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君島三郎・死力回復センターコミュのふたたび起きる。

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国道14号線は西に向かって
市川橋のたもとのところで松戸方面に北に別れる。
俺は車の排気ガスの多いその脇の歩道を先を急いだ。
何に急いでいるのかはわからない。
何にせかされているのかもわからない。
ただただ先を急いでいる。
京成国府台駅の手前のところで信号待ちとなった。
あせる気持ちでふと足下を見やると、
右足のスニーカーの紐がほどけている。
しかたなくしゃがみこんで紐を結びなおす。
うしろから中学生とおぼしき男子三人の会話が聞こえる。

「あきらめきれないよな」
「だよね」
「でもあきらめるしかないよね」

信号が青になった。
俺はあわてて駆け出した。
その震動で横断歩道の中途で胸のポケットから
ただ束ねただけの数枚の千円札がこぼれ落ちた。

「ちょっと、あんた!
 こんなに落とし物よ」

背後から優しそうな女性の声に呼び止められた。
横断歩道のうえに千円札のほかにも、
どこからこぼれたのか
そこらじゅうに大事な持ち物が散乱している。
こんな時に!
しかし拾うべきものは拾わねばならない。
もう向こう側へ渡ることは
いまはあきらめようとしかたなくこころを決めた。
すると途端にあたりは古ぼけたビルの一室となった。
なにやら多くの荷物をまとめた段ボールが
そこらじゅうに山積みとなっている。
優しげな声の主は年増の美しい女だった。
彼女はこの有線放送の女社長だったのだが、
携帯の配信サービスやらなにやら
このご時世でやむなく倒産、
敗戦処理の最中に俺に声をかけてくれたのだった。

「しかたのないことを
 ほんとうにしかたがないと思えるようになるには
 それなりに時間がかかるのよ。
 でも、時間はそれを待ってはくれない。
 それもしかたのないことね」

さびしく彼女はかすかに笑みを口元に浮かべたが、
その表情からは不思議に野に咲く花ような
強い向日性が感ぜられた。
ほこりにまみれた南に面した窓ガラスから
秋のほどよく彩度の調律された光が差し込んだ。
その時ふとわけもなく
時勢につぶされたこの会社こそが
俺をふたたび生かす場所だという
実のある感覚に包まれた。





「死力回復センターML」2004/10/30


コメント(10)

切ないですよね。。。
こういった切なさも君島文学の要素の一つなのかもしれません。
にしてもすごい世界だな〜、と思います。
>timeさん
あの映画での砂漠や給水塔が象徴していたものを、片岡さんは無意識的に下町の風景で作り上げているような気がします。
あと人間関係的な描写も映画のような色彩が感じられますよね。
ここが岐路だったんですねえ。
帰郷2か月前の作品です。

アパートに有線放送まで引く人はあまりいないと思いますが、ご友人の勤め先だったんだそうで。
このあたりにもお人柄が出ています。
>くしゅんさん
後期君島作品はかなりヒリヒリしていますよね。。。
だんだん深くなってます。。
実は2004年3月に、2人で市川を散歩して、片岡さんが住んでた国府台のアパートも見てきたことがありました。
あれは、たしか市川文化会館で「永井荷風展」をやることをしり、片岡さんを誘ったんだと思います。ちょうど散歩が流行ってて(西葛西〜新小岩とか、月島や深川など歩いてた)、つぎはどうしようか、などと話してた。片岡さんも市川にいたし永井荷風は晩年は市川在住でしたので、展覧会ついでに市川散歩も面白いと思ったわけでした。
結局本八幡(だったか)からぶらぶら歩き、国府台へいき、さいごは市川真間の古書店や喫茶でくつろいだかな。
国府台はかなり久々だったらしく感慨ぶかげでした。アパートもそのままあったことを喜んでた。国道14号線も歩いたと思いますが、あの辺一帯寂しいながらもなごみました。京成沿線はどこもホッとしますね。
片岡さんは財布をもたなくて、いつもお札を大きなクリップで止めて、そのままポケットにいれてた。
そういえば神戸で阪急電車のなかに荷物を置き忘れてあせってたな。読んでて思い出した。さっき、国府台から電車乗ったかどうか、片岡さんにきこうなんて一瞬思って、ちょっとがく然とした。。。
そう、片岡さん、家で音楽聴いてる時に膝を叩いてリズム取り始めるんですよね。そういえば1998年の冬、ブラジルの’レニーニ&スザーノ’のライブを渋谷のon air eastで一緒に見た時、かなり大きなジェスチャーの手拍子でアフター・ビートのリズムをとっていた。ライブ終了後、ゲートを出たところで若い二人組の女の子に声をかけられた。かけられたのは片岡さんの方でした。「リズムをとっているの見て音楽よく知ってらっしゃる方だなと思って…よかったらちょっと…」こんな感じだったと思います。片岡さん、逆ナンパ事件!!その後4人で、渋谷道玄坂の居酒屋で飲みました。いろんな話をして楽しそうにしてましたが、それ以来、後日談がないのが片岡さんらしいなとも思います。彼女達と別れた後、歩きながら「あの娘キュッと入ってくるね…」とか「スザーノが入ると(サウンドが)締まるね」とか「レニーニはギターでオーケストレーションができてる、参考にするといいよ」とか話しながら帰った思い出があります。
それから‘市川りぶる‘というライブハウスでボサ・ライブやったことありました。(くしゅんさん御家族来てくれたと思います)片岡さんにとって市川というか千葉は大学時代から縁のある土地で心の落ち着く場所だったんではないでしょうか。寒おでCDも本八幡音楽館で歌入れしています。(私の知り合いがそこの店長をしていた関係で紹介したといういきさつがあります)
はたまた、私の母親の実家が成田の三里塚という所で居酒屋をしておりまして、片岡さん誘ったら一回来てくれました。やっぱり千葉ということで親しみを感じてくれていたのでしょうか。高知と九十九里は黒潮で繋がっている!
私にとって千葉は片岡理と長嶋茂雄で完結しています。(笑)
みなさまものすごく濃い書き込みありがとうございます!
何か手元に直筆君島作品などをお持ちの方がいましたらガンガントピ立てしてくださると助かります♪ (特にズートさんすごそう。。)

片岡さんのバックグラウンドが少しずつ見えてくると、より一層はまりますね。。
このコミュ、自分で作っておいて一番のめりこんでます(笑)。

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