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風唄コミュの本編6

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北斗はろくに挨拶もせずに行ってしまった。
 彼の祖先にあたる大星は、共に成長をし、共に過ごした時間は妹の次と言っても過言ではない親友だ。
見間違える筈のない相手と北斗を文字通り見間違えてしまった訳だが、冷静な目で見れば、彼と親友は異なる箇所も多々あるように思える。
 日の高さを見ると、約束の夜まではかなりの時間がありそうだった。

「どーすっかな。マックス?」

 先程まで氷の中で共に300年眠り続けたと言うのに、眠たげにゆるりと目瞬きを繰り返している。
見つめる颯輝に、まるで眠気を払うかのように顔を左右に振って応えた。

「眠気覚ましにほんとに散歩にいこうか」

 尻尾がひょこんと跳ね、マックスは腰を上げた。

 外の魔物の数は少なくない。北斗はそう言っていたが、バトルで体を慣らすには丁度いいかもしれない。
武器は所持してなかったが、少し囓った体術がある。周りを彷徨いている雑魚ぐらいどうにかなるだろう。
 視線を感じて振り向くと、散歩を待ち望むマックスの姿がある。
小さな体に隠されている爪と牙は、実際はかなりの威力を持って敵に食い込んでいく。
 大丈夫、自分には頼れる相棒もいる。

 少し歩くと、潮の匂いがした。僅かな微風が運んでくる、海の香り。空と同じように、それは変わらず颯輝を迎えた。
 懐かしい思いにとらわれ、颯輝は込み上げる気持ちを言葉にする事ができなかった。
 水面に太陽が眩しく輝き、小波が砂を攫う。泡の粒は白くはじけて、また海に溶け込む。颯輝の髪が風に揺れた。
 外は変わったらしい。しかし、この光景は紛れもなく颯輝の知る海だった。

「行こうか」

 マックスもこの光景を静かに眺めていたようだ。颯輝の言葉に耳を動かして、足元に駆け寄ってきた。

 風景が変わっているかも、道を行ったら迷うかもしれない。海まで降りて行って海岸沿いを歩く事にした。
300年前ならば、そのまま街の外へと出れた筈だ。
 左手には海。右手の少し遠くには、背の低い煉瓦造りの家々や店と木々が見える。
18年過ごした場所。決して大きくはないこの街で、颯輝は駒馳と、そして両親とで生活してきた。
幼い時には兄妹に大星も混ざって3人で街の隅にある森を探検したり、街の中を彷徨いては裏道の発見に精をだした。
夕方には今歩いている海岸とは方角的に真逆の砂浜まで歩いて行き、そこで夕日を見てから帰るのが駒馳のお気に入りだった。
 この街は三方を海に囲まれていて、漁業が栄えている。港町であるが故に、時折旅人が一時の休息に利用することもあるようだった。
今はどうなのだろう?
 朝日の海岸と砂浜の夕日。颯輝は今、朝日が見える海沿いを歩いている。
もう少し海まで近づいて魚でも見てこようか、そう思ったが止めることにした。
 もし、岩場で足をとられて海に落ちたりなどしたら…泳げない颯輝はそれこと生死に関わる問題だ。

「…っと!」

 そんな事を考えながら歩いていたら、不思議な壁にぶつかりそうになった。

「なんだこれ?」

 辺りを見渡すと、もう街の外へとあと僅かというところだった。先ほど見えていた家々は後方にある。
 また正面に向き合うと、相変わらず不思議な隔たりはそこにあった。
自分の記憶を手繰ってみても、こんな所にこんな物は無かったと思う。
マックスも恐る恐る近づいて、様子を窺っているようだ。
それは無色透明で、あちら側が見えるが波打っているように歪に形をかえている。
 息をかけても不規則に波打つ様子は変わらない。
颯輝は指先を近付け、触れてみようとした。しかし、それはできなかった。

「……すげー…」

 人差し指でゆっくりと触れるつもりだったが、それは颯輝の指を避けるように円形に空間を作った。
そのまま手を開いてみると、円は颯輝の手に触れることなく広がった。

「いけるみたいだ、マックス」

 マックスも鼻先を近づけた、するとやはり同じ様にそれは彼の少し湿った鼻を避けた。
状況把握を終了すると、四本足は少し後退した。その間颯輝は片手をつっこんだままだ。

「んじゃ、いっちょ行き…っておーい!」

 マックスが後退したその場から突然加速をつけ、一足先に不思議な壁をすり抜けた。
 それを見た颯輝も慌てて前進した。きっと目を瞑っていたらここに隔たりがあることなど解らないだろう。
肌にはなんの感覚もなく、街を出た。

 しかし外の空気は明らかに違っている。風の匂いが違うのかもしれない。振り返ると、街は白い壁だった。
街側から見たら無色透明な不思議な壁は、外界から見たら濃厚な霧となって街を隠しているようだ。
 一体何のために。その答えは北斗の言葉にあった。

「そんなに増えてるのかな…」

 魔物達は、街の人々にとって思った以上に脅威らしい。
 颯輝は動物達の気持ちや感情を汲み取ることを得意とする。
不思議な事に、顔や声を聞けば、手に取るように言いたいことが伝わってくる。
しかし魔物と呼ばれる彼等の言葉は聞こえない。心を伝えてくる前に、牙を剥く。

 それを今嘆いても仕方がない。颯輝は辺りを見渡した。
 風景は、そんなに変わっていないように思える。徐に転がる岩、気ままに伸びる雑草と、点々と生える木々。
遠くに見える禿げ山は、かつてと同じく禿げたままだった。

「散歩…にしてはおもしろくないコースかも」

 颯輝は遠くへ行き過ぎぬよう、背が高めの木に歩みを進めた。登ればもう少し遠くまで見渡せるかもしれない。
マックスも蝶と戯れつつも傍らを離れず、颯輝に寄り添った。
 登れそうな木であろうか。颯輝がその表皮が如何なるものか、触って確かめようとしたその時だった。

 風向きが少し変わった。警告はそれだけで十分だった。
 声をあげるより早く、咄嗟に颯輝とマックスは左右に分散するよう飛び退いた。
それとほぼ同時に土が抉られるような衝撃音と砂埃が辺りを支配する。
すぐさま颯輝は地に片手を付き、次の体制に立て直せるよう重心を移動した。
あちらを見遣るとマックスも同様、低く唸って戦闘態勢に入っている。

 突如として空から降ってきた濃紺の物体。それは颯輝とマックスの間を割って入ってきた。
サイズは自分の背丈と同じ程度か、少し大きいか。皮膚は分厚く乾燥していて頑丈そうだ。
動物に置き換えたら、トカゲとコウモリの間というところだろう。もっとも、その羽は四枚もあるが。
咆哮は耳を塞ぎたくなるような不快な声色と音量、それに意志を汲み取ることはできない。それが颯輝にとっての何よりの証明。
 

魔物だった。


 こんな早く出会えると思わなかった。ここで北斗の言葉を体感した訳だ。
 魔物は大きく羽を広げた。瞳は暗黒で、颯輝を見つめている。照準は自分、下手に動くことはできない。次は何がくる?
 しかしマックスが動き出す方が早かった。小さな体躯を生かし、素早く魔物の足元縫って気を逸らす。
羽ばたきで真空を生み出し、颯輝を狙っていた魔物の集中力が分散した。
その僅かな隙を見逃さず、横に転がるようにして危うげなく颯輝はその攻撃をかわした。
 横目で見ると、もと居た場所の足元に転がっていたはずの岩や石は粉砕され、細かな砂となり果てていた。

「マックス…サンキュー」

 彼がいなかったら、旅立ち前に人生が終わっていたかもしれない。
 すぐさま颯輝は駆け出した。同時にマックスも相手に飛びつく。息はぴったりだ。
 がっちりの爪を立て、敵の喉仏に噛みついている。
分厚い皮膚の持ち主にそれはあまり効果的な攻撃とは言えないが、マックスに気をとられている間に、颯輝が素早く回り込み一枚の羽に狙いを絞った。
 怒り狂った敵が頭を左右に揺らしてマックス振り落とした。
颯輝は体を捻り、右足は羽の付け根を狙う。先程の攻撃で理解したのだが、この魔物は主に羽から攻撃を行うようだ。
そこを蹴り落とせば―――。
 だが敵もそう簡単にはさせてくれなかった。
マックスが首から離れるやいなや、素早く体を半回転させ結果的に狙っていた羽の付け根部分よりやや先に蹴りを入れることになった。
それでも素早い蹴りは羽の一部に亀裂を生じさせ、僅かながらダメージを与えた。
 再び魔物は颯輝と向き合う形となった。羽を損傷したことで怒り狂っている。
叫び声をあげながらそのままの勢いで、颯輝に爪で襲いかかってくる。
喰らったら大変なダメージだろうが、直線的な攻撃だ。
 颯輝は意識を集中し、敵の右からの攻撃を腕で払うように流した。
間髪いれずに少し屈んで上体を捻り、相手の喉仏を上に向かって肘鉄を喰らわせた。
 唾液が跳ね、敵はふらつくように、颯輝は軽いフットワークで後退し、両者の間に間合いが生み出された。
マックスが素早く颯輝の横につく。

「今のは効いたろー!?」

 次はどう来るのだろう。颯輝は息を整えつつ敵を見据えた。
 敵は項垂れていた頭をゆるりと元の位置に戻し、低い声で唸っている。

「おいおいおい…?」

 体勢を立て直した相手を見ると硬い体表の賜物だろうか、敵に大きなダメージはなさそうだった。
 運動量はほんの少しだというのに汗が額を伝う。嫌な感じだ。

 マックスは顎を引いて、静かに敵の目を見続けている。自分の何倍もの大きさの魔物だというのに、引けを取る箇所はひとつもない。

「マックス、行けるか」

 その様子から、行けないはずがないと分かりつつ声をかけた。
彼は颯輝を見ることも唸ることもしなかったが、彼の前を向いていた耳がこちら側に少し動いたのをしっかりと確認した。

 深く、長く、息を吐く。
 敵は大地を掻いて、颯輝を見つめることを止めない。自然に手が拳を作っていた。
 颯輝も目を逸らすことはしない。木々のざわめきも、頬に当たっているはずの風の音も聞こえなくなった。
集中力が最大まで引き出されている。しかし颯輝は肉体の緊張とはうらはらに、不思議と心は落ち着いているのを自覚した。

 息を吸い終えたのと同時に、颯輝とマックスは踏み出した。
マックスのしなやかな体躯はそれを裏切る速さで敵に襲いかかろうとしている。颯輝は注目を自分に向けるため、正面から突っ込んでいく。
 敵が低いうなり声と共に負傷した羽を広げた。
 また来る―――!!

「マックス!!」

 弾丸のように駆けているマックスはすぐさま軌道を変更し、敵の右手に出る。
颯輝は正面からの衝撃波を高く跳躍する事でかわした。体を捻り、そのまま敵の上空を通過する。
 颯輝の着地とほぼ同時に、今度はマックスが飛び付き、隠されていた爪が露わとなって敵に襲いかかった。
素早い一撃は、相手の右目に深い傷を負わせた。

「うらぁ!!」

 敵は苦悶にのた打ち狂ったかのように頭を振っている。颯輝は敵の顔面がこちらを向いた瞬間、
その横っ面に渾身の力を込めて左から拳を叩き込んだ。右目を潰した魔物の堅い皮膚に、確かな手応えを感じた。

 敵は一瞬ふらつくと、胴体から地に倒れ込んだ。その様子が、颯輝にはスローに見えた。

「やったか……?」

 乱れた呼吸を整えつつ、颯輝は倒れた魔物の様子をうかがった。不用意に近づくのは危険だ。
 マックスが頭を振って尾を一度揺らした。長めのそれはしなやかな動きで体のバランスをとっているかのようだ。
見たところ、大きな怪我はなさそうだった。
 魔物は苦しげに浅く早く呼吸を繰り返し、時折前足がびくりと痙攣を起こしている。
 それを見たマックスは小さく唸り警戒を露わにするが、颯輝はそれを制した。

「…もう帰ろ、マックス」

 散歩を続行する気にはなれなかった。

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