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霧生ヶ谷市役所企画部考案課コミュの短編:ジーン

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 闇の中、何かが煌いた。男が僅かに体をずらすと翻った男の黒いコートの裾を『何か』が貫いて、そして、地面に触れる前に掻き消えた。ありえざる物理法則。だが、それは男がその身をおく世界において極自然にある現象の一つに過ぎない。
 男が上を見上げた。両脇を建物に囲まれた路地の中、細く見える空に満月があった。深淵の空に浮かぶ、金色の……。男は笑みを浮かべた。薄く、だが凄絶な笑みだ。己の命さえ、容易く天秤にかけることが出来る、何処か壊れた笑みだ。
 男の名は、ジーンといった。

 ジーンが『その音』を初めて耳にする事になったのは今日の昼のことになる。ある出来事をキッカケとして敵対する事となった『組織』の手から逃れて、日本は霧生ヶ谷の地を踏んで早半年。この土地に元からある『相互組織』と誤解の末に和解し共闘する事数度、それ以外にも『怪異』と呼ばれる現象に巻き込まれるなど平穏とは言い難いがしかし何処か安穏とした日々が続いていた。雑踏の中に身を置くと、ふと自分もその一員となったような錯覚をしさえもした。ひょっとしたらこのまま……、そんな甘ったるい考えさえ浮かぶ。即座に、冷笑を浮かべ否定した。そんなこと出来よう筈もない、と。
 最早後戻りなど叶わないくらいに、どっぷりと闇の側に浸かっている。だから、諦めた。
 現に。
 かすかに聞こえた異音にジーンは体をビルとビルの間に滑り込ませていた。習慣として体に染み込んだ動きだ。平穏な日常を送っている人間には必要のないものだ。
 直後、通りで悲鳴が上がった。ブレーキ音、激突音が重なる。ああ、それこそがこの男に平穏などないと高らかに宣言をしていた。
 振り返る。人垣ができていた。誰かが犠牲となったのだろう。だが、それを気にしている暇はない。音が響く。空気を切り裂き何かが落ちてくる甲高い音だ。ジーンは走り出す。駆けるジーンの後を追う様に『何か』がアスファルトの上で弾けた。それは、続く。ジーンの足スレスレの所で弾け、コートに穴を開けていく。だが、ジーンは走り続ける。
 狭い路地を、水路を跨ぐ橋の上を、時に水路を飛び越え、まるで目に付いた場所に思いつきで入り込んでいくような出鱈目さだ。だが、人通りの少ない方へと向かっているのも事実。それが、甘さなのか、未練なのか誰にも分からない事ではあるが……。
 やがてジーンは足を止める。攻撃は止んでいた。息を荒げる事もなく空を見上げる。薄雲が光を遮り、淡い輝きだけが空にあった。視線を下ろしていく。丁度今来た方向に向く。そこには、高いマンションが立ちふさがり、霧生ヶ谷の何処からでも見えると思われた市役所の建物を覆い隠していた。ジーンは納得したというように、唇の端を歪め、やがてコートを翻し歩き始めた。

 その夜、携帯の単調な電子音が響き、ジーンは目を覚ました。ジーンの眠りは酷く浅い。僅かな物音にさえ眠りを遮られるほどに。それもまたこの男が身を置く世界の苛烈さゆえか。
 ジーンは訝しげに眉を顰める。この携帯はこの都市を訪れてから手にしたもので、番号を知るものはごく一部だ。なのに、ディスプレイにある番号は見覚えのないモノだ。考えられる番号を知るごく一部の誰かが他に番号を洩らしたか、もしくは……。
 どこか脳裏に霧生ヶ谷で知り合った者たちの顔を思い浮かべながらも、ジーンは笑みを浮かべていた。卑しい卑しい命のやり取りを楽しむ者が浮かべる爛笑を。荷物、といっても財布にパスポートくらいが入った小さなディパックを手元に引き寄せる。
「……はい」
「折角誘ってあげたのに、乗ってくれないなんて酷いなぁ」
 若く甲高い声が、携帯から溢れ出す。キンキンと響き、耳から話しても十分に相手の声が聞こえる。
「わかってたんだろ? あの時僕が市役所ビルの屋上にいたってことが。当然だよね。わざわざ分かるようにしてあげたんだからさ。折角、映画みたいにビルの屋上で決闘って奴をやってみたかったのに、乗ってくれないんだもの、次の準備をしなくちゃいけなくなったじゃないか」
 綺麗な訛りのない英語がつらつらと束ねて吐き出される。幼いとも取れる若い声に相応しい自分本位も甚だしい注文が連ねられる。
 それだけでジーンは了解した。これ以上戯言に付き合う暇などないというように。
「言いたい事は、それだけか」
 小さくしかしはっきりと囁いた。どこかにいる誰かが一瞬押し黙り、しかし感心したように再び話し始めた。
「聞いたとおりに無愛想だね。でもさ。もう少し付き合ってよ。もうじき素敵なプレゼントが届くんだからさ」
 当然のようにジーンは上を見上げた。安アパートの天井には窓から差し込む月明かりによって複雑な陰影が描かれていた。芸術家であればそこに『なにか』を見出し、キャンパスやあるいは彫像に写し取ろうと躍起になったかもしれない。だが、ジーンには何の感慨も抱かせない。ただそこに現実的な変化が生じるのを冷静に認めただけだ。
 鈍い音と共に穴が開いた。天井に。続いて僅かに体をずらしたジーンのコートとその下の床に。擦過熱によって焦げた匂いが部屋に広がる。下の階から『何が起きたの?!』と悲鳴が上がった。それを聞かなかったことにしてジーンは扉を乱暴に開け、通路に飛び出した。携帯が機嫌よく、一方通行の会話を続ける。
「気に入ってもらえたかな? おやおや、騒がしいね。そんなに慌てなくても大丈夫さ。……きっちり追いかけるから」
 宣言通りにジーンを追って通路に穴が開く。タンッ、階段を使う時間のロスを厭い、ジーンはそのまま一階の駐車場へ跳んだ。四メートルの高さを落下し、漆黒のコートが大きく広がる。はためいたコートの裾を何かが幾つも掠めていく。膝を曲げ着地の衝撃を和らげ、殺しきれない勢いはそのまま前へと進む推進力へと変換する。一連の動作に澱みはなく、迷いもなく。故にそこには日常とは相容れない異質があった。
 街中へと出たジーンをなおもしつこく、明らかに昼間よりも正確に『それ』は追撃を続けた。昼間であれば、電話の主が言ったように市役所ビル屋上から、望遠鏡の類を持ってジーンを目視していたと推測も付くが、今は夜だ。街灯の輝きよりも明るい月がシーンの影を地面に落とすとは言え、遠く離れたビルの屋上から人一人を探し出すに十分な光量があるとは言い難い。何より今ジーンは意図的に市役所ビルの死角となる路地を選んで走っている。捕捉できるはずがない。普通ならば。だが、ジーンという男が身を置くのは尋常ならざる法則が大手を振って闊歩する世界だ。
 パンッ。
 走るジーンの数歩前で飲食店の裏口に置かれたゴミバケツが幾つも弾けて倒れた。飛び散った生ゴミや、酒瓶が路地に広がり、ジーンの行く手を阻む形になる。
 その場でたたらを踏み、方向を変えたジーンの目の前に『それ』が落ちてきた。
「それ」は掌にスッポリと収まってしまうくらいの大きさだった。普通に道端に転がっていたとしても何の違和感も抱かせないそんなただの石だった。ただし、それが摩擦熱で紅く灼熱し、甲高い風切音をさせていなければ。そう、それは隕石と呼ぶに相応しかった。
「スレイヤー」
 ジーンは呼ぶ。
 己の中にあるもう一つの自分を、力ある映像を、魂の具現せし力を。
 伸ばした腕から無数のベルトに拘束された長い爪のある腕が滲み出る。それをキッカケにそれの全身がジーンの体から這い出る。まるで刀を思わせる鋭い角を生やした全身をベルトで拘束された異形が解放される。
 音にならぬ雄叫びを上げ、スレイヤーと呼ばれた何かが『それ』を迎撃する。爪で受け止める。ギャ、と擦過音をさせ、力が均衡した。ほんの一瞬。
 速度と共に、質量を増大させた『それ』に押し負けた。受け止めた分、僅かに軌道をずらし、ジーンの右足を抉る様にアスファルトに触れ、微塵に消えた。炸裂の跡さえ残さず、幻だったかというほどに。事実、熱で焼かれた右足の傷以外、『それ』の痕跡は何もない。が、逆説的にその傷こそが全てが現実であると告げ、追い詰められたという事実を突きつける。
 傷は焼かれているため出血はない。だが、痛みを含めて感覚もほとんどない。時間を置けば恐らく激痛と同時に感覚も戻ってくるだろうが、今は辛うじて移動するのが精一杯だろう。ならば……。
「おーいい。生きているかい? 死んでいるなら返事くらいは欲しいんだけどねぇ」
 いまだ繋がったままの携帯から流れ出る場違いな声はジーンを苛立たせる。知らず鳴らしていた舌打ちは然程大きなものではなかったはずだが、向こうには届いていたらしい。
「あ、生きてたか。そうか。きちんと狙ったつもりだったんだけどね。まあいいさ。声が聞こえるってことはまだそこにいるんだね」
 それを聞き、ジーンは唇の端をぐっと持ち上げる。愉悦と自嘲の入り混じった凄絶なものだ。壁に背を預け立ち上がると、右足を引き摺りながら表通りに出る。そこで、通話口に向けて囁いた。
「五分だけ待ってやる。急いでくるといい」
 告げると携帯を投げ捨てた。同時に天からの何かが携帯を粉々に消し飛ばす。果たして、携帯が最後に伝えた音、罵倒の声はジーンへと届いたかどうか……。
 ジーンは空を見上げる。月があった。月があたりを照らし、普段よりも夜という世界が明るい。ただ、明るければ明るいほど影と呼ばれる闇は濃くなる。その影に紛れるようにジーンは壁にもたれかかりながら月を見上げる。一つとしてかけたピースのない満月がある。淡い光が静に降り注ぐ。ああ、月が人を狂わせるとは果たして誰が言い出したことなのだろうか。
 ジーンは再び口元を歪めた。何処か魅入られた笑みだ。
 そして、路地の闇へと姿を消す。

 ホテルの一室にて、その青年は思いつく限りの罵詈雑言暴言を吐き散らし、それでもなお足らず手にした携帯を床へ投げつけようとし、止めた。この端末のは手放し壊してしまうには躊躇するだけのデータが入っている。代わりに盛大に舌打ちを繰り返す。
 糸のような細い金髪の間から覗く眼には焦りの色があり、事実苛立たしげに指を続けて鳴らす。
 何故此処まで苛立つのか。
 青年が属する組織は一時期ジーンの行方を見失っていた。それはジーンがそのように動いた所為でもあるし、霧生ヶ谷に流れ着いてから係わり合いになった互助組織の働きも大きい。そんな中組織が手に入れたのは、ジーンの持つ携帯のナンバーだ。
 携帯はそれ自身が微弱な電波を出している。それが中継ポイントに届く事で位置を把握し、携帯での通話を可能としている。言い換えるならば、携帯は実によく出来た発信機とも言える。無論、警察であろうとおいそれと使用は認められないが、組織にとってそのような事は関係ない。忽ちの内にジーンの位置は割り出され、上層部はそれを元に包囲網の構築を始めた。青年達に下された命令はその完成までの待機だ。
 けれど、青年は抹殺ランクの上位に来るジーンを始末し、功を上げようと命令を無視した。
 その結果として、ジーンに携帯を捨てさせてしまった。即ち、これ以上ジーンの足取りを手繰る方法を青年が自ら潰してしまった覆しようのない事実を意味する。
 此処でジーンを逃せば、確実に青年はこのミスの責を問われるだろう。無能者には死を。それが絶対の掟だ。逃れるにはジーンを殺すしかない、例え如何なる危険を犯そうとも。
「くそくそくそっ」
 蝶番よ外れよとばかりにドアを叩き開け、青年はジーンの元へ向かう。

「シューティング・スター」
 青年はジーンの姿を認め、呟いた。上空三万二千メートルの衛星軌道上でそいつが起動するのを自覚する。実際に目にしたことはないが、そこにあるのだという奇妙な確信があった。己の思うままに動く、もう一人の自分、遥か高みから狙い撃つ孤高の狙撃者だ。相手の位置さえ把握できていれば、どんな距離からでも暗殺する自信があった。
 事実、これまでに数え切れないほどの標的を打ち抜いている。欠点といえば、青年本人が標的の位置を正確に把握していなくてはならない事だが、その辺は頭の使いようでなんとでもなった。
 狙い、放てと念じる。タイムラグなしに、小さな『何か』を吐き出す。青年は『星』と呼んでいた。
『星』は空と地面を光で繋ぎ、しかし、ジーンは僅かな動きで避けてみせた。ツゥと、ジーンの一筋伸びた前髪が月の光を反射して銀糸を描く。
「なっ」
「遅かったな」
「捜したからね。携帯を捨てるなんて酷い話だね。お陰で場所が分からなくなったじゃないか」
 青年は、内心の焦りを軽口で隠す。隠しながら、狙いを定める。
「居場所を知られるのは趣味じゃない……」
「そうかいっ」
 放つ。血を吹き倒れる姿を想像する。
 だが。
 ジーンが一歩後ろへ下がった。スレスレの位置をこぶし大の塊が落ちていく。
 パスッと『星』が光の塵に変わった。生じた光がジーンの顔を照らす。陰影が彩るその顔には笑みがあった。殺人に何の忌避も感じないはずの青年が思わず思考を停止させるほどの歪んでイカレた笑みが。
 その隙を突き、ジーンが無事な方の足で地を蹴る。路地の奥、闇の中へと身を躍らせる。漆黒のコートが闇に紛れジーンの姿を覆い隠す。嘲笑うように月がその姿を雲の狭間に消す。青年は追う。
 何もかもが出鱈目だ。今までも確かに携帯のトリックを見抜いた標的はいた。だが、ここまで執着なく手放した相手は初めてだ。現在携帯は単なる通話の道具というだけでなく、様々なデータの入った万能のツールに等しくなっている。それを失うのは明らかな痛手だというのに。それともあの男はそんなもの必要としないとでも言うのだろうか。
『シューティング・スター』は『星』を打ち出す。それは、落下であり、一度離れてしまえば軌道の変更は出来ない。だからこそ、青年は相手の位置の把握を必要とする訳だが、標的を前にしての狙撃を数えるほどしか経験がないとは言え、失敗した事はなかった。
 なのに、あの男は避けた。この事実は、青年を混乱させ、冷静な判断力を奪った。
 仮に、もし青年がジーンに問うていればこう答えただろう。
「自分に向けて落ちてくると分かっていれば、避けるのは容易い。狙っている本人が目の前にいるのならば、尚更……」
 理屈ではそうであっても、実行に移すには色々と障害がある。その最たるは己の命を掛け金にして実行できるかという一点。
 それはきっと、何処か壊れていなければ、出来よう筈もない死にたがり屋のイカレた一人遊び。
 こんな事を知った所で、混乱に拍車をかけるだけだっただろうが……。

 青年は闇の暗さに足を止める。冷静さを失い、感情に任せて追いかけたはいいもののジーンの姿を見つけられないでいた。不安がある。恐怖がある。
 青年は標的の前に直接姿を晒した事が数度しかなかった。周到に手を回し、極力標的の前には姿を現さない。仮に、現すとすれば、それは全て演出の為であり、己の身の安全は十全以上に保証された状態ばかりだった。
 今回ばかりはそれがない。
 己の力に自信がない訳ではないが、過信するつもりはないし、身を危険に晒しそのスリルを楽しむような悪趣味な趣味は持ち合わせていない。故に恐怖する。
『星』が落下する。矢鱈と打ち出された星は、闇の中で爆ぜストロボフラッシュの如く刹那の光を撒き散らす。光芒は一瞬を影に焼き付け、闇の濃さを倍化させていく。
「出て来いよっ」
 叫ぶ。恐怖を紛らわせる為に、不安を誤魔化す為に。それが、己を追い込んでいく一方通行の破滅への道行きだと理解しているかどうか。
 月を覆う雲が切れた。月光が、空を切り取った路地にも入り込む。闇が光に駆逐される。けれど、青年に覆いかぶさる闇が払われる事はなかった。
 突き抜ける。背中を脳天に向けてどうしようもない悪寒が。後悔が恐怖を伴い押し寄せる。
 何故、俺はこの男に手を出してしまったのだろう。
「うわぁああああああああ」
 叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。
『星』を放つ。だが、間に合うはずもない。光でさえ、衛星軌道上から地上に到達するには十分の一秒を必要とする。物質である『星』が地上に到達するのにどれだけの時間を要するか。少なくとも、ほんの数メートル上から青年へ向けて飛んだジーンの行動を遮る事が出来ようはずもない。
「あばよ……」
 音もなく、縦に視界がずれ、薄れていく意識の中、青年は、ジーンのそんな呟きを聞いたような気がした。そして、それが、青年が最後に耳にした言葉になった。

 物言わぬ躯と化したソレをジーンは見下ろす。『星』であったものが砕け、煌きを伴いながら降り注ぐ。
 既に、体を支配していた言いようの知れぬ高揚はなく、寧ろ言葉にしようのない虚脱感に似たものがジーンを支配していた。
「潮時、か……」
 感情の色が落ちた瞳で空を見上げ、ジーンは呟く。ふとジーンは動きを止めた。己の呟いた言葉に困惑しているような、そんな風に見えた。
「……」
 遠く市庁舎屋上に聳え立つこの都市の象徴ともいえる四対の巨大アンテナが月光を受け、鈍い銀光を反射していた。そして月は冷たい光を散らし、ただ空にある。ジーンの問い掛けるような眼差しに何も応えることはない。何に対する答えを見出せぬのかさえわからぬまま、ジーンはゆっくりと歩き出す。
 街の明かりに背を向け、振り替えすらせず。ただ一度だけ別れを告げるように手を上げたきり。

 そして、エンディングが流れ始めた。
 低く、重いブルースだ。まるで、無頼の男が酒場のカウンターの隅で声を殺そうとして尚も噛み殺せず、肩を振るわせすすり泣いている様な、そんな旋律だ。あわせるようにクレジットがスクロールし、やがてエンドマークとともに画面は切り替わる。
 うって変わって賑やかな、ウドンロード振興会のCMに守屋夢人は困惑の呻きをあげた。
「親父、これどー考えても終わってないだろ? 打ち切りでも喰らったのか」
 夢人の言うとおり、ストーリーは断ち切られていた。確かに、流れ者が霧生ヶ谷という都市に流れ着き、また流れていった、という意味では一応終わりの形を見せているように見えるが、そもそも先週から継続中の事件があったはずなのに、それには一切触れずいきなり主人公が何処かへ行ってしまっては打ち切りだと思われても仕様がない。
「いや、結構視聴率はよかったぞ。延長の話もあったくらいだからな。もっとも俺が続きを本人から聞き忘れたんで予定通り終わらせたんだが」
 夢人の父親で、夢魔で脚本家の夢路が答える。夢人と並ぶと親子というよりは、やや年の離れた兄弟のように見える。まあ、伸ばし始めた夢路の無精ひげにしか見えないあごひげが色々ぶち壊しているが。
「ちょっと待って。って事は、実話って訳?」
 前以上の困惑に囚われた夢人の叫びに夢路は実にのんびりと呑気な答えを返した。
「大分手は加えてあるけどな」
 あれ、ってことは。でもそうだとすると。などと混乱した事を口走る夢人を脇に見ながら夢路は『そろそろ一度連絡取らないとな』と呟いた。


オマケ

『魔法はキムチで出来ている』
 白地の画面に文字が刻まれた。
 何が始まったのは理解できなかった。こちらの戸惑いを置いてきぼりにしたまま文字は続く。
『右手に白菜 左手にバール(のようなもの)
 幾百の戦場を駆けて無敗』
 危うく口に含んだお茶を吹き出しかけた。
 砂塵吹きすざぶ紅色の荒野に立つのはゴスロリのような服(いくらレースが一杯付いていたとしても生地が真っ赤ではゴシックロリータとは言わないだろう、多分)に身を包んだ多分中学くらいの少女。逆光の中、先端が赤く染まった(多分)バールと白菜を手にして仁王立つ。
『ただ一度の歓喜もなく
 ただ一度の絶望もない
 紡ぎ手はここに孤り
 紅き荒野でキムチを漬ける』
 ただ、ただただ積みあがるのはキムチ。理由はなく理論はなく、理屈もなく理解もない。
 あるのはただ、ひたすらに積みあがるキムチという事実のみ。
『故に、その行為に説明など要らず
 だからきっと、魔法はキムチで出来ている』
―――魔法少女マジカル☆キムチ。今華麗に降臨!!

 正直に言おう、あまりのアレさ加減についさっきまで見ていたドラマの余韻も、親父に聞いた言葉から生まれた疑問も軒並みぶっ飛んだ訳だ。
「ちょっと待て親父。実写で魔法少女は痛々しいんじゃなかったのかっ?」
「あー。それなぁ。モロキュアの企画がポシャッたんで、急遽でっち上げた」
 ああ、あれね……。そりゃポシャるだろ、あれは。
「だから、現場の人間がでっち上げたとか言うな。あと理由になってねぇ」
「そーでもないぞ。前自主的に没にした企画から色々引っ張ってきているからな。いや大変だった」
 いやそれも質問の答えにはなっていないって……。
「だから、痛々しくてやってられないんじゃなかったのか、魔法少女は!」
「そっちか」
 そっちだ! 本当に頭痛がしてきそうだ。
「なあ、夢人。技術の進歩というのは凄いものだな」
「はあ?」
「お陰でかなり満足できる画が作れるようになった」
「ああーー、そう。よかったね……」
 親父あんたは何処かのSF監督か?
「そうそう、ライバルキャラは、リリカル★たくあん、な」
「そんな事聞いてねぇよっ」
 お陰で何考えてたのかさえ抜けていきましたさ!!

コメント(3)

以前書いたものに、少し付け加えました。

うーん、なにを主に書きたかったのだろうという感じになってしまいましたが。それはそれということにしていただけると幸いです。

実話を元に夢路が脚色したものと捉えていただくと、夢人の困惑する理由もお分かり頂けるかと思います。

では。
あれ、読んだことあるぞ?
と、初めは少々戸惑ってしまいましたが……

オマケで完璧にその戸惑いが吹き飛ばされてしまいました。

ちょ、オマケのインパクト……!
本編の記憶が(夢人くんの考え事なみに)抜けてしまいかねないですね^^;
恐るべしアレ。たくあんも非常に気になります。
意図してやったわけではないのですが、なんかこう悪戯が成功したみたいで嬉しいです。はい。

色々発酵する前に出してしまえと、テレビネタまとめて蔵出しという感じですではあるのですが。
楽しんでいただけたようで幸いです。

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