原節子コミュの原節子のことを取材

昨日は山内静夫さんのお宅に伺った。山内さんのことは何度も書いているが、白樺派の文豪・里見弴先生の息子で、小津安二郎の映画のプロデューサーだった方で、鎌倉文学館館長も務めた鎌倉の名士である。御年89歳。
昨日は原節子と笠智衆の話を中心に取材した。もっとも二人について触れると、当然ながら小津安二郎の話題も出てくるので、半分ぐらいは小津さんの話になった。
いまの日本で現役時代の原節子と接したことがある人は数えるほどしかいない。山内さんは原節子も笠智衆も小津安二郎の「晩春」の頃から知っているのである。
三人とも鎌倉在住だった。原節子は今年、94歳で鎌倉の浄明寺というところに住んでいた。住んでいたというのは、数年前、「都内の施設に入った」という情報が流れたからである。山内さんももう鎌倉にはいないと思っていたようだが、去年の暮れに山内さんが司葉子にお目にかかって、司さんが原節子に電話をかけたところ、まだ鎌倉に住んでいて、すこぶる元気であることを本人から聞いたというのである。
ぼくは日本の女優の中でもっとも好きなのが原節子と香川京子なのである。以前、原節子の姿を見たくて、たびたび浄明寺の彼女の家の前に佇んでいたことがある。
山内さんから素顔の原節子は、とても気さくで非常に明るく、親しみやすい人だと聞いた。ビールが好きで、5、6本は飲んでいたという。小津安二郎との間に恋愛感情はなかったと聞いた。

笠智衆は大船に住んでいた。鎌倉で散歩姿を見かけたことがある。その昔、ぼくがお歳暮の配達のアルバイトをしていたとき、笠智衆の家が配達ルートにあって、毎日、笠智衆のお宅に届けていた。
山内さんによると、笠智衆は役柄そのままに実生活でも、朴訥でシャイでまじめな人だったという。
「鎌倉会」という鎌倉在住の映画人の会が昭和28、9年から10年ほどあって、小津安二郎や脚本家の野田高梧、田中絹代、笠智衆といった面々がメンバーだった。笠智衆は下戸でいつもぽつんと一人で端っこに座っていた。会も半ばになると、酔っ払った小津安二郎が笠智衆に「詩吟をやれ」と命令し、小津の言葉には絶対に服従だった笠智衆は見事な詩吟を披露したという。

小林秀雄が唯一鎌倉文士の中で一目をおいていたのが里見先生だったと聞いた。小林さんは里見先生には敬語で話し、さすがに絡むことはなかった。

山内さんから里見弴先生の文庫本をたくさんいただいた。夜は里見先生ゆかりの店に行った。小町通りの割烹「奈可川」。小林秀雄や永井龍男が常連だった店で、里見先生もたびたび来ていた。ここは32年来の付き合いのある店で、すっかり家族同様なのである。
それから「蝶家」で飲んだ。ここは里見先生の孫がやっている店である。昨日も里見先生の話で盛り上がった。いまや鎌倉でも生前の里見先生を知っている人が少なくなってきたので、この店は貴重なのである。鎌倉には「蝶家」の息子で、里見先生のひ孫に当たる人が「楽縁」という飲み屋をやっており、ぼくはこっちにも顔を出している。里見先生、子供、孫、ひ孫四代にわたる付き合いができて幸せである。