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日之影コミュの37年ぶりの再会・・・・・。

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予告もなく訪ねていけば 迷惑というものです。

        が

さすがに 37年ぶりともなると  「 よぉきてくれたなぁ・・・・ 」
でした。


*********************




日ノ影に五年間だけ住み京都に引っ越した幼なじみと  五、六年文通をしておりました。

           文通です。 かわいいでしょ。

毎回 封筒に手書きしますので  
幼なじみの住所は諳んじて言えるほどに おぼえています。
日ノ影しか知らない小学生のわたしは
いつかは その場所に訪ねていこうと 思っていました。
幼なじみの住む場所が どんなところなのか見たかったのです。


大人になり 自分ひとりでどこでも行ける知識もお金も手にいれましたが
日常生活の中で 「行きたい」という その思いは 
いつか 薄れていってしまいました。


とある日 ふつふつと 「行きたい」の気持ちが頭をもたげてきます。


平成の大合併があったり、漢字を間違えて覚えていたりと
記憶と現状に食い違いがありましたが
ネットの地図 iphone や ガーミンのナビ、 アナログな地図帳と
友人の助けを借りて その場所を訪ねてみました。


お手紙をだしていたその場所には 住んでいらっしゃいませんでしたが
そのご近所の方に教えていただき
いまご家族が住んでいる場所を教えていただきました。

37年ぶりにみる 幼なじみのお母様。
小学生のわたしより 大きく貫禄のあった母様は いま
当然のことながら わたしより小さく、細くなっていらっしゃいました。


突然の訪問に
「五年しか住んでいなかったし 日ノ影にいくこともなければ
 誰かと交流があるわけでもない・・・・」
とわたしのことは まったく思い出していただけませんでした。
でも、ときおり、  
「あぁ ○○さん おぼえてるおぼえてる」とか
「うん、あの場所で こども遊ばせたな・・・」とか
なつかしがってくださいます。


「で、あんたはどのへんにおったんかいな・・・・」と
小さな集落のどのあたりの家だったかと 最後にあちらから
質問なさいました。

自分の家があったところを 丁寧に教えると  お母様
「あぁ あそこには たぬしおちゃんていう子が おったなぁ・・・」と。

「おばちゃん そのたぬしおが 私です」
「ほんまかいな・・・・・大きくなったなぁ・・・・・わーい(嬉しい顔)」

漫才のようなやり取りでしたが
思い出していただけてよかった・・・・・・。


わたしの連絡先をそこにおいて帰りましたら
後日 幼なじみ本人と連絡がつきました。
「日ノ影談義をしましょう」と 来春の再会を
お約束しました。




**************




手紙の住所を いまも忘れずにいたのは 
なんどもなんども手で書いたアナログ時代だったからでしょうし
デジタルな情報や道具がなければ
彼女を探しにいこうなんてことは
どこかで あきらめていたと思います。


ことし一番の わたしの 思い出です。


     小学校二年生のときまで 日ノ影小学校にいた
     滝○M子ちゃん   お元気でしたよっ





コメント(1)

もうひとつの 再開。

フローラさんのトリモチ(コラコラ)取り持ちで
同級生と33年ぶりに会い、
開口一番、"老けたね〜"といわれ大笑いしたことで 33年の時間が一挙に
とっぱらわれたことは 以前どこかに 書いたような・・・・・ですが。



そのときの おはなし。

なぜかしら、「ディスコ」というキーワードに
フローラさんとたぬしおは盛り上がってしまったのですが
看護婦さんであるお友達は 行ったことナイ・・・・でした。
勤務は過酷だし、友人は別シフトだから一緒には遊べないと。

    あ・・・・ ごめん。 と 心でふたりはつぶやきました。

話題を変えての散策が 祇園に差し掛かったころ
お友達は・・・・

  「 祇園かぁ・・・ 懐かしいなぁ  」

え ? ぎおん ?


  「  うん、 よく遊んだ   」


ディスコが 霞んだ一件でした。



Y◯R子ちゃん   京都でどっしり生きてます。グッド(上向き矢印)

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