詳しくは言えない。だけど、それは今はまだ『時期』じゃないだけ。いずれあんたにも全部『理解』できるときが来る)
その言葉だけが、春菜は釈然とできないながらも、信じてみようと思った言葉だった。
「その時期が来れば・・・か・・・何時なんだろう?」
春菜はそれを自分に言い聞かせようとした。
その時、店の入り口の電子チャイムが音を立てた。
「いらっしゃいませー」
春菜は立ち上がって、にこりと微笑んだ。
入店してきたのは、常連さんの若い母親と小さな娘の母娘連れだった。
母が手作り服を販売している「WIND BIRD」は元々が、こういった客層を狙ったものだった。
店舗の正面、ショーウィンドに飾られている見本も、母娘で着るお揃いの布で仕立てた服を飾ってある。
あまり複雑なデザインではなく、シンプルに仕立て上げ、その代わりに使ってる生地は良質なもので、デザインも飽きの来ないものに仕上がっているため、そこそこ人気がある。
サイズが無かったり、希望の生地やデザインが無い場合、時間を貰って製作するが、価格は出来合いのものと変わらないとあって、評判である。
手頃な値段でセミオーダーメイド感覚を味わえるだけでなく、オリジナルのデザインも承っている。
特に、小さな女の子の場合、アニメやドラマの主人公が着ている服を作ってもらえるということで、お誕生日プレゼントでおねだりするほどでもある。
これは男の子にも言えることで、特撮ヒーローものの主人公や、これもまたアニメの主人公の服を作ってほしいと来店する。
更に突っ込むとするのならば、コスチュームプレイ用の服をオーダーに来る、「大きな男の子と大きな女の子」も評判を聞いて来店する。
当然複雑なデザインや、変わった生地の場合は価格がその分上昇してしまうが、大手コスプレ専門店のものに比べれば、価格は3割ほど安いとあって、近在の「その筋の趣味の大きなお友達」がやってきて、寸法を測り、デザインを告げていく。
出来映えも良いものなので、リピーターも多い。
元々狙った客層と違う客層もつき、想定外の誤算だったのだろうが結果オーライであった。
と、いうことで、結構繁盛しているのがこのお店だった。
「こんにちは春菜ちゃん」
「こんにちわー」
母親と娘の挨拶を受けて春菜も微笑みを向けて「こんにちは」と挨拶を返した。
「お母様はいらっしゃるかしら?この子、大きくなったものだから新しい夏用の服を見立ててもらおうと思って・・・」
母親が春菜にそう伝えた。
「わかりました、少々お待ちください」
春菜は笑みを浮かべて、レジ横の電話の内線ボタンを押して母を呼び出した。
「母さん?うん、お客さん。サイズを見立てて欲しいって・・・うん」
電話を切った春菜は、母親に伝えた。
「すぐ降りてきます。もうちょっと待ってください」
「ありがとう」
母親は笑みを浮かべて言った。
「おねえちゃんは、きりちゃんたちみたいにお店の服をきないの?」
唐突に娘が春菜にそう言ってきた。
春菜は一瞬、固まってしまった。
他人に触れられたくない、自分の大きな不満。
子供の口からそんなことを言われるとは思いもしなかったのだ。
「この子ったらね、春菜ちゃんの妹さんたちの洋服が可愛いって言い出してね、季璃ちゃんが着てるみたいな服が欲しいって」
母親は、苦笑しながらそう春菜に言った。
「・・・あ、ありがとうございます・・・。あの子たちがお店の宣伝で服を着てる甲斐が・・・あったと思います・・・」
動揺を隠すように、春菜はそう言った。

なんで・・・なんでボクには服を作ってくれないのだろう・・・。

春菜は心の中でそう静かに思った。
そのとき、電子チャイムの音が響いた。
「いらっしゃいませ、ごめんなさいねぇ、すぐにサイズを測らせていただきます」
母の秋華がそう言いながらお店の中に入ってきた。
母娘の挨拶を受け、カウンターの中に入ってきた。
「春菜、ありがとう。上でお茶を淹れてあるから休憩してきなさい」
母は微笑みながら春菜にそう言った。
「・・・うん」
春菜はそう答え、母娘に挨拶を交わしてからお店を出て行った。

コメント(6)

「お待たせしました・・・わぁ、大きくなったわねぇ。さぁサイズを測りますよ」
秋華はそう言って娘にメジャーを当て始めた。
「おばちゃん、何でおねえちゃんはきりちゃんたちみたいに、お店のふくを着てないの?」
気をつけの姿勢を取りながら、娘はそう秋華に聞いた。
「あら、春菜のお洋服を気にしてたの?」
秋華は微笑み、サイズを測り、メモを取りながらそう娘に聞いた。
「うん!」
天真爛漫の返事を秋華に返す。
「この子ったら、ここの娘さんがたの洋服がお気に入りなんですよ。あと、春菜ちゃんだけでしょ?このお店の服着てないの」
母親がそう秋華に聞いた。
「実はね、もうちょっとで春菜の服ができるところなんです・・・」
手早くメモを取りながらサイズを測った秋華は、微笑みを絶やさずに言った。
「あら、そうなんですか」
「わー、おばちゃん、見てみたいなぁ」
母娘はそう秋華に言った。
それを聞いた秋華は苦笑して、少し悩んだあげく立ち上がってカウンターの中に入った。
「じゃぁ、ちょっとだけお見せしますよ。まだ出来上がってませんし」
そう言って、秋華はカウンターの中の壁に作りつけてあるクローゼットのひとつをあけて、ハンガーで吊るしてある中に入っていた服を一着取り出した。
「わあー、かわいい!」
「あらまぁ、かわいいわぁ・・・あの子に似合いそう!」
母娘はその服を見て、目を丸くした。
「あの子には内緒ですよ。プレゼントは貰うときびっくりするのが一番ですから」
秋華はそう言った。
娘は今見た服とぜひ同じような服が欲しいとねだりだした。
上階に上がった春菜は、憮然とした表情でテーブルの上の紅茶を飲んでいた。
先ほどの子供の声が、頭の中で繰り返されている。
その度に春菜は、何で?と反芻するだけだった。
不満の方が遥かに大きくなっている状況であった。
「あ、紅茶が準備されてるー。春菜ちゃんおつかれさま!」
季璃がダイニングに入ってきた。
母の手製の洋服を着て。
あの子が憧れた服を着て。
「・・・どうしたの?春菜ちゃん、顔色おかしいよ?」
季璃が心配そうに春菜の顔を覗きこむ。
「・・・ううん・・・大丈夫だから」
無表情で、春菜は中身を飲み干した自分のカップを持って立ち上がった。
今、妹の姿を見るのが辛くなっている。
そこに電話が掛かってきた。
春菜はすがるように、電話にすぐ出た。
「もしもし・・・瀧です・・・」
受話器を持って、春菜は応答した。
『もしもし?春菜?あたい』
電話の相手はナミだった。
「・・・どうしたの?」
春菜はそう言えば彼女が電話をうちにかけてきたのは初めてだったなと思いながら話した。
『ちょっとね、頼みがあんの。明日空いてる?』
「・・・うん、特に用事は無いけど・・・なに?」
ナミの言葉に、春菜は少し考える素振りをして、聞いた。
『ちょっとね、あなたに会いたいって相手がいるの。あたいを助けるつもりで明日、N駅のNモールの中にある、’牡鹿星’に昼過ぎに来てくれない?』
「いきなり会いたい相手に会わせるって・・・どうしたの?」
ナミの要望に面食らった春菜は、そう聞いた。
『たのむよ・・・その人にあたい借りがあってさ。会うだけでいいんだ』
「・・・」
ナミの頼みに春菜は疑問に思ったが、気分転換と彼女に結構助けられてることを思い出した。
「わかったよ・・・明日の昼過ぎ、Nモールの牡鹿星ね」
結局春菜は承諾した。
『ありがとう!助かるわ!じゃぁ、明日お願いね!じゃ!』
それだけ言うと、ナミは電話を切ってしまった。
思わず受話器を見ながら春菜は首を捻った。
「なんだったんだろう?」
そう呟くと、春菜はカップを洗い場に置くと、自分の部屋へと向かった。
自室に入ると、畳の上に寝転がる。
天井をボーっと見つめる。
姉の言葉を心の中で反芻するが、どうしても内心が落ち着かない。
家族が自分に何かを隠していること。
そして自分だけが蚊帳の外にいること。
ただただ、それが春菜の胸中を苛んでいた。
春菜はポケットからメディアプレイヤーを取り出した。
イヤホンを耳にはめ、再生スイッチを入れる。
曲が始まった。
心地よい唄声。
だが、春菜の心を癒すには至らない。
春菜はボリュームを上げていった。
徐々に上げていったが、ついには最大音量になる。
しかし、春菜はそれを気にしない。
耳から溢れる唄声を頭の中に響かせ、目を閉じた。
今の春菜の心を安らかにさせるのは、孤独だけだった。
やがて春菜はこの状況で眠り込んでしまった。
夜になり、夕食の時間になっても気づかず、父に抱かれて布団の中に入れられても気づくことなく、眠り続けた。

そして、翌朝まで起きることは遂に無かった。

この眠りが、春菜が常人でいられた最後の睡眠だということに気づかずに。

夜の瀧家。
一人の男が外階段を登って、玄関の前に立つ。
「こんばんわ」
シンマが玄関のインターフォンを押して、そう言った。
間もなく、玄関の鍵が開けられて、雪が顔を出した。
「こんばんわ・・・いらっしゃい・・・シンマさん」
雪はそう言ってシンマを家の中に招き入れた。
玄関からリビングに向かい、そこでシンマの来訪を父に告げた。
シンマは網上靴をすばやく脱ぎ、勝手知ったる何とやらよろしく家の中に上がりこみ、リビングへ入っていった。
「うっす」
片手を挙げて、リビングに揃ってる瀧家家族に挨拶する。
今、この場にいるのは冬菜と春菜を除いた全員がいた。
流石に晃は若干眠そうな顔をしているが。
「おぅ、どうした?」
将がシンマに聞いた。
「春菜は?」
シンマは聞いた。
「春菜ちゃん寝ちゃった・・・夕方から・・・御飯も食べずに寝てるの」
季璃が寂しそうにそういった。
それを聞いて頷いたシンマは、口を開いた。
「確実な話だぎゃ。明日、『唯一』が春菜を狙ってくるがね」
シンマは簡潔に用件を述べた。
それを聞いて、将と秋華以外の顔に緊張が走った。
眠そうだった晃の目も覚めさせるほどだった。
秋華は静かに立ち上がって、台所に向かった。
「つけたか」
将はシンマにそう聞いた。
「つけた・・・ちゅうよりも、交渉したがね・・・」
「交渉?」
シンマの回答に、夏葉が素っ頓狂な声で聞いた。
「『航海者』だわ。ナヴィ・ガトリに払うもん払って聞いてきたんだわ」
人差し指で右頬を掻きながら、シンマはそう答えた。
「って・・・父さんの話だと『航海者』が『唯一』のエージェントに春菜を・・・」
夏葉が不服そうにそう聞いた。
「『航海者』には『航海者』の利益があるんだわ。ナヴィ・ガトリのやりそうなことだわ」
シンマはそう言いながら、リビングの絨毯の上に片膝立ちで座り込んだ。
「・・・だが、どちらなのか解らんな」
将はそう呟いた。
シンマは横目でちらりと将を見て、あらぬところに視線を置く。
「というと・・・あっ・・・」
夏葉は自分の疑問を出そうとして、気づいた。
「『柱』・・・」
将が回答を口に出した。
「ほうだがね。この『世界』には、この辺に『柱』があるということだでね」
シンマは彼らの最も重要な使命を口に出した。
「風呼びとして覚醒する前の春菜を、覚醒前に仕留めればかなり大きい・・・しかし、それだけで動くのも理由がつかんということか」
将は納得という顔つきでそう答えた。
「ほうだね・・・。『柱』が無ければ、春菜を誘い出して仕留めるというのも辻褄があわんでね」
シンマは、本当の理由を知っているが、あえて口には出さなかった。
そして、本当の目的を『唯一』のエージェントが達成できたときは・・・(俺が斬るしかない・・・)氷点下の意識の底で、神魔はそう心に誓っていた。
永い間、苦楽を共にし、『守護者』としての使命を第一義に考えた末、実の子を心の底から愛せない親友に、そんな役目を負わせることは、神魔にはできなかった。
将は腕を組み、目を閉じて何かを考えてる素振りを見せた。
目を開けてから、そこにいる全員を見回す。
「・・・雪、晃、季璃、明日は失敗は許されんぞ。お前たちが失敗すれば・・・春菜がやばい」
将は娘三人にそう伝えた。
娘たちは、神妙な顔つきで頷いた。
「夏葉、お前はシンマの支援だ」
続いて、息子に目を向けてそう言った。
「・・・それはいいけど・・・春菜は父さんやシンマさんが・・・」
夏葉はそう父に言いかけた。
「これは春菜が『守護者』や風呼びになれるかどうかの試練だ・・・」
将は、息子の言葉を遮ってそういった。
そこに秋華がお茶を乗せたお盆を持って、リビングに入ってきた。
お茶を配っていく。
「・・・これくらいで風呼びに気づけなかったら、あいつのためにここで終わらせたほうがいい・・・。『守護者』とはそれ以上に厳しいものなのだしな。それくらい解ってるだろう」
将は厳しい表情を息子に向け、夏葉はその言葉と、表情で何も言い返せなかった。
「それに・・・」
将は秋華の顔をちらりと見た。
秋華は微笑を浮かべて頷いた。
「・・・あいつには既に手は打ってある・・・」
更にそう言って、シンマを見た。
シンマは頷いてから言った。
「ほうだね、春菜にゃ教えられる基本は全て教えたでね。たいがいの相手なら今でも十分だわ」
シンマは夏葉や娘たちを安心させるように、力強く言い切った。
晃や季璃も不安で悲しそうな表情を浮かべ、雪は表情を消して父を睨み付けていたからだった。
(まったく・・・こいつの代わりに俺が親代わりか)
シンマは心の中で苦笑して思った。
「すまんかった・・・明日は頼む・・・」
将はそう言うと立ち上がって、リビングから出て行った。
「・・・さぁ、明日は忙しいわよ・・・早くお風呂入って、寝ちゃいなさい」
秋華は3姉妹にそう言った。
晃たちは、まだ不服そうだったが、その言葉に従った。
夏葉はしばらく考え込むような表情だったが、湯飲みのお茶を飲み干すと立ち上がって、自室へと向かった。
「・・・シンマ・・・お茶のおかわりは?」
秋華は感謝の表情を浮かべて、シンマにそう聞いた。
シンマはひとつ頷くと、湯飲みを差し出した。
「・・・今度こそうまくやらないとね・・・」
湯船の縁に上体を預けながら、晃はそう呟いた。
雪はボディソープで体中を泡立てて、季璃は湯船に肩まで浸かり、73を数えたところだった。
「・・・そうね。私たちは風呼びになったけど・・・まだ、『守護者』にはなれてないもんね」
雪は手を止めてそう言った。
「春菜ちゃんを止めることはできないの?」
季璃は湯船の水面に、視線を落としてそう言った。
「季璃・・・それをやったらダメってことは・・・知ってるでしょう?」
雪は季璃に視線を向け、再び手を動かして足をボディスポンジでこすりだした。
「それは・・・」
季璃は姉の言葉に反論できず、口を湯船の中に沈めて次の言葉を泡に変えた。
「あたしたちも風呼びになるのは苦労してるもんね・・・」
顔を髪の毛の色と同じように上気させて、晃は考え込むように言った。
「お父さんがいつも言ってる言葉、これを乗り越えなければ『守護者』としてやっていけない、って言葉。あたしたちもそれを納得してるはずだしね」
晃は更にそう言うと、目を閉じた。
晃は自分が風呼びに覚醒したときのことを思い出していた。
今思い出しても、かなり際どい状況だった。
それを彼女は、少女の身で乗り切っている。
まだまだ修行不足だが。
「季璃・・・とにかく春菜姉さんの助けになること。多分・・・私たちの中で風呼びになるためには、春菜姉さんはとびっきり厳しい状況になるはずだわ・・・」
雪は風呂桶の中に入れたお湯にスポンジを放り込むと、シャワーのお湯を頭から浴びだした。
「それにね、季璃、晃。今回のことが無事に終われば私たちも正式に『守護者』になれるんじゃないかと思うの」
しばらくシャワーの音が響くと、やがてそれが止まり、雪はシャンプーで頭を洗い出して言った。
「そうかも・・・しれないね」
季璃は顔を赤くし、ぼーっとしたような顔でそう言った。
晃は立ち上がり、湯船の縁に形のいいお尻を乗せ、ほんの少しだけ膨らんだ胸の前に腕を組む。
「いや、そうだよ、きっと。あたし、風呼びになって3ヶ月だけど、『守護者』になってないもん」
納得という表情で、晃は頷いた。
「・・・そう・・・そう考えれば父さんの言うことも辻褄があうわ」
再びシャワーで頭の泡を流して、雪が言った。
コンディショナーを手に出して、髪の毛に塗りこんでいく。
「『守護者』になることって・・・そう簡単にできるもんじゃないってことね・・・」
雪はそう言うと、再びシャワーを頭を流す。
「うん!闘志沸いてきた!雪!季璃!がんば・・・・」
握りこぶしを作って、上気した顔にやる気を漲らせた晃は、そう言って姉妹のほうを見て言葉を失った。
雪は顔を洗顔クリームで洗ってるところだったが、季璃はのぼせて真っ赤にした顔を湯船の上で揺らしていた。
「ちょ・・・ちょっと!季璃!どうしたの!?」
晃は慌てて、自分より大きな妹を抱きかかえた。
「・・・い・・・いくつまで数えたか・・・忘れちゃって・・・ひゃ・・く数えなおしてた・・・」
季璃は息も絶え絶えにそう言った。
「そこまできっちりやることないじゃん!雪!雪!冷たい水を季璃にかけてやって!」
晃は湯船の縁に妹を引っ張ってきて、上体を湯船の外に引っ張り出す。
雪は冷静な顔で、まず自分の顔の洗顔クリームをシャワーで落とすと、蛇口を切り替えて水をシャワーから出して、季璃の頭からかけてやった。
「・・・ふゎ〜〜〜〜〜」
季璃は頭から水をかけられて、生き返ったような声を出した。
「これで大丈夫なのかな・・・?」
晃は風呂場の床に胡坐で座り込んで、頬杖をついて、ため息を吐いた。
「・・・うん・・・うん・・・そうだ・・・明日、娘たちを連れてそっちへ向かうかもしれん・・・直前に神魔が『場所』を連絡することになってる・・・頼む・・・」
外で携帯電話をかけていた将は、電話を切った。
星空を仰ぎ見て、星を眺め回し、今気づいたという顔をした。
「・・・そうか・・・この『世界』の星座はこんなのだったか・・・」
しばらく星空を眺めたあと、独り言を呟いた。
気配を感じたが、それを無視して更に星空を見上げる。
「・・・大丈夫よ・・・将、あの子たちは自分のやるべきことを納得してるわ」
秋華が将の背後から近づいて、そう言った。
「できることなら・・・あいつらには『守護者』になって欲しくない・・・俺も・・・お前と『守護者』なぞ放り出して、普通の家庭で過ごしたいし、過ごさせてやりたい・・・」
将は相変わらず視線を空に向けながら秋華に静かに言った。
「店の店主で家族を養い、娘を普通の男の嫁に出してやりたい、息子に普通の女を嫁にしてやりたい。俺もお前も一緒に静かに暮らして歳とって普通の人生を全うしたい・・・」
秋華は将の言葉を黙って聞いていた。
「普通に孫の世話を焼き、普通の人生にちょっとした不満を感じながら、どうでもいいことをボヤいていたい」
将の声は静かだったが、彼の慟哭のように聞こえた。
秋華はその意味をよく理解していた。
永い永い時を共に駆け抜けてきたというのもある。
しかし、最も重要なのは秋華は将を愛している。
それだけで十分だった。
将が一緒に静かに暮らしたいというのは、まさにかれの本音なのだった。
だが、将は、いや、秋華も、子供も、家族も、神魔も、『守護者』のみんなもそれは叶わない。
余りにも多くのものを見て、余りにも多くの事柄に触れてきた。
そして、それを彼ら自身が望んだことだった。
「・・・将、わかってる・・・わかってるわ・・・。でも、あなたは『守護者』・・・。最後の侍・・・」
秋華は優しく将の腕を組んで、顔に優しく触れた。
将はその言葉に目が覚めたように、秋華の顔を見つめ、頷くと手を組んだまま家の中に入っていった。

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