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神話ベースの自作物語集コミュのユグドラシル 3 言葉と炎

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言葉と炎
The word and the flame



 「…」


 目が覚めた。
一昨日と同じような、客人を部屋に招いた朝。

となりには茜でなく、蒼衣の寝顔がある。
起きる気配も無く寝ている。

今は、まだ朝の五時。



蒼衣の匂いがする。



もう少し寝よう。

しかし、今日は学校だ。
期末テストでもある。


それでも、もう少し蒼衣と寝ていたかった。

暖かい。すぐに意識がなくなる。





「お〜い!!! そろそろ起きないと遅刻だよ!!!」


蒼衣の声がする
眠い目を擦り、台所に目をやると、
トーストを齧りながらコーヒーを啜る蒼衣の姿がある。

こちらに近づいて、トーストとコーヒーを差し出してきた。

ゆっくり体を起こし、朝食を摂る。



雲が多いが、優しい朝日が窓から差し込んでいる。
今朝早くに少し、雨が降ったらしい。
ベランダには出れないので、窓際に蒼衣と並んで座った。


「泊めてもらっちゃってごめんね。気まずかったでしょ?」


ああ。確かに。
でも茜とは違っていたと思う。


「そんな事は無いと思う。俺もさ、暖かかったし。」


赤くなる二人。
シャワーでも浴びてきたのか、隣に座る少女は、
いい匂いがした。

鼓動が速くなる。



もう既に、蒼衣に夢中になっている自分がいる。
この暖かさはもう手放せないと思う。

それでも、恥ずかしくてそんな事は言えない。
いつか言える日が来るのだろうか。


「そろそろ学校に行こうよ。遅刻しちゃう。
 あ! そうだ! シャワー借りたね。」


今更だな、
と笑って答え、制服に着替える。

制服の中心には、溶けて歪んだ穴が開いていた。


「うっわ…
 確かに瑞希さんがいなかったら死んでるっぽかったねぇ…」



怖いことを平気で言う。

まあ、無事だから言える冗談なのだろうが。
焼き焦げて広がった穴は、握り拳すら通ってしまうほど
大きくなっている。
よくこの傷で校庭まで歩けたものだ。


「ん? お前… これはどうした?」


蒼衣の左足に、火傷が治った後のようなものがあった。

踝近くに火傷することなどあるだろうか。
熱湯をこぼした、など、落下関係では踝より
足の甲に火傷を負うほうが確率は高いはずだ。


「う〜ん、よくわかんないんだ。もう治ったみたいだし…」


痛まない、ということに安心する。

そして、二人で学校へと向かう道へ。



そこには、無垢で純粋に輝く姉妹の瞳があった。



最初はやたらと謝ったり、怪我はどうこう言っていたが、
すぐにそのぎこちない空気が溶ける。

目の色も普通に戻っている。
禍々しい光や、光を捻じ曲げるための歪んだ力は、
もうすでに記憶にもないのかもしれない。

これでいい。
こんな小さな子が人殺しを背負う必要はない。

何十人と汚い大人を殺していたようだが、
殺す側に混ざってしまえば彼女らも同罪で同類なのだ、
と言うことをしっかり自覚している。

だから、俺達は、彼女らの罪を忘れようと思う。

この子達が背負っていくには大きすぎる。
何より、親が彼女らに愛情を注げなかったことが発端なようなものだから、
差し引きゼロ、と言うことで。


なにやら甘えすぎな気がするが、
空はこんなにも晴れ渡っているので気にしない。

いずれ、彼女らにも断罪の日が来ると思う。
きっとこの子達は、間違えずにそれを見つめて、
償えるよう成長していって欲しい。


なんか親みたいだな。恥ずかしい。




そして。

ようやく明らかになってきた神器(アーティファクト)
と呼ばれる、有り得ざる方法で起こり得ない
奇跡を起こす力を持つもの。

瑞希はこれのスペシャリストで、相手の神器の形状と効果を見る、
術者の血液を採取する、この二つの条件を満たすと、
羽のペンにその術者の血が注ぎ込まれる。

それを辞書に書き込み、名前をつける事で我が物にしてしまう、
というものだ。

刻印と言うらしいが、彼女は刻印した神器の能力を自由に、
オリジナルと同等に使いこなすことが出来る。
これは、三人の天使、つまり、神器をもつ選ばれし者の中の、
刻印を施せる三人の天使の中でも唯一の才能ということだ。

故に、白と黒の天使からも、一目置かれた立場にいる。


他に、空間干渉、時間の操作、分子レベルの物質の操作、と、
神の領域を侵すような能力が多数。
今までまるで白痴で、直感だけで行動して何とか凌いでいた。

これこそ瑞希にしてみれば、神器を授かるよりも大きな奇跡だそうだ。
場数が少ない、ということもある気がする。

また、その神なる威力にやや劣りはするものの、内なる心の猛りを、
血を器とすることで、気分の高揚次第で発揮できる血印という力がある。
茜はそれを中学二年から高校一年の間、
つまり二年で開花させた逸材だと瑞希は語る。

空間干渉などという、外界に直接影響を与える、
本当に奇跡じみた能力はまだ確認されていないと言うことだが、
昔から天使である執行人の手を焼いてきた、
大きな存在であることは間違いない。

この能力の特筆すべき点は、
誰でもいつでも開花させられうる可能性を持つ意外性にある。


これらの違い等を詳しく考える前に、神とは何か。
という瑞希への問いを思い出す。


答えは。



神とは、われわれ人間にしてみれば、我々の生産者であり、
絶対にあがらえない管理者、ということだ。

つまりは発生の大本の意思。

天文学か何かで言えば無からモノを生み出す、
ビッグバンを起こしたモノである。

おそらくは我々には理解できないところで
変わらず働き続ける意思である。


自分の作ったものなら何でもどうにでもできるような、
とても処理能力が優れていて、どんな作業でも行えて、
どんなソフトでも簡単に作り出せ、無限の容量を持ち、
さらに一瞬で在るものを消し去ってしまえるような、
高機能のパーソナルコンピューターのようなもの。

この高機能なコンピューターを宇宙とし、
これを操る絶対的な者が全ての大本の意思。
このはるか後の内側に、我々のぱっと見で神と認識する、
地球という名の母、
このちっぽけな地球(ソフト)が存在するわけだ。

この母、実はコンピューターの中で飼うペットのようなもの(ソフト)で、
実際自我をもって生きている。

地球が一個体の生命体である、

というガイア説として実際考えられているのだ。



この説を考えてみる。
今はきっと、彼女、つまり地球は病気にかかっていて、
床に伏している状態。
人間の氾濫、という病気か。


蒼衣は地球を母、ヒト達生物を子供と位置づけたが、
それは別の説でのことだ。

地球に含まれる全てを一個の生命体としてみるガイア説だが、
蒼衣の説は地球そのものだけが母。
そこに住まう生物全ては、母の愛しい子だという説。


これはガイア説とは似つかない反対の説である。
聖母説とでも名付けようか。

おそらく、ガイア説においての地球は、
もちろん神であると同時に、生命体である。
自分の体が侵されるとなると、免疫が働くのは当然だ。
意思を持っているのならなおさら神であり、
自分を蝕む存在などいらない、と、
病原菌(ヒト)を消し去るに違いない。


それに対して聖母説では、生み出した子(ヒトやその他の生物)
のためなら、我が命は惜しまないとするもの。

特に、自分でモノを考え、つくり、壊す能力を授かった私達ヒトは、
聖母の愛を最も濃く受けているといっても過言でないのだ。
ヒトが地球を滅ぼそうとするなら、
その手助けまでしてしまう様な愛情。

そして最終的には母は死に絶えるのだろう。
我々も後を追うことになる。




話が肥大してしまったが、神とは宇宙の意思。

まあ、月に至った、というだけで感動を覚える小さな私達が、
初まりであり、全てである大本の意思である神に
行き着くことはまずない。


論点は地球という、子からしてみればまったく神と相違ない親、
母を見上げるこのスケールでほぼ確定するだろう。
しかし、宇宙規模でも地球規模でも神は神である。
人間に影響する神の業は、
宇宙規模でも地球規模でも脅威には変わらないのだ。


取り敢えずは、この地球の意思を神とする。これが回答だ。



ぶっちゃけた話、大本だのガイアだの難しい。

最後の、取り敢えずは、からの一文だけでいい気がした。

瑞希は言葉に無駄が多いのだ。



神器と血印の関係を再度考える。

前者が、人間が作り出した特別な力。
奇跡を起こし、我が存在を神たるものに進化させようとした
擬似的な力。
神器を求めた人間は、自我を持ち、
自信の行動を決定する権利が他でない自分自身にあることに
大きな自身を持ったようだ。

自分の行動を決め、我が存在の有無ですら操れる自分自身は、
自我という形で自分だけの神となる。

それならば、人間全てが持ちうることは出来ないにしろ、
この地球における神と同等の能力を持たせることは
可能なことだと考えた。

現に、超能力などはこの神器の能力を持った人間ということになる。

神器は様々な形で存在する。

あの双子のように眼球そのものだったり、
瑞希のように分かりやすい形だったりする。


血の通った、人間そのものが神器、という変種もあるらしい。


執行機関ユグドラシルは、この生まれながらに、いや、
神器としての存在を世界に許されてしまったモノ、
者たちの消去と監視を担当する機関。

生まれながらに神器ということは、神と関係を持てる、
または神自身であるということだ。


執行機関の役割が二つあるとおり、
この神たる神器持ちの存在にも二種類ある。

理論で分けることのできる二つ、

ガイア論的な神と、
聖母論的な神

が生まれる可能性がある。

前者はヒトを、地球を死に至らしめる害虫として消去する存在。
後者は、地球が、母が死ぬ、
という自身にも降りかかる問題すら無視して、
人間に害するもの全てを滅殺する存在。



消去するのは前者。
監視するのは後者だ。

もし直接危害を加えてくるようなら攻撃し、
無害なようなら監視を続ける。


神として生まれてきた彼らは、
生まれながらにして能力を使用できない。

あるとき突然自分の事実に気付き、
能力を開花することで世界に巨大な影響をもたらす。

これが神器の極みである。
神であろうとすること。
または神であること。

その意思のカタチが神器なのだ。


後者は、人間の進化系というのが分かりやすいらしい。
心は体を支配する。

体を凌駕してしまった心は、
やがて肉体に大きな影響をもたらす。
身体能力の圧倒的な向上、身体組織の変化、
他の動物に見られる特徴の猿真似。

信念や愛情にしろ、狂気や憎悪にしろ、
強い衝動ならほぼどんな感情でも体に表れてくる。


また、感情の伝染により、類は友を呼ぶ、
というようなこともある。
戦場では日常茶飯事らしい。

狂気はまったく形を変えず人に伝染し、
衰えるどころか規模を増して彼らに迫るのだ。
集合した意識は巨大な力を生む。

それが顕著にでてしまったモノが、
第一次世界大戦後にドイツのリーダーとなった
アドルフ=ヒトラーのような人間だったりする。

故に戦争はなくならない。
破壊は収まらない。
人は泣くこと、怒ることを止められない。



多少規模や議題が肥大してしまったが、
こんな知識を植えつけられた。


うん。
教えられたより、植えつけられたという表現があっていると思う。
さしてしっかり理解できていない知識なんて、
浮いてバレバレな鬘とあまり変わらない。

それよりも俺は、
神器の最たる使い手の瑞希がここにいる理由が気になってきていた。

ここにその、神だかなんだかが生まれる予定なのだろうか。

まあ、閻魔の大刀とか言う、
神器を殺す奇跡を持つ刀を授かることを許された俺が
詮索できた問題ではないような。

茜だって血印に自己の力で到達した天才だし、
あの双子はもとより天才だったのだ。
ことヒトを殺す、という能力では、
彼女らの能力には無駄がなかった。過去形で本当によかったと思う。


蒼衣は? どうなんだろう。


何か、気になる。
まあ、大したこと無いんだろうが。



長い回想を終えて我に返ると、蒼衣がこんな事を言いやがる。

「何呆けてるの〜! 
 ははん。さてはやらしいこと考えてたな〜。
 もう兆君のえっち!!!」


だめだ。こりゃあもう駄目だ。
暴走するコイツを止める方法など無い。

有り得ない。

見てみると、双子の姉妹も変なものを見る目で見ていた。
すると、我が高校のものでないチャイム。


「うわ!!! 行くぞ月子!!! じゃーねー兆兄ちゃんに蒼衣姉〜!!!」

「ああああの、帰りご一緒させてください〜!!!」

陽子の声はでかかったが、月子の声は小さくて、
段々と聞こえづらくなる。

その両方を可愛らしいと思い、
いまだ暴走を続ける阿呆に向きかえる。


「まだキスだけだよぉ…それいじょうはべれぼ!!!」


暴走しすぎだ。
その細い背中を思い切り蹴飛ばした。


べチャ。
効果音はこれが一番しっくりきそうだ。

一気に周りと一方通行(もちろんアイツから)
の結界を作り上げて、
そこにはまってしまうのは悪い癖だと思いながら、
微妙に鼻血を流す阿呆を見ていた。






「はい〜終了です皆さん〜お疲れ様でした」

息継ぎを知らないような、おかしなだるさを含んだ
教師の声を皮切りに、あちこちで爆発する、


「終わったー!!!」



の声。
かく言う俺もその一人だ。

正直、さして重要でないが、
高等な数式や知識を他人に自慢したいがために
教えられるような学校の勉強は、役に立つのか。

むしろ無駄では?



まあ、それも終わったわけだし、
蒼衣だとか茜だとか啓吾だとか荒神姉妹だとかを
引き連れて遊びに行こう!なんて思う心境なのだ。


だが。



「ぐぁ!!! 昨日皆が校庭でボカスカやってんのが気になって
 家庭科の課題やってないよぉ!!! 先生が怖い…写さなきゃ…」


そんな俺の、テスト明けにしっかりはしゃいじゃいましょう
計画!は水の泡と消えた。

蒼衣がいないと、行く意味が無いってのが大きい。







青衣は行けないんだ、って聞いたけど、
私は兆君とお出かけしたい気分だった。

昨日の件もある。

プールの水を水蒸気の雲に替えて、光線を無効化、
なんて、よく私に出来たと思う。

蒼衣には悪い気がするけど、昨日のご褒美が欲しい、
まったくもって少女な私がいるのだ。

なので、思い切って恩を着せて、誘ってみようと思う。

茜〜!頑張れ!

と、自分で心の中で自分を応戦してみる。すると!



「じゃあしょうがねーな。俺は茜に昨日のお礼するからさ、
 お前は勉強に励むこと。いいな。」


先生のような口調で信じられない彼の言葉を聞いた。
青衣はぶーぶー言っていたが、
まあ、あの先生にこれ以上目を付けられるわけにはいかないらしく、

楽しんできてね、茜。

と、声を掛けてくれた。

何かの夢だろうか。彼に誘ってもらえるとは。
蒼衣の次の二番目としてだけど、蒼衣が行けない以上、
繰り上がりで一番になるのは私な気がした。

顔が熱い。顔から火炎放射してるみたい。


「行くか。一応さ、茜の行きたい店とか何とかを回って夕飯を食って、
 茜の家まで送る、っておもてなしコースだけどいいか?」



最高です。何も意見ないです。

あえて言うなら。

その、だめ。いえない。


 
まあ、彼が半日ほど付き合ってくれる、という破格の条件に、
早くも感涙を抑えきれない私でした。


「ぐぁ!!! 茜〜泣くなよ〜」


本当にしっかり泣いている。 恥ずかしい。 



「しっかり兆君に甘えてきなよ!
 もうこんなチャンスはないかもだしぃ〜」


意地悪なのか嫉妬なのか応援してくれているんだか。
全部だね、蒼衣。


「お、そろそろ行こう。時間なくなっちまうよ。」


いってらっしゃい、と蒼衣が手を振ってくれた。
本当は私より行きたいはずなのに。


少し罪悪感があったけど、それ以上に胸が弾む。



あ、心が弾むでした。

でも、こんな私の唯一自慢できるところは、
いわゆる、Gカップなのです。
自慢しちゃうことにします。
ちょっと昔、中学生のときはこれが不安で、
悪戯とかもされたけど、蒼衣にしっかり勝った!
って言えるのはこれだけです。


ああ、なんか舞い上がっちゃってるような、恥ずかしい。
こんなこと、考えたこともなかったのに。


「…うん。蒼衣より相当でかい。それは凄いと思う。」


顔を赤くしてそんな事を言う兆君。

え?でかい?

その視線は?


胸? …ぐぁ!!!


口に出てたの〜!!!



茜がなにやら突っ走っちゃってるようで、
一応返しては見たものの、なんだか気まずい。

でも、確かにそう思ったからだ。
ぶっちゃけ制服のラインを半ば強制的に変更するような
体積を持った茜の胸。
気にならないはずがなかった。

なんて男の子しちゃってるんだ俺は。


「すまん。セクハラだったか。冗談という事にしてくれ。」


笑いながらいってみると、赤面しながらだが、うん、
と頷いてくれた。

駄目だ。やっぱり茜は可愛い。

余計意識してしまう。恥ずかしい。



「まああれだ。欲しいものがあったらいくらでもいいぞ。
 甘えてくれ。一応、瑞希と執行機関について契約して、
 金はわんさかある。」



おそらく、生まれ出てくる神器でない神器の中で最たるもの、
閻魔の大刀を授かったのは俺が初めてだ。

これは、神器を完全に消し去る、
という特異かつ強力な能力を有する。

そこで、俺は執行機関に協力することにした。
一応給料というか、お小遣いというか、
命をかける行為に対するお金なのか、
どっさり貰ってしまった。しかも全部現金。

有り得ない。ざっと数えて、
六十枚はあった諭吉さんの十枚を持ってきた。
かなりの贅沢が出来る金なはずだ。
少なくとも午後からのデートなら申し分ない金額だろう。

まあ、あんまりデート自体したことがないのだが。


「うーん… でもそういわれると遠慮しちゃうなぁ…」


まあ。茜の性格で浪費しろ、という提案が難しいのだ。
それでも、できることはしてあげたい。

親友として、命の恩人として。

なんか、それ以上のモノもあるかもしれないが。




デパートに着く。

名の有るであろうブランドの服屋が内部に沢山あるデパート。
実は前から、気に入っているが似合うか
分からない服があったという。
結構前から展示されてはいるが、まだ季節が変わらないせいか、
売れ残っているものだそうだ。

茜はかなりスタイルもいいし、可愛いし、趣味もいい。
なんというか、癒される雰囲気がある。
したがって、あからさまに自己を無視した、
やらしい服以外はかなり似合うと思う。



その商品の前にたどり着く。
人形に飾ってある服をイメージで茜に着せてみる。 


茜の服を脱がし・・・・・・・・・ぐぁあ!!!


「ん?どうかした?」


なんでもないと応えた。
そんな想像するもんじゃありません。

何なんだ。俺は本当に。
可愛い娘がいるとキャラが変わるようだ。アホになる。 



店員に声を掛けて、試着室に入る。
何も考えないで待っているのも、大変だ。


試着室のドアが開く。


天使がいる!!! 


黒を基調とした、なんと言うか。
なんといったらよろしいのか。


相当似合っていた。反則だ。


「っと、こんな感じで… どうかなぁ…」


まあ。なんというか。

控えめな装飾を施されたスカートと、ジャケットというのか?
その服は、茜にこそ似合っていた。


「正直によく似合うぞ… 感動すら覚えるよ…」


素直に口走っていた。照れた。
茜は遠慮したが、買ってやった。

まだ六匹諭吉が残っている。余裕である。


「あ〜… ごめんねぇ… なんかちょっと無理やりで…」

「気にするなって。むしろみんなで遊びにいくとき
 これを着てくれ。 癒される。」


自分で言っといて自分に引いた。
おやじのようではないか。

でも茜はひどく赤面して、ありがとうと言う。






暫く歩いて、別のお店へ。
私のわがままを聞いてくれた彼には、
わがままで返してあげようと思った。

兆君に似合いそうな、服と比べれば微妙だけど、
なぜかシルバーのペンダントとセットの靴がある。

彼の信念を表すようなシルエットの足元と、
どこか幼い優しさと儚さが組み合わさったような、
三日月のカタチの小さなペンダント。

ぞくっ、とした。彼を求めているような雰囲気すらあった。

だから。

彼に、私のわがままとして、これをプレゼントしたい。



「これ。欲しいなぁって。」



彼は当然呆けた顔になる。
その顔がおかしくて、笑ってしまう。


「その、今日一日付き合ってくれた、私からのお礼。」

「おいおい!なんでお礼する俺がお礼されるんだよ!」

「いいの! そうでなきゃ、私がおつり払わなきゃいけなくなるよ。
 素敵な時間をありがとう。これがそのおかえし。私には多すぎだよ。」


なにか言いたげな顔をする。

昔からそうだ。

私がこういう勢いで話をしたとき、彼は一度たりとも反対しないで、
しばらくした後に必ず微笑んでくれいていた。

優しすぎて、もう、とろけてしまいそうなくらいだ。
こんな幸せをくれる彼に出会えただけで、
私の人生の価値は明白だと思う。

素敵だ。こんな気持ちにしてくれる彼が。
そう思える自分が。

これが、私の生きているいみ。意思。


本当に、素敵だ。





「はい。靴は後でかなぁ。これつけてみてよ。」

ペンダントを渡される。
何か、重みを感じるのは気のせいか?

まあ、きっと腕のある人の作品なのだろう。


三日月…なにかしっくり来るな。
今まで大きな装飾は好まなかったが、これは相当好きになれそうだ。


「ありがとう。はじめてこういう物に興味が沸いたよ。」


笑顔で言うと、笑顔で返してくれた。
そして、ゆっくりと。

踏み出すたび近くなる道を惜しむように、寄り添って歩いた。



大事な幼馴染。彼女を大好きで、それなのに守れなかった日々。
今日は、その罪を償おうとしたのかもしれない。

瑞希は何も悪くないと言った。

しかし、罪は他人に悟らされるものではない。
自分の行った行為に対する、後悔に似た感情だ。
あの日に戻って茜を守りたい、と思っている俺には、
やはりあの日々は罪だったのだ。

彼女にそれを打ち明けてみた。

ばか、と、久々の罵倒を受けた。
とうに私は救われているでしょ?と。

平手打ちまで貰ってしまった。何か嬉しい。

ゆっくり、ゆっくり歩いていく。










途端に

ありえない炎が

マンホールの蓋を吹き飛ばし

茜を、焼き払った




「な・んだ? どうした?」

巨大な火柱。熱い。
即座に周りの空気を消費し、赤々と燃えている。

茜は? 茜は?



ごどん、と、目の前に落ちてくる、異臭を放つ物体。

焦げている。

茜? 


あかねなのか?




「はっはっはっはっはっは!!! やっと見つけたぞ!!!」


その姿は。二年前に。



茜を、あの純粋だった茜を



穢し尽くした男だった。









ザワザワザワザワ、と理性が引いていく。

月による引き潮の比では無い。

一つの漢字しか、頭に描けなくなっている。

殺。

殺す。





「お前は… 俺を一応は助けた奴かな?感謝してるぞ。
 お前のおかげで、隙だらけなあの、俺が汚した汚い女を
 殺すことが出来た。
 なんだか汚すだけじゃ我慢できなかったんだよ。
 そりゃあ、あいつの屈辱の涙は本当に愉快だったけど、
 そこまで行くともう、残りは断末魔の叫びしかご馳走無いだろ?
 だから捕らえようとしたけど、死んじゃったならしかたないよなあ」



長ったらしく、吐き気を催す言葉を吐き終えると、

笑いをあげる男。



死んだ?

茜?

死んだ?

殺した?

こいつが?

茜を?









俺の大切な、幼馴染を―










弾ける。薙ぐ。

斬れる。

飛ぶ。叫ぶ。


繰り返し。二回ほど。



止まった。止まってくれた。

左足と右腕を吹き飛ばした後。


喉元に閻魔の刀を突きつけたまま、俺は俺を取り戻した。

そういえばどこからこの刀を取り出したのだろう。


「…どうした?殺さないのか?ヒヒッ!
 ここまでヤッといて、殺す度胸が無いのかよぉ!!!」



ヤツの吐息が炎と化す。

左肩から腕が焼け爛れる。
ヤツは呼吸が乱れていたせいか、
腕を焼き払うほどの火力は出せなかったようだ。


知らず、こいつが火を操る血印を持つ人間だということを看破していた。


既に痛覚で息すら出来ない。
さらに、目の前の空気を焼き払われたために、
酸素不足で気を失いそうになる。


それでも―


走り出した。
酷く体が痛む。眩暈もする。視界もほぼ無い。

だが、この一刀は必ずヤツを死に至らしめる事が出来るはずだ。



待て!!!


誓ったはずだ!


黒にはもう負けないと!


茜を失っての復讐など


黒以外のなんだというのだ!!!









「くそ!!!」

寸止め。
薙ぎ払うことはできなかった。

どうすればいいんだ。茜、蒼衣。

既に混乱している。そこに、天使が。



「よく我慢できたね。
 私だったら三度は殺してるかもしれない。」


怒りを隠せない表情の天使。
噛み切ったのか、唇から垂れる血で口紅を引いている。


「まさかお前があいつと手を結んでいるとはね、赤井 聡。
 って言うか、茜ちゃんと兆の敵があんただったとは、
 運命を呪いたくもなるわ。」


なぜか俺は呼び捨て。

言って電柱に拳を叩きつける。

電柱を倒さんばかりのその一撃。人間業ではない。

今回は完璧に裁くモードらしい。


「…ここまで早いとは思わなかった。あんたは他の二匹と
 違って探知は遅いと思ったんだが。
 ん?するともう白か黒がこっちに来てるのかな?
 まあ、あいつと俺が組めば何も問題は無いわけだが。」



はん、と鼻で笑って、断罪の天使を見下す赤井と呼ばれた男。
こんなにも自信を持つ、こいつと、こいつの相方は、
それほどまでに強いのだろうか。


「あんたらがこの町に来たってだけで一大事だってのに、
 殺人までしでかしちゃって。
 崩壊し始めたらあんたら本気でぶっ潰すからね。」


なんだか分からない。
意識が怪しい。

茜の死体を抱えたまま、赤井と呼ばれた男が去っていく。

切り落としたはずの赤井の四肢が、綺麗さっぱり元通りだった。


「持ってったね。ああ、つれていったって言うのかあれは。
 ってことは茜ちゃんは生きてるね。
 ただの死体をあいつが持ってく訳無いもの。」


俺を治療しながら言う。

物みたいな扱いに少し頭に来て睨むと、
ようやく怒りの顔を崩して、ごめん、と微笑んだ。

茜が攫われた。

また。



また、守れなかったのか。










涙が出ていた。悔しい。また、同じ罪を犯している自分。

なぜ守れないんだろう。弱い。俺はこんなにも弱かったのか。

ひとたび流れ出した涙は、夜の黒いアスファルトに、

より黒い染みを作っていく。



「あ〜、あの、あんま考えすぎないでね。
 あいつら各国で話題になってる犯罪集団だからさ。
 プロなのよ。全員顔が割れてるのに全く逮捕されないの。
 神器や血印を悪用して国を荒らしまわってる。
 でも今回ばっかりは執行人も総出撃だから。

 それと忠告。あたし達が集まるってことは、
 相当な神器がこの町にあるってこと。
 まだ極秘だからあんまり教えちゃいけないんだけど、
 その神器持ちはとても純粋で、黒を知らない。

 故に黒を見たとき、どんな現象が起こるか
 まるで分からない。この星の存在としての神器なのよ。
 だから、絶対にこの町で殺人を犯しちゃいけない。
 この町で殺人事件どころか、
 事件が起こらないのは、その神器持ちが無意識に
 守っているから。

 ああ。聖母説で言う神って言えばいいかな?
 だから、私達はそれを保護に来てる。
 あの連中は絶対に聖母の力でなにかしようとしてるから、
 殺さず捕まえなきゃいけない。
 それには、私達と同等かそれ以上の、
 神器殺しの能力を持つ君の力が必要なのよ。

 協力して欲しい。」




聞こえていたのかいないのか。
あまり話は聞いていなかったが、しっかりと頷く自分がいた。


うん、
ありがとう。

と答える天使。

気が遠くなっていく。
ああ、傷は塞がったが、どうやら血が足りないらしい。
茜を助けなきゃ、たすけなきゃ…








―すると、声が聞こえた。

「舌はいらぬように見える。頂くぞ。」

刹那、赤い血が、俺の視界を奪う。

物凄く重い、戦慄を含んだ声。震えが来た。


「お喋りがすぎるようだな、灰色の天使。
 いつからそれほど饒舌になった?」


重い。空気すら重い。


こいつは瑞希に何をした?
あんな距離から瑞希に何もできるはずが無い。

見ると、天使は苦しそうに、唇の端から血を垂らしていた。

喋れないようだ。


「最悪。こんなに早いなんて。本当に驚くわ。」


治療を終えた天使は血のつばを吐く。
ありえない大きさの血反吐に、
途中で千切られた舌が混ざっている。

あいつの技か?
あの距離から?
舌だけを切断した?


「苦痛の言葉(ワード・オブ・ペイン)。たいした威力だ。
 余計それが欲しくなっちゃったかな。」


虚勢だと分かる天使の言葉。
こいつは化け物だ。言葉で相手を攻撃できる能力。

舌でなく、命が要らぬ物、と言われたらどうなるのだろう。
こいつは、化けモノだ。


「駒は揃った。面白い一勝負になる事を期待しよう。」


黒い服は闇夜に溶けるように消えていく。
なんだって、こんな化け物が集まるんだ。
そんなにこの町が凄いものを隠しているのか。
薄れゆく意識の中、ぼんやりと考えていた。









「ん?おお!起きたぞ!
 やはり素質あるものは違うな。
 あれだけ出血していたのに、一時間程度で目を覚ますとは!」


「あ!お兄ちゃん、大丈夫!?」


キザったらしい声と、幼げな声が混じって飛んでくる。
本当に来客が多い。

とりあえず痛みの引いた体を落ち着け、起き上がる。


「すまない。私達がもっと速く向かっていれば…
 君も、灰色の君もケガが少なくて安心した。
 しかし君の能力の話はよく聞くよ!
 なんたって、あの閻魔の刀を使いこなす初めての
 適応者だそうじゃないか!
 どうだい?この僕の澄み渡った心のように美しく
 素晴らしくかつ華麗で愛に満ちた世界を、
 共に守ろうではないか!!!」


はぁ?

うざい。誰だあんた…


…ぐぁ!!!




「わーお兄ちゃん!!! お久しぶり〜!!!」

急に抱きついてくる、推定小学五年生くらいの女の子。

重いんだが。ありえないくらい重いんだが。



「これこれ!
 愛の抱擁は私が先に彼とフィアンセにした後にしたまえ!!!」


お前も抱きつくつもりだったのか!

勘弁です。

フィアンセ? 瑞希か?


ぐぁ!!!




灰色の天使はというと。

愛、という言葉を発したキザで長身な男を蹴り飛ばしていた。


「誰がフィアンセだ貧乏貴族め、私の馬だろうが!!!」


という殺伐とした突っ込みが聞こえるが、
あえて無視して、この女の子に話を聞こう。


「君は誰だ? まあ、天使ってことは分かるんだけど。」


「誰って… リナのこと忘れたのぉ?」


泣きそうな顔になる女の子。知らん。
こんな幼い外国の子が知人だった記憶は無い気がする。

リナ? 自分の名前を自分で呼ぶのか。
まあ、あまり違和感はないが。

「瑞希ねーちゃんもお久しぶり♪」

「うん。いい子にしてた?」

コロコロ変わる可愛い表情。
なにか外人の女の子って実際以上に幼く見えないか?

幼稚園児っぽくもある。失礼か。


「うん! 失礼だぞ!お兄ちゃん!」


ほっぺを膨らましてこちらを睨む。

なんで分かったんだ?この娘…


「不思議そうだね。セリナは人の心を読めるのだよ!
 ああ、もう煩わしいから私が紹介してしまおう!
 彼女はセリナ=アンファティ。
 審判神器アレクサンダーの持ち主であり、
 もっとも純粋な瞳を持つ、我々天使の中でも、
 もっとも天使らしい存在だ。白の天使ということだね。」


彼女の紹介を終えると、
わざとらしく黒いコートを羽織り直し、
悪趣味なドラキュラみたいなしぐさで、
恭しく自己紹介を始めた。


「そして黒の天使ことこの私、名はセロカース=ボーンボルト。
 かの有名なメフィストという大悪魔から
 知識を授かった一族だとかそうでないとか!
 使役するは同じく審判神器ディアボロス。
 彼の歯と爪、そして、重力を操る力を纏って
 華麗かつ瞬敏かつ激烈に、美しく戦場に舞う私の姿に、
 
 惚れてくれるなよ?」



興奮してか、少し鼻息が荒い。


ああ。帰って欲しい。



「こいつ位だよ。神器に名前付けてるだっさいヤツは。」


もうダメだなこりゃ、と、頭を抱える瑞希。

俺もセリナという少女も、同時に重い息を吐く。


「三天使と閻魔が揃った以上、
 もう既に敵はギロチンの固定具を施された状態だね!!!」



何がおかしいのか、あっはっはっはっは!!!
と上機嫌に笑う彼。

そこまで皺の無い脳みそを持ってるなら、
さぞ人生が楽しいだろう。正直、俺はコイツが嫌い。


「リナも嫌いです。瑞希ねーちゃんも嫌いみたい。」


あら。言っちゃった。


すると、
クワッ!!!
と目を見開き、涙を流して崩れ落ち、跪いて地面を
どんどんと叩くしょうもない貴族の姿があった。


「嗚呼… 美しいとは罪な事だ。ただ親睦を深めようと
 紡いだ言葉でさえ厭味のように聞こえてしまうのか。
 神よ。いるのならこの美しい私を生み出した罪に涙したまえ…」


ダメだ。イッちゃってる。

もうこいつはどんなやつか分かった。


阿呆はほっといて、二人に視点を戻す。

「お兄ちゃんどうする?
 敵の居所なら一晩あれば分かると思うんだけど…」

「あんたの探知は私よっか全然早いもんね。
 殺気しか読めないからさ、私。」


えらいぞー、と、ごしごしエリナの頭を撫でる瑞希。
くすぐったそうなセリナ。ああ、なんか姉妹っぽい。


「えへへ、そうかなぁ… でも実際は血は繋がってないよ?
 私ヨーロッパの方だもん。実家。」


そんな事は分かってる。
兄弟や姉妹って方が無理があるだろ。


「でも、昔は本当の妹みたいにしてくれてたのにぃ!」


また頬が膨れる小さな娘。

覚えてない。 いつだ?


「まぁ、助けた恩もあるしさ、今日は止めてもらうよ。
 兆くん。作戦を練りましょ。」









作戦?
そんな暇は無いだろう。
茜に何かされては俺が困る。

というか、またあいつが茜に手を出さないわけがない。

一刻を争うだろう。



「くそ、血が足りないせいでぼぉっとしちまった…」


ベランダの戸を開け、一階まで飛び降りる。
急がなきゃ。どこだ。


中空を掴む。既に俺の手に収まっている刀。
出し入れに慣れてきた。

少し走るのをやめ、目を閉じてみる。
最近この町の変わったところ。
そこにきっとヤツラは潜んでいるはず。どこだ。


すると、急な痛みが。
目を開けると、凄い勢いで迫る地面が見えた。

蹴られたらしい。ぐぁ!!!


「アホ兆!落ち着きなさい!いまリナが探してるから!」


遅れてちょこちょこと走ってきたセロとセリナ。

「見つけた!!! 目印出すね!!!」

瞬間。天へ昇る夜にはありえない光が、
ある場所から噴出している。

真っ白な光は、最近工事が行われている地下完備のデパートだった。
まだ中身は出来ていない。

なるほど、ドアを壊して入れるな。
警備システムもないのだろう。


それを見つけたセロが叫ぶ。

「大地と我等を繋ぐ重力という名の鎖よ!
 その威力、我が前には塵芥同然と知れ!」


パチン、と指を鳴らすセロ。
とたんに、体が軽くなる。

「よーし、いっちょいきますか。」

「三人で組むのは久しぶりだよね!」

「華麗に美しく。まだこの夜は終わらないよ。」


いっせいにありえない速さで飛んでいく三人。
一歩で6メートルは飛んでいる。

俺も急いで追いかけた。


光の柱に着くまで、三分もかからなかった。

10キロ近くはあったはずなのだが。




「いかにもって感じね。それはそれでムカつく。」

「まぁ、決戦の場に相応しいとは言えないな。」

「2人とも呑気…」


俺は息が切れていて何もいえない。なんだこいつらは。


「お兄ちゃんは慣れてないから仕方ないよ。」


町外れの大型デパート。
地下二階、地上五階、
屋上はちょっとした遊園地のようになっているようだ。
このまえ、パンフレットで見た。


「兆君、あんたは二階ね。赤井は神器の性質上、
 地下には潜らないもの。」


なるほど。頷いた。火を起こすには空気が必要だ。
よって空気の淀みやすい地下には潜らないだろう、
という読みだった。

どこに何人潜んでいるかは、大体リナが教えてくれたが、
圧倒的に地下の方が多い。彼らに任せた方が安全なはずだ。


「んで、私が苦痛の言葉(ワードオブペイン)を狙うから。
 あんた達2人は群れてるウザい連中をよろしく。」


危険な気がする。先ほどの様子では、
ヤツは殺傷面での能力としては最高峰なはずだ。

瑞希だけで抑えられるだろうか。すると。



「お兄ちゃん!!! 危ないっ!!!」


リナにドロップキックを貰う。
三メートルも吹っ飛んだ。


痛みに耐え振り返ると、アスファルトに焼け跡がある。
あいつだ。


「お兄ちゃんばっか狙って!!! ムカつく!!!」


地団駄踏むリナ。駐車場に足跡が付いているのは気のせいか。


 
バイクのエンジン音のようなものが聞こえてくる。

十体はあろうか。

禍々しいカタチの機械が、四人を囲んでいた。

上空にも。
三対ほど翼の生えた異常な大きさの機械が飛んでいる。

鉄骨か、筋肉か、ワイヤーや鉄パイプなど、
様々な金属が合わさって出来た機械で、間接や継ぎ目から、
血のようにオイルを流している。

鉄臭い。



「あぁ。喧嘩売ってるわ。あいつら。」


見れば分かるが。


「気持ち悪いよぉ」


それも見れば分かる。


「小手試し、といったところだな。見くびりおって…」


若干怒ってる人、二名。


「小細工なぞ要らんよ!!!」


セロの言葉で、各自、戦闘を開始した。










「機械比べならリナの勝ちっ!!!」

セリナの腕に巨大な機械の腕が重なる。
乗用車が一台丸々収まるであろう圧倒的大きさの手を握り拳に変え、
そのまま巨大な人型の機械一体を殴り飛ばした。

「ナイストスだな、セリナ!!!」

叫ぶセロ。
細身の彼の腕に、あまり人間と大差ない大きさの、
黒い機械の腕が重なる。
こちらの腕はなんか骨組みが目立つような、禍々しいデザインだ。


セリナに殴られて若干浮かんで飛んでくる、
お世辞にもトスとはいえない機械にアッパーカット。

重力を無視したような軌道で飛んでいき、
上空の鳥の様な機械に激しく激突。

音を立てて崩れ落ちてくる二台。

力の差は圧倒的だった。



「甘いっての!!!」

巨大な機械から走って逃げながら、瑞希の声を聞き振り返る。

人型の機械の攻撃を、壁を蹴ったジャンプでかわし、
鋭く身をひねって頭の部分を辞書で殴る。

とたんに、オイルを撒き散らし、ばらばらに解体される機械。

辞書は形状を変え、片手で持つゴムハンマーくらいの
大きさの鎚になっていた。


「ほらほら、兆君も反撃なさい!怪我するよ?」



聞いたか聞く前かのタイミング。
騒々しい音を立てて追いかけてくる機械を横に一薙ぎ。

オイルを漏らして崩れ落ちる機械。



破壊した機械が、動いている機械より多くなったころ。

無規律に散乱した機械の死骸から流れ出るオイルに、

巨大な火が着いた。






「あうぅうっ!!!」

俺は寸でのところでかわしたが、リナが巻き込まれてしまったらしい。

正座の姿勢から膝から下を外に出した、
幼い子のお座りの姿勢でぐったりしている。

よく見ると、右腕が煙を上げて燻ぶっている。
瑞希がリナの手当てに回る。


気配がした。四人でデパートの屋上に目を移す。
二人の姿が見える。片方は見知らぬ少年で、
片方は赤井だった。


すると。


いつの間にか、さっきよりも強力なバイクのエンジンのような
音に囲まれる。

数はたったの二体。

しかし。

機械として、神器として、やはり神を目指した存在なのだろう。

今までのは出来損ない。今回は成功品。
自然災害を間近にしたような危機感がビリビリと頭痛を誘う。


片方は、見ていて気味の悪い、
三つ首を持つ犬のようなカタチの機械。
もう一つは、空を飛ぶ昆虫のようだ。
羽根を素早く動かしながら飛ぶ、眼の巨大な昆虫。
蝿のようだ。


「まぁ、趣味がいいとはお世辞にも言えないな。汚らしい。」


セロはそういうが、なにかのRPGで見るような冥界の住人の
最たるものを具現化したような姿に、
彼は興奮を抑えきれていないようだ。

言ってみれば、地獄の番犬ケルベロスと、
蝿の親玉のベルゼバブか。

どちらにせよ、苦戦は免れそうに無い。





ブーン、と五月蝿く、ゆっくりかつ不規則に低空飛行する
巨大な蝿に、やたらと気をとられる。

羽をもいでやろうと疾走し、ヤツの前に躍り出た。

人の頭ほどもある巨大な蝿は、
慌てたように三メートルくらいの高さに飛び上がる。

油断していた。
視界の中、飛び上がった蝿の向こうから、
一瞬で差を詰めてきた地獄の番犬に肩口を噛みつかれ、
押し倒される。

リナの神器の拳が炸裂するも、とっさに身を翻し、
一瞬で五メートルも移動した番犬の前に、
悲しく空振りするだけだった。


つまりだ。


「蝿は囮。犬が奇襲。ってことだね…」


リナが言う。
他の三人も頷いた。

実際、ケルベロスは閻魔の刀によって五感が遥かに増した
俺さえ捉えられない素早さである。
ベルゼバブのほうも、あの大きさからはありえない、
巨大な羽音で聴覚を妨害する。

また、オイルが腐ったような、酷く鉄臭いような臭いを出す。
嗅覚さえ制限される。
二つの間隔が遠くなると、運動や思考に大幅なダメージが起きる事を、
俺達はまざまざと見せ付けられている。


正直、どうやって攻撃すればいいか考えられない。
思考にフィルターがかかっているようだ。
頭痛も酷い。


「蝿と犬か!ひどい言われ様だね」


くすくすと笑う、赤井の隣の少年。





「うざったいなぁ…」

瑞希もそうなのか、しきりにこめかみを押さえた仕草を見せる。
リナはとろんとした顔を左右にブンブン振り、
頬をパンパンと叩く。

セロはというと、口元に手を添え、難しい顔で考えている。


ケルベロスが動き出す。刀を構える。

とりあえず、傷だけは負ってはいけない。
多くの伏兵もいるだろうし、何より傷だらけでは、
茜を迎えに行けない。


両手両足を最大限に利用したケルベロスの疾走。

速過ぎる。標的はリナだった。








速い!速すぎる!
勢い良く拳を突き出したけど、軽々と超えてリナに
飛びかかってくる熊くらいの大きさの犬。

全身が鉄とかで出来ているせいでとても重い。
狙いは首かな。
当たったら間違いなく死んじゃう。


どうしよう。


怖い。怖いよ。





ブスー、と音がする。

眼をあけて見ると、目の前にいた犬は、
右の壁に叩きつけられていた。

蒸気のようなものが噴出す中心には、
お兄ちゃんの刀が刺さっている。


「どうやら神器の中心になっているようなところに
 刀を刺さなきゃ神器殺しは出来ないようだな。
 まあ、なんにせよこれで少しあのすばしっこいのを抑えられる。
 その間にあの蝿をどうにかしよう。」


お兄ちゃんが走ってきて抱き上げてくれる。
怪我はしてないんだけど。

照れて真っ赤になってしまった。そんな状況じゃないのに。

…懐かしいな。眠くなっちゃった。
寝てる場合でもないんだけど。



それより。
お兄ちゃんにお姫様抱っこされたままじゃ落ち着かない。


「あの、お兄ちゃん… 恥ずかしいよ…」


「ん?そうか? でも俺、刀投げちゃったからさ、
 リナに俺の武器になってもらおうと思ったんだけどな」


苦笑して下ろそうとする。
嬉しかったから、口か勝手に、


「じゃぁ… おんぶにして…」


と言っていた。恥ずかしい。
お兄ちゃんはこの状況では自然ではないけど、
有効な考えを口にしただけだと思う。

でもリナには殺し文句だよ。

微笑みながらおんぶしてくれる。
ああ、なんかこれも恥ずかしい。
瑞希ねーちゃんが、いやらしい笑いで親指を立てる。

そんな状況じゃないってば…



そこでようやく


ありえない程鋭い目をした紳士が口を開いた。







「もう、夜明けまでの時間は僅かだ。
 私が美しく舞うのは夜だけと決めているのでね。
 早々に先に進ませていただくよ。」



急にセロがそんな事を言う。
リナは知ってる。
セロが本気を出すとどうなるか。

瑞希ねーちゃんも知ってると思う。
夜の暗さが増していく。
空気の重みが増していく。

それに比例して、彼の力も、増していった。









悪魔とは彼を言うのだ。
色々種類はいるが、彼ほど悪魔らしい悪魔はいないと思う。

重力の変化、引力と斥力の制御。
これを自由に操る事のできる彼は、相手に有無を言わせない。

圧倒的で、すぐ終わってしまう戦いですら、
彼は脳内で流す音楽一曲分の時間を取るのだ。

踊るように謳う様に。


始まる。

悪魔の舞踏会。

曲目は何だろう。


余談だが、彼の弾くピアノとヴァイオリンの
音の美しさといったら、一般にプロと言われてそれを
生業にしているような輩のそれより、遥かに透き通っている。



ゆっくりと、しなやかなステップのように走り出す。
蝿の神器は彼に吸い寄せられるように近づいていく。

彼の腕に重なる禍々しい骨じみた腕の爪で、
蝿の神器を引き裂く。
巨大な力に圧倒されるも、
迅速に彼から離れようとする蝿の神器。
が、また引き寄せられていく。


踊るように、流れるように腕を繰り出すセロ。

右手、左手、と、
蝿の神器の腹部に手の甲をあわせる様に突き刺す。

そのまま両手を開いた瞬間、
神器は既にガラクタと化していた。










気付けば、蝿型の神器はボロ雑巾のように蹴散らされ、
地面に散乱していた。


そこへ、神器殺しの刀の投擲を受けたが、
中心部分への直撃を免れ、
標本のようになっていた地獄の番犬が突進していく。


途端に。犬の形をしていた神器の、金属パーツごと、
アスファルトに敷かれるカーペットのように厚さがなくなった。

蝿型の神器は再生が効かないようだが、
こちらの再生は凄まじい。

あっという間にもとのカタチに復元し、セロに襲い掛かる。

その刹那。

一瞬でデパートの壁の黒い染みになってしまった。

復元する。
潰れる。
また復元。


いい加減飽きたのか、閻魔の刀を無重力化。

引力でケルベロスの脳天に突き刺す。


同時に、ヤツの体から大量の垢のように、
呪符が剥がれ落ち、虚空へ消えていく。

体の全てが呪符に消える。


彼の言葉どおり、すぐに終わってしまった。

ま、少し見直したかな。
さすが私と肩を並べる執行機関の重鎮。こうでなきゃね。









あのセロの変貌ぶりに唖然としていると、笑い声が聞こえた。

「はははははは!!! こんなものじゃ満足できなかったか。
 まぁ、ゲームは始まったばかりだから、
 楽しんでいくといい。

 あぁ、お前らが帰るべき場所は地獄だけどな。」




またげらげらと笑い出す赤井。
四人の顔が変わる。


一番変わったのは俺か。
なぜそこまで面白おかしく笑えるのか。
俺の幼馴染を嬲ってそんなに可笑しいか。


「待ってろ赤井!!! 今そこまで行く!!! 
 茜は絶対返してもらうからな!!!」

「威勢だけにしておけ!焼け死ぬぞ!!!」


変わらない笑い声。そろそろ。

断罪の時だろ?お前らは。









黒い要塞のようなデパート。

夜と同時に。

この黒達を刈り取らなきゃいけない。

俺たちは歩き出す。






次回 沈まない月。

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