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霧生ヶ谷市役所企画部考案課コミュの掌篇:ある朝

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 目が覚めると、メイドがいた。掛け布団の上から俺の上に馬乗りになっている。
「お目覚めになりましたか、ご主人様」
 まだ寝ぼけているらしい。昨日遅かったしな……。
 布団被ってもう一寝入りしようとすると、ぼすっと鳩尾に一撃貰った。
 布団の上からなんで、それほど痛くは無い。無視。
 ぼすぼすぼす……。
 痛くは無い、痛くは無いが、果てしなく鬱陶しい。
「何やってんだ? アオイ」
 しぶしぶ、上半身を起こすと、脇に漸く退いてくれた幼馴染に問いかける。
「起こしに来たって言うか、悪ふざけ?」
 意味わかんねぇ。
「鍵どうしたよ」
 戸締りはしてあったはずだし、合鍵は返してもらったと思ったんだが?
「甘い。置き鍵の場所くらい把握してないと思う? もう少し凝った場所にしないと、丸分かりよ」
 そりゃ、ご忠告どうも。
「用がすんだんなら、とっとと帰れ」
「あら、酷い。私、夜行バスでちょっと前に着いたばかりなのよ。それなのにそんな事言うの?」
「家に帰れば良いだろうが。おじさんたち喜ぶぞ。まあ、その姿は嘆くかもしれんが」
「そお? この間これで帰った時は、カメラ持ち出してノリノリで撮影会になってたけど。あと、お母さんが私も着てみようかしらですって」
 うんまあ、言われてみればらしいと言えばらしいのか。アオイの両親だしなぁ。ただ、おばさんの方は……、似合いそうで逆に何とも言いかねる。
「さよか。で、なんでそんな恰好してるんだよ」
「論文のテーマなのよ」
「は?」
 アオイの専攻って統計学関係じゃなかったっけか? それが何でコスプレすることになるんだ。
「だから、論文のテーマなんだってば」
 なんでわからないかな、とそんな感じに非難される。そんなことを言われても。
「意味わかんないから」
「もう。人気の喫茶店で、店員の衣装が変わることで客層にどう変化が出るかの現地検証中なのよ」
「それって、かなり偏った結果しか出ないんじゃないか? いや、詳しい条件が分からないし、予測してるデータも想像つかないからあれだけど……」
 言いながら、ふと思いついたことを口にしてみる。
「まあ、もともと店員が趣味で衣装を頻繁に変えることがあったって言うんならデータを取る位の価値はあるだろうけどさ」
「あは、正解♪ よくわかったね」
「そんなの、消去法だろ。コスプレ喫茶だってんなら、データを今まで取っていない方が可笑しいし、普通の喫茶店がいきなりそんな事を始めるってのもないとは言わないけど普通、可笑しいだろ。で、アオイが関わっているって言うんなら、これくらいしか思いつかない」
 なんだろうね、この出来の悪い生徒が、正解に誘導されている感は……。
「論理の飛躍はあるけど、概ねよし、かな。ねえ、司。やっぱりうちの大学の研究室に来ない? いてくれるとかなり助かるんだけど」
「そーやって俺が一年の時もこき使ってくれたよな。大体今年博士論文出すんだろ。俺の卒業まだ先だぜ」
「大丈夫よ、私残るつもりだから、司がドクター来てくれれば全くもって問題なしって感じ?」
「其れの何処が大丈夫なんだよ。院行く気なんてないぜ。そんな余裕もないし」
「ねぇ、聞いていい? 敬君、それくらいの仕送りはしてると思うんだけど」
「兄貴の世話にはなんない。何があるか分からないから手を付けずにいられるならそうしたいしな」
「敬君が大学に残らなかったことを気にしてる?」
「さあね、兄貴が何を思って高校の先生になったのかなんて分かりようもないさ。ただ、好きな事が出来ているんなら良いよな」
 少なくとも、親父お袋がいなくなってから、何年も兄貴が親代わりを務めてくれていたのは確かだ。その分位はな……。
「だからって、司が我慢する必要はないんだよ?」
「何の話だよ。俺は居たくてここに居るんだぜ」
「本当に?」
 覗きこまれた。色素が薄めの鳶色に近い瞳の中に俺が映り込んでいる。
 フッと、以前光輝に言われたことを思いだした。
 曰く、現代の、今の技術で作られた鏡は正確が過ぎ、精度が高過ぎ、寸分違わず対象を映し出してしまうが故に、反って見る者の主観が入り込み程遠いものとなってしまうという。
 分かるような、納得できないようなそんな話だ。実際その後に続いたのは、占いや悪魔の召喚に使われるべき鏡は、水鏡や、銅や銀を磨き上げたような敢えて歪みを残したものでなければならない、なんてそれこそよくわからない主張が続いたのだから。
 ただ、光輝の言を信じるとするならば、今アオイの瞳に映り込んでいる俺の姿は歪んでいるが故に、俺の主観を受け入れず本来の姿に限りなく近いものという事になる。
 なら今俺は、怒っている様にも泣き出しそうにも見える決壊寸前のダムのような、そんな必死な顔をしているという事だろうか。それともうつっている俺はアオイの主観に染まったものなのだろうか? この場に鏡なんてないから確認の仕様もないけれど、仮に『真』なのだとしたら、どうして俺はそんな必死な顔をしているのだろう。そんな自覚なんてないのに。
 俺がここに居るのは俺がここに居たいと思うからだ。     本当に?
 決まっている。それ以外にどんな理由が必要だっていうんだ。    本当に!?
 この問いかけは一体誰のものだ? アオイ? それとも俺? あるいはそんな問いかけなんて誰もしていないのか……。
 俺の両親は、俺が中学の時に居なくなった。交通事故だったと思う。実のところこのころの記憶はひどく曖昧だ。上月やアオイに色々言われたような気もするが良く覚えていない。ようやく朧げながら思い出せるのは2年位過ぎた頃、兄貴が院に行く事を諦め就職先を探し始めた事だ。いや、多分、それ以前から考えてはいたのだろうと思う。そのキッカケがなんだったのか分からないが、妙な確信がある。兎に角兄貴が夢を諦める事に対して俺は兄貴に何を言っただろうか。叫んだような気もするし、淡々と受け入れたような気もする。今は兄貴の決定に対してほかにもやりようがあったんじゃないかと思うが、あの時は何を思ったんだったか……。微かにだけど、怒っていたような気がする。このうちを離れてしまう事に怒りを覚えていたような気がする。なぜ、逃げるんだ、と……。
……ああそうか。結局俺は覚えていたいのか。この家で過ごした時間を忘れたくないからしがみ付いているのか。
 参った。本当に参った。
 だったら、俺はこの家を離れなくちゃいけなくなった時にどうするつもりなんだ? 誰かと一緒に過ごす事と天秤にかけると? 出来るのかよ、そんな事が……。
 廻っている。どちらを選んだとしても、最終的に矛盾に潰される選択だ。同じような問いを延々繰り返すしかない。廻っているというか巡っている問答だ。まるで霧に巻かれでもしたかのような、丁度何時だったか橋の上で霧に閉ざされ阻まれ、前後どころか時間や距離すら曖昧になってしまったように、霧に溺れている。同じ所で、もがき続けて加熱する。
 行き着くのは多分考えるまでもなく……。
 頬に手が触れる。ひんやりとした感触、ジワリと熱が奪われていく。それは、不快ではなく、加熱した頭が冷静さを取り戻す。
 ああ本当に……。
 今更ながらに気づく。その手は細かく震えていた。
「なあ、まさか駅から歩いてきた訳じゃないよな?」
 あまり意味のない問い掛け。答えの見当はついているのだから。
「んーー、どっかなぁー」
 明々後日の方向に体ごと視線を向けやがった。
「あー、まったく」
 腕を伸ばし抱き寄せる。布団越しに重みを感じる。
「あ、こらシワになっちゃう」
「今更だろ」
 掛け布団ごと横に転がす。抵抗はなかった。まあ、温かいだろうしなぁ。
 反面俺には温もりと縁遠い、住む者の少ない家が持つ空気が冷たい。これが嫌だから朝は苦手だ。ともあれ、起き上がり体を伸ばす。
 関節が悲鳴を上げた。自覚はなかったが、緊張していたらしい。当たり前か……。
「何が食べたい?」
「んーー、フレンチトースト」
 半分以上溶けた声が答える。
「時間かかるしアオイが作る方が美味いだろ」
「司のが食べたいの。食べたいだけなら晶君の所に行くわよ」
 確かに。あいつならいつ行ってもそれが当たり前のように仕込んだタネを取り出して焼いてくれるだろう。





追記
 という訳で、朝食に微妙に芯の残ったフレンチトーストを食べた後、久遠寺作のフレンチトーストを食べにアオイと一緒に押し掛けた。
 久遠寺の妹が部活の後輩引き連れて来てて、まあ軽く騒ぎになった……。

追記の追記
 そこになぜか上月や暗夜、光輝が集まってきて、狂気山脈弾丸カラオケツアーと相成った。何をするかと言えば、メイド姿のアオイがその恰好のまま狂気山脈へ突貫かけて、スノリさん拉致ってカラオケにゴーという、一見犯罪極まりないツアーだったりする。
 実際はアオイが事前に狂気山脈のオーナーに連絡入れてスノリさんを借出していたのだが。そんなサービスやってたのな……。

追記の追記の追記
 翌日アオイは機嫌よく帰っていった。結局おじさんの所にはあの恰好のまま顔を出し、しかも一時間もいなかった。おじさん泣いてたんじゃないかと思う。怖くて見ていないが。おばさんの方は、別の意味で怖くて見に行けなかった。

追記の追記の追記の追記
 結局、俺はまだ明確な答えを出せていない。

コメント(1)

お久しぶりです。
久方ぶりの石動君だったりしますが、
まあ、いつものごとくいつものようにということで。

次は、
釣り人のふしぎか、
推定、杉山さん
あたりをお目にかけられれば幸いかなと。

では。

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