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みんなにやさしい自作小説コミュのREKIRIMA(10)−3

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                    第十話 黒い咆哮(3)





長時間続いている戦闘のおかげで時間の経過を正確に確認できなくなっていた。


気がつけば森は深い闇に閉ざされ、太陽の変わりに出現していた月の光だけがその場を照らしている。


月光により照らし出されている魔獣の伏した姿はどこか非現実的でさっきまで雄々しく絶対の『格』として存在していたのが嘘のようだった・・・



今の自分に何ができるのか・・・



レイはひたすら目の前で死にゆくものの姿を捉えながら慌てていた。


「気にするな」とそのものは力なく呟く、がレイには到底無理なことだ。


(せっかく、憎しみから抜け出せそうだったのに・・・オレなんかをかばって・・・)


自分を押しのけ代わりに大地に張付けられた魔獣の右足に深く突き刺さっている槍らしきものを必死に抜こうとしてみたが、ぴくりともしない。


気がつけば泣きながら魔獣の首を抱きしめていた。


魔獣の傷口よりとめどなく流れでる血が服に染み込み、摺り寄せる頬に付着するが全く構わなかった。


「・・・サイゴニ、オマエト・・・アエテ、ヨカッタ、ゾ・・・」


魔獣は目を細ると、ギリギリ聞き取れるような声でか細く呟く。


次第に瞼がさがっていき、体温も同時に下がっていく。


四肢からは力が抜けていき、頭がレイに擦り寄るように降りてくる。


「・・・めだ、だめだ・・・死んじゃだめだってば・・・」


必死で声をかけた。

ぼろぼろと止まらない涙で視界が悪くなっていく。がそれも無視した。


「・・・オマエハ、アタタ・・・カイ、ナァ・・・」


魔獣が一つ大きく息を吸って耳元で囁くと、それを最後に魔獣は口を閉ざした・・・


「・・・ねぇ・・・」


舞い降りた沈黙の空間、目の前の事実をつきつけるような重い沈黙・・・


「・・・やっぱり・・・だめだよ・・・あなたが協定を破ったって誤解も晴れたのに・・・なんで死ななくちゃいけないの?」


レイの問いに返すものはいない。


「一番幸せになる権利があるのに・・・なんであなたが死ななくちゃだめなの・・・? おかしいよ・・・」


レイの頬から流れ落ちた涙が魔獣の額へと、滑り落ちる。


「・・・オレ、絶対にこんなの認めない・・・こんな結果絶対に受け入れない!!」


キッと顔を空へ向ける。その動作で目元の涙が魔獣の角に飛ぶ。


そしてレイはその場にいる『みんな』に聞こえるよう声のかぎり叫ぶ。


「・・・死なせたくない!! 死なせるもんか!! 『みんな』オレに力を貸して!!」


一瞬の間の後静寂が場を満たす。レイの叫びに返ってくる返事はない・・・


と、周囲を淡い燐光が燈りはじめる。


突然発生した淡い灯火にも格別驚きはしない・・・それこそが自分が呼びかけた先の存在であったからである。

その燐光の『姿』がレイには見えていた。


人を掌サイズにしたような小さな女の子が、レイの頬に残っていた涙の跡をその小さな手で撫でると、やわらかい笑顔で頷く。


レイも頷き返す。


女の子はふわふわと空を舞い上がり、レイの周囲を楽しそうに踊る。


この時レイはすでに泣き腫れた目元をこするといつもの温かさと優しさを秘めた眼差しで魔獣を見つめていた。


自分の出来ることをすべく・・・


(あなたを絶対死なせはしない!!)


深く息を吸い、浅く吐くと同時に目を閉じてレイは深層意識へと入っていった・・・





                       ・・・ノヴィス・・・オレに力を貸して・・・


気がつくと光輝く空間の中にいる。もちろんここにきた目的は自分の『意思』に語りかけるため。


果たして、空間全体に響くような、レイの頭に直接響いてくるような、テレパシーのようなものが届く。


                       ・・・我が名はノヴィス・・・主の魔の名なり・・・


それは以前より何度か聞いたことのある、探していた者の声だった


          ・・・ノヴィス、時間がない、オレの話を聞いて。助けたい者がいる・・・相手は魔獣だけど『・・・主よ・・・』


急に頭の中へ響く。どうして話している途中にノヴィスが話し掛けてきたのかわからない、が急いでいたので先に一通り伝えようと、再度口を開きかけたレイに再びノヴィスの声がさえぎる。


                ・・・主よ・・・我は主の魔である。故に主の考えていることは我にも伝わっている・・・


息を呑み目を見張るレイにノヴィスがさらに続ける。


                 ・・・我は主の力を具現化するもの也、故に我は主の求める力を具現化する・・・


呆然とノヴィスの言葉を聞いていたレイだが、ようやく理解し終えると「頼む!」っと、力強く頷いた。


                                ・・・御意・・・


深層意識から抜け出ていく間際、光り輝く空間から小さな呟きが聞こえたような気がした。





目を見開くと、そこにはたくさんの光の精霊達が踊っていた。


視線を巡らせると、すぐ近くに最初に現れてくれた精霊の女の子が笑顔で踊っている。


レイは真剣な面持ちになると目の前に横たわる、今にも消えてしまいそうな灯火の魔獣へと視線を合わせる。


「!? な、なんだ!?」


遠くで誰かの動揺した声が耳に届く。が、すぐに意識からはずす。


自分の元へと集まり来る光の精霊達に一礼すると、みんが貸してくれている膨大な精霊力を自分の中へと導く。


そして、自分の心の底から湧き上がる想いとを包み込むようにして溶け込ませると頭のうちに浮かび上がりくる祝詞を紡ぐ。


「・・・我は万感たる力を借り受ける者。この世光瞬かすために行使する者。聖ある光の代行者・・・ここに我が力、我が心授け、綻ぶ汝へ注ぐことを誓う。我が命、光消えるときまで、故にいつ何処にあろうと力となる『護衛獣』となることを誓約する・・・誓約者の名は【レイ・ジーニアス】、聖光の一族最後の剣也・・・」


レイは、浮かんでくる言葉全てを紡ぎ終えると、右手を魔獣の額に掲げる。


その右手から伝わっていくようにレイを覆っていた光が魔獣の角へ、角から全身へと包み込んでいき地面に光り輝く魔方陣を構築する。





(いったい何をしているんだ?)


視界を妨げていた防御炎が消え、よりはっきりと『光』を視認する。


すでにかなりの光量となっているレイを何とか目を凝らしながら見つめていたが、不意にレイの右手が動いた気がした。


「・・・誓約の儀・・・」


ぼそりと隣にいたマナが呟いた。


メイアが光を見つづけたままマナに尋ねる。


「誓約の儀?」


「聖光の一族に伝わる魔法には、通常の魔法と、その身を守るためのすべとして『魔物』を使役・護衛獣とする秘術があるんです・・・今レイ様が行っているのは後者の契約の儀・・・通常の魔法よりも格段に複雑な高等魔法なのですが・・・享受を受けずに使いこなすなんて・・・」


驚嘆に目を瞬かせるマナと「へ〜・・・」と感心しているメイア。


二人に挟まれた形にいるキースは何か釈然としない面持ちでレイを見据えていた。


マナの説明を聞いたときから心の中にすっきりとしないわだかまりが出来ていた。


なぜこんな気持ちになっているのか・・・その理由に思い当たるとキースは苦虫を噛み潰した気持ちになった。





「・・・」


顔には珠のような汗がいくつも浮かんでいた。


身体は急激な疲労の蓄積によって、鉛のように重く感じられた。


(お願いだ・・・)


力の入らなくなってきた身体は立っていることさえキツく、気を抜けばそのまま倒れそうだった。


(目を、覚まして・・・!!)


だが、辛いからといってこんなところでやめるわけにはいかなかい。


幸いまだ気絶するほど疲労感はきていない。それに・・・


(ヒトに・・・償いをさせて・・・)


放ちつづける右手に意識を集中してさらに魔獣へと活力を注ぎ込む。


精霊達もレイの様子に心配そうな表情をしているが、本人が諦めていない以上途中で作業を止めるわけにもいかず周りを、魔獣の周囲を、魔方陣のサークルの上を、懸命に舞いつづける。


      ・・・ッ・・・


その時、レイの必死の念が届いたのか魔獣の瞼がピクリと動く。


次第に意識を取り戻していき、その紅い瞳の焦点を目の前にいるレイに合わせる。

そこで魔獣が目を覚ましたことに安堵しているレイと目が合う。


「・・・ナニヲシテイル・・・」


茫然としている魔獣が口を開く。


その問いの意味がわからず、汗をたらしながら目をぱちくりさせる。


「・・・なにって・・・え〜と・・・何してんだろう? その、みんなに力を貸してもらって、その貸してもらってる力をあなたにあげているというか・・・」


どう説明して良いのやら・・・なんとなく『こうだ』と思うことを半ば衝動的にやっていたので、口で説明しようにもその内容事態自分でも良く理解していなかった。


なんとなく周囲に視線をやるが、光の精霊は皆同じく頭の上に『?』をつけてこちらを見つめ返してくる。


「イヤ、ダカラナゼソノヨウナコトヲ・・・」


「あなたに死んで欲しくなくて」


「・・・ハ?」


返答の意味が理解できないのか、不可解な声をあげる。


「・・・あっ、これはノヴィスが教えてくれた誓約の儀ってやつで、こうしないとあなたに力を分け与えられないっていうからしたわけで。あ、だからその、護衛獣になる・ならないは別にどうでもいいから、あなたはあなたの好きなようにして・・・」


自分を囲んでいる魔方陣に気づきそちらに目をはしらせる魔獣に説明してみた、がやはり何処かうまく話せなかった。


(うう〜、オレって口下手・・・)


「・・・ツマリ、ソノゴエイジュウトヤラニナルタメノギトヤラヲシナクテハ、ワレニチカラヲワケルコトハデキズ、ソセイサセタイマ、ワレヲゴエイジュウトヤラニセズトキハナツトイウノカ? ヒトヲコロシタワレヲ、コノママニガスト・・・?」


魔獣の目が鋭く尖る。その凶眼に怪しむ光が灯るが、レイはその目を真正面から見つめ返す。


「・・・そう! 多分その通り。オレはあなたには幸せになって欲しい・・・できれば護衛獣になってもらってそばにいてもらえるとオレもあなたに償えるから嬉しいんだけど・・・」


偽りのない本音は、果たして魔獣に届くのか・・・


二人の間にわずかな沈黙が流れた。


「・・・・・・・・・・・・」


「?」


よく観察してみると、魔獣は身体を小刻みに震わせている。


「どうし―――」

「オマエトイウヤツハ・・・」


どうしたのか声をかけようとするレイを魔獣が遮る。


「ホントウニ・・・ヘンヤツダ・・・」


心の底からそう感じたのか全く皮肉にも冗談にもとられない口調であった。


その時にいたってようやくレイは魔獣が笑うのを必死に噛み殺していることに気づく。


そのあからさまな態度に拗ねの入ったレイが顔を横に向ける。


「そんなはっきりと言わないでよ・・・」


「ソセイサセタノダカラ、『ワレニシタガエ』トイエバヨイハズ・・・ナゼオマエハソウシナイ? ナゼオマエハ、コノママワレヲニガソウトスル? コノママワレヲニガシテシマエバ、オマエガシタコトハムダナコトニナッテシマウノデハナイカ?」


「う〜、質問多い〜・・・オレがしたことは無駄なことじゃないよ」


「?」


「オレは自分がしたいと思ったことをしただけだから。別にあなたが何を選ぼうとオレは後悔しない・・・オレはさ、オレが後悔しないようにしただけ。これってただ我侭を押しとうしただけだろ? だ・か・ら、オレは別に損をしたわけじゃない・・・」


両手を組み右手の人差し指を顎に当てながら何処か虚空を見つめつつ、最後に確認するように魔獣を見返してやった。


「・・・ソウカ・・・」


魔獣は短く呟くと何かを考えるように目を閉じた。


「・・・デハスキニサセテモラオウカ・・・」 


再び魔獣が目を開いたとき凶眼に一筋の光が燈って見えた。


「うん!」


「サテ・・・」


魔獣はいきなり視線をクルトに合わせる。


「デハ、ワレハアヤツニカリヲカエサナクテハナ・・・」


「あの子・・・?」


レイも魔獣の視線を追ってクルトにあわせる。


「アア、アヤツラガセンジツワレノコヲ・・・ソノミヲモッテツグナワセル!!」


「そっか・・・じゃあ、オレも―――」


協力する、と言おうとしたレイの目の前に魔獣の顔がぬっと近づいた。


「ヤメテオケ・・・モウゲンカイダロウ?」


魔獣は鼻面でレイの身体を軽く押す。


押されたレイはすでに力が入らなくなっていたため、後ろに数歩よろめいた後格好悪く尻餅をつく。


「あたっ・・・でも、一人でなんて・・・あれ?」


立ちあがろうとして身体に力を入れてみるが、何度やっても身体が思うように動かない。


「ソウトウフクザツナモノダッタノデアロウ? サキホドノアレハ」


「・・・そうみたい・・・たはは・・・」


何度やってみても反応のしない自分の身体にやや自嘲気味に笑う。


「・・・オマエハソコデオトナシクシテイルガイイ・・・ナニ、シンパイスルナ。オマエノナカマタチニハ、テハダサンシ、ダサセモセン。」


ゆっくりと遠ざかっていく魔獣の足音を聞きながらレイは呟いた・・・


「・・・死なないでよ・・・」


「・・・アア・・・」


遠くで律義に呟きに答えた魔獣がいた。





「クッ、何なんだ!? いったい、あれは!?」


クルトはローブ越しにも伝わってくる激しい敵意に身を震わせていた。


先程の謎の発光現象もやみ、今も光っているのは魔獣に突き飛ばされた奴だけなのだが、あの輝きが消える頃には致命傷を与えたはずの魔獣が立ちあがっていた。


その上魔獣はこちらに向けて激しい憎悪を露にしながら近づいてきている。


足取りはしっかりとしたもので、先ほどまで死にかけていた者とは到底思えないものだった。


「なんなんだよ!? あいつは!!」


クルトは非常に焦っていた。


そもそもあの魔獣は不意を狙ってやっと倒せたのだ。


実験のときでは圧倒的戦力で立ち向かっていたから良かったものの、今では明らかに分が悪い。


恐らく、いや確実に奴はもう隙を見せないだろう・・・


その上・・・


(あいついったい何者だ!? いったいなんなんだよあの光は!? 死にかけの魔物を蘇らせる術だと? そんな術、僕は知らない・・・)


クルトの意識は迫り来る恐怖に慄きながらレイに向けられていた。


(魔物を、従えてる!? それにあの『光』!? もしかして・・・)


クルトの記憶で、まだ新しい方の・・・それもつい最近組織で大々的な作戦として、行われたものが思い浮かぶ。


(その一族はこの大陸に光をもたらしたと言われている一族・・・魔物だけではない『邪悪な存在』を滅した強大な一族・・・それは光抱く『魔物』すら味方につけ、邪を抱く『人々』すら滅する一族・・・その力は『破邪顕正』・・・一族の長たる人物の称は・・・)


「・・・聖光の、者・・・」


一人呟いた言葉の意味を理解する。とクルトは迫り来る魔獣を見据えて・・・いや、その後方で地面に仰向けになっている人物を見据えて叫んだ。


「そんな!? 君達は僕等の手で滅びたはずだ!! なんでそこにいるんだよ!?」


叫ぶクルトの視界を塞ぐように「ズン」と魔獣が足を地面に振り下ろす。


「カリヲカエスゾ」


雷鳴のように重く響く声にクルトの焦点が目の前の魔獣へと合う。


魔獣と目が合った瞬間そのあまりの威圧感に身体が縛られたような錯覚に陥る。


「クッ、おい!!」


クルトは恐怖に駆られた事を恥じるように、怒鳴るとアイアングラックへと指示を出す。


周囲にいたアイアングラックが唸り声を上げて集まってくる。


そのどれにも視線を合わせずに、魔獣はクルトを見据えたまま続ける。


「・・・キサマノコウイ・・・ソノダイショウガドレホドノモノカ、ソノミヲモッテオシエテクレルワ!」


魔獣が月夜に吼え、アイアングラックが魔獣へ殺到する。


それは一瞬の出来事だった。


気づけば、クルトを庇うように立ちはだかっていた一体のアイアングラックの右腕が、肩辺りから見事になくなっていた。


そして、空の高みから腕が一本落ちてきた・・・地面にドスンと音をたてて転がり、やっと気づいた当のアイアングラックが悲鳴を上げる・・・


「・・・いくらあの結界を破るために損傷したからって、こうも簡単にやられるなんて・・・」


慄き後ずさるクルトを追うようにして魔獣が前へ一歩踏み寄る。


そこへ悲鳴を上げている目の前のと、魔獣を挟むようにして立っていた別のアイアングラックが同時に襲い掛かった。


挟撃された形となっているはずの魔獣はそれを驚異的な脚力をもって、地面を蹴り跳躍することで後ろからの強襲をかわし、目の前にいたアイアングラックの後頭部に着地するように踏み降りる。


   グチャッ


魔獣の全体重をかけたそれを受けたアイアングラックの頭部はいとも簡単に潰れる。


   「「「「ゴオォォォォォォッ」」」」


仲間を殺されたことへの怒りか強敵の出現への喜びか、アイアングラックは皆叫びつつ魔獣を四方から囲む。


魔獣はその中心で一匹一匹を一瞥すると低く唸り、そのうちの一匹に視線を固定すると疾風のごとき速さで襲い掛かった。





「す、すごい・・・」


そのあまりの圧倒的な強さを目の当たりにしてメイアが呟いた。


「・・・あれが、あいつ本来の強さだ・・・」


振り向けばそこに、剣を杖代わりにして立っているガインがいた。


「え、ならあなたのときは本気をだしてなかったわけ? なんでよ?」


そのぼろぼろの格好を見て驚くメイアに舌打ちをしながらガインが答えた。


「・・・奴らに「実験」だかで追われていたのだ、怪我をしたとしても休んでいる暇はなかったのだろう・・・メイア・リトライト、それより担当教官に対する敬語はどうした?」


ガインの言葉にさらに目を見開くメイア。


「あら、私が敬語を使う相手は年上の人と尊敬に値する人だけよ?」


「・・・俺は年上だし、お前らを守るために防御炎を展開して疲労困憊なんだが・・・」


「だから?」


苦い顔のガインにメイアが笑顔で聞き返してくる。


「それで?」


満面の笑顔で聞き返してくる。


「・・・寝てるとき・起きてるとき問わず、人のおでこに石ぶつける人がこの私に尊敬されるとでもお思い?」


「・・・」


「あいつが怪我して休んでる間にちょっと小耳に挟んだんだけど、実戦を経験したのは新入生で今だに私たちのチームだけってどういうことかしら? さらに今回もまたろくな説明もしないで連れてきたの人は誰かしら?」


極上の笑顔で・・・


「・・・・・・」


ニコニコ「・・・・・・・・・」ニコニコ


二人の間に妙な沈黙が流れた。


常のガインならば「生意気いうな」とも「文句あるのか」とでもいって黙らせているのだが、

現在は疲弊しきった身体のため怒る気も反論する気も失せていて・・・


もう一方は輝かんばかりの、しかし青筋の浮いた笑顔でいて・・・


その二人の妙な空気にガタガタと震えるマナがキースを見やるが、キースはキースで獅子奮迅と言った活躍の魔獣を睨んでいるのであって・・・


(こんなときにお二人は何を〜!! レイ様がここにいてくれたら・・・!! レイ様!)


妙な空気のおかげで忘れ去っていた存在が不意に思い浮かぶ。


「レイ様!!」


慌てて地面に伏している自分の主に駆け寄っていく。


「(・・・チッ、魔獣があいつらを蹴散らした後俺達を襲わない可能性もないわけではない、全員固まっていた方が守りやすいか・・・)・・・おい、あいつのところまで行くぞ・・・貴様はキース・ハングを運べ」


渋い顔をしたままそうメイアに命令するとガインはよろよろと、歩き始める。


「!? ちょっと、なんで私なのよ? 私はかよわい女の子なのよ? 普通はあなたが運ぶべきじゃないの?」


歩み去るガインの背中に抗議の声をあげたが、一向に止まる様子はない。


「(何が『かよわい』だ。白々しい・・・)・・・俺は疲れてるんだ。その上、いつ奴らが俺達に矛を向けるかもわからんだろうが・・・そんとき貴様が俺達を守ってくれるのか? まず間違いなくお前じゃ足止めもできないと思うが?」


ガインの口調に初め何か『癇に障るモノ』を感じたが、後半は事実なので、渋々ガインの言う通りにする。


メイアは魔獣を睨みつけているキースを不思議に思ったが、とりあえずそれは置いといてさっさと移動してしまおうと駆け寄る。


「ちょっと大丈夫? レイのところまで行くけど一人で歩ける? 肩かす?」


しかし、キースからの返事はなかった。


「?」


反応の返ってこないことに違和感を感じて振り向き、その時になって初めてキースの視線の先のものに気づいてメイアは、ため息を吐いた。


レイが魔獣へ向けて歩いていったときのキースの言葉が脳裏に浮かぶ。


(あんた達・・・同い年のくせに、背負いすぎなのよ・・・私だってあなた達の仲間なんだから!)


そう思うと、有無を言わさずにキースに肩を貸す。


突然のことに戸惑うキースだが、痛みに顔を引きつらせ抵抗する力もだいぶ弱い。


「レイのところまで行くわよ! ・・・魔物を憎むのはあなたの勝手だけど、今はレイのほうが大事でしょ!? ・・・一人で抱え込まないでよ。私だってあなた達の仲間なんだから・・・これが終わったらあんた達のこと、しっかり聞かせてもらうからね!」


懸命にキースの体を支えながら一歩一歩踏み出す。


「・・・ああ」


メイアの行動が意外だったのか、その横顔を見つめていたキースが不意にポツリと呟いた。


その返事にチームが結成されてから初めてキースやレイに一歩近づけた気がしたメイアは、


「絶対だから!! 約束よ!!」


つい弾んだ声をあげてしまった。


(・・・私はご機嫌取りや取り巻きが欲しかったわけじゃない・・・心から信じあえる『友達』が欲しかった・・・家にいては得られない。損得抜きでどんなときであっても裏切らない、そんな仲間・・・そんな自分になってやるんだから!!)


メイアは家を出た理由・【コマ】に移った理由を思い出しその一歩が踏み出せた気がして、身体にかかるキースの重さとは裏腹にスキップしたくなるほど足取りが軽かった・・・





「レイ様ー!!」


地面に倒れているレイから徐々に光が抜けていくのを確認する。


自然と嫌な予感が頭をよぎり駆け寄る足に力がこもる。


「レイ様っ!!」


慌てて肩をゆする。その震動にレイの顔が妙に引きつる。


「・・・うぅ・・・マ、ナ・・・? ・・・気持ち悪いぃ〜・・・」


ゆっくりと目を開いたレイは、覗きこんでいるマナに焦点を合わせる。と身体に残っているどうにもならない脱力感と肩が激しく揺すられているおかげで脳内がミドルシェイキングされて、とても吐きそうだ。


正直気持ち悪さで目を回しそうだったが目の前の心配そうなマナを見てしまったらそう言うわけにもいかない。というか、オレの精神がそうさせない。


必死に込み上げる吐き気と戦いながら、心配させないためにニコッと笑って見せる。


「!! す、すみません」


果たして、マナははっとした表情をすると慌てて肩を揺するのをやめる。


・・・どうやら笑顔は失敗したようだ・・・


「・・・なんか、心配ばかりかけてるね・・・初めて会ったときもオレ、ボロボロだったっけ・・・」


「そんな!? いいんです私のことは。そんなことより・・・」


身体に寄り添うようにして座っていた光の精励に目を向けると「ありがとう」と小さく微笑む。


マナにはこの時精霊の姿は見えなかったが、掌サイズの小さな女の子は楽しそうに笑うとこくりと頷き空に舞いあがっていった。


マナはレイを纏う最後の一滴の光が消えていくのを見送ると、再びレイに視線を移した。


「・・・本当に、お疲れ様でした・・・」


「・・・うん・・・」


マナは優しく微笑むとレイの頭を自分の膝へと導く。


「マ、マナ!!?」


予想外の展開に戸惑うレイだが、後頭部から伝わってくる柔らかい・温かい感触に抵抗する気も失せていく。


まるで世界がレイとマナの二人だけになったような錯覚に陥る。


それほどレイの中でマナの存在は大きかった・・・


「ああ、コホン・・・いい感じのとこ悪いが、まだこの任務は現在進行形なんだが・・・」


突然何処か居心地悪そうなガインの声がレイの耳に届いた。


そちらのほうに視線をやるとガインが満身創痍、具体的に何処か? と聞かれれば思わず「・・・心・・・?」と答えてしまいそうな、とにかくいろいろ疲れた表情でたたずんでいた。


と、次に自分がどんな状態にあったのか思い出す。


「のわあぁぁぁっ! ・・・!? うぅ、きぼぢわるぃ〜〜〜・・・」


マナに膝枕をさせていたのを人に見られた


恥ずかしさのあまり顔が赤くなり熱を帯びて火照るが構わず跳ね起きる。

がその反動で車酔いの激しい感じみたいのが二重奏を奏でる・・・


「!! レイ様大丈夫ですか!? まだ安静にしてたほうが・・・」


「いやいや、ももももうだいじょうぶさ! (う〜・・・世界が回る〜・・・)」


言ったそばからまた尻餅をついてしまうが、何とか気力をしぼって意識を繋ぎ止める。


「なにしてんのよ?」


そこへ呆れた顔をしたメイアとキースが到着する。


「あ、あはは・・・!! ってキースどうしたの!?」


そこで初めてメイアに支えられてやっと立っているキースに気がついた。


「・・・君のほうこそずいぶんみすぼらしい格好じゃないか。 フ・・・」


「なにお〜・・・プッ、」


思わずむすっとして反論しようとするが、それとは反対に苛立ちは長続きしない。


レイとキース、互いにどちらからと言わず申し合わせたように突然吹き出した。


「ちょっと、まだ終わってないんだから・・・」


そんな二人を奇異な視線で見守っていたメイアだが、次第に二人に感化されてか小さく笑い始めた。


「まだ本当に終わったわけじゃないんだが」


そんな三人の様子に疲れたような声をあげるガインに、レイは明るげな声で返した。


「いえ、もう問題は解決しましたよ」


その笑顔に「根拠は?」と尋ねたくなったが、聞いてまた疲れるのも嫌なのでガインはおとなしく、いつもキースがやるように陰気なため息を吐いた。


「・・・吐いてねぇって」


吐いてなかった。





(や、やっば・・・)


クルトは一人焦っていた。


目の前では数で圧倒的有利な自分達がたった一匹の魔物相手に翻弄されている。


初めに叩き伏せられた一匹に警戒して、残りの四匹で手堅く攻撃を続け相手に反撃のときを与えないようにしているが、それも時間の問題であろう・・・


(これは、まずいな〜・・・どうにか逃げないと殺されちゃうな)


意を決してクルトは魔獣を残ったアイアングラックに任せて一人逃走を図ろうと一歩目を走り出すが・・・


「ドコヘ、イクツモリダ・・・」


魔獣の言葉が耳に届く。


立ったそれだけのことでクルトは動けなくなった。


(う、動けぇぇぇ! 早く逃げなくちゃやられちゃうのに・・・)


頭では必死に考えていたのだが、もう一方では警告が鳴り響いていた。


(こ、ここより先に行ったら自分は確実に死ぬ・・・)


恐怖が身体を縛り魔獣の言葉が耳元から離れない・・・


「くそぉ、くそぉ・・・」


額を汗が流れる・・・


もはや自分の生殺与奪権を相手に握られていると思うだけではらわたが煮えくり返る思いであった・・・


魔獣はいまだにアイアングラック四匹からの猛攻をかわしつづけていたが、疲れた様子も、息の上がる様子も全く見せない・・・


「くそぉ・・・それもこれも全てあいつのせいなんだ!!」


憎悪をありったけ込めた視線をへらへらと笑っている青年へ叩きつける。


(あいつらに生き残りがいたことはまあこの際いい・・・むしろこれからのことでかえって好都合だ・・・だが、何でよりにもよってこんなときに出会わなければならないのだ!!)


そのまま呪い殺してしまえそうな憎悪を叩きつけながら、クルトは呪詛を吐きつづける。


「絶対に殺してやる!」


もはや、聖光の者の利用価値がどうとかは頭から消えていた。いつのまにか不条理な事態に陥っている自分に対する憐れみと、その原因の青年に対する怒りによってクルトは叫んでいた。


「どうせ死ぬならお前も道連れだ!!」


キレタ後は恐怖も何も関係なかった。


ただ自分を突き動かす怒りに身を任せてローブの中から折畳式の一本の銀の昆のようなものを手に取っていた。


そしてクルトはあの魔獣を大地に張り付けていた槍と同じ物に組み上げると、激情に任せて打ち放つ。


その矛先の青年に対して・・・


銀の槍は握る部分・柄の末端部から急激に光を放つ。とその飛来スピードは投げた後にあっても緩めるどころかさらに加速させていく。


初めにクルトの動向に気づいたのか、女に支えられていた男がいきなり女を突き飛ばすと青年の前に立ちはだかる。


突き飛ばされた女が何か怒鳴っていたがまあそれはどうでもいいとして・・・


次に邪炎の戦鬼がよたよたとした足取りで青年の前に立つ男を庇うようにしてさらに前に立つ。


その動作はひどく緩慢でとても槍が防げるとは思えない・・・


(やった!! 僕があの邪炎の戦鬼を仕留めるぞ!! その上あのスピードだ、一気に三人貫いて聖光の者も根絶やしだ!!)


瞬間的に思わず笑みが顔に張り付く。


しかし、一瞬銀の槍の隣を並走する黒い物体を確認したかと思った時には、「ガッ」と鈍い音とともに槍の勢いは完全に殺されていた。


(・・・魔獣が人間ごときを守ったのか!? そんな馬鹿な!?)


先程までアイアングラックの猛攻を受けつづけていたはずの魔獣が銀の槍をくわえてこちらを見据えている。


(・・・そういうことなら!!)


クルトは即座に頭を巡らせると、アイアングラック達に指示を飛ばす。


「ゴオォォッ」と唸りを上げて、青年達を囲むように移動する。


予想通り、魔獣はくわえていた槍を地面に吐き捨てこちらを睨みはしたが襲いかかってくる気配はない。


チャンスと思うや否や、持てる限りのスピードで撤退し始める。


「今日の所はここで退いてあげるよ。ではでは、次会うのを楽しみにしててね〜」


クルトの姿は、言い終える前にすでに見えなくなっていた。


残った戦場には負傷者一名・極度の精神疲労者二名・戦力となるのが二名・主力となっている魔獣が一匹・・・そして獰猛な唸り声を上げて威嚇しているのが四匹・・・


戦場の風向きが変わった・・・





「くっ、逃がすか―――」

「やめておけ」


森の中へ消えたクルトを追いかけようと踏み出す、が前に立っていたガインが手で制する。


「しかしこのまま逃がせばレイのことが・・・グッ・・・」


「その身体で何が出来る? 奴を追うのが俺にしろ貴様にしろ・・・いくら逃げ出したからと言っても今の状態では返り討ちに合うのが目に見えている」


「・・・ですが」


「確かにレイ・ジーニアスの存在が奴らに知れるのはまずい・・・だがとりあえずこの状況を切り抜けてからにしろ」


      ゴオォォォォッ


残ったアイアングラックは魔獣の存在に警戒しているのかすぐに襲ってくる気配は感じられないが、徐々に間合いを詰めてきている。


「オイ」


突然声をかけられた。


ガインは油断なく剣を構えながらに意外な声の主に意識を向ける。


「なんだ」


無愛想に答えてやった。


そのあからさまな態度にも全く気にした風もなく続けてくる。


「ニヒキマカセル。ムリナラジカンヲカセゲ」


魔獣は唸りのような低い声でそれだけ告げると、正面にいたアイアングラックに対して禍禍しい漆黒の衝撃波を飛ばす。


即座に反応したアイアングラックは跳躍によってそれをかわすと、大木のような腕を振り上げて襲いかかってゆく。


魔獣は振り下ろされた豪腕をその巨体を感じさせない軽やかな身のこなしでかわして見せると別の奴に向けて咆えて見せる。


咆えられたアイアングラックは、触発されたかのように動き跳びかかっていく。


同時に魔獣が動き出したことで警戒していた残りの二匹がレイ達へと襲いかかる。


「『無理なら時間を稼げ』だと? ずいぶん舐められたものだっ、な!」


庇うように移動したガインが目にも止まらぬ一撃で襲いかかる二匹のうちの一匹の目を潰す。


      ゴアァァッ!!!


視力を失ったアイアングラックはその激痛に両腕を振り回す。


(まず一匹・・・)


とりあえずしばらくは暴れているだろうと判断すると、襲いかかってきていたうちのもう一匹に、視線をずらす。


と、おもわず邪悪な笑みを浮かべてしまった。


想像通り、そこではマナが赤い宝玉で装飾された剣でアイアングラックの猛攻を流しつつ牽制し続けていた。


      ゴオオオッ!!


アイアングラックが怒りに任せその拳で叩き潰すように振り下ろすとマナは即座に何かを呟く。


拳が回避不能の距離に近づいたときはさすがに焦ったが、マナは余裕を持ってそれを受け流す。


気がつけばマナは紅い宝玉を中心部に飾ったバックラーのような盾を構えており、力で力を受け止める頑丈なナイトシールドとは違い、その中心部を登頂にして端のほうにいくにしたがって滑らかに下るようになっている独特の形状を生かし綺麗に力の流れを変えたようだ。

(武器を持ち替えた? ・・・いや、初めから持っていたのは杖のみだったはず、ということは・・・あの杖は変形するのか?)


「マナ・ルーン。もう少し持つな?」


「はい」


即座にはっきりとした声が返ってきた。


「(よし、やはりなかなか使える・・・)メイア・リトライト、おまえはマナ・ルーンを援護しつつそこの二人を守れ」


「わかってるわ」


頷きメイアはキースとレイに駆け寄りながらアイアングラックに向けて人差し指を突き出す。


「集え 天の子達 その戯れは一条の旋律・・・舞い散るわ儚い残光」


詠唱が終わるのと同時に人差し指の先から火花が青白くバチバチと発生した。


火花はバチバチと音を立てているとメイアの意思に従いターゲットへと空中へ閃る。


当然詠唱によって発生していた火花にも気づいていたアイアングラックはすでにいつでも避けれる体制に入っていた。


が、それを避けることは出来なかった。


その輝きは一瞬であり、アイアングラックは身体中をブスブスと焼いた閃光に苦痛の声をあげる。


「・・・雷?」


おもわず見ていたレイが呟いた。


「そうよ、私の属性は『雷』、ふふん、どう? なかなか速いでしょう」


実際速いなんてモノではなかった。


空中を一瞬煌いたかとおもったら次の瞬間には魔物が悲鳴を上げていたのだ。


目を瞬かせて驚いているレイに満足するようにマナは胸を張ってふんぞり返っている。


「オレ、雷って生まれてから二度しか見たことないけど・・・これで三回目だ〜」


と、思わず場違いな感動が湧いてくる。


遠くで動きの鈍ったアイアングラックに畳み込むようにガインが背後から跳びかかっていき脳天唐竹割りを決める。


すでに視力を奪われていたアイアングラックはガインの手によって片付けられていた。


「あっちも終わったようだな・・・」


「あ、ホントだ」


キースの言うとおり、魔獣は二体のアイアングラックをその爪と牙によって仕留め終えてこちらにゆっくりと歩み寄ってきていた。


レイが立ちあがり魔獣に近寄ろうとすると、間にガインが入ってきた。


「・・・」


ガインは無言で剣を魔獣に向ける。


魔獣はそれを見て歩みを止めガインを一瞥するが、すぐに視線をレイに戻す。


「・・・デハ、ナ・・・」


魔獣は低く唸るとレイに背を向け森の奥へと歩み始めた。


「ありがとう!!」


「?」


突然魔獣の背中に向かってレイは叫んだ。


その発言もさることながら言っている内容も奇天烈である。


何故そのようなことを言われたのか理解できず魔獣は歩みを止め思わず振り返る。


「・・・ワレハタダカリヲカエシタダケダゾ・・・」


「うん、ありがとう!!」


笑って答えるレイ。


何やら話がかみ合っていない気がしないでもない・・・


「ホントウニワカッテイルノカ?」


「うん、助けてくれてありがとう!!」


笑って答えるレイ。


「ダカラ、ソレハワレヲヨミガエラセタコトヘノ、ミカエリダト・・・」


「でも、約束どおりみんなを守ってくれたじゃない? それにさっきも助けてくれたし」


「アレハ、ダカラミカエリダトイッタデアロウ。ダイタイサキホドノアレハ、モトハトイエバオマエガワレノタメニチカラヲツカッテイナケレバ、ヨケレタモノナノダゾ? ツマリサキホドノゲンインハモトヲタダセバワレニアッタノダゾ?」


この笑顔と共に伺える無頓着さに危険な匂いを嗅ぎ取った魔獣が思わず力説する。


「でもあなたは守ってくれただろ?」


しかし、レイは笑って答える。


「何が原因だったとかは置いといてさ、あなたはそこでオレを助けてくれた・・・だから、『ありがとう』」


臆面もなく告げるレイの顔を見ていると、魔獣はなんだか鼻の頭がムズムズするような感覚に見舞われた。


「・・・ニゲタヤツハコレカラオマエヲツケネラウノデハナイノカ?」


「う〜ん、そうだろうな〜・・・怖いけどまあ、何とかなるでしょ?」


少し困ったような顔をしたがすぐにそれも晴れる。


魔獣は内心ため息をつくと重い口を開いた。


「・・・オマエハヘンナヤツダ・・・」


「な、またそれを言う?」


少し拗ねの入った視線を魔獣に送るが、意に介した様子はない。


「ソレモワレガイママデミテキタナカデ、ダントツデヘンナヤツダ・・・」


「う〜・・・」


もう唸ることしかできなかった・・・


「ダガ・・・ワレハソノヘンナヤツガキライデハナイ・・・ミテイテアキナイノハヨイガ・・・アブナッカシイトコロハイタダケナイナ、シバラクハオマエノ【ゴエイジュウ】トヤラトシテソバニイテヤロウ・・・ワガウラミモハラシテイナイ・・・オマエノソバニイレバヤツラノホウカラヨッテクルダロウテ・・・」


重い口を開いた魔獣は最後のほうにはそっぽを向きながら言っていたが、レイにはそれが照れているように見えた。


「!?」


だから、最後に残った力を振り絞ってガインの横を走りぬけ魔獣の首筋に跳びついた。


これに驚いた魔獣は慌ててレイの顔を見やると、輝かんばかりの笑顔のレイと目が合った。


「〜〜〜〜〜〜っ、ありがとう!! これからもよろしくっ! 【ヴェイン】!!」


「・・・ヴェ、イン?」


「あなたの名前だよ、なんかいっつも『ワレ、ワレ』って言ってるからさ、名前があったほうがいいだろ? それともちゃんとした名前があった? ・・・気に入らないとか??」


押し黙っていしまった魔獣にレイは少し慌てるが、


「イヤ・・・イイナダ」


とまんざらでもなさそうな声音の魔獣が微笑む。その笑みを嬉しそうに見送ると静かにその場で意識を失った。


慌てて魔獣は器用に両前足を使ってレイを支える。


急いでマナが駆け寄ってくる。


警戒しつつ近づくマナに魔獣は優しくレイを渡すとゆっくりとガインへ視線を巡らす。


「本気か・・・?」


「アア」


交わした言葉は少なかったが互いの真剣な眼差しは言葉以上に重い意味合いがこもっていた。


魔獣は一抹の迷いすら感じさせない瞳から固い決意の色が容易に見て取れた。


「・・・ならいい」


しばし睨み合っていたが、不意にガインは短く呟くとくるりと背を向ける。


「これより任務完了と判断する。全員帰還するぞ!」


その場全体に響き渡るようにして言うとガインは淡々と歩き始める。


(またいきなり!! 少しは前もって言うぐらいしなさいよ!!)


一人で帰り始めたガインの背中に抗議の視線を送りながらたたずんだままでいるキースのそばによっていく。


近寄っても振り向きもしないキースに袖を引っ張って促そうと口を開くが、その前にキースが魔獣へと近寄りはじめた。


そのたどたどしい足取りに不安を感じて止めようと手を伸ばすがが魔獣を思わず視界に捉えてしまい、その肩と額から生え出ている角と鮮血のような赤い目に手が止まる。


なおも近づいていくキースに魔獣も気づいていたが黙ってその行動をみつめてる。


(・・・本当に大丈夫なのよね? あいつとの話の流れ的にはあれは敵じゃなくなったみたいだけど・・・もう何でこう言う時にあの傍若無人教官はいないのよ!?)


すでに離れた位置を歩いているガインの背中をもう一度睨みつけていると、キースが魔獣を真正面に捕らえて見上げていた。


その視線は遠巻きに見てもとても友好的には見えなかった。


「・・・両親は僕が幼いときに僕を庇って魔物に殺された」


「・・・・・・」


ゆっくりと吐き出すように話し出すキースを魔獣=ヴェインは黙って聞いていた。


「お前の目的が何なのかは知らないが僕はレイのように単純ではない。だからたとえレイやガイン教官がお前を信じても僕は決っして信じたわけじゃない。」


「・・・ソウカ」


魔獣が小さく呟く。


キースは言い終えると魔獣に背を向ける。


その背中をに何を思っているのか魔獣はキースから視線をはずすことはない。


「・・・だが、レイは『お前もオレ達と変わらない』と言った・・・家族を殺されたものの気持ちは一緒だと・・・お前も子供を僕達人間に殺されたと言っていたな・・・」


「・・・」


黙っている魔獣を肯定と見たキースがさらに続ける。


「・・・お前も・・・僕達人間が憎かったんだろう? なぜ今になってその人間を助けるような真似をする。悔しかったのではないのか? 殺したかったのではないのか?」


背を向けながら続けるキースは両の拳を握り締めその肩を小さく震わせていた。


「・・・アア、コロシテヤリタカッタ。カタキヲトッテヤリタカッタ・・・」


重く地に響く声がキースの心を震わせる。


(やはり・・・)


内心予想していた答えが返ってきたことにキースは唇を噛み締めた。


(たとえレイが言うように、復讐に何も残らないとしても・・・それでも僕はやはり魔物を殺すことでしか・・・)


「・・・ダガ、ソレハワガコヲテニカケタニンゲンタチヲダ・・・」


不意に告げられた言葉が耳に届く。初めはただの言葉であったのだがその言葉の意味が頭に浸透していくにしたがってキースは目を見開く。


(!?)


魔獣の口にしたことが信じられずに思わず振りかえる。


そこには怒りも憎しみもたたえていない・・・悲しみだけを纏っている【ヴェイン】がいた。


「イママデワレハニンゲンハスベテオナジ・スベテゲヒタルソンザイダトオモッテイタ・・・シカシ・・・」


その視線を足元で女に介抱されている人間に移す。


「ドウヤラワレハイママデ、カタヨッタモノノミカタトイウモノヲシテイタヨウダ・・・」


「!?」


キースは思わず息を呑む。


「コヤツハ・・・アイテガバケモノダトカ・ニンゲンダトカ・・・ソウイウモノニトラワレズウゴイタノダ・・・アイテガジブンニトッテテキデアルニモカカワラズ、ダ。ヒンシノワレヲタオレルマデガンバリツヅケオッタ・・・ソノトキオモッタノダ・・・ニンゲンノナカニモ、ウツワノオオキナモノガイルト・・・ソレニクラベテ、ヨンヒャクネンイキテイルワレハドウダ? ニンゲンスベテヲテキトミナシ・・・カンケイノナイモノヲモニクンデイタ・・・」


【ヴェイン】はいつのまにか寝息を立てているをレイを目を細めて眺める。


「だが、そんな簡単に許せる―――」

「キース!! やめろ〜!!」


反論しかけたキースを静止するように突然声が上がった。


その声音には切迫したものがあり、慌てて声の発生源に目を向ける。


「え、えと・・・寝言ですので・・・お、お気になさらずに・・・」


言わずと知れたレイなのだが、彼は寝むっていて代わりに目が合ってしまったマナが恥ずかしそうに目をそらした。


本人は何処か苦しげな表情で「さすがにそのハンマーだと起きる前に〜死んじまうー!! やめろー・・・」などと言ってうなされていた・・・


その場に白い空気が流れた・・・


勢いをそがれてしまったキースはなんとなく居心地が悪くて再び歩き始める。


歩き始めてから五歩もしないうちに後ろから見られていることに気がついた。


立ち止まり【ヴェイン】に何か言おうとしたのだが、いざ言おうとしてみると言葉が頭に浮かんでこない・・・


「・・・助けてもたったことには感謝する・・・」


結局、それしか言うことが出来なかった。


「・・・ハコンデヤロウカ? オマエモボロボロダロウ?」


歩き始めるとすぐ横に何かの気配が現れ、横目で確認してみるといつのまにかレイとマナをその広い背に乗せているヴェインであった。


「遠慮する・・・大体人間の中にも『ヘンな奴』がいることに気づいたからと言っても僕までそのヘンな奴だと勘違いしないでもらおうか。僕はレイと違って魔物全てを憎んでいるのだから・・・」


「フン、コレデモハナニハジシンガアルノダゾ? オマエカラハダンダンイヤナニオイガウスレテイッテイル・・・ソレニオマエハコイツノシタシイユウジンダ。ジュウブンシンジルニアタイスルジンブツダトハンダンサセテモラウ・・・」


「なっ!?」


戸惑っている間も【ヴェイン】はメイアのほうに顔を向けて『お前もついでに乗るがいい』とすすめている。


見られた当初はかなりおびえていたメイアだが、その背に乗っているマナが極普通に平然としていたので、恐る恐る近づいていって慎重にその背へと移動する。


何やら緊張した面持ちでいた彼女だが、そこは元よりメイアである。


金持ちで御令嬢のはずなのにこういうことへと適応力はかなりのものであって、十秒もしないうちに「うわ、硬い毛並みだけど温か〜い」とその背中に身をゆだねている。


一連の成り行きを見守っていたキースが思わず呆れしまうが、何やら楽しそうな眼差しの【ヴェイン】と目が合うとハッと我に返ったように冷静さを取り繕って、無視する。


「オマエモナカナカゴウジョウダヤツダナ」


「うるさい、そんな簡単に考えが改まるものか!」 


歩き始めるとその歩速に合わせてゆっくりとその隣をついてくる【ヴェイン】。


早足で振りきろうとするが、いかんせん元から歩幅が違うために無駄な努力となる。


こっちが痛みのために脂汗が流れ始めているのいうのに【ヴェイン】は全く涼しい顔をして、しかもこちらを楽しそうに見ているのだ。


どうにも自尊心が傷つけられている気がしてならない・・・


半ば意地になって駆け出そうとした瞬間木の根に足が取られて、身体が宙に投げ出される。


思わず硬く目を閉じてくるべきダメージに備えるが、きたのは衝撃ではなく襟首を引っ張られて宙に吊り上げられる不思議な感覚であった。


「・・・お前!? く、離せ!」


「ダカラオトナシクシテイロトイッテオイタデアロウ? セワノカカルヤツダ」


「誰が助けてくれと言った!!」


【ヴェイン】はつまづいた瞬間器用にキースの襟首をくわえるとそのまま「ブランブラン」させながら気楽に歩みを速める。


抗議をしてはみたが【ヴェイン】が離そうとしないので情けなくくわえられたまま移動する羽目となった。


扱いはどうであれ無理をして歩くよりは今のこの状態のほうが身体への負担はかなりなくなっている。


キースとしては傷ついた身体を鞭打って動かすよりはこちらの方が確かに楽であった。唯一気になることといえば、やはり格好が悪いことだが・・・


「・・・わかったから、とりあえず僕も上に乗せてくれないか・・・」


妥協してしまった自分が情けなかったので恥ずかしさに顔を俯かせながら、【ヴェイン】に言った。どうせ運ばれるのならやはりくわえられている状態より背に乗っていた方が遥かにマシである・・・


・・・現在、親猫にくわえられた子猫の図・・・いや、絵的にはライオンと子猫のそれに近いだろうが・・・


(情けないことこの上ないな・・・)


すっかりと主導権を相手に握られてしまっているキースはため息をつくと【ヴェイン】の背に移動する機を待った。


・・・しかし、いつまで待っても背中へ移されることはなかった。


聞こえなかったのかと思い【ヴェイン】を仰ぎ見てみると、ニヤニヤしている目とぶつかる。


「ダメダ」


「何故!?」


「オマエハオレノコトヲシンジテイナイカラナ・・・ヘタニジユウニシテセナカカラトビオリデモサレタラメンドウダ・・・」


「この・・・」


【ヴェイン】の言い分はもっともだった。


先程までキースは【ヴェイン】を全くよせつけない態度を取っていたのだから、そう考えるのも当然だろう・・・だが、キースにはそれを黙って聞き入れる気にはなれなかった。


何故ならそれは、【ヴェイン】がいかにも楽しそうに笑いを噛み締めながら言ってきたからである。


「・・・腹黒魔獣・・・」


「チョウヒトミシリショウネン」


二人は視線を合わせずに同じ方向を見ながらなじりあった。


「・・・何処でそんな単語を覚えたんだ・・・」


「ダテニヨンヒャクネンマモノヲヤッテオラン」


「・・・う〜・・・たすけてくれ〜・・・キースが・・・オレを・・・なぐった〜・・・ぐ〜・・・」


二人の耳に素っ頓狂なレイの寝言が聞こえてくる。


(そうか・・・撲殺がお望みか・・・)


半ば八当たり的な計画を立てる。振り子のように左右に揺れながら・・・


「・・・やはりおまえら=魔物は嫌いだ・・・」


「イッショニサレテハメイワクダ」


「いや、お前だけ特に嫌いな部類に区別してやる」


「ソレハアリガタイナ」


愉快に笑い出した震動に寄ってキースもがくがくと激しく揺さぶられる。






「・・・楽しそうだな」


「大きな勘違いです」


ガインは迫り来る気配に気づき振り返ると、真面目な顔をして呟いた。


左右に揺れながら仏頂面のキースは律義に答える。


「・・・ずいぶんと楽そうだな。おい、俺も乗せてくれないか?」


「ダメダ」


「何故だ!?」


さして期待せずに言ったつもりではあったのだが、あからさまに即答されるとやはり腹が立つ。


「オマエ、ハジメカラワレガハンニンダトキメツケテクッテカカッテキタデハナイカ、ダカラダメダ」


「だ!! 貴様が自分でそうだと言ったからだろうが」


「ダカラトイッテホカニサグロウトシナカッタデハナイカ、コイツノヨウニ」


【ヴェイン】は背中でうなされつづけているレイを尻尾で指す。


「ぐ・・・俺はそいつらと同じくらい疲れているんだが・・・」


「ココマデゲンキニアルイテキタダロウ・・・ゴールマデアトスコシダ」


魔獣は尻尾を左右に逞しく振りながら悠々とガインを抜き去ると堂々とした足取りで森の中を歩いていく。


その姿はまさに王者の風格にだった。


(あのやろう・・・)


【ヴェイン】の背中に恨みがましい視線を送りながらガインは一人自分の足でウッドコロニーの外壁に同化している出入り用扉まで歩き通すのであった。幸い帰り途中に魔物と会うことはなく戦闘になることはなかった・・・





      第十話(3)完



                      第十一話へ・・・


コメント(1)

な〜がい十話が今終わる〜♪
正直もう少し短くしないと
読む気なくす〜♪
だけど短くすることは僕の腕じゃ無理〜♪

・・・これほんとに読んでくれる人いるのだろうk・・・(泣)

お疲れ様です(苦笑)

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