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種田山頭火コミュの山頭火の日記『松山日記』

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【山頭火の日記・『松山日記』】
初めに、「“同塵居”誓詞に代へて 『我昔所造諸悪業 皆由無始貪瞋痴 従身語意之所生 一切我今皆懺悔』 “三帰礼” 自から仏に帰依し奉る 当に願はくは衆生と共に 大道を体解して 無上意を発さん 自から法に帰依し奉る 当に願はくは衆生と共に 深く経蔵に入りて 智慧海の如くならん 自から僧に帰依し奉る  当に願はくは衆生と共に 大衆を統理して 一切無礙ならん 願以此功徳 普及於一切 我等与衆生 皆共成仏道 紀元二千六百年元日 輝かしい新世紀の黎明。――午前九時、聖寿万歳斉唱、黙祷。――新年誓詞――“ここに昭和十五年の元旦を迎へ恭しく聖寿の万歳を寿ぎ奉り、いよいよ肇国の精神を顕揚し、強力日本を建設して新東亜建設の聖業完遂に邁進し、もつて紀元二千六百年を光輝ある年たらしめんことを堅くお誓ひ申します。”」とある。
『松山日記』には、昭和15年2月11日から昭和15年8月2日までの日記が収載されている。

コメント(10)

【山頭火の日記・紀元節】
昭和15年2月11日の日記に、《紀元節、新らしい世紀を意識し把握し体得せよ、殆んど徹夜だつた、句稿整理。午前、道後温泉入浴、護国神社参拝、午後、一洵兄と同道して月村君を訪ね、三人打連れて漫歩漫談、降りだしたので急いで帰つた。今日も飲みすぎだつた、酒を慎しむべし、己を省みるべし、シヨウチユウよ、さよなら!(消極的に日本酒だけを味ふべし)落ちついて雨ふる、雨ふりて落ちつく。……徹夜執筆。――》とある。
【山頭火の日記・おちついて死ねさうな】
昭和15年2月12日の日記に、《和尚さん来談、とりとめもない四方山話をしたが、予想してゐたよりも、文芸に理解のある新らしい老人だつた。午後は松山散策、――立花から郊外へ(朱鱗洞君の墓を展した、昨秋の深更まゐつたときは酔中で礼を失したことが多く済まないと心が咎めてゐたが、これでほつと安心した)。おだやかなねむり、千金万金にも代へがたいねむりだつた》とある。
この日の日記に、一草庵での作の「おちついて死ねさうな草萠ゆる」の有名な句がある。山頭火は、死期が間近いことをうすうす感じていたかもしれない。一草庵跡に、この句碑がある。
https://santokaclub.blogspot.com/2011/03/blog-post_2127.html
【山頭火の日記・最後の旅路(中国九州)】
昭和15年5月27日の日記に、《早起出立、中国九州の旅へ、――九時の汽船で広島へ向ふ。身心憂欝、おちついてはゐるけれど、――この旅はいはば私の逃避行である、――私は死んでも死にきれない境地を彷徨してゐるのだ。(中略)どんこ和尚の家庭、しづかであたたかなるかな、私もくつろいでしんみりした》とある。
これまで世話になった俳友・知人に出来上がった句集を呈上し、惜別の情にしたろうと、出かけることにした。
【山頭火の日記・六十にして落ちつけない】
昭和15年5月28日の日記に、《早起、一雨ほしいなと誰もが希ふ。いつもの飲みすぎ食べすぎで多少の腹痛と下痢、自粛しよう、しなければならない。(中略)十二時、徳山下車、白船居訪問、ここでもよばれる、旧友のなつかしさ。三時の汽車で山口へ、四時着》とある。
この日の日記にある「六十にして落ちつけないこころ海をわたる」の句は、自嘲の句であり、故郷へ向かうのが今だに「落ちつけない」という。結局晩年に至っても、故郷へ近づくことに戸惑う思いを隠せなかった山頭火にとって、対岸の松山から故郷を思うことが、かろうじて落ちつけたのではないのか。
https://ameblo.jp/roastsparrow/entry-12923320123.html
【山頭火一代句集『草木塔』出版】
昭和15年4月28日、山頭火の一代句集『草木塔』が出版された。部数700部。
山頭火は、この記念塔あるいは墓標というべき句集『草木塔』を携えて、5月27日から6月3日まで、中国・九州地方の旅に出ている。
これまで世話になった俳友・知人に、この句集を呈上し、惜別の情にしたろうというのだ。
(青空文庫・草木塔)https://www.aozora.gr.jp/cards/000146/files/749_34457.html
【山頭火の日記・はだかへ木の実ぽつとり】
昭和15年6月4日の日記に、《休養。夏を感じる。買物に出かけて、そしてほろほろぼろぼろ》とある。
この日の日記に、「はだかへ木の実ぽつとり」の句がある。
また、山頭火の晩年の句に「いつ死ぬる木の実は播いておく」があり、死の訪れをそう遠くないものと予感したものにとって、木の実を播(ま)くということは何を意味するものか。また、いつ死ねる句は作っておく-----。それが、ほんとうの句をつくるということなのだ、と山頭火はいっている。
https://ameblo.jp/roastsparrow/entry-12923320123.html
【山頭火の日記・捨てられるだけ捨てる】
昭和15年7月2日の日記に、《けさも早起、おとなりの時計が五つ鳴つた。身辺整理、捨てられるだけ捨てる。どうやら梅雨も早目に上つたらしい、暑くなつた、真夏真昼の感じがあつた》とある。
この日の日記に、「あるときは王者のこころ あるときは乞食のこころ 生きがたく生く」とある。
【山頭火の日記・酒びたり】
昭和15年8月1日の日記に、《興亜奉公日、その一週年記念日。酒を飲め、飲まずにはゐられないならば、――酒に飲まれるな、酒を飲むならば。――暗欝、自責の苦悩に転々する、終日黙々として謹慎する。この苦悩は私のみが知つてゐる、それを解消するのは私だけである。かなしいかな、ああ、さびしいかな》とある。
この日の日記に、「もくもく蚊帳のうちひとり食くふ」の句がある。
九州地方から帰庵してから、気持ちの上でも整理がついて平穏な日々をすごしている。山頭火は、死期が間近いことをうすうす感じていたのかもしれない。だが、悟り澄ました庵住というのではなく、酒が入れは乱れたりもしている。
【山頭火の日記・新生活体制をうち立てる】
昭和15年8月2日の日記に、《身心やや軽く。――B亭の妻君来庵、掛取也、今更のやうに今春の悪夢を反省させられる。終日黙坐、麦ばかりの御飯を少々戴いて。あるがままに受け入れて、なるやうに任しきらう。事にこだはるな、物にとどこほるな、自己に侫るな、他己に頼るな。私は旧生活体制を清算する。そして、私は私の新生活体制をうち立てる。そこで、改巻する》とある。
【山頭火の第七句集『鴉』刊行】
山頭火は、昭和15年7月25日に第七句集『鴉』を刊行している。「後ろ書き」に次のようにある。
《三年ぶりに句稿(昭和十三年七月―十四年九月)を整理して七十二句ほど拾ひあげた。所詮は自分を知ることである。私は私の愚を守らう。(昭和十五年二月、御幸山麓一草庵にて 山頭火)》
https://ameblo.jp/roastsparrow/entry-12922879222.html

この日で、『松山日記』は終了です。

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