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入れ歯を愛すコミュの故人トレー

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これは、私が数年前に大学の先輩から聞いた話です。

先輩は地方の港町で開業していました。技工士出身である彼は、自分で義歯を作っていました。特に総義歯にはこだわりがあり、特に珍しいテクニックを使ったりはしませんが、概形印象、印象採得、咬合採得、試適、装着、調整と確実に手順を踏んで作ったその義歯は評判もよく、またいたづらに自費を勧めず保険で全力投球をする姿勢が貧しい漁村のお年寄りの支持を集めて、それなりに繁盛をしていました。

そんなある日のことです。先輩はTさんという患者さんを、ちょっといらいらしながら待っていました。Tさんは80歳近くのお婆ちゃんで、前回は個人トレーで印象を採ったところでした。近く入院するというそのお婆ちゃんは、お友達が先輩のところで作った義歯が調子いいというので来院し、新しい入れ歯をとても楽しみにしていましたので、バスの時間に合わせて取った予約に遅れてくるというのはちょっと意外でした。

実は先輩がいらいらしていたのにはもうひとつ理由がありました。それは、前回採った印象がいまひとつだったことでした。下顎の頬側の奥の方の印象がどうも納得がいかないのです。十分に筋圧形成したつもりでしたがどうも深く採れすぎている気がするのです。そんなわけで先輩は、咬合採得時に咬座印象を併用してもう一度印象を採るつもりでした。上顎の咬合床を咬合平面板やリップラインで決定して、下顎の咬合床をシリコン印象材でウォッシュしてから咬合採得するやり方です。しかしその日、結局Tさんは現れませんでした。

数日の後、先輩はTさんが自動車事故で亡くなったと聞きました。バスに乗り遅れて、旦那さんの運転する車で来院する途中、トンネルで反対車線にはみ出し、トラックと正面衝突をしたということでした。先輩の医院のスタッフがTさんの娘さんと知り合いで、葬儀が済んでからそんな話が先輩のところに伝わってきたのです。先輩はご冥福を祈りながらも、月末には、初回を義歯印象、2回目を咬合採得と書き換えて、患者死亡の摘要をつけて未装着で請求をしてしまいました。

ところが、レセプトを手伝っていたスタッフが、そのことをTさんの娘さんに茶飲み話で伝えました。もちろんスタッフは、先輩が恣意的に操作しているとは知りません。実際のところ、受付系のスタッフですからレセは判ってもチェアで行われていることなど知りません。ほどなくTさんの娘さんが医院を訪れました。

「あの、・・・さんから聞いたのですが、母の入れ歯は出来ていたということで……」
「あ、はい。出来てはいますが……?」
「母は先生の入れ歯をとても楽しみにしていました。出来ましたら、四十九日の法要にお供えしてあげたいので、その入れ歯をいただけませんでしょうか……いえ、もちろんお金は支払います。」
「そうですね、そういうことでしたら、お金は結構ですから入れ歯は差し上げましょう。ただ、装着しないつもりでしたので、まだ仕上げていません。今晩仕上げておきますから、また明日いらしてください。」
「ありがとうございます。母も喜ぶと思います。」

その晩先輩は、学生実習のときの総義歯を物入れから探し出し、研磨しなおしました。そして翌日、Tさんの娘さんにその入れ歯を渡しました。娘さんは涙を流して喜びました。実際に患者さんに入るわけではないから、形だけ整えばよい、先輩はそう思ったのでした。死人に口なしといいます。確かに義歯の必要もありません。

ところが、しばらくして妙なことが起こりました。先輩の医院は一戸建ての自宅の一階にあり、二階が自宅部分でした。ある日、夕食を終えた先輩が一階に下りて技工をしていると、診療所の入り口の方で物音がするのです。もう夜も遅く10時過ぎでした。先輩は不審に思い入り口に行ってみましたが、誰もいません。先輩はドアを開け、周りを確かめました。が、やはり誰もいません。先輩が中に戻ろうとすると、待合に誰か座っています。小さな人影です。

「もし……もし……?」
「……入れ歯が……合わないんです……痛いんです……」ささやくようなその声に先輩はぎょっとしました。それは紛れもなくTさんの声でした。人影はすうっとこちらを向き、先輩は腰を抜かして這いずるように技工室に戻りました。そこで呼吸を整え、二階に戻って焼酎を呷りました。いつ寝たのかは判らなかったということです。あるいは気を失ってしまったのかもしれません。

それからというもの、先輩は、夜に技工をするときは診療室との仕切りを閉めて仕事をしました。一度ならず、待合室に青白いお婆ちゃんが腰掛けているのを見たような気がしたとも言います。しかし、ことはそれでは済まなかったのです。

土曜日の午前中、先輩がHさんという恰幅の良いお爺さんの総義歯を装着していたときのことです。Hさんの義歯はどのステップもこの上なく上手くいき、先輩の自信作でした。
「椅子を倒しますね……それでは、最初にあてはめてみます……まだ噛まないで……痛みとか、ありますか?」
「……」
返事がありません。快活なHさんにしてはどうも変な感じです。
「……入れ歯が……合わないんです……痛いんです……」
チェアにいたのは死んだはずのTさんでした。「痛い……」青白いその顔には、明らかに大きい義歯がくわえられていました。
「……判りました……作り直します……明後日また来てください……」脂汗を浮かべて、先輩はやっとのことでそう答えました。
「作り直し?」野太い声がしました。Hさんが怪訝そうに先輩を見ていました。
「ぜんぜん痛くないよ。大丈夫だよ……ていうか、先生なんか顔色が悪いよ?」

その晩、咬合床のついたTさんの模型を必死で探した先輩は、たぶんこうだろうという高さで咬合器に付着し、細心の注意を払って配列しました。背後の仕切りの向こう、診療室のさらに向こうの待合には、何かの気配がありました。歯肉形成し埋没し脱蝋して填入したころにはすでに夜が明けていました。タイマー付きのIHヒーターで重合を始めた先輩は、その場に突っ伏してしまいました。その日が日曜日だったのは幸いなことでした。家族が食事に呼びに来たことも、おにぎりを置いていったことも、それを食べたことも先輩の意識にはありませんでした。先輩が目を覚ましたのはもう夕方で、フラスクはすっかり冷え切っていました。割り出して、メルトに漬ける間もあらばこそ、研磨を始めました。

月曜の朝、診療前に先輩は出来上がった義歯を持って、Tさんの娘さんのお宅を訪ねました。わけを話し、仏壇に線香をあげ、義歯を供えました。リンの音が澄んだ音色だったことを、先輩は何年も経った今でも覚えているといいます。それ以降、先輩は未装着請求を上げるのをやめ、変わったことは何もないそうです。

コメント(9)

たぶん、その先輩は、誤魔化してすませたことに、
すごくすごく気が咎めていたのでしょう。
気になる患者さんがいると私は夢でみたりするけど、
その先輩はそんな程度でなく、
白昼夢で魘されるほど後悔して引っ掛かっていたんでしょう。
きっと真面目な良い先生なんでしょうね!
故人と霊…………

怖い
恐すぎる……

夜、技工できません…


数年前に聞いていたのにも拘わらず
この送り盆の時期まで温めていたなんて…

ドラキュラせんせ…
イケズッ(┬┬_┬┬)
義歯が完成する前に亡くなられ、未装着請求をする。

そんな経験あるだけに、どきどきしてしまいまする。

そういえば、うちの女の子、「先生、診療室って、絶対誰かいますよ。風もないのにドアがあいたり、誰もいないのに声かけられたりするんですぅ〜。」なんて、いってたな。ふらふら

南無阿弥陀仏・・・
怖い…怖すぎます。

未装着請求…うちは口腔外科との取引が多いため、やはりカルチ終末義歯が少なくないんです…なんで…取引先に行くと理由はどうあれ未装着義士・TF・BT多い多い…

目の前にICUもあるからコワ!
こんにちは

私は義歯が専門で、お話の先生と同じような診療をしています。
私も院内技工をしているときには、何度も似たような体験があり、基本的には夜は技工をしません。
朝は今の季節なら5時くらいからすることもありますが・・・

10年同じところで開業していますと、物故者の方や未装着で逝ってしまった方などおいでになるのは確かです。

一度も経験ないっす。。。
夜更けまで技工しててもないっす。。。


まぁ経験したくないので
このままで良いですがねw

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