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言の葉の積もりゆく処コミュの【05.透明】4.妖を打ち破れ

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5.透明
  05.1.異世界への入り口
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  05.2.事の起こり
  http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=19751796&comm_id=1684031
  05.3.月と透明な影
  http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=19752182&comm_id=1684031
  05.4.妖を打ち破れ
  http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=19752576&comm_id=1684031
  05.5.解決と真相
  http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=19753110&comm_id=1684031
  05.6.透明なものは
  http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=19753157&comm_id=1684031



 華京院家の仕立ててくれた馬車に乗って駅に向かう間に聞いたところによるとこうだ。御者に聞かれないよう小声で話したためにいくつか抜けてはいるが大筋には間違いないはずだ。


 まず、御神は一十美嬢に会うとこう言ったそうだ。
「嘘を突き通す覚悟はおありですか」
 虚を突かれたらしい一十美嬢は、その一言で嘘がばれたことを悟ったらしい。一旦は力なくうなだれたが、その後力強く頷いたそうだ。
 真相は、こうだった。
 一十美嬢は婚礼の話にそう乗り気ではなかったらしい。それというのも彼女には想い人がいたからだ。それは我々も会った門番の少年で、名を犬飼というらしい。
 それまで何一つ親の言うことに逆らいもせず生きてきた彼女の心にこのままでいいのだろうかという想いが頭をもたげる。
 このまま親の言うとおりに結婚し、自ら何も選べぬままに愛のない生活が始まる。うら若き少女にはそれが耐えられなかったらしい。思いつめた少女はついに想い人に胸のうちを打ち明け、その夜結ばれた。
 簡単なことだ。外の松を伝い上り、窓の外に犬飼君が来たところで一十美嬢が窓を開ける。なんの障害もない。
 しかし、何の計画もなく勢いに流れてしまった二人はいくつもの痕跡を残してしまう。
 そこで一計を案じた。
 突如現れた妖のせいにしてしまえば、誰も罰せられはしない。元々信心深い両親のこともあるし、うまくいけば婚礼の話すらなくなるかもしれない。体面を気にする華族のことだ。外に話を出したくはないから警察には言うまい。
確かにその通りだった。
 強く印象付けるため、数回にわたり透明な妖が来たことにすればますます外には話せなくなるだろう。
 そう、妖が透明な理由。そんな妖等どこにも居ないのだから、見た目など分からなくて当然だった。
 そうしてやがて呼ばれたのが御神だった。
「というわけで、一計を案じてこの件を解決することにした」
 御神にしてみれば依頼者である奥様の頼みとして、夜な夜な現れる妖が現れなくなればいいのだし、華京院家の婚礼には露ほども興味がない。
 今夜その妖をおびき出し、退治する。そこに犬飼君に立ち会ってもらい、彼の刀で妖を切り伏せたということにする。何故犬飼君なのかと聞かれたら、霊剣を操るに足る霊力の持ち主だということにしてしまえばよい。
 妖を切り伏せるための準備を御神がすれば、御神のおかげで解決ということになり、彼の手には報奨金が入る。
 詳しくは話してくれなかったが大筋はそんなことだった。
 確かに。と、ゆれる車内で考える。
 犬飼君にしてみれば娘を救った恩人、いや英雄ということで一十美嬢と結ばれるという可能性だって出てくる。八方が丸く収まるのである。
 いささか詐欺のような気がして釈然とはしないが、私はあくまで部外者なのだ。余計な口を挟むわけには行かない。
 私は記録者として、この件に関わっているのだ。最後まで記録をとり続けようと決意した。


 華京院家の屋敷に御神と私が戻ったのは日付が変わろうという頃だった。
 一十美嬢の部屋にみなが集められた。部屋の明かりは殆どが消され、いくつか蝋燭が灯っているばかり。そんな薄暗い中に私達は立っていた。
「犬飼です。よろしくお願いします」
「里見です。こちらこそ、よろしく」
 部屋で改めて会った犬飼君を紹介され、交わした会話はそんなものだった。
 奥様と木村氏、ここ数日のように見張りについている女中、そして犬飼君に向かって御神が話し始めた。
「謎は解けました。お話を伺い、現場を調べた結果、これは西洋のインキュバスという魔物の仕業であることが判明しました」
 御神の説明によると、インキュバスというのは人の夢に滑り込んだり、人の心を操ったりして淫らにする妖力の持ち主であるという。ゆえに一十美嬢は心と身体を操られ、自ら窓を開きこの魔物を呼び入れてしまった。しかし、インキュバスの妖力により窓を開けてしまった記憶がないのだという。
「し、しかし御神様。魔物と言われましても」
 申し訳なさそうにいう木村氏の意見ももっともだ。いくらなんでもそれをいきなり信じられるわけもない。いくら怪奇な現象があったとしてもだ。
「ですから皆様の前でお見せしようというのですよ。犬飼君」
 御神の声に応じ、火の灯った蝋燭と抜き身の日本刀を持った犬飼君がすっと、進み出た。背筋の伸びた姿勢の良い姿に思わず見とれてしまっていた。
 ギリシアの神話にあるというアドニスという少年の美しさとはこういう美しさだったのではないだろうかとさえ感じた。
「一つお約束いただきたい。インキュバスが現れたらすぐに皆様は退室していただきたい。おびき寄せるために一十美嬢にはこの部屋に残っていただくが、すでに護符をお渡ししております。
 しかし、皆様全員分の護符を用意できなかったのです。正体を暴かれたインキュバスはどのような手を使ってでも逃げようとするでしょう。誰かに取り付こうとするかもしれない。
 だから護符のない皆様には扉の前に集まっていただき、インキュバスが現れたらすぐに部屋を出ていただく。そして扉からインキュバスが逃げ出せないように扉を強く押さえていて欲しいのです。そして、私の声が中から呼びかけたら開けてください。その時にはインキュバスの死体をお見せ出来るかと思います」
 蝋燭の光に浮かび上がった御神の顔にはうっすらと蛇を思わせる笑みが浮かんでいた。女中の一人が息の詰まったような、小さく短い悲鳴を上げた。
「もちろん里見、君もだ。気をつけたまえ。君は特に魅入られやすいのだから」
 蛇に睨まれた蛙のように背筋が冷たくなる。これが芝居とわかっていてもこうなのだ。他のものはさぞ恐怖に震えているに違いない。
「それでは始めます」
 御神は半眼に目を瞑ると、何事か呪文のようなものを唱え始めた。時に高く、時に低く。やがて蝋燭の火が揺らぎ始める。窓はすべて閉め、風もないのに左右にゆっくりと揺らぎ始める。
 その火が消え始めた。一つ、二つと消え、御神の前にあるものだけが残る。その火も先を回すように揺らいでいる。壁に投射された我々の影が怪しげに身をくねらせ、奇怪な踊りを踊っているようだった。
 不意に、視界の隅を何かが掠めるように飛んだ。それほど大きくはない、何かが。
「あっ」
 誰かの声がした。誰かのものかを確かめる時間など無い。
「ひぃっ」
 女中の悲鳴がきっかけになって、私達は廊下に転げ出た。慌てて扉を閉めると私と木村氏でその扉を強く押さえつけた。
「お、奥様っ!?」
 女中の声に振り返ると、奥様が気絶したらしく、ぐったりと倒れていた。
 扉を押さえてどれくらいが経ったろう。中からは犬飼君のものと思われる掛け声や、一十美嬢のものと思われる悲鳴が聞こえた。
 それが数回続き、何か重いものが落ちたような振動と、犬飼君の名を叫ぶ一十美嬢の悲鳴が最後だった。
「入りたまえ」
 御神の声に誘われ中に入るとひどい有様だった。
 調度品の多くには日本刀で切りつけた跡が残り、部屋中に嫌な臭いのする液体が散っていた。
「こ、これは」
 御神を見ると彼の姿もひどいものだった。頬には引っかかれたような傷がつき、黒の上下も数箇所か切り裂かれている。
「一十美!? 一十美!?」
 気を取り戻したのだろう奥様の叫び声にベッドをと見ると、一十美嬢は仰向けに倒れていた。よく見れば胸が上下している。命に別状はないようだ。
「犬飼君は!?」
 御神に声を掛けると、彼は静かにゆっくりと首を振った。その後ろを見ると、日本刀を持ったまま倒れた犬飼君の姿があった。開いたままの目に光は無く、僅かにも動く様子は無い。
「そんな、ばかな」
 私は立ち尽くした。芝居ではなかったのか。インキュバスなど嘘っぱちで、それなりの芝居を打つのではなかったのか。
「イ、インキュバスは?」
「そこに落ちている、あれがそうだ」
 力なく指す御神の指先にそれはあった。
 部屋に入るときに感じた嫌な臭いはそれの体液だった。何度と無く斬り付けられたのか、黒くにごった毛皮の裂け目から、なんとも言いようの無い色の体液が漏れ出していた。
「なんなのだ。あれは」
 わかっていても認めたくないとき、人は他人の言葉を疑ってしまう。
 それは、豚ほどの大きさの獣だった。
 蝙蝠のような翼は力なく垂れ下がり、細く短いが四肢を持ち、口と思しき場所には短い牙が生えていた。
「う、うおぇぇぇぇっ」
 誰かが吐いていた。私だって普通なら吐いていただろう。ただ、予想とはあまりに違う結末に何も考えられなかったに過ぎない。
「里見、出よう」
 御神に誘われるままに部屋を出た。夢の中を歩いているような感じだった。どれだけ歩いたのかもわからない。気がついたときには冷たくなった珈琲の入ったカップを抱えていた。


 私はその後一十美嬢の部屋には戻らなかった。
 部屋の後始末は御神がしたらしい。
 もっともインキュバスの死体はその後溶けるように消えてしまったという。
 犬飼君の死体はすぐに運び出されたそうだ。
 そして、救いだったのは一十美嬢が何も覚えていなかったことだ。
 あまりの恐怖に理性が記憶を封じてしまったのだと御神は言う。
 他言無用と重ねて念を押され、私達は屋敷を後にした。
 この件でもう呼ばれることはあるまい。なぜなら妖は消えてしまったのだから。


  05.5.解決と真相
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