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英語教育コミュの英語教育における恐怖(プレッシャー)について。

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新参者がいきなりトピを作成することをお許しください。

私が現在、大学で英語を教えている先生は、生徒と顔を合わせようとしません。加えて、高圧的な物言いで生徒に迫ります。
教職の授業を取っている私ですが、どうも疑問に思い、その先生にメールで問い質したところ、以下のような答えをいただきました。

『英語が上手くなるためには、コミュニケーション能力を向上させることも必要ですが、残念ながらみなさんはそれ以前の段階でとどまっています。語彙力、聴解力、発音といったごく基礎的な力が不足しているのです。

そういう人たちにどうやって英語をうまくなってもらうか。軍隊にはいってまず学ぶことは上官の命令を聞いてそのとおりに身体が動くようになることですが、そのためには恐怖を与えることです。人間は、恐怖のもとにおかれるともっともよく学習します。だから鬼軍曹という役柄が必要になるわけです。

語学の勉強もそれに似ています。まず頭で考える前に手が、口が動くようになること。そのためには語学においても恐怖を感じることが必要です。留学にいくと語学が上達するのは、自分の言いたいことが伝わらない、という恐怖を味わうからです。で、日本にいながらそれをするために、授業でできるだけプレッシャーを感じながら私の一言一句を聞いてもらう、ということをやっているわけです。

だから私は語学の授業でみなさんと目を合わせません。合わせれば、私がみなさんとコミュニケーションをとっていることになってしまうからです。自分の言いたいことが伝わらない、コミュニケーションができない、という状況のなかでなんとかコミュニケーションをとれるようになりたいという気持ちが、いちばんのモーティべーションになるのです。』

私は今まで、このような教育方法に触れたことがなかったのでかなり驚きました。
単純に皆様の見解を聞かせていただけたら幸いです。
よろしくおねがいします。

コメント(34)

変った先生ですね。

その先生は学生に対して恐怖を感じているのかも。w
変わった先生・・・。

その先生の授業で、いいところはどこですか?
いい授業ですか?興味があります。
昔の語学の教授法にミリタリー・メソッドと言うのがあったそうです。文字通り軍隊式に叩き込んだものです。アメリカと日本が戦争をした時に、アメリカ軍では語学に優れたものを選び、日本語の特訓をしたとか。かなり効果的な教授法だけれども、今の時代には全く合わないと聞きました。今でもそんな授業をされている人がいるのですねえ。
実は、「女王の教室」に感化された先生ということはないですよね?

小学校の先生なら、偏った考えの持ち主というのは問題かもしれませんが、大学の先生ならば、学生も分別が付けられるので、べつにいいのかな、という気もします。
 私が教職という職業に就かなかったのは、まさしく生徒を自分の意のままにコントロールできる自信がなかったからです。

 生徒をコントロールする方法はいくつかあると思います。

 高圧的になり、従わせる。
 生徒に魅力を感じさせ、こちらの言葉を聞きやすくする。

 生徒は未熟でありますが、れっきとした人間。
 相手の気持ちを考えない行動が是認されるか否かは自分がその立場のときどう思うかと想定してみれば自ずと答えが導き出されると思います。

 私の結論は。
 メールのコメントはただ単に教員という立場を利用し、ただ単に仕事上のストレスから自分を解放しようとしているとみなされ、教育の現場において不適切な対応だと思います。
 いや、教育の分野に限った話ではなく、人間社会において不適切な対応だといえます。

 私の持論ですが、生徒は教員の語学力の高低にひかれるのではなく、人間性に惹かれる、と。
 人の評価は肩書きや評判に左右されない、という点で、繰り返しになりますが、教育の世界に限らず、どの世界においてもこの考えに通ずるものがあると信じています。
おれもこの先生ヤダァな。

でもミリタリィメソッドってわけでもないでしょー

変な信念だね。

英語を扱うものとして、オウプンマインディドって不可欠だと

思うよ。
その先生を授業を実際に見ていない所で、先生の教育方針について語っても仕方ないと思います。
授業以外で先生の人間性に信頼が置けるなら、本当に信念に基づいてやっている事かもしれませんし、一理あるかもしれません。
個人的には、「コミュニケーションがとれる喜び」を感じたくて勉強しているので、威圧的な授業であれば少なくとも私には向かないと思います。
威圧的な態度を取られるとむかついて頑張るという知人もいるのでそういう人には向いているかもしれませんね。
この先生の言うことにも一理あるかな、と思いますね。

大学の先生でこのパターンは珍しいですけど、小学校や中学校ではよくコワモテを演じている先生ってたくさんいましたよね。生徒にナメられないため、というか、従わせるためというか。最近は減ったのかな。昔はよく忘れ物をして竹刀でケツたたかれたりデコピンされたり、今じゃ通用しないやり方ですがそれで生徒が言うことを聞いていた時代もありました。

実情が分からないのでこれだけでは判断できませんが、意地悪と厳しさを履き違えているとすれば問題ですが、多分、昔のタイプの先生なんじゃないですか。

確かに生徒の中にはちょっと教師が親しげに話すようになるとすぐ調子にのって友達感覚で接してくる子もいますので、まぁ、この先生の意図とは違うかもしれませんが、わざと厳しめに接するというのもやり方の一つかな、と思います。ひどくなると授業中に私語したり課題を出さなかったり、とエスカレートしますから。

適度な緊張感を持たせるため、というのがこの先生の狙いなのでしょう。名教師であればあるほどこのさじ加減が上手いと思います。
私は、「生徒と顔を合わせようとし」ないことについては、その先生のおっしゃりたいことが分からなくもありません。アイコンタクトやジェスチャーという視覚による伝達をあえて止めて、聴覚面の伝達技術を鍛えるという意図なのかなと思うからです。

しかし「高圧的な物言いで生徒に迫」ることについては、その先生の説明は解せません。恐怖で能力が発揮される人もいるのでしょうが、私のように萎縮してしまうだけの人も少なからずいるからです。先生のおっしゃるような一般化はできないと思います。

くま1234さんがおっしゃるように「社会にでればいろんなプレッシャー」があり、そのために「恐怖を与えるやり方はたまには必要」であったとしても、それは英語の授業でやるべきことではないでしょう。英語の授業では英語力を伸ばすことに主眼を置いて欲しいですね。

その授業、必修なんですか?
学生に選択の余地のない授業で、そういうことされると、ホント迷惑ですよね。
対人恐怖の一つの症状が、視線を合わせることが出来ないことです。日本人はむしろ、まっすぐに目を合わせることに恐怖を感じるのではないでしょうか?
本気で恐怖心を与えたいと思ってる人は

「私は君たちに恐怖心を与えたいのだ」なんて言わないんじゃないですか?

本人のいうことをそのまま受け取るより、
もう少し心理分析してみた方がいいんと違うかな?
わたしが一番知りたい事は、
この教授法が本当の意味で成果が出ているかどうか、です。
もし、本当にこの先生が、
”そういう人たちにどうやって英語をうまくなってもらうか” 
ということを考えて、そういう行動を取っているなら、
何かしらの成果を得ているという事ですよね。

もし、大人数の生徒に対する恐怖からの行動でなく、
そのようなスタンスに自分を置いてらっしゃるとすれば、
なかなかスゴい人ですね。

習っていて、ご自身やクラスの人の英語力が上がっているように
トピ主さんは思われますか?
本当の意味での効果とは、この先生が言う
”まず頭で考える前に手が、口が動くようになること。”
という、英語が身体にしみつく事だと思うのですが、
実際どうなんでしょうね。

どんな教育の成果であれ、語学が身に付き使えるようになるのは、
ある意味充実した部分があるものではないでしょうか。
さて、効果の程は如何に・・・!?
その先生の授業を実際に見てみないと、
授業についてはなんとも言えないので、
先生について考えてみます。

良くも悪くも
大学の先生というのは、
何にでも、それらしい理屈をつけることができる人が多いです。

ですから、
実際は(わかりませんが)そのような態度をとることでしか、
授業を成り立たすすべを持っていなくても、
そもそも教えることが嫌いでも、
何かしらの理屈を考えて述べることができます。
特に文章の場合は。

例えば、英語の授業で、
実際は面倒だから「読んで訳す」ばかりやらす先生でも、
それなりの理屈で訳読式の利点を述べれるわけです。
(私は訳読式が完全悪だとは思っていませんが、
どちらかと言うとあれは教師が楽なんですよね…)

なんとなく教育方針とは別のところに理由がある気がしますね。
書き込んでいただいた皆様、ありがとうございました。
まさか、これほどの人に返信をいただけると思っていなかったので、びっくりしました。

ちなみに、必修の授業です。
先日前期分の結果が出ましたが、先生の話によればあまり成績は芳しくなかったようですし、現時点で見る限り、効果が出ているようには見えません。
他の学生の様子を見れば、あまり不思議ではありません。ただただ嫌な先生に当たってしまって不運だ、といった感じで、先生の意図した通りにはいっていないようです。
かく言う私も、先生に直接聞くまでは他の人たちと一緒に思っていたわけです。
先生は、コミュニケーションが成立しないことに恐怖(プレッシャー)を感じてほしいようですが、そもそも学生の方は「授業=先生の一方通行」だと思っている人が多いので、あまり効果はないのかなぁ、と思いました。
あらら。それではあまり意味がなさそうですね。

でも、その授業の内容そのものはためになってるんでしょうか。大学の授業というと、ひどい授業はいくらでもあって、何を言っているのか聞き取れないなんてこともありますからね。

人間的には好きになれないけど授業の内容はいい、と思えるなら、それはそれでアリだと思いますが、授業内容も大したことがないとしたら、ちょっと救いようがないですよね・・・。
長く国際ビジネスに従事してる者です。
今般、某大学でEIC (English for International Communication)を
教えてくれとのことで、生まれて初めて「教壇に立ち」ました。
(非常勤講師なんて沢山いるし、Payも悪いしと仲間は
ざっくばらんな忠告をくれました。
しかし、生まれ変わったら若い人を育てたい、というのが夢でしたので、
家内のOKを得ました)

さて、私はこの「恐怖」論を聞いて愕然としました。
ありえない、というのが私見です。

初めての授業で「やっぱり」と思ったのが生徒がParticipateしない、
つまり話さないということです。
国際舞台においては何よりSpeakすること
ですから、これから半年間彼らをどうやって励まそうかと
思案しております。(逆に楽しみーーー)

私にとって答えは一つ。
恐怖心を取ること。
「教壇に立たない」で、「降りて」、同じ目線で話すこと。
そのスタイルはバーンスタインのハーバード大での講義に
影響されてます。(真ん中の写真からご想像ください)
http://www.janjan.jp/culture/0512/0512080085/1.php

そして、何であれ、自分の興味のある話題について
ドンドンSpeakさせて、その対話を深め、広げること。
「馴れ合い」ではなく、「魅力」で引き込む。

「恐怖を与えること」でのプラス効果は私には考えられません。

諸先輩のアドヴァイス頂ければ、ありがたく。
この先生は、英語学習に何を求めているのかな。
英語っていうのは、コミュニケーションツールだと私は思ってます。
だから、まず最初に信頼関係有り。だと思うのだけど…
基礎的なことが足りなくて、というのなら、
まず英語に対する恐怖や不信感をぬぐい去って英語に興味を持たせるのが先なのでは。

直接その先生の授業を見ているわけではないのであまり言えませんが、
大学教授って変わった人多いから…
英語教育云々よりも、そこまで言われて「やってやろー」って学生は思わないのかな・・・そこが情けない。
大学ではないけれど、かつて私は、中1にこうした恐怖心を植えつけてしまい、英語嫌いを作ってしまった経験があります。
 まだ習い始めなのに、ある生徒で発音をしたがらない子がいました。どちらかというと苦手なのです。でも、熱心に、その子の発音を矯正してあげようと、何度も、何度も言い直しさせたりしてしまいました。
 初心者なので、しかもphonicsなら、まぁある程度正確でないといけないから仕方がないかも知れませんが、応答のパターン練習でした。流暢さが大切な場面で、ぜったいにやってはいけない指導だったと猛省。
 最近思うのは、子供によっていろいろな学習嗜好があるということ、音から入りやすい子もいれば、文字を読む嗜好が強い子、書くことが好きな子、ロジックを積み重ねるほうが理解しやすい子などなど。だから、いろいろなアプローチの手法を持たないと教師はいけないのだと痛感します。

 直接の話題からそれていますが、恐怖心ということで、書かせていただきました。
私はこの教授のやり方に反対ですね。

恐怖感が支配しているクラスと、実際に英語圏の国に行って思いが伝えられないという恐怖感は、状況が違うと思います。

恐怖感の支配しているクラス、また相手が目を合わせてくれないような関係でジョークが言えるでしょうか。ジョークは極端な例かも知れませんが、こういった関係の中でする会話にはかなり制限が加えられると思います。

大学生の英語学習に対する熱心さが足りないと、教授は嘆いておられて、その中で鬼軍曹スタイルを発見したのかもしれません。そうだとしたらその気持ちも分からなくはありません。

しかし、教授も授業中は教育者。僕にとってはその教授はただのスパルタ教師です。スパルタに「こんちきしょー」って思って勉強するのも一時的にはいいと思いますが、一部の人向けでしょう。目の前の学生のレスポンスを判断しながら鬼軍曹スタイルが効果的だと思ったら選択するのもありでしょうが、おそらくその教授は裏づけを軍隊の中にしか見出せないのでは。「恐怖を感じることの大切さ、分かってくれよ…」と生徒とのギャップを生み出しながら授業することには生産性がありません。特に学生は成人性を帯びつつあるのであり、自分が他人にコントロールされるようなアプローチを拒むというのが、成人学習者の自己概念です。
本当にたくさんのお返事を頂くことができて、とても嬉しいです。皆さんありがとうございます。

ただ、少し誤解されてる(?)ようなところもあるように思えて、少々書かせていただきますが、その先生の授業は、確かに高圧的ではありますが、「怖く」はありません。「恐怖心における学習効果」の引き合いとして、「鬼軍曹」という言葉を使われただけかと思います。

ただ、上で書いているように、高圧的ではあり、生徒と目をあわさないのは事実です。常に天井を見て話をします。


私の思っていることは、前の書き込みで少し触れましたが、大学の学習において、学生が双方向を求めるのは、ゼミや研究室などでの少人数の授業・研究くらいしかないと感じます。
もちろん、その授業にとても興味がある学生や論文等の参考にするために聞いている人は授業が終わった後も教員とのコミュニケーションを求めますが、大半の学生は「単位を取るため」に授業を受けます。
語学授業においても然りで、「必修」であるから受講するわけで、本当に語学を身に付けようとしている学生は、この程度の授業では物足りないようで、別の学習にいそしんでいます(その成果はどうか分かりませんが)。
そうなると、そもそも学生がコミュニケーションをとろうとしないので、教員がいくら「コミュニケーションが取れない恐怖」を与えても、あまり意味が無いかな、と思ってしまいます。

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