清原地区探検隊（宇都宮市）コミュの清原で起きた航空機の衝突事故

レーダーや管制塔などの航空保安のサポートが今のように確立されていなかった戦時中は、清原飛行場の内外では多くの墜落事故が発生しておりました。
私が地元の古老から聞いた大きな事故は、

①　飛行場内で双発練習機と2式戦闘機「鐘馗」が空中衝突し死傷者多数。
②　飛行場内で練習機同士が馬乗りになり墜落。（99式高等練習機）
③　離陸した97式重爆撃機がエンジントラブルで道場宿の鬼怒川河川敷に墜落炎上。
④　離陸した4式戦闘機「疾風」が、清原中央小学校の講堂に突っ込み、地上で死者１名。
⑤　飛行場を離陸した輸送機（？）が五味内の民家に突っ込む。
⑥　練習機が氷室の免ノ内の民家の木に突っ込む。
⑦　大野原で赤とんぼ練習機がキリモミから回復出来ずに墜落、乗員2名殉職。
⑧　100式重爆（呑龍）が鐺山の田んぼに墜落、民家の屋根を翼で壊す。乗員無事。
⑨　飛行場内で4式戦闘機「疾風」が離陸失敗、大破。（かなり訳ありな事故というよりは事件。）

他にも場所が不明な事案などが有ります。
さまざまな事故が起きていました。

中でも①の、昭和19年の9月末に清原飛行場内で発生した航空機同士の衝突事故の話は当時を知る方々からよく聞きます。
最近になり、ようやくこの事故の実態を示す資料が見つかり出しましたので、ご紹介します。

（証言1）　練習機は火炎の坩堝

前略
ここで19年なかばに空勤の適性検査を受けた。瞬間的に連続して出る数字を覚えたり、回転する椅子からシャンと立つなどテストに合格し、南満州鉄道と関釜連絡船で内地へ。入校当日の8月1日に宇都宮教導飛行師団に到着した。
2日の午後から招集尉官学生たちの教育が始まった。推測航法を中心に各種航法と理論、航法機材と用具、通信法と無線機、計測器、気象学を順次こなしていく、理論が難解な天測は、夜に各自が六分儀で実測した。起床は朝6時で午後10時に就寝。水曜が休日だが、訓練を行う時もあった。8月は地上訓練だけ。9月に入って機上訓練が始まった。使用機の一式双発高等練習機は４～６機用意され、一度に9名が乗り込む。うち5名（Ｓ氏は4名と記憶）が航法の学生だ。57期の4名は操縦に着くこともあった。
昭和19年9月30日も推測航法の機上演習で、清原飛行場を起点に太平洋上で２回変針するいわゆる三角航法。１回目の訓練飛行に続いて、双練294号機は同メンバーで２度目の離陸のため、出発線に向かうところだった。後ろの席に座ったＩ少尉は小用のあとで、手袋を外してＭボタンを掛けていた。右側最後方の席に居たＳ氏は自分の前がＩ少尉だと覚えている。
突然の大音響と強烈な衝撃。いきなり訓練室（輸送機でいう客席）の上方空間に炎が満ちる。胴体左側の内開き式昇降扉が動かないのを知ったＩ少尉は、夢中で前方に掛け進み、青空が見えた破孔から機外へ出た。翼上に転がり落ち、ついで着地して、爆発から逃れるべく40～50ｍ移動した。
わけが分からないままＳ少尉も昇降扉へ走り寄り、把手を満身の力で引いたが全然開かない。胴体後端部の貨物室に気付き、入って内側から扉を押さえた。だが貨物室は他に出口がないから、火がまわれば焼かれるだけだ。「どうせ死ぬなら見苦しくないように。」と決めて、元の席に座り直した。左側の席に居たＫ少尉が入れ替わるように荷物室に入った。覚悟を決めたＳ少尉は落ち着き、上の左右に開く天蓋からの脱出を思いついた。火の中を進む。前へ行くほど火勢が強い。幸いにも天蓋は開いていた。身を乗り出す。火だるまの身体を右翼に落とし、草地に飛び降りるや転がって消火した。炎上する双練の前方に、2式戦闘機「鐘馗」がひっくり返って燃えている。下方に双練が居るのを知らずに（あるいは故障・不時着でやむなくか）降下してきて衝突し、翼下の落下タンクが潰れて、発火した燃料が双練の機内にぶちまけられたのだ。２式戦は宇都宮陸軍航空廠の機材だった。
Ｉ少尉は後から出て来たＳ少尉を呼び、互いを確認した。２人とも火傷がひどい。Ｓ少尉の顔は焼け焦げ煤でまっ黒、手は焼き茄子を呈していた。Ｉ少尉の右手指は半分が炭化し、血まみれである。
やや経ってサイレンを鳴らして始動車が駆け付けた。隊内の救急病室へ運ばれ、衣服を切取って全身に包帯が巻かれた。応急処置ののち、宇都宮陸軍病院に入院。
双練に乗り合わせた補助教官Ｔ少尉、操縦Ｓ見習士官、Ｈ通信手、機関係Ｃ工員は、航法学生のＫ・Ａ・Ｅ各少尉とともに殉職した。２式戦の操縦者、陸軍航空輸送部第３飛行隊のＳ軍曹も同様だった。
（以下略）

（証言2）　キ44の思い出

キ44（2式戦闘機「鐘馗」）については今も忘れられない惨烈な記憶がある。昭和19年、たしか9月の末、梨の実る頃であった。今はもう見かけないが、昔は梨に時々黒斑病と云う、熟れた実の表面の處々に真黒い星のような斑点の出る病気が流行した。その日以来、梨にあの黒い斑点を見つける毎に、私はいつも、心に突き刺さった、悲しいこの日の事故を連想して終うのだった。
9月も下旬になって、台風期の間に時たまある、良く晴れて光がまぶしく、その癖案外に暑さは感じられず、時々乾いた一陣の風が吹いてくる。と云った秋の到来を想はせる日の午後だった。
朝からエプロンや芝生では、数機の重爆が整備中で、始動を繰り返し、その都度芝生の埃を西風と一緒に高く舞い上げていた。
そんな時に、風向急変による、滞空機の地上信号認識の誤りと、低い層雲の様な、プロペラ後流の埃からの視界不良により、低空の空中衝突事故が発生した。
北に向かって離陸を始めたキ54（1式双発高等練習機）と、北から着陸のコースに進入したキ44が正面衝突したのである。
突発した衝撃音に、作業のタガネの刃先から眼を上げた私達誰もの瞳に、北方300～400ｍ先、地上30～40ｍ程かと見た空間に、煙と、炎と、木っ端にも見える一塊が吹っ飛び、わずかに残る物の混合体が、クシャクシャに潰れて、火を吐きながら落下するのが認められた。
みんな一斉に駆け出した。200ｍ程行くと、ピストから飛び出した軍服の将校に「止まれっ、危険だぞっ、寄るなぁぁっ。」と留められた。彼はキ44の機関砲弾自爆か、タンク爆発を慮ったらしかった。サイレンを鳴らして消防車と救急車が疾走して来て、私達から見て、炎の向こう側に止まった。なんとか形を留めたキ54の後部胴体の割れた窓から、飛行服の手が一本出たのを、黒煙の陰に遮られ乍らも、微かに認められた気がする。
燃えていたのは、30～40分位だったろうか。2機の搭乗員9名の中、助かったのは2名きりで、数名は灰も分からぬ程に焼けて終ひ、残った灰を人数分に等分して名札を付け遺族に下げ渡すさうだ。と聞いたのは翌日だった。
2時間程経ってから、私たちはトラックで残骸収容に向かった。キ４４は形状の痕跡も無く、キ54の尾部と、その両翼端を除いては、ドロドロに溶融して、シールドされた電線や真っ赤に錆びたワイヤーを含む煤けたジュラルミンの塊が大部分であった。赤黒くひん曲がった発動機架は原型を保っても、トラス部には溶けたジュラルミンが、氷柱の様に垂れ、鈍く光っていた。キ54の形を残す後部胴体外板は灰色に変色して、多数の星型の亀裂が黒く入り組み、その時私は梨の黒斑病を思い出した。
3分の１ばかり残った主翼の日の丸は、赤い丸ではなく、ペイントが黒く焦げていた。片方の発動機はクランクケースが融けてクランクもむき出しなのに、シリンダーヘッドの鋳物ばかり、白い粉を吹き乍らも、原型を保っていた。
一方、キ44の発動機は殆ど鋼部分しか残らず、プロペラもハブだけの無惨さだった。
芝生の處々と焼跡に飛散したガソリンと、水と、滑油や作動油の混じった鼻を刺す臭気の中に、否応なしに浸透する、更に強い臭いがあたりに瀰漫していた。息詰まる重苦しさの、そう。屍臭だった。
屍臭の染み込んだ、まだほの温かいジュラルミンの塊－電纜やワイヤー等で、幾塊も幾塊も繋がった。－を掘り起こしているうちに、私はその塊の一部に挟まれた革製のボールの半分の様なものを見つけ出した。曳き出してみると、片側だけ焼け残った飛行帽だった。既に赤黒く変色しかけた血液が内部一面に付着し、その湿りで方頬だけが焼け残ったものらしかった。赤皮の表面には小さな焼け焦げが散乱し、血餅は表面にのみ残っても、血漿は持ち主の恨を示すかに皮革を浸透して、伝声管を差し込む耳の膨らみの下に墨黒々と、記名した4文字中間の2文字を浸して腥かった。それは姓と階級の各1文字だった。
手に取って凝視するうちに、足の爪先から這い上がって脳天迄、すうっと、言いようのない寒気が吹き抜けるのを感じて、総毛立った。
過日、久々にバスに乗合せた旧友Ｋ君も、此の日のすさまじい印象は何十年経っても、今も忘れない。と語っていた。
問題はこのキ44か、キ54どちらかの搭乗員であった一人の、この飛行帽の処置のことだった。
班の全員が、森の中に埋めてあげたら、と意見が一致した。たとへこれを士官に提出してみても、残る限りは遺族の方々の嘆きの種にしかなるまいに。むしろ、私達以外は、誰にも知られぬうちに、地下に埋没、帰元させてあげたほうが良いと思うと、誰も同じ口調で言うのである。
私達の班員のみで、密かに雑木林の栗の木の根元にそれを埋めたのは、その日の黄昏時だった。そしてわざと何の標も残さない事にして、並んで黙祷した。
関東、東北各地から送られて来るドロドロのジュラルミン塊を以前から見慣れてはいても、その中に籠められたそれぞれの悲しみを目の当たりにしたのは、これが初めてであった。
此の日の事故は、私達の心に浸み付いた。
屍臭は、10日経っても20日経っても消えず、2日続きの大雨があってやっと微かになった。私は「四十九日は、死霊は屋の棟を離れぬもの、」との俗説を、今更に想い起した。
事故から4日目の、快晴の午前に、殉職者の慰霊祭が、白黒の長幕を引廻した格納庫で行はれ、学生は参列を許されぬままに私達は遠くから冥福を祈った。
（中略）
書き落としたが、キ44も1型に於て、滑油冷却器は、キ27（97戦）、キ43（1式戦）同様に、中島独特の、真鍮パイプの環型であった。2型で機首下面に突出する蜂の巣型になった。被弾面積の大きいことや、経常的に、発動機整備上の障害になり易いこと等が、この設計変更の根元にあるのかも知れないと思っている。

（参考資料）
・航空ファン2005年7月号

・Ｉさんの手紙より（2009年10月30日郵便にて拝受）