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霧生ヶ谷市役所企画部考案課コミュの連載:霧生ヶ谷市における魔術的探索についての一考察 その1

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 早朝の霧生ヶ谷市立南高校は、日曜に降りつづいた雪がまぶしい一面の銀世界だった。その閉ざされた門の前にひとり佇む人物は、うっかり学校に早く来すぎて呆然としている学生でもなければ教師にも見えず、ただ単にまだ学校前の道が人通りのないために不審者と騒がれずに済んでいるというところであった。

「やれやれ。早朝から部活の実験の準備をするのはいいものの、雪道はつめてえよなあ」

 そうぶつくさ言いながら一人の男子生徒が道の向こうからやってきた。彼は校門が閉ざされていることを見ると、腕の時計を見て「あ。五分早く来すぎた」と舌打ちし、それからはじめて目の前の人物の存在に気がついた。

「あー、と。職員の方……ではないですよね。学校になにか用事でもあるんですか?」

 彼はもしかして目の前の人物は世に言う不審者かも、と思いつつそう尋ねた。その男は肩を小さくすくめて言った。

「探し物をしているんです。もしかしたらここにあるかもしれないので」

 男の声は落ち着いていて、べつだん精神の異常や危険を感じさせるものではなかった。男子生徒はほっとした。

「早く来すぎましたね。あと五分で門が開くんですよ。おれも部活の準備で来たんですけど、……ところで、探し物ってなんですか? 校内に落ちていたものなら事務室で管理してますけど、学校の周りで落としたものなら交番に行ったほうが早いんじゃないですか?」

 男はそれを聞くと、何か考えているようにすこし眉をひそめた。それから言った。

「それが、よくわからないんですよ。どんなかたちをしているか。私もそれを見たわけではないし、それはかたちを変えるんです。だからこうして探しているんです」

 男子生徒はやっぱりこの人はやばいんじゃないだろうかと思いはじめた。万が一に備えて足をじりじり下げはじめる。あと五分で教職員の誰かが来るはずだ。

「ああ、言い忘れてました。それはこの街では霊子というんでしたっけ、そのかたまりといっても差し支えありません。ちょっとした不手際で見失ってしまったのです」男は男子生徒の様子に気づかないふりをしてしゃあしゃあとそう言った。

 彼は眼を丸くした。

「もしかして、あなたその筋の人ですか? おれは近代科学部っていう部活にいるんですけど、実はそういうオカルトっぽいものもやってて……」

「オカルトと言われれば、たしかに私は除霊師のまねごともしますよ。申し遅れましたが、私はアレクセイといいます。よろしくお願いします」

「俺は近代科学部二年の阿藤浩二です。あ、職員のひとが来ましたね」

 鍵をかちゃかちゃいわせながら校門を開けている職員に、アレクセイは話しかけた。

「すみませんが、この学校に落とし物をしてしまったらしいんです。お見せしていただけませんか」

 職員はさして不審にも思わなかったようで、あっさりといいですよ、とこたえた。浩二はアレクセイと職員の後を好奇心からついていった。

 
 職員に案内されてガラスの戸棚の中の落し物を見ていたアレクセイは、しかししばらくすると職員に、私の思い違いでしたね。お手数かけてすいませんでしたと言って事務室から出てきた。そこを浩二が尋ねた。

「なかったんですか?」

「ああ。そう簡単に見つかるものでもないからね。わざわざありがとう」

 浩二はその霊子のかたまりとやらを見てみたいと思っていたので内心落胆していた。そこに唐突に明るい声が響いた。

「おはよう、浩二。なにしてんの?」

「誰かと思ったら副部長か。この人が探し物をしているっつうんで、ちょっとね」

「へえ。人助けなんて殊勝なことしちゃって」

「いや、なんでも霊子のかたまりを探しているっていうんで、好奇心ってやつで」

 浩二は照れまじりに本当のことを言ってしまったことに気付いた。しかしそんなことは二人とも気にも留めていないらしかった。

「霊子? 霊子って、あの? ……あなたはもしかして、その」

「ただの除霊師、といいますか、なんでも屋ですよ。アレクセイと申します」

「へえー。そういう人って、本当にいるんですね。はじめて知りました。霊子のかたまりって、何なんですか?」

 アレクセイはにこやかにその質問に答えた。

「私も霊子という言葉はあまり使わないんだが、霊子というのは決して崩壊することのない情報系のようなものだ……言い換えれば、妖怪や幽霊といった超常現象のもとと言えばいいかな。そう、だからどんな姿で具象化しているか見当がつかないんだ。それは周囲の欲望に、意志に、環境に、あるいはそれ以外の何かにたいして非常な可塑性を持つものだから」

「わかったようなわからないような……」浩二は何となくアレクセイの言いたいことはわかったが、彼の言いたいことが明快にわかったとは思えなかった。

「そうだ。そういえば」

 いきなり何かを思い出したかのように和子が言った。

「この学校の裏手に廃屋を見つけたんだった。この学校の近くでうさんくさい場所といったら、そこじゃない?」

「いやこの人の探しているのは場所じゃなくて物だろ」

「わかった。君の言うところに案内してくれるかな。探してみる価値はあるかもしれない。もしかしたらあれは物ではなく、存在や空間といったかたちで具象化しているかもしれないからね」浩二にとって意外なことにアレクセイは和子の提案を受け入れた。

「おいおい……」そういえば、今日の部活の準備はどうするんだっけ。浩二は考え直した。まあいいか。こっちのほうが面白そうだからな。


「私、オカルトに関してそう知識はないんですけど、浩二はけっこういろいろ知ってるんですよ。クトゥルー神話とか詳しくて、もう。ねえ浩二クン」

「いや別にクトゥルーに関してもそう詳しいわけじゃないと思うぞ、おれは。というか本職にそんなこと言うなよ」

 彼ら三人は和子の言う廃屋に行く道すがら、たわいもないことを話していた。

「へえ。クトゥルー神話ねえ。君たちは読んだことあるの?」アレクセイは軽く彼らに聞いた。

「浩二に少しだけ読まされたけど、私はちょっとこういう気持ち悪いのが嫌いだからあまり読まなかったわ」

「俺は一応創元推理文庫から出てるやつはだいたい読みましたよ。ニャルラトテップっていうんですか? あの邪神が一番インパクトあると思いますね。アレクセイさんはなにか読んだんですか?」

「そんなに読んではないんですよ。ちらっと見かけたくらいで」

「まあどうせ創作神話ですからね。邪神の眷属を退治してくださいなんていう依頼もないでしょうし」

「今のところはね。安心しなさい。私が探しているものはそのようなものではなく、ただの<人の手によってつくられた>ものですから」

「まるで、本当に邪神が存在しているような口調ですね」和子が呆れたような声で言った。

 アレクセイは突然足を止めた。

「アレクセイさん、一体なにが――」

 二人はアレクセイの行動にぞっとして、それから背筋に冷たいものが走るのを感じながら背後に精神を集中させた。もしかして、邪神の眷属が自分たちの後ろに……

「嘘ですよ。怖がらせただけです。作家の言うことと除霊師の言うことは真に受けてはいけませんよ」

 アレクセイが笑いながら二人にたいして手を振った。ほっとするやらばかばかしいやら、あるいはからかわれてくやしいやらで二人はため息をついた。

「思ったよりひょうきんなんですね。びっくりしましたよ」

「というか、われわれは他人の恐怖で飯を食べていますからね。こういうハッタリには長けているものです」

「あ。私の言っていた廃屋はここね。アレクセイさん、入ります?」

「いいのか? 昼日中から廃墟探索なんてどうかと思うぞ」

 浩二は目の前の薄い青いトタン板の壁と崩れかけた屋根の廃屋を見つめた。

「あら、怖いなら帰っていいわよ」

 和子が言った。

「いや、お前たちが行くならおれも行くよ」

「それじゃあ、中に入るとしようか」

 アレクセイを先頭に彼らは廃屋の腐りかけたドアをひらき、薄暗い内部に足を踏み入れた。


 六畳くらいの廃屋の中は既に床が腐って抜け落ちていて、さまざまなごみが散乱していた。窓が閉め切られているため空気はよどんでいて、むっとするような異臭がする。

 アレクセイは部屋の周囲をぐるりとまわってそれからしばらく考え込んでいたが、やがて気持ち悪そうにしている二人に言った。

「どうやらここにはないようだね。確かに力は感じるんだが、どうやらそれは別のもののようだ。わざわざここまでついてきてくれてありがとう。帰ろうか」

「でも、この引き戸の奥にも部屋が続いてそうですよ。こっちにあるかもしれないですよ」

 浩二は自分の右にある薄い引き戸に手をあてた。アレクセイがかぶりを振る。

「それを開けてはいけない。結界が――」

 しかし、それは遅かった。浩二が引き戸を開けると、そこには暗い闇ばかりが広がっているのが見えた。そして目に見えないけれどもたしかにぞっとするような気配が彼に襲いかかった。

「うう……」

 強烈な腐臭と身の毛のよだつような感覚に、浩二の心臓は冷たい手に掴まれたかのようになった。全身の神経が悲鳴を上げる。アレクセイが彼の隣りにすっと立つのを感じながら、彼はしてはいけないことをしてしまったのだと気付いた。

「ここを動くな。気を失ってはいけない」

 アレクセイの手が彼の背中をさすると、浩二は少し楽になったような感覚をおぼえた。恐怖はそのままだったが、さっきの衝撃からだんだんと回復してきた。和子に視線を向けると、彼女も恐怖のあまり凍りついたようになっていた。

 アレクセイがなにか手振りをして闇の中にそれを投げかけると、ぞっとするような気配だけの存在が目の前の闇へと凝集するのが感じられた。鼻の曲がるような腐臭とともに、何かがかたちをなしつつあるのだ。

 闇の中に、白い女の顔が見えた。顔はあざだらけで、その頬には深い刺し傷がある。首から下はなにもなかった。

「あなたがいたのですか」

 アレクセイは、むしろ穏やかな口調でそれに向かって話しかけた。

「どうやら、ここで殺されたようですね。あなただけでなく、あなたの後ろにいる方々もそうなのでしょう。しかしいけませんね。どんなに恨みを抱いたとしても、ここにはあなたがたの恨むべき人間はいない。事情を知らぬものに影響を及ぼしたところで、無駄というものです」

 浩二には、女の唇がかすかに動いて、わたしをころして、と言っているかのように聞こえた。その眼に宿った虚無に、彼はぞっとした。

「一度死んだものは二度と死にません。あなたは死んだのですよ。知らなかったのなら教えて差し上げましょう。あなたは自分のことをなにものかでありえると思っていましたか? いいえ、あなたは無、無以下です。存在の影にすぎません」

 そう言うと、アレクセイは勢いよく引き戸を閉めた。

「さて、帰りましょうか。彼女たちはまた元の場所に閉じ込めておいたので大丈夫ですよ」

 浩二はアレクセイの言うことが信じられなかった。

「いいんですか? あの引き戸もおれもあれだけじゃ……」

「もしなにかまだ憑いていたら、あなたは苦しがっているはずです。私は別にここに除霊しに来たのではないので、あなたたちさえ無事でいればいいんですよ」

「でも、もしこのままだったら……」和子がかすれた声で言った。

「このままだったら? ゆがみはゆがみを生みます。彼女たちに引き寄せられて、さまざまなものがここにやってくるかもしれませんね。私にとってはどうでもいいことですが」

「でも、あなたは除霊師ですよね?」和子は言った。

「だからこそ、報酬のない除霊はしないのです。まあいつかここに人の手が入って、除霊を頼まれたらしてもいいと思いますよ」

「でも、だからって見殺しはひどいんじゃないですか? もし他の誰かが浩二みたいにあの引き戸を開けたら、どうなるんですか?」

「それは私の知ったことではないよ。こういうどうしようもないものは世界中どこにでも転がっているんだ」

 アレクセイにそう言われて、和子はしばらく黙りこんだが、ふたたび口を開いた。

「アレクセイさん。私、あなたの探し物のありかを知っているかもしれない人物に心当たりがあります。その人のことを知りたくありませんか?」

「もちろんです。教えていただいてもかまいませんか?」

「なら、あの人たちをどうにかしてここから解放させてあげてください。そうしたら教えます」

「そうか。ならいいだろう」

 アレクセイは肩をすくめると、引き戸に左手の手のひらを押し当てた。引き戸の向こうで何かが暴れているような物音と震動が伝わってきたが、しばらくするとそれはぴたりと止んだ。彼はポケットからナイフを取り出し、それを一気に引き戸に突きたてた。

 ナイフの周囲から鮮やかな血が滴って引き戸を濡らし、それから急に黒く変化した。白っぽかった引き戸全体を黒く染めてしまうと浩二は思ったが、まばたきするとそんなことはなく、ナイフを突き刺された引き戸は血の跡も黒い染みもなく今までと同じように立っていた。

 気がつくと、今まであんなに辺り一帯に漂っていた異臭はまったく消えていた。アレクセイはナイフを抜いてポケットに仕舞うと引き戸を開けた。

 浩二は思わず身体をかたくしたが、以前のような気配は全くなく、ただの闇が広がるばかりだった。彼は肺の奥から安堵のため息をついた。

「これでいいでしょう。私は浄霊ではなく除霊をするだけです。ですからこれが彼女たちにとって本当によいことであったのかはわかりませんが、とりあえず生きている人間の被害はもう起きないはずです。まあ、もうあれくらいになると説得したところで聞かないと思うので、いいですよね」

「ありがとうございます……あなたの探し物を知っている人物の話ですけれど、真霧間キリコっていいます。マッドサイエンティストって言われてます。先代から霊子について研究しているらしいから、あなたの探し物にも役立つ情報を持っているかもしれません」

 アレクセイはそれを聞くとふっと笑った。

「真霧間キリコさんですね……ありがとうございます。それでは、今度こそ帰りましょうか」


 廃屋から出ると、アレクセイは浩二たちと別れた。すぐにその真霧間キリコのところに行くそうである。

「まったく、朝からとんでもない目にあったな」

「そうねー。一時はどうなることかと思ったわ」和子は他人事のように笑いながら言った。豪胆だなー副部長、と浩二は内心思った。

「あ。やべ」腕時計をのぞきこんだ浩二が言った。「あと五分で遅刻だ」

「ちょ……そういうことは早く言ってよね!」

 二人は校門めがけて走りだした。


 終わり。

コメント(4)

フィアシャーンです。近代科学部のメンバーを使わせていただきましたよ見越入道さん。というか、少しキャラの口調が変わっていたらすいません。

最後に終わりと書いていますが、もちろん続きます。次はアレクセイはキリコさんのところに殴りこみます。

少しダークなのは昨日見越入道さんの「死人は叫ぶ」を読んだのと、アレクセイ一人だとこんな感じだろということでひとつ。
拝見いたしました!
和子ちゃんと浩二を使っていただきありがとうございます。会話の雰囲気が違うのは作者が違うので当然の事ですし、こうした違いを楽しむのも一興だと思います。あえて俊哉ではなく浩二を持ってきた辺りも面白く読ませていただきました。後半の雰囲気が確かに「死人は叫ぶ」的雰囲気がありましたね。そこをアレクセイ流に解決するのも見所でした。学生たちはあくまでも普通の人々ですからねw
にしても神出鬼没なるアレクセイ、つぎはいずこに、、、ってもう続編がアップされとるwwww
どーも、読ませていただきました。
怪談というかホラーというかそんな感じで、読んでいて引き込まれるというより、引きずり込まれたという感じでした。

確かにアレクセイ一人だと、超越者っぷりが際立って見えますねぇ。
除霊師だからではなく、アレクセイだからこその異端さというか。
一般人たる学生二人が隣にいるから目立つのかも知れませんが。

では、次の話読んできます…
なんというか、残酷な結末だなと思う次第。
恐らくアレクセイの施術は和子の意図とは異なった結果をもたらしたんだろうなと。
少なくとも、あれは解放の術ではないでしょうから。

ただまあ、実の所こういう話は嫌いではないので、続きを楽しみにしています。

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