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神話ベースの自作物語集コミュのユグドラシル 5 神々の黄昏

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神々の黄昏
The evening of the pantheon
another→Ragnarök



地下二階。
数十メートルは地面の中で、暗くも明るくも無く、
快楽でも苦痛でもない無彩色の中間、灰色の審判が始まる。


言葉を発するだけで相手に苦痛を与える血印、苦痛の言葉。

彼を動かす意思は、おそらく、争う事を止められない人間に対する怒り。
彼らの組織は一様に人類を地球から抹消する意思を持っている。

たしかに、自然の動物も争いを続けていることは間違いないが、
人間の知能、学習能力のある動物として、
歴史を繰り返すおろかな矛盾を彼らは見逃す事が出来ないらしい。



分からないでも無い。

確かに目を覆いたくなるような事もあるし、
何も起きない、何も始まらないという絶望もあるし、
人間の作り出した社会には影が多すぎる。


それでも。
人類は死にたくは無い。

目標をもち、常に邁進している人間も、
無意識にだらだらと生きている人間も、
明日死んでもいい、とすら思っている人間でも、
必ずと言っていいほど無意識に生きたがっている。

俗に言う『幸せ』な人間ならもちろん、
不幸や絶望にさいなまれ、自己を虚無と信じて疑わない人たちほど、
幸せに生きたい、という思いの力は、いくら無意識でも強いものである。

生まれて来たからには生きていたい。幸せになりたい。



そう思う力は垣根を越え、他人を犯すこともある。
これは実社会でも顕著な現象だろう。


また、こういう方向性も考えられると思う。

ある幸せになった人の住んでいる地球の裏側で、
人が一人苦しんで死ぬとする。
これは前者が幸せになってしまったため、
後者の苦しんでいる人に死という不幸が舞い降りた、
とは考えられないだろうか。

光と影。

相反する要素はどちらも同じだけ含まれる。

片方が現れれば片方も現れる。つまり。







本当に人間という種族を救う方法が欲しいなら。



無に帰するほかは無い。



何も起こらないこと。



何も得ないこと。



何も傷つかず、満たされる事も無いこと。



存在としても、生命としても何も起こらない。



これが、彼らの考える救いの確かなカタチなのだ。












「違う。そんなのは屁理屈だ。卑屈になった臆病者の腐った理屈だ。」


私達が生まれたのには理由がある。
どんな幸福な人生を送っても、不幸な人生でも、死は必ず訪れる。
早いか遅いかだけの差であり、必ず起こることである死は、
誰にも与えられる平等なものだ。
誕生でさえ、その瞬間は平等だ。

持って生まれた環境による不幸や、予想も出来ない幸運。
これらはめぐり巡る輪廻の中で常に平等である。
幸運な人も不運な人も、『死』という儀式をもって生まれ変わり、
新しい人生を生きていく。

まあ、転生した体が人であるかは分からないが。

むしろ、人として生まれることができた時点で、
私達は幸運といえるかもしれない。
罪人は小動物という形で生まれ変わり、残酷な運命、
与えられた体では地獄でしかないこの世界で死んで罪を償う。
という話もあったような。

輪廻転生やらなんやらはまだ、ただの一説でしかないのだが、
確かにその存在感がある。
それこそが、人類の歴史が繰り返される由縁なのだろう。






こんなこともあまり考えなくてもいいことか。

人が生きた後には思いが残る。
死んでしまったとしても、周りの人には思い出という形で、
世界には存在したという事実として、半永久的に、いや、
永劫とどまる事になる。

人に、自分の死を忘れられる、ということは、
忘却であり喪失ではないのだ。
決して消えない、自己としての思いは永久に消えることは無い。
存在した、という事実は何を持ってしても消しようが無いからだ。


私がここで死んでしまったとしたら、きっと。
涙を流してくれる人が居る。
それは、誰にでもきっとあるものだ。

それを無意味といえるだろうか。
それだけで、救われはしないだろうか。

人を救うのは人なのだ。

死という名の解放ではない。
まして消滅などという理不尽な結果などでは決して無い。

消し去ろうなどと言う考えは、
自分が汚い人間という種族である事を理解したうえで生きていく事が怖い。
そういう弱い人間の考える事だ。

汚いこと。
怖いと思う事など、
自分のために流してくれる人の涙に比べれば、
ほんの瑣末に過ぎないことだろう?






「くだらない考察はやめだ。私はあんたが嫌い。
 それだけで止める理由にはなるよ。」

右腕の無いコートをなびかせ、コツコツ、と、
足音を立てながら闇に潜む怪物のもとへ。










「止まりはしない。なぜなら私がこの暗闇の発端ではないからだ。」

彼の発した言葉に、全員が戦慄を覚える。

つまり。

「…もしかして… アレが目を覚ましたっての…?」


何も言わず、闇の中で笑いを浮かべる怪物。

地球を守る神の目覚め。
それは人類の無への帰還が近ことを意味する。

要するに、彼ら神器や血印を持つ犯罪集団は陽動。
本当の目的は、神が力を解放する時間を稼ぐこと―






「なかなか味な役割だった。貴様の裁きは甘んじて受けよう。
 まっさらな人間に戻った後で、貴様らのもがきを拝見させてもらう。」


「何て…こと…」


リナも震えを抑えきれない。
セロも顔を手で覆っている。

兆君はまだ理解していないようだ。



「迷ってる場合じゃないね。灰色の天使より、苦痛の言葉を操るあなたへ。」




―審判を下します―




これでもかと言うほど、男を殴る。
辞書の槌としての威力は、殴られる人間の罪の意識に等しい。

巨大な衝撃が男を攻め立てる。
こんなに、こいつは罪を意識していたのだ。
それでも、無への帰還に逃げるしかなかった。

なんて―


「なんて弱くて、寂しい男」


殴りながら洩らした。
男は悲しそうに笑って、涙した。

刻印を終えると、彼は。








「強くあることは難しいと思っていた。
 自分という存在を信じた今なら、それもたやすいことに思えてきた。
 生きるか滅びるか。健闘を祈るぞ。」



そう言い残すと、涙しながら眠りについた。

彼は本当に今まで、神の目覚めすら道楽と感じていたのだろう。
自分の痛みすら、生を自覚しない存在としてみれば、
ほんの戯れでしかないのだから。

しかし今は悟って、励ましの言葉を聞けた。









神が目覚める?
この町に天使たちが集まったのはこのためか。

どうすれば良いのか。
止められるのだろうか。

この世界の消滅を。






「あ〜もしもし赤松君?うん、私よ。この町に来てるのね?
 んじゃ少しでいいから時間稼いで。すぐそっちに向かうからさ。
 え?分かったよ。終わったらね。」


電話しているらしい。

赤松。 はて。知人に一人居たな。


 



「じゃあ、兆君の学校の近くのビルに向いましょう。」

瑞希が地下から地上に出られる穴を開ける。
セロとリナは頷いて走り出す。俺もそれに習った。




デパートに向かったときほどは疲れなかった。

ビルを見上げる。

夜明けが近い町並みは淡い光に包まれ、
遠くで犬やらが鳴く声も聞こえる。

生活の始まり、区切りの朝。
この時間に、神が目覚めるのか。









そこには、少年の姿があった。









「初めまして。覚醒って訳じゃないが、
 挨拶くらいはしておこうかなぁとね。」

第一印象は、よく分からない。
辛うじて、気持ち悪い印象がある。

いい印象が全く無い少年がそこにいる。
車酔いに頭痛を織り交ぜた感覚。
先ほどの蝿の神器などとは比べ物にならないほどの不快感だった。

彼はよく見ると、直立不動で、手を後ろに回している。

おかしな格好だった。


「よう兆。まさかお前が先輩から聞いた閻魔持ちだったとはな」


腕を引くスタイル。
凧揚げか、紐を縛っているような格好で赤松 啓護が姿を現す。

彼もどうやら神器持ちだったらしい。


「なかなかたいそうな神器をお持ちで。切れも伸びもしないな。」


諦めたようにため息をつく虚無の神。
どうやら、見えない糸で縛られているようだった。


「ご苦労様。まだ覚醒してないみたいね。まあ縛っとくに越した事はない、か。」


あくまで冷静を装っている灰色の天使。
目は鋭く虚無の神を睨みつける。

「覚醒しないと刻印できない。縛ったまま檻に入れておきましょう」

「したら俺は徹夜っすか? デートだけじゃすまないっすよ」

軽口を叩く啓護。
どうやら予定外の仕事だったらしく、代償が瑞希とデート、
ということらしい。正直な男だ。

「好きになさいな。」

言って踵を返す瑞希。いいのかよ。

「よっしゃ!俺様頑張っちゃうぜ。」

単純なヤツもいた。







それから啓護に付き添って、執行機関の支部の部屋に、
結界を張る効果を持つ刻印した神器で蓋をした。

何でもありだな。と思ったが、
苦痛の言葉の能力はついさっき刻印したばかりだった。
つまり、まだ化け物が毒を抜かれずにのさばっているということだ。
おそらく分子などを操る力やら空間干渉など。


「なんか、いよいよっぽい雰囲気だね」


「うん。不安だよ〜」


「まあまあ。努力をすれば奇跡が助けてくれるさ。」


めいめいに言葉を紡ぐ。やがて来る決戦を思い描きながら。








そういえば今日は学校なはず。
時刻は六時。

だめだ。眠いから午前中は寝てから学校に行こう。









「うん!お兄ちゃんの意見に賛成!!! リナも一緒に寝る〜!!!」

「ん?ああ、じゃあ私も便乗させてもらおうかな」

「ならば私も当然…」


睨みつける瑞希の目。

なにが当然?

セロには戦慄でしかなかった。









「…当然、ベランダを貸して頂ければ…」

寂しい貴族がいた。









「…おい!本当に一緒に寝るつもりか…」

ベッドを譲ろうとソファーに寝転がる。
すると覆いかぶさるように寝ようとする。
仕方なくベッドに入ろうとすると、先回りして既に寝ている。


「リナちゃんはお兄ちゃんが大好きなんだよね〜」

にやにやしながらリナを馬鹿にする瑞希。

「前は一緒に寝てたもん!!! ぎゅ〜ってしてたもん!!!」

まずいだろ。それ言っちゃまずいだろ。逆効果だ。


「なるほどえ〜っとなんて言ったっけな兆君。幼女趣味?うわぁ…」

殴り倒したくなるような笑みだった。
そんなつもりは無いぞ、決して、多分。


「ロリコンとも言うらしいぞ」

お前は黙ってベランダで美しく日向ぼっこ、
もとい光合成でもしてろ貧乏貴族め…



「あのね?お兄ちゃんはリナと一緒に寝たくないんじゃなくて、
 そうする事で何かがのっぴきならないことになっちゃうのが
 怖いだけなのよ。まぁ〜、ある種の照れだね」


リナに教えるように言う瑞希。

「お前、いい加減にしろよ…」

相当困ってそれしか言えなかった。すると。








「うん… わかった… そういうのいけないもんね…
 リナ、あっちで寝るね…」

痛いくらいに顔を真っ赤にして、壁側に横になり寝てしまった。

「あはははははは!!! 私達の頭の中筒抜けかしら!」

あのリアクションはある意味防御本能とも取れる。
なんにせよ、年は二桁になってまだ少し。
そんないたいけな子が阿呆の妄想を覗けば、
それこそのっぴきならない事態になることうけあいだ。









「寝る。瑞希が起こした時に限ってキレる」

「あはは!手厳しい」









眠りに落ちる。
そういえば、虚無の神の苗床はどんな人間なのだろう。
ああ、存在としての神器ということはつまり神なのか。

赤井のように仲良くはなれないだろうか。
よくわからないな。

とりあえず、今は休もう。









「〜い!兆君!起きて!起きてよ!!!」

「起こしたらキレるって言ったろうがどりゃああああ!!!」

起きる瞬間。憤怒の拳が相手の顎を振りぬく。

かすったらしく、鮮血が迸る。
へへ。どうだ参ったか。








「いった… 痛いよ… なにすんのさ兆君!!!」

蒼衣だった。鼻血を垂れ流している。笑えた。

「喧嘩売ってんのかしらね?」

まずい。声に出てた。こういうミスが目立つな。

「すまん。瑞希かと思って」

「それよ!!! なんでこんな時間に寝てるの?
 あまつさえ瑞希さんまですやすや寝息立ててるし!
 さらに荒神姉妹より幼い子まで… どういうことなのよ!?」

こいつのことだ。
学校に来なかった俺を心配して様子を見に来たのだろう。
入ってこれたということから、
返ってきて寝る前に鍵をかけ忘れたことがわかる。

「分析なんて聞いてないのよ!どういうことなの?」

またか。これではコントのようだ。

「荒神姉妹よりタチの悪いヤツらがいて、徹夜で退治してきたところだ。
 帰ってきたらこいつらが疲れたって言って無理やり泊まっただけ。
 何もやましいことなんてないよ。」


蒼衣に潔白を証明している、まさにそのとき。


「やましいことなかったっけ? ね〜リナ」

「…」

いやらしい笑いでこちらを見る瑞希と、耳まで真っ赤なリナ。

おいおい、勘弁してくれ。


「まっまままっまっま・まさか…」

ぶるぶると震え始める蒼衣。
ああ、まずい。
危険な気がする。

「…不潔!!! 最低!!!」




ばちん、






という音とともに白黒と反転を繰り返す視界。
耳は音速で飛ぶ戦闘機のキーンという音を聞いていた。
痛みに戦闘機が空中分解しそうだ。

蒼衣は部屋を飛び出して行ってしまった。



「なんじゃこりゃ…」









恥ずかしがりながらも事情を説明しに行ってくれたリナのおかげで、
何とか潔白を証明できた。

「あはは… ごめんね。取り乱しちゃってお恥ずかしい」

「みんなの前でビンタ貰った俺の方が恥ずかしいわ!」

二人で瑞希を横目で睨む。
あはは、と乾いた笑みを浮かべる彼女。









すると。くぅ〜、という軽い腹の虫の声。

「なんだ?空腹だったのか?セリナ」

部屋に入ってくるセロ。
彼は彼で晩秋の空気と風の冷たさに、少し震えているようだった。

「セロだって震えてるじゃん!!!」

まあ、時間も午後五時。昼も食わずに寝ていたんだ。
俺も腹が減っている。

「じゃあ、私が作るよ!確か兆君、土鍋持ってたよね。鍋にしようよ!!!」

皆で『賛成』の声。綺麗に重なった。

「どうせだし、みんな呼ぼうよ!兆君の部屋結構広いしさ、
 みんなで鍋囲んだ方が楽しいよ!」

その意見にも反対の声は無い。



瑞希もリナもセロも。

やがて始まる決戦を知っているのだ。

俺も。


きっと、蒼衣でさえも。


非日常にすりかえられる日常。
どんなにもがいてもあがらえぬ現実。
それなら、現実でも何でも飛び越えてやればいい。

きっと。

俺たちにはそれが出来る。

そう信じている。


けれど、声が聞こえた。









お前らは信じる事なんて出来やしないんだよ

お前も俺と同じ

奇跡を起こせてもこぼした水はグラスには戻らないんだ

お前らには何も出来ない

何も得ることなんて出来ない

得た振りをして

守った振りをして

自己を保とうとしているだけ

結局お前ら人間は何も成し遂げちゃいない

そして何も成す事は出来ない

惰性と強制の入り混じった命の偽者など興味も無い

ヒトの存在自体無意味だから



矛盾の具現化のこの宇宙の

混沌の末端のお前らには

地球は渡さない

ただ苦しんで

同じヒトを呪って

死ね

消えろ

本当に

無価値

必要などない

俺は否定する

どうでもいいしどうしようもない世界を消し去るため









莫迦だな。そんなことわかってる。

それでも、生きてるってことだから

それでいいんだよ

そんなに頭を四角にするから悪い

人間なんだから、神様じゃないんだから

丸い気持ちで風の吹くまま転がってみればいい

それが命の形。









それと、お前の名前を教えて欲しいよ。










竟。

きょう。

俺はそう呼ばれていた









そうか。じゃあ竟?

みんな頑張ってるよ?

なにも、俺たちにはわからないから

ただ、勢いで生きているようなもので。

それでも悪くない、そう思えるから

生きていたいって思うんだろ?


相反し複雑化する否定と肯定なんて

繰り返す日の出と日没と何も変わらない

既に存在する太陽と月の散歩道

それに乗って、気楽に歩ければそれでいい

俺は肯定するよ








残念

俺が神様だ

宇宙も俺も必要ないから

消えよう

一つになろう

何も無い虚無へ

虚空へ。孤独へ。独りへ。単体へ。無へ。

帰ろう

もう、休もう

磨り減る頭の痛みに

心臓、心の痛みに

耐えられそうも無い

何も起こらない世界を

決してはじまることの無い世界を

そう簡単には終わらない世界を

消し去って、一つに戻ろう

混沌という名の無へ









そうか

神様だったのか

じゃあ、しょうがないよな

おれも、神になろう。

俺が最初に殺すのは神器。

これは神殺し

そうなったら誰も俺を許しちゃくれないだろうが

お前が卑屈になってちゃどの道終わりだし。

俺とお前だけで帰ろう

混沌へ。無へ。

俺はお前で

お前は俺だ

もとは一つだった。

お前と俺が殺し合えば

消えるはずだ

全ての悲しみの原因

神器さえ消し去れば

あいつも倒れちゃうかな

それが残念といえば残念だ

まあ、お前の言うことだから付き合うよ。

神器も血印も俺たちも

元通りにはならないけど

それでいい

こんなものないほうがいいんだ

俺たちが消えればそれが元通り

混沌を殺せるヤツらがいなくなる

無意味だったのは俺たちだけ

消えるのも、俺たちだけだ









「うん!おいしい!!!」

開口一番。とっておきの笑顔と共に、蒼衣が叫ぶ。

「蒼衣〜 カニ取って〜」

「俺が取るよ、茜さん」

「これが日本の鍋というものか!!! 素晴らしい!!!
 この選び抜かれた具材!!! 絶妙なダシ!!!
 私はまた一つ日本を好きになったよ!!!」

「うっさいなぁ… 黙って食べなさいよ…」

「熱い〜火傷した〜うわあああん!!!」

「ほらほら!ぼーっとしてると無くなるぞ〜♪」

「私のも取ってよ、お姉ちゃん…」








天使三人と赤井と茜が、俺の家に泊まった。
そして今日、どうせなら知人全員を集めて鍋を囲もう、
という瑞希の発想で、この騒ぎが始まったのだ。

「もうカニがねぇ…」

二つ鍋を用意したのだが、カニの量が足りなかったらしい。
俺の食う分がもう無い。

「ふふん、そう来ると思って私が取っておいたよ」

蒼衣が殻から引きずり出された赤いカニの身を差し出す。

「はい、あーん」

馬鹿野郎。無理がある。

「もう!照れちゃって!」

そういって無理やり口にカニを押し込んでくる。

良く味がしみこんでいて旨かった。




「なるほろ〜」

後ろのベッドに横になり、死語と化した感嘆を洩らす啓護。
なんと、彼も神器持ちだったのだ。

なにやら市の図書館で、おとぎ話の本を借りてきたらしい。

「おとぎじゃないよ!北欧神話だよ!」

リナがこの上なく親切丁寧に教えてくれた。

「あ〜馬鹿にしてる〜」

ぶーぶー言いながら鍋をつついている。
もう汁しかないような気もする。

もくもくと飯を食い続ける蒼衣。
お前の胃袋はどこに繋がっているんだ。









「さて。そろそろ行かなきゃな」

俺は、見知った顔を並べて見る。

ここに居る人の笑顔は、おそらく本物。
そして、俺が最後に見る笑顔。

楽しい思い出。

辛かった記憶。

全てこいつらが持っていてくれると思う。

俺は幸せだ。

こんなに、俺を慕ってくれる人がいる。

そして、好きだと笑ってくれる、蒼衣がいる。









「買出しにいってくるよ。なんか酒とか欲しいだろ?」

冗談だ。
あいつに会いにいく。
殺し合い。

どう踏んでも勝ち目はないけど、触れられる穴に刀を突き立てれば、
一緒に消えられる。
神器だけを消せる。
それに対応して出来た血印も消える。
存在としての神器以外は、消えても本人に何も影響は出ない。

記憶は曖昧になるが、きっとこいつらなら覚えていてくれると思う。
忘れてくれても構わない。
その方がきっといい。

俺は、俺たち神器が生まれてきた混沌の、
神器に関するものだけを破壊するんだ。









「…白の天使より。閻魔の大刀をもつあなたへ。
 神器の回収を行います。」

よく言えたな。そんな涙だらけの顔で。
こぼれる涙を拭いもしないで。
そんなに咽頭を鳴らしながら。

ありがたかった。
俺を止めてくれるのだ。
優しくて健気なリナの心が、ただ、辛かった。


「セリナ。やめておけ。
 お前は最も慕う彼に、仲間殺しをさせるつもりか。」

うん。
誰を殺してもいくつもりだ。

俺自身、お前達の消滅に耐えられない。
お前らが消えたら俺はまた人形に戻ってしまう。
黒いだけの人形に。
あんな螺旋地獄はもうごめんだ。









「ばぁか。あたしが行かせるかっての」

瑞希が辞書で俺を殴る。

説得というものの形が、
彼女の気持ちがそのまま入ってくるような気がして、
俺は泣きそうになった。

どいつもこいつも優しすぎる。









「あいつは神器としての存在。つまり神。あんたは人間。
 勝ち目なんてない」




そんな事はわかってるんだよ!

それでも行くんだよ!

そこを退けよ!

お前らがいなくなるなんて考えられないんだよ!

どいてくれよ!




どけ。どいてくれ。






「死ぬとわかってて、かっこつけていくつもりか」

そんなんじゃない!

どこがかっこいいそんなの!

俺だって今までどおり馬鹿やって暮らしたい!

ようやくできたお前ら仲間と一緒に笑いたい!


だから行くんだろうが!







「違う。そんなのは逃亡だ」

五月蝿い!

それしかないんだ!

やっと掴んだものなのに!

失うとわかってて何もしないなんて出来るわけが無い!








「なるほど。死にに行こうとしてるって事はわかったぞ。
 そんなことさせない」



さらに、蒼衣がそんなことを言う。

「わたしも一緒に行くよ〜」

「私もだ。それでは酷すぎる。」

「リナもいく!!!」

「親友じゃないか。水臭いぜ」

「俺も友達だ。一緒にいく。」

「兆兄ちゃん!!! あたしも連れてってよ!!!」

「私も行きます…」








そして怒声。
俺を思ってくれているが故の怒声。








あんたはあたし達を失うのが怖い

そんなのわかりきったことだ

逆に、私たちがあんたを失ったらどうなるんだ

あんたが繋いでくれたんじゃないか

あんたが思っている以上に

私たちはあんたを思ってる

あんたがいなくなったら生きていけないのはみんな一緒だ

どうしようかなんてわからないし、思いつきもしない

それでも何とかできるはずだ

信じるんだろ?大事なんだろ?

無意味なんかじゃないんだろ?


何とかするし、一緒に何とかするんだ









声が、変わった。

怒声が聞けると思ったんだ。

熱くて、切なくて、千切れそうな言葉の断片

頭にどうしようもなく優先的に入ってくる声。

会ったころは煩わしかった高い声。

今は俺の心臓をこんなにも熱くさせる声。

今回は優しかった。だから辛い。





大好きな、その声。









君の痛みを分けてよ

最初で最後かもしれないけど

一回くらい、甘えて欲しいよ

兆君?

みんな、一緒だよ?

仲間だよ?

繋がってるよ?

一緒に笑おう

一緒に泣こう

一緒に怒ろう

一緒に騒ごう

一緒に、明日を掴もう




一緒に、生きようよ









ああ。

強くなったつもりだったのに。

まだ、こんなにも脆いんだ。



涙が、止まらない。





悪い。
みんな、ごめん。
ごめん。
赤井に友達って言っても、
啓護に親友って言っても、
瑞希たちに仲間って言っても、
茜に幼馴染って言っても、
蒼衣に、彼氏って、言ってても、
俺、一人だった。独りだったよ。


うまく喋れない。
涙が邪魔をするのだ。

この涙も、みんなに教えて貰ったものだったんだ。
何も分かってなかったんだ。

莫迦だった。本当に。









何も掴めていなかったあの頃から俺の精神を守っていた壁が、
他人との心の壁が、なにをするにも邪魔だったけど、
この上なく自己という絶対防御を築いていた壁が、
音を立てずに優しく消える。


「…よし、じゃあ、お兄ちゃん!握手!じゃ足りないや…
 ちゅーしてちゅー!!!」

「おいおい、途端に元気になるなセリナ!
 握手で我慢しておけ!接吻なら私がいくらでも…」

でこピンを喰らった。
リナの神器のものだ。
五メートルは吹っ飛ぶ。

もれる笑顔。

簡単だったんだ。

俺が俺である理由。

そして、みんなと生きていくための、俺の、意思。


そこに、あいつの声が。










兆?

お前は俺と一緒だろう?

なんでそんな他人と笑っているんだ?








ビルが消し飛ぶ。
神器で作った結界が吹き飛び、啓護の魔法の紐が引きちぎられた。

「っぐお! アホかよ!!!」

啓護が叫ぶ。それをかき消す、あいつの声。









いまさらそいつらの肩を持つのかよ?

お前、最初は人間が嫌いだったんだろ?

なんで否定しないんだよ?

お前だっていつ死んでもいいと思ってたんじゃないのかよ?

一人だったんだろ?

自分すら虚無だったんだろ?








ビリビリと声が響く。拡声器は確認できない。

つまり、鼓膜が割れそうな肉声。








俺まで置いていくんだな?

俺だけ否定するんだな?

俺だけ許されないんだな?

俺だけ









独りなんだな










見上げるは月。
青い光に重なるように、一つの絶望の形がそこにある。


町が無くなった。
俺たちは大きく空へと投げ出されている。

小指の頭ほどの大きさの、反物質。
この世に存在する正物質との対消滅により、莫大なエネルギーを発する。

たったの小指程度。ほんのひとかけら。
それで、この威力。

既に圧倒的だ。


「これが俺の否定の力だ!!! 核なんて必要ないんだよ!桁が違うからな!!!」


再度腕を構える竟。
しかし。


「竟!目ぇ覚ませぇぇぇぇ!!!」


投擲。
閻魔の刀はそれこそ光速で飛んでいく。

竟という名の絶望の掌の間に出来た反物質を切り裂き、無効化する。
神器により生み出されたものすら無効化する。
また、閻魔が進化した。


「思い出したか! 俺を思い出したか兆!!! 
 お前を最初に殺した俺を思い出したか!!!」








そう。あのときだ。









人間の肉体が死んでも、精神が死ぬわけではない。
また、精神が死んでも、肉体は生き続ける。
傷ついた精神も肉体も痛みに歪む。

肉体は回復を始めるが、精神は耐え切れずに、もう一つの精神を作る。
前の自己よりも強度を上げ、自己の認識という大事な要素を
少しだけ減らした第二の自己。

前の自分より起きる出来事に無関心になる。
生きている、現実だという実感があまり沸かなくなる。

これが、人間の腐っていく最初の過程であり、
他に方法もない精神の唯一の逃げ道である。

耐え切れずに二つ目の自己が傷つくと、
また同じようにもう一つの自己を作り出す。

前よりも無関心。さらに無気力。
存在すら自覚できない自分を生み出し、
殻を形成し終えた頃に気付く。

ああ、なんでこんな自分になってしまったのだろう、と。


ゆっくり何人も自分を押し殺す。
現実を現実と認められなくなってしまった、
ただの殻だけの自己となってしまったものが、
事件を起こすのだ。

殺戮、暴力。

そういった端的な行動にしか生を実感できなくなる。
心臓の鼓動を確認できなくなる。








「そうやって自分を何度も殺して、挙句俺を的にしたんだ。
 何も悪くない。否定する必要なんてないんだ。
 もう、終わりにしよう?
 お前は誰よりも孤独だった。
 でも、これからは変わっていけるんだ。
 人間、変わることが出来るんだよ。」



刀は投擲後、俺の腕に戻ってくる。

本当に、神話の槍のようだ。









「変わりたいわけじゃない。俺の意思は否定。全てを消したいだけだ。
 幸せなんてものには興味もない。
 俺は自己の存在だって認めはしない。」


「そうやって破壊して、殻を作って。一番痛いのはお前なんだ。
 いつでもお前は泣いてるんだよ。
 生きたい。幸せになりたいって。
 自分の叫びだって聞こえていないんだろ?」

「俺がいつそんなことを言ったんだよ。いいから消えろ。」



炸裂する竟の掌。すでに炸裂した虚空。
目の前の圧倒的な死を目にした瞬間、

あいつが。




「兆君は私が守る。」




俺の前に、立ちはだかった。

荒れ狂う爆風の嵐。

全ての存在を許さぬ熱。

駆け抜けた瞬間全てをバラバラに消しとばす衝撃。

どうやっても防げなかっただろう。


こいつ以外は。








「服、無くなっちゃったよ。」

蒼衣の服は熱と衝撃で消えた。
圧倒的な熱で過熱された蒼衣の体は、
何か光を纏っているようで、涙が出るほど美しかった。

そして後方には、巨大な樹に守られる仲間達。
なぜか、すぐにその樹が校舎の近くにそびえたっていたあの樹であり、
蒼衣自身の力なのだということが理解できた。




「お前が、聖樹…」





竟が崩れ落ちる。
彼とて熱と衝撃の対象外ではない。
自身を滅ぼす圧倒的な力。

こんなものは神などではない。



「ほら。兆君が言ってたでしょ?あなたはいつでも泣いてる。」



蒼衣の手が竟の頬を滑る。
ただ冷たいだけの涙があった。

厚い殻に囲まれた泣き声も、助けを求める声も、
今なら手に取れるようにわかる。








生まれたときから神器だった。
他に何もなかった。
本当に、何も。

悲しいと、腹たたしいと思えることすら、彼には起こらなかった。
ただただ、永劫続くかのような空白。
何も起こらないことは、何もないということ。

彼の命すら。

命の有無とは存在するかしないかではなく、実感。
自覚できるかどうか。

自覚できなくても有るものなんて、ないものと同じだから。

そんな自覚すら、彼にはなかった。

なんの変化も、なんの困難も、なんの喜びも。







「なんて、寂しい事」







涙するは蒼衣。
きっと彼女もそうだったのだ。なにをどうしても。
聖樹として生を受けたはずなのに、
ただの高校生という変化のない毎日。

俺がいなかったら、蒼衣もこうなっていたのだろう。





「だから、帰ろうと思った。
 何も感じないなら、何もないのと同じだから。」






爆発がまた始まる。
樹の防御ですら突き破られるほどの破壊。

星も、この地球も、長くはないのだろう。




「ここに帰っておいで。私たちのところへ。友達になろう。」




これ以上ない暖かさで、蒼衣は言う。





「だめだ。もう遅い。俺はもう自覚しちまった。
 自分は何もないのだと。
 だから、対消滅は消えはしない。宇宙全て消えるまで。」




そう言い残すと、程なく爆発。
俺たちの伸ばす手を振り切って、その爆発に飛び込んでいった。

あいつは、なんて莫迦なんだろう。

逃げる事しかできなくて。

ただ、俺はここに居る。

それだけ言えていれば、きっと、こんな事にはならなかったのに。









「蒼衣ちゃん。どうするかねぇ?こりゃ止まらないぞ?」

頭を乱暴に掻きながら瑞希が言う。どうすればいい?

一体なにをどうする。

この、目に余る絶望を。







しかし、対消滅は程なく止んだ。

そして。絶望は形を変えて彼らに負いかぶさることになる。








「兆!!! 俺はもう存在しない。最後に俺は肯定できたんだよ」

巨大な蛇が目を覚ます。

「自分から生まれた怪物の存在を」

爛れた死霊が蘇る。

「お前も、世界も、何もかもを消そうという俺の意思だけ。
 この意思だけを、俺も肯定できた。」

桁違いな威力の狼が、咆哮する。

「消えろ。全て消えろ。俺の始まらない記憶ごと。
 虚空の混沌に消え去れ」







そこで、彼は本当に消滅した。








彼?
男など、居ただろうか。
今までなにを考えていたのだろう。





記憶がはっきりしないが、
おかしな状況になっている事くらいわかる。






海原を分かちその存在を見せ付けるミミズのような大蛇。

その力は物質干渉。
科学変化から物質のあらゆるものをあやつるチカラ。



死臭を撒き散らし、腐食と死に満ち満ちた邪悪な死霊。

その力は空間干渉。
斬る。叩く。歪ませる。繋げる。自然すら超越したちから。




天を貫き、地を割り、空さえも切り裂く牙を持つ狼。

その力は時空干渉。
全ての物質の時間を左右し、存在すらも消滅させる力。


いつか見た神話の本だ。
こいつらが、虚無の神が残していった絶望の形。




「お兄ちゃん。休んでて。リナたちで終わらせるから。」

「こんな悲劇はもうまっぴら。
 もとはあたし達の不始末から始まったようなものだし。」

「任せておきたまえ。すぐに終わる。」





すぐに終わりはしない。
こいつらこそが神なのだ。
金属パーツもなければオイルだって必要としない。

本当に神がそのままの形で降りてきたのだ。







すると、蒼衣が。微笑んだ。







「だめ。神と渡り合えるのは神だけ。つまり、私だけ。」

樹の枝で絡めとるように三人を包む。
抵抗も出来ないほど暖かかった。

俺も、あいつの胸に抱かれていた。

始まる惨劇を。

終わらない悲しみを、

ただ刻むだけの、数時間が始まる。









私は、この世界が好きだった。
小鳥のさえずりから始まる、少し肌寒い朝。

オレンジ色の光は寝起きの目にはまぶしくて、それでも、
目を閉じれないくらいに綺麗で。

昼の日差しと高い雲。風の香りは四季でそれぞれ違っていて、
なぜか小さくて無邪気だった頃を思い出す。

心まで照らしてくれるような高い日差しは、大きな喜びだった。

夕日の赤と夜の黒。
伸びる雲が茜色に染まり、綺麗な金髪みたいに流れていく。

ただ赤い夕日も、自然に涙を誘う美しさで。

見上げる白い月も、星も、私を照らしてくれるようで。







綺麗でステキで新鮮で。

でもそれも、繰り返すたびにそうでなくなって。

大切ささえ思い出せなくなって。








そこで、彼に出会った。

幼く無垢なのに、のこぎりの歯のように厳しい。

朝日のように暖かいのに、夜風のように冷たい。



恐くて大嫌いだったのに、嬉しくて大好きだった。



友達も増えた。
笑顔も総じて増えた。
私に、意味をくれたのはあなた。
ずっと探して、ようやく見つけられた。
もう、二度と離れられない。
彼のためなら命なんて要らないと思える。
それはきっと半分素敵で、半分残酷な思い。

それでも、あなたはそれを強く思わせる。

あなただけじゃない。

陽子ちゃん。
月子ちゃん。
瑞希さん。
啓護君。
赤井さん。
リナちゃん。
セロさん。
隆明君。
竟君。

こんなに、私の中には思いがある。
暖かくて大きな。

これは、とても嬉しい事。








私の力は浄化。
この神も竟君が残した孤独が植えつけられている。
その孤独の根を取って、包んであげなきゃいけない。

だから、私は何もしちゃいけない。

今ならわかる。

この世界で、私ほど力を持った存在は居ない。在り得ない。


それでも、この子達に手を挙げることは出来ない。

痛みは憎しみを生み、憎しみは連鎖し強固な流れになる。


憎しみを生めば、私は私じゃなくなるから。

消えてしまうことよりも、
彼はそっちの方が傷つくと思うんだ。








「やめろ… やめろおおおおおおおおお!!!」


叫んだ。
思い切り叫んだ。
あいつは死ぬ気だ。
自分の死をもって竟の孤独を浄化しようというのだ。

ふざけんな!!!

おまえ生きようって言っただろうが!!!

それが生きることなのか!!!

認めねえ!!!

離せ!!!

これを取れよ蒼衣てめえええええええ!!!









全員が叫ぶ。
喉が枯れようと血を吐こうと。

それでもあの莫迦は離しも止まりもしなかった。








声が聞こえた。
生きようと言ってくれる。それは、無理。
私の最大の浄化は、命を燃やして起こるものだから。

頬があったかい。
嬉しい。
叫んでくれている。
泣いてくれる。

あなたはいつも優しかった。

ずっと包まれてた。だから、今だけは


包ませて欲しい

あなたへの思いも

全部 あなたへ










腕が吹き飛ぶ。

足がもげる。

首が回転する。

いろいろが砕ける音がする。

飛び散る肉片。骨片。内蔵片。脳漿。

流れ飛んでいく、記憶。思い。心。



薄れていく、自分としてのカタチ。 彼への気持ち。




これが、死。





樹の枝が砕けて音を立てる。









これこそが、死。










それでもあいつは輝いた。
自分をバラバラにされても。
全てである命を奪われても。

魂も、器の肉体も、全てを奪われても。

笑顔で。

怪物と俺達を包む。
どうしようもないほど、暖かくて、切なかった。

涙なんて出なかった。
俺の意味が終わろうとしているから。

虚無の神は、俺がそこまで憎かったのか。

もう、耐えられそうにない。








あんなに暖かい光だったのに。

あんなに可愛い笑顔だったのに。







怪物は、まだ止まりはしないのだ。









『うわぁぁあぁぁぁぁあああぁあぁあぁぁぁああぁああぁああ』






俺の声ではなかった。みんなが天使を中心に、
樹の残骸から飛び出し、神に攻撃を仕掛けた。

あの双子は能力すらないのに。


噛み砕かれて。
引き裂かれて。
貫かれて。
踏み潰されて。

めいめいに消えていく、共に生を誓った仲間達。

俺は、樹の残骸の中から動く事も出来なかった。






死体かもしれないのに。
もうあいつじゃないかもしれないのに。
何も言ってくれないのに。
笑ってもくれないのに。

俺の名前も、もう呼んでくれないのに。

ぬくもりが残っているような気がしたんだ。
懐かしさと、切なさと。







それももう、無くなっていた。










目の前に、茜の生首。
後頭部の頭蓋が叩き割られ、脳漿がこぼれている。
右の眼球も失われている。

人形にしか見えない無表情。



月子。陽子の頭。
ほぼ同じ頭が中心で両断され、
左右をそれぞれに貼り付けられている。
右側が月子。左が陽子。
月子の頬には涙。陽子の顔には怒り。

そうだったはずの無表情。



瑞希の亡骸。
内臓が全て取り除かれている。
下半身は腐りきって何がなんだか分からない。
上半身は業火に焼かれた。
何もなかった。

目があったはずのくぼみが虚空を睨む、無表情。



啓護の胸から上の部分。肉がところどころ千切られ、
骨は触るだけで崩れる。
指は一本も残っておらず。
腕中、骨を砕かれた間接だらけ。

口を大きく開け、何かを叫ばんばかりの、無表情。



赤井の涙の顔。
顔の皮だけ。他には何も残っていない。
腐ったような臭いと、

茜を助けられなかった自分に対する怒りの、無表情。



セリナの全身。
腹部から雑巾のように捻られている。
両腕はなく、膝から下も無い。
腹の傷から腐った内臓がはみ出してきている。

眼球も流れ出している。苦痛に歪む無表情。



セロのバラバラ死体。
生きたまま千切られた四肢はランダムに散りばめられている。
首から上は部品ごとにバラされており、
リアルな福笑いだった。

おどけた無表情。





蒼衣の、死体は、なかった。

温もりも、もうなかった。

それが酷く、苦しい。








「これがお前の形なんだな。竟。」

全てを失った。

もう、何も無い。

涙さえ出ないのだから、きっと、心さえも無いのだろう。







それなのに なんで



こんなに



強く生きようと思えるのだろう



蒼衣?



俺は 生きています



あなたは どこにいますか?



俺は、君に包まれています



あなたは 俺の中にいますか?



俺は まだきっと笑えます



あなたは まだ 信じられますか?




あなたは 俺を 覚えていますか?



俺は ずっと













忘れないから―










俺は、生きるよ。
みんな一緒だ。ここに居るから。




信じてるから。





走ればいい。
ただ、俺は走れば。

辛くてのんびりは歩いていられないけど、
足元に落ちる涙だけは踏んじゃいけない。

涙が横に飛んでいくくらいに走ろう。


みんなの思いを連れて。




蒼衣の手を引いて。










刀に迸る光が宿る。

きらめきが始まりを告げる。

明日を信じた彼女と、走ろうと決めた彼の物語。









致死の液体を撒き散らし、分子を操る海蛇が、
舞い降りる光に誘われ、天へ帰っていく。



それは、彼の自信。

生きていると。

みんなここに居るんだという、明日へ繋がる力。





腐食する息を吐き、空間を渡り歩く死神が半分に裂け、
光の中に埋まっていく。

それは、彼の夢。

蒼衣という少女を守りたかった。

ただ、友達と笑っていたかったというだけの、

彼の儚い夢の力。







雲を突き破り、宇宙を超越し、過去と未来に生息する狼が、
瞳を閉じて風の前の塵の様に消えていく。

それは、彼らの心。

苦しいくらいに切なくて、

引き裂かれそうなくらい悲しくて。


それでも生きていこうと決めた、生きていくと誓った、


彼らの心の力。









終わったよみんな。

何もかも。

夢も、もう終わっちまったみたいだけど。



ふふ。
と笑って木の枝に腰掛けた。

あんなに高くにあったのに。

今はもう地面に落ちてきてしまった、月を見上げたあの木の枝だった。


「…」


目を閉じてみる。

みんなの顔。

みんなが居たときにはよく思い出せなかったけど、
今はとても鮮明。

とてもいい仲間だった。







「…」

拳を握る。

みんなを守れなかった弱い拳。
いっそ怒りが出てきてくれれば、きっと、もっと楽なんだ。
発狂という逃げ道もあったはずだから。



「…」

掌を見た。
幼馴染の手を取った。
リナの背を軽く叩いた。

―蒼衣と、手を繋いだ。



「…」

腕をかざす。
幼馴染を抱きしめた。
親友と肩を組んだ。

―蒼衣と、腕を組んだ。



「…」

唇を噛み締めた。



蒼衣と触れ合った。




切なくて優しかった感触。









だめだ

やっぱり無理だ

みんなが居なきゃ

俺は

何も出来ない

何も見えない

立ち上がれもしない

歩けない

足が動かない

ああ

みんな

どうして



今はただ痛いくらいに晴れ渡った空に零す、ひとひらの弱さ。










そこに



光が、走った。









巨大な狼の顎に向かって、下から投げた刀が落ちてきて、
彼の胸を貫いた。

それだけが、竟の優しさでもあるかのように。


血を噴出し、

滑稽に絶命する最後の人間(カミ)








「さようなら」









おはなしは ここで おわります

すべては はじまったいじょう おわりをまちわびています

あなたは なぜ いきますか?

まもるべきものが ありますか?

いきようという いしは ありますか?

しにたいとおもうことは ありますか?

たいようはのぼります あさは かならずやってきます

つきはのぼります よるは かならずやってきます

いきているなら かならず

しぬのです









つらくてかなしくて じぶんで しぬひともいます

わるいことですか?

ひとのしあわせがにくくて ひとを ころすひともいます

いけないことですか?

みんな べつべつに かんがえているから

ただしいなんて ないんです

いけない わるいこと なんてない

みんなひとつになれれば

こんなこと なくなるのにね






ひとつになることは いきていることとは

ちょっとちがうかも

かんがえも すきなことも みんないっしょ

やることなすことみんな いっしょ

こんなのは にんげんじゃないです

それが いきるということと ちがうということに

きっと みんな きづいてる



それでも

ぼくらは にんげんじゃなくなりたいんだ

にんげんから さきに あるいていきたい

それなのに

みんなどこかで いきていたいとおもう

にんげんが いいと おもってる

それは、たてとほこのおはなし

そうはんする おわらないむじゅん

むじゅんでは どうしようもないし

さいしょからひとつになんて なれやしない









ずうっとうごきつづけている

おおきな おおきな はぐるまだらけのきかい

ぼくたちは そのはぐるま

だれかがかければ もううごけない

うごけなかったら いみはもうない

くりかえすだけだったら 

いみなんて かんがえなくても すでにない

それが ぼくたち

いきものなんです









それでも わたしは すきだなぁ

すきになれたよ















貴方(兆君)が いたから








じかいは さいごのおはなし




Paradise lost




楽園の、喪失

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