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激論!朝まで生テレビコミュの【8月25日】激論!戦後日本の終わりと“ナショナリズム”

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 小泉総理は「公言どおり」8月15日の靖国参拝を行いました。そのおかげかどうか、今年の8月15日の靖国神社への参拝者数は、過去最高となりました。
 また、直前には「天皇メモ」報道などもあり、首相の靖国参拝については、これまで以上に内外の注目の的となり、議論も多く起こりました。これらを捉えて、日本のナショナリズムの復活とみる向きもあります。
 しかし、小泉総理の5年間6回の参拝は、日本と日本国民、そして周辺諸国にも「靖国神社」という存在と「日本の戦後」のあり様を改めて考え直す大きな機会を与えたことは、間違いありません。
 果たして、この小泉総理の靖国参拝は、私たち日本と日本人が、新たな歴史の段階に入った象徴なのでしょうか?
 小泉総理の在任中に道筋をつけたものとして、「憲法改正」「教育基本法改正」「集団的自衛権」などがあります。これらは、戦後日本の針路を大きく変えるきっかけになるであろうといわれています。日本が、戦後60年の永きにわたり、金科玉条としてきた「平和主義」「国際社会との協調」などの理念は、これから先の未来においては私たち日本と日本人の平和と繁栄を担保しうるものではなくなってしまうのでしょうか?
 そして、ポスト小泉として国民の圧倒的支持を得ているのが、安倍晋三氏です。
「美しい国」を唱える安倍氏は、どのような政治を行い、この日本と日本人をどこへ導くのでしょう?
  日本と日本人が、その進路の舵を大きく切ろうとしている今、番組では、日本の来し方、行く末について徹底討論したいと思います。


司会: 田原 総一朗
進行: 長野智子、渡辺 宜嗣
パネリスト:
武見敬三(自民党・参議院議員)
江田五月(民主党・参議院議員)
岡崎久彦(外交評論家)
姜尚中(東京大学教授)
下村満子(ジャーナリスト・経済同友会副代表幹事)
高野孟(ジャーナリスト)
田中均(日本国際交流センターシニアフェロー)
富岡幸一郎(文芸評論家)
秦郁彦(現代史家)

http://www.tv-asahi.co.jp/asanama/video/Curr/program.html

コメント(40)

嘘っ!!
おいおいw
今回、パネリスト的につまらない…ボソッ
ビデオしっかり見直してみるけどねw
朝生マニア、爆笑必至。
[セクシーボイス]姜尚中、最高です。

http://d.hatena.ne.jp/boutarou/20060826/1156534032#seemore
>マンドックさん
なかなか言い回しが似てますねw
セフレを語る姜尚中w



だれか今回の朝生の論点をまとめてください。
ではどうぞ↓
今、『戦後の時代』が終って、『新しい時代』がはじまる…。
そのきっかけになったのは、小泉総理大臣の靖国参拝。
靖国参拝がいいのか悪いのかは別として、
『あの戦争』をまた見つめ直すいい機会にはなった。
そこで、
『あの戦争』をどう捉えるのか…。
今の時代、そしてこれからの時代を生きる戦後の若者たちは、
『あの戦争』がなんたるかをあまりにも知らなすぎる。

『あの戦争』とはいったい何なのか…?
最近問題になってきた『あの戦争』とは、いったいどの戦争を
さしているのか。
『あの戦争』は正しかったのか…?
『あの戦争』をしでかした者たちに責任があるのか…?
また責任があるのだとしたら誰にあるのか…?
そもそも誰が悪いなんてことを議論する必要があるのか…?
限られた人だけに責任があったのか…?
国民全員に責任があったのか…?
今更責任の追及をするのではなく評価をすればいい…?

などなど、ありましたね。

あまり詳しく見てないのですが、さ〜と見て、
こんな感じかな?ということで書いてみました。
私は、あまり岡崎さんが好きではないのですが、
今回は、
けっこう批判されていた岡崎さんの言っていることが共感できましたね。
ただだからといって他の方が言っていることも正しくて、
ようは、
一致していることは、

『あの戦争』を経験している方々が、生きているうちに、
全てを解き明かして(評価して)おかなければならない。
ある側面では、解き明かすことを一種のタブーとしてきたこともあり、
未だに世間に出てこない(国に)握られた真実がある。

今回のパネリストの話を聞いていての感想は、
戦争に対する認識はそんなには違いはなくて、
さすがは専門家だなと思えはするものの、
ただ、じゃこれからどうしていくかという議論をしなければならなかったのに、
結局、『あの戦争』はどうだったこうだったと語ろうとする方もいて残念でした。
もちろん、『あの戦争』が何だったのかということも大事な議論だとは思いますが、
今回はそこが論点じゃなかったんじゃないかなと思いました。

はい、誰か反論。
今回は具体的に誰々に責任があるって言ってる人いなかったの?

この前の朝生では岡崎さんが名前を挙げたのは広田弘毅、近衛文麿などだったけど。
一応、岡崎さんが3〜4人名前を挙げてたけど、
基本的に責任を追及しても意味がないみたいな主張してたよ、岡崎さんは。
あとは、天皇に責任があるのか…とかね。
どうも、討論が全体的にあやふやのまま終っちゃったって気がするね…。
なぜ責任追及しても意味がないの?
裁判するわけじゃないんだから、もちろん法的責任はないだろうけど歴史的責任(過去の判断の誤りを明らかにすること)はあるのでは?
岡崎さんもその矛盾したような発言に突っ込まれてたよw
管理人様はじめ皆様 こんばんわ

 今月も興味深く拝見しました。毎度の如く細かい内容は難しく付いていけませんでしたが、1番勉強になったのは岡崎さんと下村さんの議論でした。

 戦争総括のくだりで下村さんが御自身の悲惨な戦争体験をリアルに事細かに説明された後、責任の明確化の必要性について言及されました。
 その直後岡崎氏が、戦争総括に個人個人の体験、事情、感情は一切必要なしと発言しました。なぜなら個人の感情や世論はものすごく変化しやすから、国際情勢を見極めるには事実だけを以ってすべきだと、是非善悪を判断材料に入れてはいけないと言っていました。

  だから 10: 小助さん もコメントされてて私も小助さんと同じように見受けたんですが、岡崎さんは確かに3〜4人あげていましたが、それは改めて責任追及するものではなくて、事実を明らかにしただけであって、彼らは法律、裁判によって個人的に刑に処されたのだからそれでおしまいと。責任追及しなくて良いと言い切ってしまいました!!
 岡崎氏にとっての総括の判断材料は「事実」と「法律」だけ。歴史の流れの中である事実が起こって、その事実を見極めて、それが法律に抵触し、もしくはたとえ事後法であってもそれによって裁かれたらもう責任追及不要というか不可能、その後戦争の反省は各自自由にやるのは構わない。

 と、こんな風にわたしは自分の中で理解しました。ちなみに田原さんは個々の体験の積み重ねこそが事実なんだと言っていました。

 

 ここからはどうでもいい話ですが・・・
今回に限っては間違いなく姜さんの発言(の長さ)が要所要所で議論のテンションを下げ、議論をボヤかしていた様な気がしました。

岡崎さんが集中砲火を浴びて独りでしゃべりすぎて吐きそうになっていたのが印象的でした
>「今回に限っては間違いなく姜さんの発言(の長さ)が要所要所で議論のテンションを下げ、議論をボヤかしていた様な気がしました。」

ギャハハ。キャラが立ち始めている。w
何年か前に小林よしりんが
「あんたは結局何も言っていない!」的な発言で
噛み付いたことがありましたが、
最近はそれが共通認識になってきたね。
もうサンジュン的レトリックは通用しない時代になったってこと。
く、見逃してしまったことが悔やまれる・・・!

吐きそうになった岡崎さんといい
迷走する姜さんといい、おもしろそうやん!


しかし、岡崎さんが責任を明らかにしなくていいと言ったことに対して突っ込んだパネリストたちは自分なりに大戦の総括はできてたのだろうか?

前の山本一太みたいなことはなかった?
そんなの誰も分からないよ―と、岡崎さんの矛盾だけは指摘しながらも、
結局は、戦争への認識が一致していないのだから総括しようがない。
といった感じだった。
だから未だにあの戦争がどうだったこうだったといつも同じ討論してるんだよね。
そこから前へ進んでない。
そりゃ戦争(日中戦争)の総括が個人個人違うのはわかるけど
大きくいくつかに分けてどれが妥当か議論できないかな。


私は憲法9条を改正すべきだと思うのだけれど、実際に憲法9条を改正するとしたら、
戦争への歯止めになるものは「民度の高さ」しかないと思います。(以前姜さんが言ってたこと) 前の大戦の総括について国民的な共通認識ができてるかできてないかで歯止めになるかならないかが決まってくると思うんです。

例えば私が前に挙げた「現役大臣武官制の復活によってシビリアンコントロールを失わせ、後の軍部の独走を許すことになった」ということなど10項目くらいを共通認識として国民が持っていれば、前の大戦の判断ミスを将来において繰り返すことがなく、戦争への歯止めが効くと思うのです。(大衆は3つまでしか覚えれないという定説を信じるなら3項目に集約する必要がありますが)

こういった項目をなんとかして国民の共通認識としていくことが必要じゃないでしょうか。そのために「総括」というのが必要だと思うのです。田原さんは個人個人で総括していればいいという考えなのかな?
「そりゃ戦争(日中戦争)の総括が個人個人違うのはわかるけど
大きくいくつかに分けてどれが妥当か議論できないかな。」

この「総括」を「責任の追及」という観点で進めていくと、それは不可能だと感じます。それは自分達のイデオロギーの具として利用しようとする勢力が必ず存在するから。なぜ戦後直ぐ自ら総括できなかったのか?なんていう方もおりますが、それこそイデオロギー闘争の真っ只中で出来る訳ないと想像します。

それでいくと責任追及型ではない総括の形である国民的な共通認識というカンベーさんの提唱は凄く有意義だと思います。
ちなみに1項目頂けるなら「情報戦の重要性」を入れていただきたい。
>18: マンドックさん

共感してくれる人がいるとうれしいですw
この話を知人とリアルですると、

>イデオロギーの具として利用しようとする勢力が必ず存在する

から危険だと言われました。確かに共通認識を作り上げる過程で左右翼のイデオロギー闘争の舞台となりとんでもない共通認識ができあがる危険はありますが、それさえ防げれば共通認識を作り上げることは9条改正に向けて、または国民の民度向上において重要なことだと思います。

「総括により一つの共通認識を作り上げることは思想の押し付けであり、ファシズムだ」と反対する人もいるのですが、法的に共通認識を押し付けるわけではありませんし、共通認識に異論を唱える人がいてもそれはそれで議論が深まり民度の向上につながるのでよいことだと思います。それに今までのように個々人で総括しているだけではまとまりに欠け国政に反映されないし、戦争への歯止めになりえないと思います。


<では、具体的にどうやって共通認識を作り出すのか?>

まず共通認識を作り出す目的から言って
?国民レベルでの共通認識でなければならない(実質的効果)
?左右極端な認識は排除されなければならない(妥当な結論)
以上の2点をクリアするものでなければならないと思います。
今までのように個々人が己の趣向に合ったテレビや本を見て総括をするのでは?国民レベルでの共通認識を築くことはできません。そうならば国家が大学教授や知識人を数十人集めて会議を開き総括の項目を列挙し公開することをその会議に委任するのがベターな方法ではないでしょうか。もちろん人選には慎重を期さねばなりませんが国民に選ばれた与党がする人選なのでトンデモ知識人は選ばれないでしょう。もし選ばれたとしても数十人もの教授らがいれば影響力は皆無でしょう。



>ちなみに1項目頂けるなら「情報戦の重要性」を入れていただきたい。


涙が出るくらい激しく同意ですw
なんと日本は情報・外交が弱いことか・・・
と、上で総括の理由と今の時点でベターと思う方法を書きました。方法については異論がたくさんあると思いますが、それはひとまずおいといて先の大戦の総括(どこで日本人は判断を誤り悲惨な結末になったのか)をこれからこのトピで試みたいと思います。果たして総括なんてできるのかどうか・・・


みなさん思い思いの項目を箇条書きにでも挙げてくださるとうれしいです。(この時点でこうすべきだった、もしくはすべきでなかったというように)
私の考えは以前他のトピにも書いたのですが私なりの総括を以下短く書いてみます。

日露戦争、第一次大戦で日本が中国に得た権益に対し、ナショナリズムの台頭し始めた中国では日本人差別・暴行事件が横行。度々日本軍が出動し日本人の保護に当たっていた。(権益の集中する東北部を一気に軍事制圧して安定させてしまえという考えが一部に起こったとしてもおかしくない。)

当時、不況により不満の溜まった国民が汚職を繰り返す政治家に愛想をつかしていた中で、ついには改革を主張する右翼による政治家暗殺、軍部のクーデター未遂まで起こるようになっていた。国民の中にはこれらに同情する空気もあった。
軍部を抑えることを任された広田弘毅首相は軍部を政権に加え責任を負わせることで抑えようと思い現役軍部大臣武官制を復活させるのだが、軍部が承諾しなければ内閣が組閣できなくなってしまったため余計に軍部を助長させることになった。
軍縮路線の政権に対して不満の溜まった現地軍(関東軍)はとうとう独断で満州事変を起こしてしまった。クーデターや暗殺、政権批判の世論によって弱まっていた日本政府は軍部を抑えることができず追認してしまう。以降ずるずると日中戦争へと進み、国際的孤立を深め、太平洋戦争にもつながる。太平洋戦争直前に戦争回避のための最終手段として軍人の東条英機を首相に任命し軍部を抑えつつアメリカと交渉するよう希望したが、アメリカのハルノートの条件は厳しいもので交渉は決裂し、太平洋戦争へ進むことになった。


ここで重要なのは政府より軍部に同情的な国民世論ではないでしょうか。そんな世論が、暗殺やクーデターに怯えて軍部を抑えきれなくなった政府を現役軍部大臣武官制復活へと導き、さらに政府を弱めてしまったように思えます。


外的要因として

動き始めた中国のナショナリズムと、海外に活路を見出そうとした日本の衝突。

有色人種の台頭を警戒した英米の厳しい目。

これらを察知することができなかったことも要因としてあげらるとおもいます。

田原さんらは「当時は誰も軍部を抑えることはできなかった。天皇でさえも幽閉されかねない状態だった。」と言いますが、その原因を突き詰めれば、民主政治と国際協調の重要性を理解していなかった国民にあると思います。
安倍さんが総括は歴史家がするものと発言しましたが
戦前の総括ができずして国家運営するなどもってのほかだと思います。 とはいえ、安倍さん自身はちゃんと総括してるのでしょうが、今その中味を発言すると外交問題になりかねないという配慮からそう発言したのだと思いますw 

小泉さんに対して一部の知識人は個人の信条・信仰より外交を優先すべきだと言ってましたが、安倍さんはそれができたようで・・・。

しかしトップがこういう態度だと、国民一人一人が総括するのはまだまだ先のような気がします。
はじめまして。私はまだ19歳で難しい言葉はわかりません。でも(他番組になりますが)大田総理の番組をみて自分なりに考えを持つようになった今日この頃です。やっぱり人が議論してるところを見ると色々と自分の意見も浮かんできますし、自分もあんなふうに議論してみたいと思います。ニュースをみたりして一応勉強はしていますが、わからない言葉があれば質問するでしょうし、みなさんの足を引っ張るかもしれません。が、自分なりに考えたこと、感じたことを書いていきたいとおもっていますので、よろしくおねがいします。
はじめまして^^
大田総理の議論番組もおもしろいですよね。
ラ・サール石井が「大学を国立だけにしよう」と提案してた回を見ました。ラ・サールは大学はエリート養成のためにあると言い、大田は大学はいろんな人生経験するためにあると言い、白熱してました。それぞれ自分の過去の経験を元に話すから説得力の有無は関係なく、聞いてるだけでおもしろかったです。

キューピーさんも思った事はどんどん書き込みしてくださいね。日頃の疑問、質問なんでもいいですよ!
はじめまして!!参加させていただきます。

個人的に安倍さんは好きでもないし、嫌いでもありません。ただ、北朝鮮の拉致問題を解決の方向へと導いたのは安倍さんの力が大きいと思います。 ただ、安倍さんの掲げる『美しい日本』には、かなりの疑問を感じます。
個人的には、小沢さんの語る『政権交代なくして改革なし』の方が分かりやすく、ビジョンもしっかりしているように感じます。
また、最近テレビで報じられた、自民が新庄に出馬要請なんて話は、政治は票さえ取れればいいのか?? そんなその場しのぎの政治家が日本の将来を考えているのかは疑問に思います。
早速、書き込みしたいと思います。
 先からある靖国問題について。
何で問題になるか?の理由に、神観念の違い、半日教育の影響、いろいろあがっていますね。。。
でも私は、歴史観念の違いもあると思うのです。

 中国では、その時代に悪者だった人物はずっと悪者、のようです。なぜかとゆうと、漢民族の味方をしたかどうかで、英雄か悪者か決める習慣があるからです。たとえその人物のしたことが今の中国の発展に繋がっていようとも、その時代に漢民族の敵とみなされれば、未来でもずっと悪者のままなんです。
 一方日本は、その時代に敵とみなされようとも、今の時代でまでその考えが引き継がれている感じは、、ないですねぇ。むしろ敵味方じゃなく、その人物のしたことが結果としてプラスになっているかどうか、が未来側(今の私たち)にとっては重要なようです。

 思うに、小泉さんは二度と戦争をしないように誓うため、参拝してるようです。これは歴史上の出来事を教訓にして、未来へ“プラスの影響”を与えるための行動と思います。
 これは先の日本の価値観なら理解できる考えです。
 しかし逆に、先の中国の価値観からすれば理解なんて出来ないんじゃないでしょうか?歴史を過去の感情のまま今に引き継ぐ中国にとって、そこから未来がどうこう。。。なんて理解しがたいとおもうのです。
 過去の感情を今に引き継いでいるからこそ、あんなに激しい暴動がおこるのだ、とも思います。
  
 
 参拝に賛成か、と聞かれたら、微妙なところで反対です。上に書いた通り、その国の価値観があるからです。小泉さんには首相という立場をもっと考えてほしいです。

 でも、一日本国民として、いい加減戦争のことで小さくなるのはやめにしたい、とも思っております。

 いつまで「お前が悪い、お前が悪い、謝れ〜謝れ〜」いってるの?あなた(中国、韓国も)は経済も発展してきてるし、そろそろ未来向けの関係を築こうよ!

なんても思います。

この問題、考えれば考えるほど
 難しいですねぇ。。。
>26: ◎又『まる』さん

ようこそ〜^^
どんどん書き込んでってくださいね。

安倍さんがとうとう総裁に決まってしまいましたが
小泉さんと違って経済政策のスローガンがないので
なんだか先行き不透明ですね。
はっきりしてるのはタカ派とうことだけと言う・・・


これで安倍さんが力不足ということが判明すれば
小沢さんに期待がかかるかもしれませんが、いかんせん民主党という弱体組織が足かせになってるようにも思います。
外交に関して親中をむやみにアピールするのも保守親米的な日本国民には逆効果ですし、経済に関して「改革」のスローガンを自民党に取られている現在ではどうしても影がうすくなってしまってるような・・・

個人的にはすごく期待してるんだけどなぁ
>27: キューピーさん

たしかに歴史観念は日中で全然違いますよね。
良い例が「秦櫂の像」と「将門の首塚」でしょうか。

あとはTVで年がら年中、反日ドラマばかりやってるからでしょう。そりゃ戦後何十年も反日ドラマやってれば12億総反日になりますよw(韓国も同じ)
こういう反日ドラマで植えつけられたステレオタイプの日本人像を払拭することが必要だと思います。

中国人がゼッタイだと思ってるこういった価値観を崩すには
多様な情報を流入させ価値観の多様性を身をもって感じさせるしかないと思います。


>そろそろ未来向けの関係を築こうよ!


なぜ未来向けの関係が築けないのでしょうかね・・・
それとも時間が解決してくれる問題なのでしょうか。
先日報道の報道で
「国歌と国旗の義務の有無を問うた教師」の話だが、
こんなのは、はなっから義務は無いのにきまっている。
しかし、国歌と国旗掲揚は国民の愛情の為に大切な事だと思う。
俗に言われる右翼的な意味とはまるで違う。
また、これは他国に戦争をしかける事とも違う。
要するに、自分自身を愛し、自分の兄弟を愛し、家族を愛し、
親戚を愛し、自分の住んでいる街を愛し、自分の街のある都道府県を愛し、それがある国を愛するという事だけなのだ。
「だけ」であるがゆえに大切であり、大きい事なのだ。
自分の国を大切に思う者たちが、それぞれの国にも同じようにいる事を感じ、お互いに愛する、大切なそれぞれの国をお互いに思いやる事なのだ。
お互いに思いやる事ができるのは、自分自身が、自国を愛する気持ちがある所から生じる。
自分の家族や街や大切な人を愛する心から生じる。
それは「義務」なんかではない。
少しは内容が違いはするが、
たとえば、道で大きな荷物をかかえて歩いていたおばあさんが倒れた時に、
それを助ける義務があるかどうか?が問題だろうか?。
義務があるかどうかなど、無いに決まっている。
無いが、それがどうした?という事だ。
自国を大切に思わないから、他国に行った時、所かまわず、変な行為をする者が生まれる。
自分の街を愛さない者が政治をやるから、インチキを平気でする。
そこに、愛や誇りが無いからだ。
こういう大変な時代の中で、教師たる者がいったい何をまぬけな事を言っているのか。
そんな事で戦争が無くなるとでも思っているのか?
そんな事が平和だと思っているのか?
「国を思う事」「国を憂う事」とは、決して攻撃的な事ではない。(しかし攻撃は出来る力を持っている事も大切であるが、話が反れるのでやめる)
とてもとても大切な「心」の事である。そして誇りであったりモラルの持ち方にも繋がる事であると僕は思う。
モラルも無くし、銭もうけに気が狂ったように突っ走るこの国の今何が大切なのか。
目の前の快楽にモラルや誇りを無くした大人達(そして子供達)に今から何ができうるのだろうか?
もはや手のつけようも無いくらい、行き着くところまで
きてしまった感のある今日の日本で、
何を寝ぼけた平和論を話しているのか?
本当の平和は「愛する気持ち」「大切にする気持ち」から来るしか無いと僕は考える。
国歌や国旗そのものが気に入らないのなら、それを変える行動ならかまわないかも知れない。
しかし、国旗や国歌を歌わない事を必死で行う必要がどこにあろうか?
「あおげばとおとし」も歌う義務などないのは当然だが、歌わなくなった今、これでよかったのか?
平和ぼけと平和は違う。こんなまぬけな事で騒ぐ事が出来るくらい今の日本は平和なのだ、しかし
その平和を維持するのは、簡単な事ではない。「私は武器を持たない、私は国歌を歌わない、私は国旗を掲げない」
だから攻めないでくれと言ったらどこの国からも攻撃されないと思っているのか?それで、この国は平和を維持できると思っているのだろうか?この国の者は優しくなれると?もう何十年そういう事を教師たちはやってきたのだ?
そうやって、自由放題をやったあげく、教師は殴られ、教師は生徒をなぐり、先生がだましたり、
公務員が市民を騙したり、企業が国民に毒性のある添加物を平気で加えた食品を「そのほうが売れるから」と
売ってぼろもうけしたりなってしまっているのでは?
そんな世の中になっていいのか?(もうすっかり、なりきってしまったけれど)
ここにきて、まだ言うのか?そんな事を?教師が?
義務でなかったからよかったと?
ナショナリズムは守りや攻撃だけで語るのではなく、
それは自国愛であり、人々の愛であり誇りでありモラルにも繋がる。そしてそれらを違う者、違う国、違う思想の者がそれぞれ
寛容にしあう努力をして(いいかげんではなく)やっとこさ
保てるかどうかが「人間」の出来るかもしれない可能性ではないかと僕は思います。
>30: 月の光のとりむし頭巾さん

まったく同意です。
愛国心は敵愾心ばかりではなく、健全に育てれば公共心へとつながるものだと思います。


>「真に日本を愛するものをして立たしめたなら
>日本は現在の状態にはあるいは追い込まれなかったと思います。」
http://www.geocities.jp/whis_shosin/syokan.html


ここで言う「真に日本を愛する」とは、どういうことなのか個人個人が考えなくてはならないと思います。

しかし愛し方は人それぞれ違うのも確かです。どれが正しくて、どれが間違ってるとは一概に言えないものです。答えは探し続けなければなりません。その時代時代で最善の方法は違うのですから。

そうすると、これだけははっきりいえると思います。
「君の言うことには反対だが、君がそれを言う権利は死んでも守る」

これを肝に銘じつつ、愛国心を育て、公共心へとつなげることが必要だと思います。


今回の国旗国歌事件について言えば、
確かに愛国心の一つとして国旗国歌を敬わないという愛し方もあるでしょう。国旗国歌を敬わないことが日本人のためになると信じて行動する場合もあるでしょう。教師には。

しかし、子供は成長途中で思想も変遷していくものなのですから、基本として国際的な礼儀(マナー)はしつけておかねばならないと思います。どこかの国の国旗が掲揚されれば敬意を表し起立する。どこかの国の国歌が流れれば静に聞く。(自分の国の国歌であれば歌う)そういう国際的なマナーがあることを知ったうえで大人になり座ったり歌わなかったりすることは自由だと思います。選挙権をもつ大人として信念を持って座ってもらいたい。ただし、私はそれに反対の旨の発言はしますがね。
>31: 人生の充電期間です。さん

おお〜 見られたのですね!
私はビデオに録り忘れてて・・・orz

どんな内容だったのでしょう?
        告  知 !



        9月 29日 金


        朝 生 オンエアー!


       (ビデオのご用意をお忘れなく) orz
今、ビデオを貸してもらって見てるけど、
なかなかおもしろいw

この放送時は、まだ北朝鮮の核実験も、安倍さんの就任も、中韓訪問もわからなかったわけですが、左陣営の方は靖国問題をあいまいにしてるかぎり中韓との会談は実現しないという意見が多く、右陣営の岡崎さんだけが会談が実現すると明言していました。

放送から2ヶ月たってから見てみると、誰の発言が的を射ているか一目瞭然ですね。



しかし岡崎さんが前半に「総括は必要ない」と固執していたのが、単なる岡崎さんの誤解だったのにはあきれました。それくらいわかるだろうと・・・。岡崎さんは総括=法的制裁と思っていたらしく、それで反対していたわけです。韓国じゃあるまいし、この時代に法的制裁なんてするわけないでしょ。
しかし富岡という評論家のディベート力の低さにイライラw
 こんばんわ

私も先々々月、先々月、先月とビデオを見て色々考えました。私もはじめ岡崎さんの「総括=法的制裁」のような発言に驚きましたが、今は少しづつ考えが変わってきました。

 田原さんがここ最近、きわめて強く主張されてる戦争の総括。これは安倍政権ではやらないと思いますし、できないと思います。

 歴史という不断の継続の中で起こったある特定の戦争だけを取り上げ、それを正しい、または間違えと評価することができるのか?

 戦争を体験した人々は、それぞれ自分なりに戦争を総括していると思います。今でも天皇をはじめ当時の指導者が正しいと考え自分を保っている方々もいれば、当時の日本を絶対的に否定しその誤りを後世に伝え続けている方々もいます。

 そういった歴史を公で語ることが今まで完全にタブーにされてきたのに、今になって政府で見解をまとめろといわれても、そんな遺言は受け取れないのでは。これはサンプロで双日の吉崎さんが言っていた趣旨ですが、私も全く同感です。

 責任者が現存するかしないかは別として、法的制裁を加えないのに責任者を明らかにすることなんてできるのでしょうか?逆に言えば、法的制裁を加えるほどの覚悟がなければ過去に対して裁定を下すことはできないのではないかと思います。

 そういった意味で岡崎さんが言う、歴史は事実を以ってのみ語られるべきで、歴史を総括する、歴史に対しての責任を問うならば事実のみを追及して法律に当てはめる・・・という考え方が理解できるようなきがします。

 
>37: Maestreさん

過去の朝生を今見るとおもしろいですよね〜w
「未来を知ってる人」気分を味わえちゃいます。


>今になって政府で見解をまとめろといわれても、そんな遺言は受け取れないのでは。

つまり、個人的総括をすれば十分で、国民的総括までは必要ないしできない、ということでしょうか。

岡崎さんは結局「近衛、杉山、松岡・・・」と言ってたので個人的総括はしてるんだと思います。田原さんや他の知識人も個人的総括は十分してるんだろうと思います。こういう人たちは各々の考え方を貫けばよく、国民的総括をしたからといってそれに従う必要はありません。自分たちの判断基準をもっているのですから。


しかし、こういった個人的総括では9条を改正したとき戦争への歯止め足りうるのか不安です。個々人の総括はバラバラであるがゆえに多数となりえず、影響力も低いから、歯止めにはなりえないのではないでしょうか。

それに戦後生まれが社会の大多数となってしまえば、個人的総括自体をしない人達が増えるのはやむをえない流れとなります。そういうとき国民的総括があればそういう人達に判断基準持たせることができ、歯止めになりうると思います。


個人的総括がバラバラなのに国民的総括なんて形成できるのかという問題はありますが、公開の議論を繰り返していけば個人の感情論や極論は排除され、きっと合意形成できると思います。


>事実のみを追及して法律に当てはめる・・・


私はいまいち岡崎さんの意見が理解できないのですが、法律は当時の人間が当時の情勢の中で可決したルールであって、今現在の人間の判断基準や行動指針となりえないと思います。個人的総括して個人名まで出した岡崎さんが、なぜ「総括=法的制裁」と想定してるのか・・・もうちょっと詳しく意見を聞かないといけないかな・・・
・日本軍がハワイの真珠湾を奇襲し、太平洋戦争が始まって65年が過ぎた。あの戦争の犠牲に
 なった無数の人々を改めてしのびたい。それにしても、日本はなぜあのような暴挙に走ったのか。

 31年の満州事変から40年の日独伊三国同盟、さらに南部仏印への進駐から対日石油禁輸へ。
 後世から振り返ると、坂道をころげ落ちるように破局への道を歩んでいく。弾みがついた歴史の
 流れの恐ろしさだろう。当時のルーズベルト政権のスタッフだった経済学者のガルブレイス氏は、
 真珠湾攻撃の知らせを聞いた時、「狂気の沙汰と思った」と回想している。

 何よりも圧倒的な国力の差である。当時の米国のGNPは日本の10倍以上、鉄鋼生産量は
 20倍以上もあったといわれる。しかも、日本は重要物資のほとんどを米国などからの
 輸入に頼っていた。冷静に考えれば、勝ち目がないことぐらい分かりそうなものだ。
 だが、体を張って「待った」をかける政治家も軍首脳もいなかった。

 「欧州でドイツが勝てば、日本も有利な講和に持ち込めるだろう」。最後はそんな期待もあって開戦に
 踏み切った。無責任というほかはない。指導者だけではない。昭和史に詳しい作家の半藤一利さんは、
 真珠湾の日に人々が何を語り、書いたかを調べたことがある。「マスコミは戦争をあおり、国民も
 『やった、やった』と熱狂した」

 日本中を「狂気」が覆っていたといえよう。硫黄島の守備隊は1カ月余りにわたる戦いの末、全滅する。
 それから沖縄戦、原爆投下と続き、敗戦に至る。あれだけの犠牲があったにもかかわらず、無謀な戦いを
 止められなかった無力を思うと、「あんなことは絶対に二度と起きない」と言い切ることはできまい。

 どうすれば、踏みとどまれるのか。狂気に包まれる前に、現実に目を見開くことはできるのか。
 65年後の今、改めて自問してみるのは意味のあることだ。ともすれば私たちの周囲から戦争の記憶は
 薄れがちである。だが、あの狂気やその種はこの世界からなくなったわけではない。過ちは今もどこかで
 繰り返され、戦争の悲惨は続く。そのことを忘れてはならない。(一部略)
 http://www.asahi.com/paper/editorial20061209.html


朝日新聞による「総括」ですね。

>「マスコミは戦争をあおり、国民も
> 『やった、やった』と熱狂した」

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