みんなにやさしい自作小説コミュの徒然物語②～第十五章～

｢―――っんの馬鹿野郎！！なに考えてやがる！！｣

振り下ろした刃が眼下の人物に到達間際危ういところで寸止めに成功した

地に組み伏された旅狐がその大きな目を見開き自分の前に両手を広げて庇い立つ少女の背中を凝視する

予想外の事態

アストレイと旅狐との間に割って入ってきたアストレアを鋭い視線で責める

流石にこれは見過ごせない

ドスを効かせた低い声がイライラしている心情を隠そうともせずにアストレアを詰問する

｢そこをどけ。お前にはそいつを救えない、俺にもどうすることもできない。人間一人にできることなんてたかが知れてるんだよ…どこかのお伽噺(=おとぎばなし)のように全員救われる世界なんかこの世にはねぇ。理不尽だろうが救いがなかろうがそれがこの世界だ。夢物語に憧れるな！目の前の現実を受けいれろ！そいつは敵で、俺達はこの先も生きていかなきゃならねぇ…余計なことを考えず利害で自分の立ち位置を決めていくんだ…わかったらさっさとそこを―――｣

話ながらアストレアの小さな肩を掴むが、頑なに動こうとしない

どかせようと思えばそれでもまだ出来るのだがアストレアの瞳に宿る光が並々ならぬ決意を覗かせ、余計にアストレイをイラつかせた

なんだって他人の為にそこまで出来る？

今も我が身を省みずに飛び出してきて、一歩間違えれば死んでいたのは自分なんだぞ？

信じられないほどの自己犠牲精神にアストレイはついに怒鳴っていた

｢お前馬鹿かっ！？あの時もそうだ！村を出るときも連中の事をずっと心配して、お前を監禁してきた奴等だぞ！？怨みこそすれ気遣う理由がどこにあるっていうんだ！お前の他者への献身さは異常だ！狂ってる！頭おかしいんじゃないのか！？人間誰だって自分の事が一番大事だろうが！！｣

一気に捲し立てるように浴びせていた

興奮で沸騰したように全身が熱い

肩で息をしているアストレイに終始黙って聞いていたアストレアが不意にぼそりと口を開いた

｢…から…｣

｢なんだって？｣

｢…私は知らなかった、世界がこんなに広かったなんて…｣

いつも口数少なく、話すのが苦手なアストレアが精一杯の気持ちを伝えるべく真剣にアストレイを見つめている

目の端に浮かぶモノが涙であることに、遅まきながらアストレイはこの時初めて気がついた

｢暗くて狭くて冷たくて、たまに痛みを感じるだけの世界じゃないって…レイと一緒に旅して初めて知った！…知らなかった！人間(=ひと)の手が痛くないんだって！暖かくて、固いけど恐くなくって、とても力強いのに頭を撫でてもらったらあんなに安心できて優しいものなんだって！レイが手を繋いで外に連れ出してくれて初めて知ったの！｣

涙を流しながら懸命に話すアストレアは、もしかしたら自分が泣いていることに気づいていないのかもしれない

次々に溢れこぼれ落ちる雫を拭うことなく全身で剣を向けるアストレイの前に立ちはだかっている

…あれ、なんで剣なんか…

気勢を削がれ、自分が何故少女に剣を向けていたのか分からなくなってきた

この剣はいったい何の為に振るわれてきたのか

生きるため？

それもある。だが本質的には違う気がする

生きる為には力が必要だ…何者にも邪魔されない絶対的な力…

そうだ、自分の信念を貫き立ちはだかる障害のことごとくを撃ち破る無敵の剣

たとえ相手がこの世界の常識であろうと知ったことじゃない

非常識がなんだ

正解がなんだ

自分の気持ちを隠しねじ曲げこの世界に合わせて生きるのが嫌で剣を握ったんじゃないのか

上から見下す理不尽に唾を吐き、蔑み罵倒されるのを上等と鼻で笑うために俺は剣を握ったんじゃないのか

だったら…なんで今俺は目の前の少女に剣を向けているんだ

熱くなっていた頭が急速に冷えていく

傭兵としての立場に執着しただ命令通りに動こうとしていた自分

依頼どころか俺の指示すら無視して己の思ったように行動するアストレア

…俺が目指していたのはどっちだ…

つくづく自分の不甲斐なさには腹が立つ

内心で落ち着きを取り戻してきているのを悟られないようにしながら

最後にアストレアを冷たく突き放す

｢…どんなに願っても叶わない現実は必ずある…護れるモノがあれば溢れ落ちるモノがあるようにな。どんなに手を伸ばしたって届かないことがあるってことだけは忘れるな…｣

背を向け、もう終わりとばかりに双剣を腰のホルダーへ戻す

今アストレアがどんな表情でいるのか知るのが恐い

結局俺自身は一方的に現実を突きつけただけで、アストレアの力にはなっていない

幻滅されたか、嫌われたか、怖がられたか…

いずれにしろ今までのような信頼関係には戻れないだろう

自嘲気味に嘯(=うそぶ)きながら目を伏せ一人孤独に腕を組む

傭兵アストレイはそうして独りこれまで生きてきた

他者に巻き込まれるのは御免だ、世話をかけるのもかけられるのも面倒だと他人を拒絶し一定の距離を保って生きてきた

が

その実不器用な自分が他人と関わりを持つことを恐れ逃げていただけなのだ

レアの為に何かしたい

柄にもないことはやはりうまくいくものではなかった
当然だ。付き合いが怖くて逃げていた人間が突然やってみたところでこの結果はわかりきったことだったのだ

息を殺してこちらを窺う傭兵達から集まる視線に不快感が込み上げてくる

―――お前は結局ただの傭兵だ―――
―――今さら取り繕おうとこれまでの悪行がなくなるわけではない―――
―――これまで通りその手を自分のエゴの為に血で濡らせ―――
―――所詮その手は人を殺すためにあるのだから―――

言われもしない非難の声が頭に流れ込んでくるようだ
ただの幻聴、被害妄想の類いと分かっていながら体は鉛のように重く鈍くなっていく

果てない自虐の嵐が吹き荒れる心中に

まるで暗雲を吹き散らす光明。天より舞い降りる天使のような軽い感触が、トンっと背中に伝わってきた

｢れ、あ？｣

｢レイが、助けてくれたから…｣

｢っ！？｣

キュッと腰に回された細い両手が力一杯に締め付けてきた

それでもアストレイにはたいした力には感じられなかったが、腰にしがみつき震える声音を必死で張るアストレアの気持ちと言葉にはえも言われぬ力が籠(=こめ)られているように感じた

｢…あの永遠に続く暗闇の世界で、レイが私を助けてくれた！救ってくれた！…嬉しかった、凄く、すごく…嬉しかった…明日すら怖かった私がこんなに明日が待ち遠しいなんて、『楽しみ』だなんて…｣

｢…｣

｢だから、私はこの子を助けたい！あの時の気持ちがわかるから、暗い闇の中でも差し伸べてくれる手があるって事を！この世界にも居てもいいんだって言う場所があるってことを！教えたい！｣

頬を紅潮させながらも瞳の奥の輝きは一切揺れていない

まるで宝石のような深紅の瞳に一瞬みとれ呼吸すら忘れていた

そこに出会った頃の薄幸少女はもういなく

かわりに譲れない信念とそれを貫く強い意思を秘めた誰から見ても魅力的な美少女が一人アストレイの傍らに立っていたのだ

｢は、ははは｣

なぜだか笑みが零れた

わからない

なぜこんなときに笑ってしまったのか

だが、体の内から沸き立つ歓喜がどうしようもなく全身を駆け巡るのだ

｢私を気にして無理に冷たく言ってくれたのはわかる。多分、レイの言う通りだと思う。守りたくても守れなくて溢れ落ちちゃうこともあるし、それは手を伸ばしても届かないんだって事も…でも｣

不意にアストレアがイヤに『イイ笑み』を浮かべる

これは誰だったか…ああ、昔ヨハンやロナ達に指摘された事がある特定の条件下で浮かべる『自分』の笑い方と特徴が酷似しているのだ

｢たとえ私やレイの手が届かなくても『手を繋げばきっと届く』よ！｣

｢！！｣

これは…してやられた

一見レアの言っていることはただの言葉遊びでしかないのだが

その『あるだろう』『くるだろう』の不確定な未来を案じて今話すのと

だったら『こうする』『ああする』といった話をするのは同レベルのいわゆる鼬ごっこ。答えのでない机上の話でしかなりえないのだ

そこで相手を黙らせるのに必要なことは唯一つ

相手を上回る『意思』である

絶対の確信。揺らぐ事のない決意が今の俺を上回っていたんだ

完全に俺の負けか

この真っ赤に染まった両手は、どうやら命を奪う事以外も出来るらしい…

人と繋ぐ手、か…

｢はっはっはっはっはっはっは！！！｣

突如として一帯に響き渡った豪笑に傭兵達を始め、旅狐まで今の状況を忘れて呆然としていた

ついに狂ったか？こいつ…と

だがそんな空気を無視して、ただ一人満足そうに見上げるアストレアと視線を交わす

｢…お前はもう十分一人前だな｣

｢だってレイのパートナーだから｣

互いに言葉少なく笑い合う

戦場であることを忘れてしまいそうなひだまりの瞬間

いつまでも浸っていたい衝動を無理矢理抑え込むと、無言でアストレアの背後にいる旅狐へと視線を移す

そして、横柄に一言告げるのだった

｢気が変わった。助けてやる｣

｢はあっ！？｣

不遜な態度のアストレイを犬歯を見せながら威嚇する旅狐

先程まで自分を苦しめていた人間が、急に手のひらを返したのだから当然か

しかし、当の本人は意に介さずグイグイ話を進めていく

｢どういうつもりだ！？助けてやるだと！？偉そうに一体何様のつもりだ！？｣

｢黙れ煩(=うるさ)い喋るな狐｣

キャンキャンと吠えたてる旅狐を片手で制すると今度は周囲の人間達へ続ける

｢俺達マグヌス傭兵隊は今ここで依頼放棄する事をここに宣言する。各小隊(=パーティー)撤収準備、終了次第撤退するぞ｣

｢何だってっ！？｣

これには全員が驚いた。何より一番戸惑っている人物から当然の如く苦情が寄せられる

｢き、貴様何を勝手に！さっさとその亜人を殺せ！そうすれば霊石が一度に二つも手に入る！そうだ、そいつを殺せば報酬を二倍いや三倍だそうじゃないか！｣

欲にかられた依頼主=アンヘル商会の男が薄気味悪い笑みを浮かべながら提案してきた

今回の報酬自体が高額であったためその二倍三倍と聞いた傭兵が思わず唾を飲み込む

金に目がない傭兵なら必ず飛びつく破格の条件に商人は確信した余裕の笑みを浮かべていた

…まさかその笑みが凍りつくことになるとも知らずに…

｢いらんわ。そんなもん｣

｢なっ！？｣

｢そもそもこの依頼自体がギルド側に隠匿された部分が多すぎる。『旅狐を殺せ』だ？そんなことギルドが許すわけないだろ｣

｢く、ならば貴様共々殺してやる！おい！コイツと旅狐を討伐した者には十倍の報酬を払おうじゃないか！さあ、殺ってしまえ！｣

血走った眼を周囲に走らせるが、一向に動き出そうとしない傭兵達に商人の表情から次第に焦りが浮かび始めた

｢な、なにをしている！？金に煩い連中の分際で、さっさとやつらを―――｣

｢動くわけないだろ？俺達はな命をチップにやってんだ。リターンが見込めなきゃ動くわけねぇ｣

｢なんだと！？だから報酬を―――｣

｢そこじゃねぇ。今俺のパーティーを取り除けば帰りの道程の生還率が一気に下がるって話をしてんだ。こんな樹海の奥深くまで入ってきて、マグヌスに着く頃には良くて三割生還できるかどうか…全滅だってザラな場所に俺達は今居るんだ。貰えるかわからねぇ怪しい報酬よりてめぇの命を大事にするのが傭兵なんだ。てめぇの命を安く売るバカはここにゃいねぇって言ってんだ｣

｢ぐぬぬ…｣

怒りのあまり顔を赤黒くした商人を一瞥(=いちべつ)すると再び睨む旅狐へと戻る

｢父様を殺した貴様ら人間なんか皆殺しにしてやる！｣

｢心外だな。一緒くたにするな｣

｢レイ｣

｢ああ、はいはい｣

気付けば俺とのやり取りを見ていたアストレアから少しキツい視線が送られていた

それに対して黙って両手をあげるジェスチャーをして一歩退く形で場所を譲る

ネゴシエイトは専門外だ

責任持ってやってもらおうじゃないか

続く

コメント(1)

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[1] mixiユーザー 11月08日 14:16

～～～あとがき～～～

つ・づ・い・た(泣)
くっ、最大文字数が少なすぎる！まとめきれない僕も悪いけど
しょうがないじゃないですか？
ゴール見ないで走ってんですから(爆)
なんとか説明口調になり過ぎないよう｢セリフセリフ｣(汗)といれましたが
読みやすいでしょうか？
(そもそも文章として、日本語として、とのツッコミはなしの方向でw)
うまく内容がまとめられず
今回はかなり時間がかかりました(失笑
・アストレイとアストレアの考え方の違い
レアには先入観がないので自然と彼の背中(損得勘定や合理性)を見て育つ予定でしたが
どちらかと言うと体裁よりも本質(理想)を見て育った感じになりましたw
意図はしていませんでしたが、より良い物語になっていっていただければいいなぁと思っております♪

ここまでお付き合いいただきありがとうございます！

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