Sidney Bechetは、1897年にクリオールの音楽一家に生まれた。兄弟のLeonard、Albert、Homer、Josephはそれぞれトロンボーン、ヴァイオリン、ベース、ギターを演奏をし、幼い頃にはこの兄弟バンドで演奏していたそうだ。6歳の時にクラリネットをはじめ、わずか2年後の8歳の時には、Freddie Keppardのバンドに加わって演奏し、その技量で大人たちを驚かせたという。はじめはGeorge Baquetに、その後、Big Eye Louis Nelsonに影響を受ける。そして、さらにテクニックの完成のため、抜群のテクニシャンであったLorenzo Tio Jr.に教えを乞い、自己のスタイルに磨きをかけた。
1917年になると、ニューオリンズを離れシカゴへの演奏旅行に出かけ、1919年にニューヨークに移住する。ニューヨークで参加したWill Marion CookのSouthearn Syncopated Orchestraとともに初渡欧したのがその年の6月であった。Bechetの演奏は大成功だった。スイスの指揮者Ernest Ansermetは、同年執筆した文章の中でBechetについて述べているが、「彼の芸術は世界を揺り動かすだろう」と大絶賛している。
帰国したBechetはClarence Williamsの誘いでレコーディングに参加する。これがBechetの初録音(1923年6月30日)となった。曲は「Wild Cat Blues」と「Kansas City Man Blues」で、このレコーディングでBechetは迫力のある演奏を披露した。この録音でトランペット奏者であったThomas MorrisはBechetに圧倒されてしまい、Clarence Williamsは次のレコーディングのためにBechetに匹敵するトランペット奏者を探さなくてはならなかった。そして、選ばれたのがLouis Armstrongであった。BechetとLouisは不仲であったが、逆に対抗意識からか白熱した演奏が繰り広げられた。1924年に録音された一連の録音は、ジャズ史に残る名演である。