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靖國神社(靖国神社)コミュの【訃報】小野田寛郎氏

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<訃報>小野田寛郎さん91歳=戦後も比の山中に29年(2014/01/17 10:07 毎日新聞)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=2726259

旧日本軍の陸軍少尉として派遣されたフィリピン・ルバング島の山中で戦後も1974(昭和49)年まで約29年潜伏した小野田寛郎(おのだ・ひろお)さんが、東京都内の病院で16日に亡くなった。91歳だった。葬儀は近親者で営む。自宅は中央区佃1の10の5。

和歌山県生まれ。旧制中学卒業後、商社に入り中国で勤務。42年に陸軍に入隊した。中国語や英語が堪能だったこともあり、情報収集活動などを行う情報将校を養成する陸軍中野学校に入校。敗色濃くなっていた44年12月に日本軍占領下のフィリピンに派遣された。
米軍の進攻を想定し山中などに立て籠もって行う「遊撃戦」と、敗退後も現地に残って情報を集める「残置諜者(ちょうしゃ)」を任務とされ、死を前提とする「バンザイ突撃」や「玉砕」は禁じられた。このため、戦後も「友軍復帰」を想定し、山中生活を数人で続けたが、自身以外は死亡。ラジオや入手した新聞などで日本の復興などのニュースに触れていたが、米軍の情報戦略の可能性があると考えていたという。

小野田さんらの存在は投降した元軍人らの証言で戦後間もなくに判明し、政府は度々捜索隊を派遣したが接触できず、死亡の認定手続きが取られたこともあった。
74年2月、青年探検家の鈴木紀夫さんが会うことに成功し説得。戦時中の上官に当たる元少佐が現地入りして3月9日、小野田さんに「任務終了と武装解除」を「命令」した結果、フィリピン軍に投降した。同12日、51歳で30年ぶりに帰国し、待ち続けていた父母と対面。72年にグアム島から帰国した元日本兵の横井庄一さん(97年に82歳で死去)に続き、国民的ニュースとなった。

その後はブラジルで牧場を経営。76年に結婚した町枝さん(76)と共に日本と同国を行き来しつつ、講演活動などを続けた。次世代育成のため、自然との付き合い方などを教える「小野田自然塾」も運営。福島県塙町でキャンプ活動も行っていた。96年にはルバング島を22年ぶりに訪れ、奨学金を贈っている。
自宅前で取材に応じた親族によると、年末にブラジルを訪問して帰国後、体調を崩して今月6日に入院。病床でも「3月に講演の予定があるので、やらなくては」などと前向きに語っていたという。


合掌。

コメント(3)

自分、北海道の北見という街に住む者です。
職場の向かいにある北見神社に、小野田さんが
14年前の6月、参拝されていました。
不撓不屈…実に胸に響く言葉です。

小野田さん、安らかに。

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