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十二鳥コミュのゆびきりげんまん・終

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[ゆびきりげんまん・終]



十二月二十五日。

陽は既に西へと沈んでいた。



午後六時半。
川島は明け方から降り始めた雪の上を、ギュムギュムと踏み締めながら歩いていた。

顔の頬骨が紫色に腫れ上がっていて、右の拳の皮も血に染まって剥けていた。

一体何があったというのか。
道行く通行人たちが川島を奇異の眼差しで横目にし、さりげなく通り過ぎていく。


サンタロウ…、
サンタロウは何処にいるんだ。
虚ろな目で街を歩き、ぼそぼそと独り言の様に呟いた。


さ、さくらんぼ…。
お、おじさんが……、おじさんが必ずサンタロウを連れていくからな…。


本来なら川島は既に、山上一家の本邸で、幹部昇進式に主賓として出席すべき時刻であった。
だが……、今から約二時間前に状況は一変していた。




件の印刷会社での物権権利書などの受け渡しは、滞りなく終了した。
無論、それは梅垣の尽力あっての結果といえたが。

問題は、この後だった。

「辰っちゃん、礼服の着替えは俺の事務所に用意してある。式は夜の七時からだが、今回は親父の兄弟一家や、回り兄弟(兄弟分の兄弟等、股兄弟をいう)も御見えになる。
遅刻は指一本じゃ、許されねぇ…、早めに本邸に入ろう」

外へ廻した車のドアを開けながら、梅垣は言った。

「………」
しかし川島は返事をしなかった。
梅垣に背中を向けたまま、空を見上げている。

「…ゆ、雪、止まないなぁ…」
「辰っちゃん…?」

梅垣の顔が川島を訝しむ表情に変わった。
嫌な予感がしていた。
「…早く乗れよ、権利書も親父に渡したり、色々とやらなきゃならない事があるんだ」

「梅ちゃん…、すまねぇが、す、少し時間くれねぇか」

川島のその言葉を聴くなり梅垣の顔が怒りで一変した。
時間が無いという状況を知っている取り巻きの若い衆たちの背筋は、梅垣の形相に思わず凍りついた。

「川島ぁ!!」
怒声が響くと、身構える間もなく激痛と一緒に川島は地べたに打ちのめされた。

「寝言こいてんじゃねぇぞ…、テメェは俺の首をふっ飛ばしてぇのかっ!」

馬乗りの態勢で、梅垣は川島の胸倉を捩り上げた。
しかし、それでも川島は無言だった。

「あのガキか…、ここの会社の事務員の娘なんだろ?」

「………」

「若けぇ衆に調べさせたし俺も昨日みてるぜ…、
懇意にしてるらしいじゃねぇか、不憫なお嬢ちゃんだってな。
優しい性格のアンタだ、そりゃ結構だ、構わねぇよ…」

梅垣の顔は怒りで赤鬼の如き形相になっている。

「だがなぁ…、前にも言ったが俺たちゃ所詮やくざなんだよ!義理人情だけで飯が食えずに、カタギの生活まで喰らって生きなきゃならねぇ『やくざ』だ!侠客や渡世人とも違う、『やくざ』なんだ!
イチイチ小せぇガキンチョに構ってるヒマなんざ、ありゃしねぇんだ!
幹部に出世するまえに、テメェは命を失いてぇか!」

声の限りに怒鳴る梅垣に、川島は小さく呟いた。

「か、幹部か……。
だから何だ」

「あぁ?」
言うや川島は、馬乗りにされながらも火柱のような拳を突き上げ、梅垣を殴り飛ばした。


「梅ちゃん……。俺ァ、じ、自分が、やくざ者だなんて事は、山上の親父に仕えた時から、よく分かってるよ」

「だったら…!」

「い、いいか、梅ちゃん、そ、それでも…それでもだ!
…け、健気に生きる小さな子供の願いまで、奪い取るのは『やくざ』の前に男じゃねぇんだ…、」

そう言うと川島は、車には乗らず、踵を返し歩き出した。

「待て…、駄目だ、俺はオメェを絶対出世させると決めてんだよ…、昔、俺の失態で失わせた、オメェの、その指の借りを返さなきゃならねぇんだ!」


「…そんな昔の事、もう覚えてねぇよ」

「馬鹿言え、戻れよ辰っちゃん!俺ァ、テメェに受けた恩を返すために、今日までカタギの生活奪ってまで…!」

しかし梅垣の呼びかけに川島は、振り返らなかった。

「テメェら、何してる!ボサッとしてねぇで、川島を連れ戻せ!」








時刻は既に午後七時を過ぎていた。

商店街のシャッターは降雪のためか、いつもより早めに閉じられていた。



川島はおぼろげに昨日の事を思い出していた。

「さくらんぼ、おじさんに竹馬の上手なところを見せておくれよ」

泣き止んだ桜子は大きく頷いた。
「いいよ、何がみたい?河原の土手も登れるし、ケンケンで家の周りを一周だって出来るよ!」

「えぇ?け、ケンケンは無理だろう?」
「出来るよ!」

「ホントかい」
川島が聞き返すと、桜子は得意げな顔をみせた。
「あーっ、疑ってるね、おじさん」

「うーん、じゃあ、もしも出来たら、おじさんが桜子の欲しい物を、な、何でもご褒美にあげるよ」

それを聞くと桜子の顔がパッ明るくなった。

「ケーキが食べたい!クリスマスのケーキ!」

「よし、合点だ。だったら明日はサンタロウとクリリマスのケーキを持って来る!」

「クリリマスじゃないよ、クリスマスだよ!クリスマスケーキ!」

「おうよ、クリソマスケーキ!」
川島が頷くと、桜子はプッと笑い、あっという間にケンケンで竹馬一周をしてみせた。

「どう?おじさん」

「や、恐れいったぜ。てぇしたもんだ」

「約束だからね、クリスマスケーキ!」
「あぁ、もちろんさ!」

川島の返事を聞くと桜子は、ニッコリとして小指を出した。

「ん、なんだい?」

「約束、ゆびきりげんまん!」
「へぇ、よっしゃ!じゃ、ゆびきりげんまんだ!」

川島は指先のない小指で、しっかりとゆびきりを契った。






さくらんぼ、ゆびきりしたもんな…、
おじさん、もうすぐサンタロウとケーキを届けるからな…。


川島の身体は、この時そこいら中が痛んでいた。
桜子との約束を守るために、引き止める梅垣の若い衆を全員殴り倒してきた為だった。

更に馴れない雪道が歩くだけでも、川島の体力を容赦無く奪い取っていく。

ほうほうの体で川島は漸く一軒の洋菓子屋を見つけた。
だが既に、店主らしい男がシャッターを閉める途中だった。

「よ、洋菓子屋、ちょいと待ってくんねぇ」

「うわっ、な、何ですか!」
川島の顔の腫れや、ボロボロの衣服をみて、店主らしい男は、慌てて体を半分だけ店の中に入れた。

「け、ケーキだ、クリソマスケーキとサンタロウに連絡を取ってくれ…、頼む」

「はぁ?」

ケーキはまだ良いとして、サンタロウの意味が店主には通じないらしい。
「あの…、すみませんがもう閉店なんです、ケーキも売り切れましたし、わたくしは三太郎さんを存じませんので…」

川島の髪型や腫れた顔面のその風体は、誰の目にも、いさかいを抱えた極道にしか見えない。
忙しいクリスマス営業を終えた店主はにこやかにしているが、明らかに関わりたくない苦笑いの迷惑顔だった。


「すみませんが、わたくしまだ忙しいので…」
「ちょ、ちょいと待ってくんねぇ」
店主は川島の制しも聞こえない振りで、内側から強引にシャッターを閉めようとした。


「ま、待ってくんねぇ、後生だ…」
それでもシャッターは降り、ガシャンという音が激しく響いた。


……が、シャッターは最後まで閉まらなかった。
川島の背後から革のコートの腕が、それを止めていた。

「ちょ、ちょっと、もう閉店なんですって…」
言いかけて店主は青冷めた。


深い傷痕のある浅黒い顔が、鬼の形相でシャッターを止めている。
その顔に川島も驚きをみせた。

「う…梅ちゃん」

「馬鹿やりやがって…、もう面倒臭ぇからエンコの借りはここで返すぞ」

「ほ、本邸は…」
「知らねぇ、だが親父はカンカンだろうな」

言いながら梅垣は、腕を伸ばし、店主を店から引っ張り出した。
「オゥ、ケーキ屋」

「は、ハヒっ」

「手間かけさせてすまねぇが、大急ぎで、この人にケーキを作ってやれ」

店主は慌てて店に飛び込むと、一時間ほどで大きなケーキを丁寧に包装までして渡してくれた。

「さぁ…、行こうか辰っちゃん、愛娘が待ってるぜ」




津々と雪の降り続く、夜。

アパート荘の前に桜子は座り込んでいた。

ザック、ザックと雪を踏み締める音が闇の中に響いて、それは桜子の耳にも届いた。


「お、遅くなった…」

夜の闇から浮かんだ二人の男の顔に、桜子はプッと噴き出した。

「おじさんたち、どうしたの、その顔」

梅垣は木の枝を二本頭にさしている。
「はじめまして、お嬢ちゃん。おじさんはサンタのお供のトナカイです」

そして川島は顔中に雪を塗している。
「は、はじめまして、さくらんぼ。お、おじさんはサンタロウです…」

聞いて桜子は堪らず笑った。
「その顔の雪は、おヒゲ?」

「あぁ、オヒゲさ。」

川島が大きなケーキを手渡すと桜子は、弾けるような笑顔で、ありがとうと言った。
その笑顔に身体の痛みも疲れも不思議と消え、それどころか、出世を失った事も、昇進式をすっぽかした気掛かりもすっかり頭から消えてしまった。
「ず、ずっと待ってたのかい」

「ううん、今お母さんがお部屋片付け中なの、邪魔になるから外に出てたの」

桜子は屈託なく笑った。

「か、片付け?」
「あのね、お母さん新しいお仕事見つかったから、明日お引越なんだ」

「え?」
「ずっと前から探してたんだって、前よりお給料高いんだって、お母さん喜んでたよ!」

桜子の話しに川島と梅垣は顔を見合わせた。

「そうか、そいつぁ良かったなぁ、お嬢ちゃん…」
意外にも梅垣のほうが、満面の笑顔をみせた。

「うん、トナカイのおじさんも川島のおじさんのお友達なの?」

「あぁ、そうだよ。だって、お供のトナカイだからね」

「フフ、川島のおじさんとおんなじ。優しい人の顔してる。」

恐相といわれていた梅垣は、思わず顔を赤らめた。
「ちっ…、なんて気の利いた嬢ちゃんなんだ。
辰っちゃんが出世を棒に振った理由もわからんでもねぇか…」

やさぐれて極道という道を生きてきた梅垣は、思いも寄らない桜子の言葉に、胸が熱くなった。


「おじさん、ケーキありがとう。
桜子、引越ししてもおじさんの事を絶対忘れないよ」

「あぁ、おじさんも忘れない」

「約束?」
「約束さ」
川島はまたそっと指先のない小指を出した。

「おじさん、もう小指食べちゃダメだよ、ゆびきり出来なくなるから、それも約束だよ」

「あぁ、もう食べない」


別れは突然だったが寂しい気持ちはなかった。

新しい仕事はきっと引越しとは別の話で、此処を出るのは、桜子の母の意思だろうと川島は思う。

だが桜子が今のように笑顔でいられるならば、川島にとってはそれが一番だから寂しい気持ちはなかった。


津々と降る雪は夜を一層静かな物にしている。

「さ、さくらんぼ、寂しくなったら、空を見ろ。お天道様が、いつでも味方だから…」

「うん、おじさんもね」


静かな夜空に二人の声が響いた。



ゆーびきーりげーんまん
うそついたら 針千本のーます
ゆびきった♪




コメント(4)

響之助さん
長らくかかりました。こんな感じになっちゃいましたが、いろいろとありがとうございました
m(__)m
梅ちゃんイイトコどりになっちゃいました。
梅垣さん、いい男ですね!

すごく好きなお話でした。さくらんぼちゃん、そのまま優しい大人になって欲しいなほっとした顔


お疲れ様でしたわーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)

蓮さん
お読み頂いた蓮さんもお疲れ様でした。
毎度雑文だらけの作品を読むのは大変疲れる事と思います。
ホントにありがたいです。
なんか最後は梅ちゃんがかなり幅を広げる形になりましたが…。
さくらんぼチャンはきっと、そのまま優しい大人になってますよ。
とっても素敵なお方です。
また頑張りますので、よろしくお願いします。

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