ドイツ便りコミュの合掌

11月10日火曜日、ドイツ代表ＧＫのロベルト・エンケが自分でその生涯の幕を閉じた。1977年生まれの32歳。僕と同じ歳。テレビ画面に流れるテロップのドイツ語を把握するのに時間がかかった。ドイツ語の意味はわかっているが、その内容とエンケというサッカー選手を結びつけることができなかった。これまでいろいろな悲しいニュースを見聞きしてきたが、今回のこの悲報はすごいショックだった。

ドイツ中がショックを受けていた。連日関連ニュースが流れていた。2003年からうつ病を患っていたこと、小さいときから不安を抱えていたこと、3年前に2歳の娘を亡くしていたこと、度重なる怪我や病気、ドイツ代表としてのプレッシャーが重くのしかかっていたこと、自分の苦しむを公表することが怖かったということ。エンケが他界した翌日、妻のテレーザさんは気丈に精神科の担当医師とともに記者会見に臨んだ。

「彼は自分の中で大きくなっていく不安を抱え切れなくなっていた。そこから抜け出して、他人に救いの手を伸ばすことを拒み続けていた。私たちは苦しいときも一緒にやってきた。きっとまた上手くいくと思っていた。愛があれば乗り越えられると信じていた。でも、上手くいかないこともあるというのを目の当たりにしてしまった。」

涙をこらえながら、テレーザさんは語り続けた。担当医師は2003年ＦＣバルセロナから戦力外通告されたときからうつ病が始まったと話した。エンケはグラッドバッハで20歳の若さでブンデスリーガデビュー。チームの降格とともに、当時ベンフィカ・リスボンで監督をしていたユップ・ハインケスにこわれて、ポルトガルに渡った。ベンフィカではキャプテンも務め、ファンに愛された。そこでの活躍が認められ、ルイス・ファンハール率いるバルセロナに移籍することとなった。しかしカップ戦で3部リーグのに2-3で負けると状況が一変する。確かにエンケのミスによる失点もあったが、当時キャプテンだったフランク・デブールを始め、何人かのチームメイトが負けをエンケのせいにしたという。そしてその日からエンケは正ＧＫの座を失った。翌年戦力外通告されると、クリストフ・ダウム率いるフェネルバチェフ・イスタンブールに移籍。しかし心の揺れ動きがプレーにも影響したのか、不安定なプレーが続いた。サポーターから石やライターを投げつけられるなどの非難を受けたエンケは逃げるようにスペインのテネリファに移籍。ここで落ち着きを取り戻したエンケはハノーファーに移籍、キャプテンを務めドイツ代表に選ばれるまでに成長した。うつ病は完治したと思われていた。

悲劇はしかし再びエンケを襲う。2004年初娘のララちゃんが誕生した。しかし生まれながら心臓に疾患を持つララちゃんは生後すぐに集中治療室に送られることとなった。何度も手術を繰り返しながら、しかしララちゃんはそのたびに持ちこたえ、その命の輝きを保ち続けていった。回復の傾向も見られた2006年にはスタジアムでプレーする父ロベルトの姿を見ることもできた。しかし、現実に奇跡は起きなかった。ララちゃんは2歳でこの世を去ることとなった。

愛し続けた娘を失ったショックは大きかった。「この苦しみは、自分の子どもをなくした親にしかわからない。」と語っていた。それでもエンケはプレーをし続けた。愛するファンのため、クラブのため、そして支え続ける妻のために。

「南アフリカワールドカップ出場が夢だ。」エンケはそう公言していた。事実ドイツ代表正ＧＫとして、監督のヨアヒム・レーブ、ＧＫコーチのアンドレアス・ケプケの絶大な信頼を得ていた。しかしワールドカップ予選大一番のロシア戦を前に、エンケをウイルス性の腸炎に感染。試合の辞退を余儀なくされた。ロシア戦では代役のレバークーゼン、レネ・アードラーの大活躍もあり、ドイツが1-0で勝利。

病気が完治したエンケは再び戦い始めた。そして2週間前グラウンドに帰ってきた。直後に発表された11月の親善試合に向けた代表にはノミネートされなかったが、6月の本大会に向けてまだまだ間に合うはずだった。しかし、その間にエンケの心は崩壊をはじめていた。

今回エンケは「うつ病はもう治った。」と周りの親しい人にもその苦しみを打ち明けなかったという。専門医のテラピーは受けていたが、妻のテレーサさんも、主治医も今回の悲劇を予知することはできなかったといっている。

誰にも打ち明けれずに、苦しみの中でもだえていたのだろうか。安らぎを得るための手段は己のみを滅すること以外になかったのだろうか。今はただ、ロベルト・エンケという1人の人間が、娘のララちゃんとともに、どこかで安らぎを得ていることを祈るばかりだ。